新たな事件の幕開け
その日の夜は砦で明かすことになった。
クリストフたちが緊張していて、すぐに帰るという雰囲気にはならなかった。
砦は五階建てで最上階からは壁の向こう側が見通せる。いわゆる見張り台も兼ねていた。
一階と二階が兵士たちの詰め所のようになっていて、三階が休憩所と簡易的な食堂。
四階は個室があり、部隊長や大臣が来たときに使うようになっている。
俺たちは兵士たちと一緒に三階で食事を終えてから四階の一番大きな部屋に入った。
大統領がこの砦に来ることはほとんどないから、どちらかというと大臣のための部屋だった。
「それで、帝国の印象はどうだった?」
ソファーで横になってくつろいでいると、クリストフが顔を覗き込んできた。
さすがにこのまま答えるのは失礼か。俺は体を起こして座り直した。
「思っていたよりも話のわかりそうな連中だったけどな」
フレードリヒや金華国の王みたいな奴らとは違った。
「……そう思うか。私も元々はそれほど悪い印象はなかった。ここ数年だ、彼らが好戦的になったのは」
「何か、理由があるってことか?」
フレードリヒがクーデターを画策したのは、たぶんアスラの封じられたクリスタルを手に入れたからだろう。
金華国は魔族と繋がりを持ったから。
物事が変化するとき、何かきっかけがある。
「わからないが、今の帝国には魔族との戦争において絶対の自信を持っているように思える」
正直な話。この世界の人間で魔族が倒せるならそれでいいと思う。
個人的に関わりを持った人たちが魔族や魔物に殺されるのは見たくないから戦ってきたが、魔族を倒すのは俺じゃなくてもいい。
問題があるとしたら、魔族や魔物の中に人間と共生したいものがいると知ったことと、この世界の人間の常識だとそれらも含めて殺そうとしてしまうってこと。
こればかりは一朝一夕でどうにかなるものでもない。
「ダグルドルドの戦力だと、俺が倒した魔族は討伐できなかったか?」
俺はローライドに聞いた。
「え? ……どうでしょう。国軍の精鋭を集めれば、戦力的には何とかなったかと思います。ただ、もっと犠牲者は増えていたかも知れませんが」
帝国の男はあの魔族を雑魚だと言い切った。
俺と同等の戦力があるってことだろうか。
戦争をしてその力を見せつけたいのか?
わからないな。その力で魔族を倒してやった方が恩も売れるのに。
「しかし、これで私の肩の荷も少し下りた」
「安心するのはまだ早いんじゃないか? 帝国の連中の目的もよくわからないし」
「ああ、そういう意味ではない。私はアキラ殿の目で帝国を一度見て欲しいと思っていたのだ」
「そのために、俺を連れてきたのか? 魔族を倒したってことを証言させるためじゃなく?」
「そもそもそれを彼らに直接証言する必要はない。我が国が帝国の一部なら報告する義務はあるだろうが」
言われてみれば確かにそうだ。
戦争するかしないか揉めてる国に、自分の国の事件のことなんか話す必要はない。
どうやら俺はまたクリストフの口車に乗せられたらしい。
ただ……文句を言うつもりはなかった。
帝国を見ておくってのは、俺にとって必要な情報だったから。
「ったく、どこまでも抜け目のない人だな」
「最高の褒め言葉と受け取っておこう」
そうして、砦を後にしてさらに三日。
俺たちが首都に着くと、町の前には飛翔船が止まっていた。
本当は砦の辺りに迎えに来てもらおうと思ったのだが、シャリオットが帝国の目と鼻の先で飛翔船を使いたくないと拒絶したのだ。
まあ、飛翔船はある意味軍事兵器みたいなものだから、帝国には見せたくないって気持ちもわからないでもない。
ただ、ギルドがないのに俺のことを知っていたってことは、飛翔船の情報はすでに帝国に伝わっているような気がしたが。
もちろん、俺の推測でしかないからその事はあえて言わなかった。
町の門の前で俺たちはクリストフの馬車から降りる。
すると、クリストフとレイラとローライドも降りていた。
「たった数日しか共に出来なかったが、アキラ殿たちが信頼に足る人物であると言うことはよくわかった。キャロライン女王陛下との約束だけでなく、私は心から君たちのことを信頼したいと思う」
そう言ってクリストフは手を差し出す。
俺はそれをしっかり握ってクリストフの目を見つめた。
「こちらこそ、だな。妹の件、よろしくお願いする」
「任せておけ。それでは、達者でな」
「ああ、そっちも。アイレーリスの同盟国ってことは、また会うこともあるだろう。出来れば、キャリーにはもうちょっと優しくしてやってくれ」
「……フッ……あの女王陛下はアキラ殿が思っているよりよっぽど強い方だぞ。手加減する方が失礼に当たる」
「ま、ケンカしないようにほどほどにな」
「ハッハッハッ! フレードリヒとの戦いの最中、思いきりケンカしていたアキラ殿には言われたくないな」
……そう言えば、生中継のことを明かしたとき、キャリーに本気で怒られて頭を下げたところも映されていたんだっけ。
「……ヨミ、アスラ。行くぞ」
誤魔化せば余計にやぶ蛇になる気がしたので、俺は二人を連れて飛翔船に乗り込んだ。
甲板から見下ろすと、クリストフたちはまだ俺たちを見上げていて手を振っていた。
ヨミやアスラがそれに答えるように手を大きく振る。
「それでは、そろそろ行きますよ」
飛翔船の船長――アーヴィン=ホクォーツが操縦桿を握りながら言った。
すると、飛翔船が防御魔法で包まれて、浮き上がる。
ゆっくりと、クリストフたちが小さくなり……。
米粒ほどの大きさになったところで、周りの景色が後ろへと過ぎ去っていく。
飛翔船が風を切って空を翔る。
だが、防御魔法のお陰で甲板にはそよ風しか流れ込んでこなかった。
行く先は、メリディア王国。
ルトヴィナの国からはすでに妹はいないという情報がアイレーリスに伝えられていたが、俺の目的はルトヴィナに会うことだった。
新たに手に入れた魔族のクリスタルが、何かの役に立つかも知れない。
俺の知る限り、魔法専門の研究家と言ったらルトヴィナしか思い浮かばなかった。
何しろ飛翔船のアイディアを出して設計までしてしまう人だ。何かいいアイディアがあるかも知れない。
魔族のクリスタルは貴重らしいし。
俺は操縦桿を握るアーヴィンに声をかけた。
「ここからだとメリディアにつくまでどれくらいかかる?」
「そうですね。丸一日くらいはかかるでしょうか」
「結構かかるな」
「そう言わないでください。これでも最初に運用したときよりも速度は上がってるんですよ」
「そうなのか?」
「船体の形を微修正したり、魔力の流れを変えてみたり。いろいろ調整をするのも、僕の仕事ですから」
それじゃまるで、船長と言うより整備士じゃないかと思ったが、それも出来るからこそアーヴィンを船長にしたのかも知れないな。
飛翔船はまだ名目上は試験飛行中だ。
本格的な運用に入る頃には数をもっと増やしたいらしい。
そのためにはいろいろデータが必要だとシャリオットが言っていた。
ちなみに、今回はシャリオットは飛翔船に乗っていない。
まあ、実質国王であるシャリオットがそう易々と冒険者のように国を留守にするわけにはいかないだろう。
だから、もちろん兵士たちも最小限しか乗っていない。
もし飛翔船が魔物や魔族に襲われたときは、俺たちが責任を持って守ることになる。
それもあって、一応俺かヨミのどちらかが甲板で周囲を警戒することになっていた。
アスラは空を飛ぶ乗り物にはしゃいでいて役に立ちそうにない。
さっきから甲板の上を走り回っては景色を眺めている。
っていうか、甲板の柵から体を半分乗り出して下を見てる。
さすがに危ないだろ。
俺はアスラの傍に行って、腰の辺りを掴んで降ろそうとしたら。
「兄ちゃん、今の町なんか変だぞ」
そう言って自ら体を戻した。
今度は俺が少しだけ身を乗り出してアスラが見たという町を見てみるが……。
いや、この速度じゃ通り過ぎるよな。
俺は操縦桿を握るアーヴィンの所へ行き、少し引き返すように頼んだ。
飛翔船が右に大きく旋回し、速度を落として戻る。
程なくして小さな町が見えてきた。
ここから見る限りだと、元のクリームヒルトより小さいように見える。
建物も、十軒くらいか。町と言うより村だな。
「あの、何かあったんですか?」
いつの間にかヨミが甲板に出ていた。
俺とは交代で休むことになっていたが、飛翔船が急に方向転換したり、速度を落としたから起こしてしまったのか。
「アスラが、あの町が変だっていうから気になってな」
そこへ、アーヴィンまでやってくる。
「アキラさん、この場所に何かあるのでしょうか?」
「いや、それよりも操縦は?」
「ああ、それでしたらシャリオット殿下からお預かりした魔道士の方に代わっていただいたので大丈夫です」
『アスラ君の言っていることも、ただの勘ではなさそうです』
不意にAIが話しかけてきた。
「何かわかったのか?」
『生命反応がまったくありません。とても嫌な感じがします』
そこまで言われたら、無視して行くってわけにはいかないじゃないか。
「アーヴィン。悪いがこの辺りに飛翔船を下ろせないか」
「え……うーん……難しいですね……後で外交問題にならなければいいのですが……」
腕組みをしながら言葉をひねり出していた。
「外交問題って、どういうことだよ」
「いえ……実は、メリディアへ急いで行くために、近道をしている最中なんです」
「近道?」
「ダグルドルドから直線距離で行けば丸一日でメリディアに着くのですが、そうするとグライオフの領土の上を通らなければならなくてですね……」
「ってことは、あの町はメリディアの町じゃなくて、グライオフの町だってことか?」
「はい」
グライオフと言えば、まだアイレーリスとは同盟の条約にサインしていなかったはずだ。
しかも、ルトヴィナのいるメリディアとは確執があるみたいだったし、この飛翔船はそのルトヴィナのアイディアで作られた魔法道具のようなもの。
確かに厄介なことになりそうだが……。
「何か問題が起こったらその責任は俺が持つ。下ろしてくれ」
「はい、畏まりました!」
俺が言い切ったことで、アーヴィンも覚悟を決めてくれたのか、元気よく返事をして操縦桿の所へ戻った。
飛翔船はすぐに高度を下げていく。
そして、町を囲う木の壁の前に飛翔船は停められた。
「ヨミは飛翔船に残ってくれ。もし何かが起こったら、その時は飛翔船を守ることを考えて欲しい」
「アスラフェルくんは連れて行くつもりですか?」
「あいつはここに残れといっても聞かないだろ。そもそも、異変に気がついたのはアスラだし」
「私もアキラのそばで御守りしたいのですが……わかりました。アキラの望みを守ることを優先します」
少しだけ不満そうな表情をさせたが、すぐに切り替えていた。
何だか、ヨミに甘えているような気がする。
これはいつかお返しを考えておかないといけないだろうな。
だけど、ヨミって物欲とか無いからな……。
「兄ちゃん、行かないのか?」
すでに準備万端のアスラが俺の服の袖を掴んで引っ張ろうとしていた。
ヨミへのお返しは胸の内に締まっておくとして、俺はアスラと一緒に甲板から船室へと入って、階段から外に降り立った。
その小さな町にも門はあった。
俺とアスラが近づくが、門番が出てくる気配はない。
いや、そもそもAIは生命反応がないと言わなかったか?
町に足を踏み入れると、すぐ側に人が倒れている。
「お、おい」
抱き起こそうとする必要もなく、死んでいることが確認できた。
喉元を一撃で食い破られている。
野犬や何かではない。
遺体は、町の至る所に転がっていた。
ただ……建物は一切妙なところはない。
最近建てられたって感じではないから、劣化している部分はあるが、例えば魔物に襲われたような爪痕や壊れたような場所はない。
「……何かいい匂いする」
アスラがそう言うと鼻をクンクンさせてふらふらと歩き出した。
飛翔船ではちゃんと三食食べているはずだが、子供だから食べ盛りってことか。
アスラの後を付いていくと、確かに料理の匂いが鼻をつく。
「この建物の中からだ」
俺たちが辿り着いたのは、町の中心から東に少し向かったところ。
フォークとナイフをクロスさせた看板があることから察するに、食堂だろう。
確かに普通の家と言うには大きい建物だった。
扉は開け放たれていて、だからこそ匂いが漂ってきているんだろう。
入ろうとするアスラの肩を掴む。
「何だよ」
「俺が先に行く」
「兄ちゃん、びびる必要ないって。魔物も魔族も気配なんて感じねーもん」
確かに、AIもそう言っているが、ミュウという魔族は気配だけでなく魔力でさえも偽装する幻惑魔法を使った。
もしミュウと同じ魔法を使える魔族がいたら……。
変身、しておいた方が良いか……?
『虎穴に入らずんば虎児を得ずというではありませんか。アスラくんの言うとおりですよ』
「散々ミュウにセンサーを突破されておいてよく言えるな」
『あの時はまだ彰がキャノンギアを忘れていたから全てのセンサーが使えたわけではなかったので』
「じゃあ、大丈夫だと思っていいんだな」
「……兄ちゃん、誰と話してるんだ?」
最近はAIと話すときは気を遣うようにしていたが、アスラのことは忘れていた。
そう言えば、ヨミにもちゃんと説明したことはなかったような……。
理解してもらえるかどうかは別にして、今度説明しておくか。
いつまでも妖精と話をしていると思われるのも嫌だしな。
「アスラ、俺の背中を頼んだぞ」
「ああ、任せとけ」
俺たちは周囲を警戒しながら食堂に足を踏み入れた。
すると、そこには今まさに食事をしている最中の人たちでいっぱいだった。
……もちろん、全員食事を終えることはもうないだろう。
外の遺体と同じように殺されていた。
これだけ人が死んでいるのに、料理の匂いの方が強い。
ってことは、殺されてからまだそんなに時間が経っていないってことか?
専門家じゃないから……。
「AIなら触ればどれくらい前に殺されたかわかるか?」
『おおよそは推測できますが、後悔しないでくださいね』
……そんなことを言われると、決心が鈍るじゃないか。
だが、大事な情報だ。
俺は側にあった遺体に触れた。
『……この状況ですと、死後四~五時間くらいでしょうか』
この町の人間を殺したものがまだ近くに潜んでいる可能性はグッと低くなった。
俺は食堂を出ると、他の建物にも入った。
「誰か! 生きてないのか!?」
すでにその答えはAIが出している。
だが、聞かずにはいられなかった。
これほどの凄惨な現場だからこそ、一人でも生きていて欲しいと思った。
「兄ちゃん……誰もいないよ……。だから変だと思ったんだし」
アスラは悲しそうにしていたが、俺は諦めきれずに全部の建物を見て回った。
最後に入ったのは、見覚えのある建物。
ギルドはどの国でも同じ作りをしているらしい。
扉を開けると、血まみれの女性が倒れていて、傍らには血に濡れた日記が落ちていた。
服を見る限り、ギルドの受付嬢だと思う。
「……兄ちゃんそれなんだ?」
俺も気になったので日記を拾い上げてみるが、手に血はつかない。すでに乾いて固まっている。
日記を開いてみると、それは受付嬢が書いていたもののようだった。
天気やその日思ったことが綴られている。
最後のページに書かれていたことは。
[天気:晴れ、少し風が強い。洗濯物が飛ばされてたらやだな。
ちがう これはただのかぜじゃない みんなころされる
まほうを いや にげたほうが
だめだ あれは にげられない
これをみつけたひと おねがい かぜのまものにきをつけろと つたえ]
途中からほとんどひらがなで殴り書きされていた。
よほど切迫した状況だったのか。
それでも、手がかりを残そうと日記だけは守ったのか。
……風の魔物?
メリディアに行くのが少し遅くなりそうな予感がした。




