魔族による被害
ダグルドルドの首都へ俺たちを送り届けると、飛翔船はすぐに飛び立った。
ウェンディを送り届けるために。
アイレーリスからダグルドルドは丸一日かかったから、彼女の帰国もその分だけ遅らせてしまったことになる。
幸いにもダグルドルドからだとエオフェリア王国が近いから半日もかからずに着くらしいが、それでもシャリオットとは別れの挨拶すらなかった。
町の外に降り立った俺たちは大統領と共に多くの人に出迎えられた。
姿から察するに武器を提げた戦士や魔道士が多いように見える。
「ずいぶん人気なんだな」
「彼らのことを言っているのか? だとしたらそれは勘違いをしている。彼らは我が国の国軍だよ」
そう言うことか……。
俺たちと一緒に飛翔船から降りた警備の兵士たちと握手を交わしていた。
一仕事を終えてホッとしているんだろう。
「このまま一旦大統領府へ向かおうと思うがいいか? 昨日と今日の被害状況も把握しておきたい」
「それは、俺も望むところだ」
警備の兵士たちを先頭に俺たちは門へ向かうと、馬車が待機していた。
当たり前のようにクリストフがそれに乗り、俺たちも一緒の馬車に乗り込むように促されたのでクリストフの指示に従った。
周囲や背後は出迎えた兵士たちが囲んでいる。
物々しい雰囲気だったが、魔族に襲われている状況下では仕方のないことだろう。
ダグルドルドの首都は、一言で表すと雑然としていた。
見える範囲の建物はほとんどが何かの商店だった。
軒を連ねていて店主が声を上げて商品をアピールしている。もうそろそろ夜遅くなりそうだが、店が閉まる気配はなかった。
大統領を乗せた馬車が通ってもお構いなし。
商魂たくましいというか。
首都だというのに、雰囲気的には下町のようだった。
「珍しいか?」
俺がキョロキョロ辺りを見回していたからか、クリストフが聞く。
「どちらかというと、懐かしい感じがするな」
俺の世界にもこういう町はあった。
首都である東京に。
「懐かしい? 面白い言い方をするな。このような町は外国にはあまり見られないと思うが……」
「気にしないでくれ。感傷に浸ってる場合でもないしな」
「そうだな」
それからさらに進んでいくと少し開けた場所に出た。
その真ん中に柵に囲われた大きな建物が並んでいる。
「これがダグルドルドの大統領府だ。右側が実務を行うための官邸。左側が大統領の家族や関係者が住むための公邸になっている」
敷地の入り口である門も鉄の柵で閉じられていて、警備は厳しそうだった。
もちろん、先行して進んでいた兵士がすぐに門を開けさせる。
馬車に乗ったまま俺たちは大統領府の敷地に入るが、警備の兵士たちとは門のところで別れた。
程なくして官邸の前に着く。
まるで神殿を模したような入り口が俺たちを出迎えた。
大きな柱の向こうには、貴族のように整った服装の人たちが整列していた。
「お帰りなさいませ。クリストフ大統領」
真ん中で一歩前に出ていた男が恭しくクリストフに頭を下げる。
「ああ、ただいま。副大統領、私がいない間、魔族の動きはどうなった?」
「それはその……」
副大統領と呼ばれた男は俺の方をチラチラ見て様子を窺っていた。
「彼のことは気にする必要はない。我々の手助けをしてくれる」
「それではもしかして、あの……」
副大統領は俺の顔は知らなかったようだが、俺が何者であるかは感づいたようだった。
「遠慮なく話してくれ。彼にも聞いてもらわなければならないことだろう」
クリストフが急かすように促すと、整列していた人の中から女性が一人歩み出た。
「大統領、このような場で立ち話をするような内容ではないと思います」
キリッとした表情でその女性が話しかけてきた。
ゆったりとした黒のワンピースと黒いマント。
見るからに魔道士に見えるが、大統領にあれだけはっきりものが言えるって、どういう関係だ。
「……いち早く知りたいと思って焦っていたようだ。アキラ殿、執務室まで同行をお願いしたい」
「ああ、それは構わないが」
クリストフが扉に向かうと、女性が素早く前に出て両開きの扉を開ける。
官邸の中は入るとまずはホテルのような大きなロビーのようになっていて、目の前に受付カウンターのようなものがあった。それを囲むように階段が二階に向かっている。
そして、廊下は左右に伸びていて、クリストフは迷わず右側へと向かった。
俺たちもクリストフの後を追う。
いつの間にか、さっき扉を開けた女性がクリストフの斜め後ろを歩いていた。
廊下の突き当たりの部屋が執務室らしい。
やはりあの女性が扉の前でクリストフの前に出て開けた。
クリストフを先頭に俺たちも中に入る。
それに続いたのは、副大統領と呼ばれた男と、見知らぬ戦士風の男が二人。
最後に、扉を開けた女性が内側から扉を閉めた。
クリストフを官邸の入り口で出迎えたときに整列していた人のほとんどは一緒じゃなかったってことだ。
執務室の中は大統領が使うための机だろうか。
大きな机がこちらを向いていて、その前に椅子が円を描くように六脚並べられていた。
大統領は机とセットになっている椅子に座ってこちらを見た。
黒い革の椅子で、クリストフの体格はそれほど小さくないのに、すっぽりと収まるほど大きかった。
アイレーリスの玉座ほどではないが、威厳を表しているように見える。
副大統領たちはすでに自分の席が決まっているのか迷わず席に着いている。
執務室の中で立っているのは俺たちと、大統領の傍らに立つ先ほどの女性だけだった。
「まず、そうだな。お互いの自己紹介をしておこう」
「それでは、私から」
そう言って件の女性がほほ笑みかけた。
首のところで切りそろえられた黒髪を手でかき上げて整える。
「私は大統領の秘書を務めさせていただいております。レイラ=エミルサ。アキラ殿、といいましたね。よろしくお願いします」
真っ直ぐと俺の目を見てそう言った。
「では、副大統領からどうぞ」
そのまま司会もするつもりのようで、レイラは立ったまま副大統領に促す。
「やはり、あなたがあのアイレーリスを救った英雄だったのか。会えて光栄だ。私はホラスト=ランドダム。聞いての通り副大統領だ。ここだけの話、レイラくんの方が優秀なんだがね」
「副大統領。そのようなお話を冒険者の方にするべきではないと思います」
咳払いをして副大統領の話を遮ったかと思ったら、ピシャリとそう言って次の人物に目配せをしていた。
「え、えーと。私はこの国の警察機構の代表を務めている。レオル=セドリヴァーだ。よろしく」
「警察? この国には警察があるのか?」
どうやら、政治体制が俺の世界に近いだけでなく、行政も似ているのかも知れない。
ただ、見た目には戦士にしか見えないが。
がっちりとした体格で、鎧を着て腰には剣を下げている。
「王国にはないのか? それでそうやって犯罪者を取り締まっているんだ?」
「俺の知っている限りだと、そう言うのは王国騎士団とか貴族の雇ってる騎士団が担っていたような……」
まあ、詳しくはわからないんだけど。
「ですから、自己紹介で雑談を始めないでください」
レイラは見るからにイラついたような口調でレオルを座らせると、最後の人物を促した。
「私は国防大臣のローライド=クロムです。よろしくお願いします」
さすがに最後ともなると自己紹介だけで席に着いた。
大臣と紹介したが、服装は魔道士のようで、その役職に似合わぬほど若く見えた。
もちろん、俺やレイラの方が若いとは思うが、大統領や警察の代表に比べてという意味で。
俺はレイラを見てから口を開いた。
「俺の自己紹介も必要か?」
「いいえ、あなたがアキラ=ダイチ殿であることは、この場にいる皆さんが把握しています。もちろん、ヨミ殿のことも。ただ……そちらの子は……?」
「ん? オレか? オレはアスラフェル。兄ちゃんの弟子だ」
みんなの視線が集まっていることに気がついたアスラがそう自己紹介をした。
「ちょっと待った。俺はアスラを弟子にしたつもりはない」
いつの間にそんなことになったのか。
あまり勝手なことを許すと、俺の知らないところでどんな噂が立つのかわかったもんじゃない。
「え? じゃあ、兄ちゃんってオレの何?」
「……保護者?」
そう言うと今度は俺に視線が集まった。
「一応確認させていただきますが、父親ではないんですよね?」
「待て待て、俺はまだ二十一だ。こんな大きな子供がいるわけないだろ」
あまりに神妙な顔つきでレイラが聞いてくるものだから慌てて否定した。
「ということは、どのような経緯で保護されたのですか?」
レイナの質問には答えるのが難しかった。
まさかこの場でフレードリヒに利用されていた魔族と明かすわけにもいかないだろう。
「戦争で両親を亡くしてしまっていたのを、アキラが保護したのです」
ヨミがしれっと答えた。
あらかじめ考えていたのだろうか。淀みなく言った。
「それは……立ち入ったことを聞いてしまったようですね」
「だが、アキラ殿は子連れで魔族の討伐をするおつもりか? よほど自分の力の自信があると見える」
レオルが皮肉交じりにそう言った。
「アスラはまだ登録したばかりの初級冒険者だが、その実力はすでに中級を越えている。俺と並ぶ日もそう遠くないと言っておこう」
保護者として、俺はアスラの実力を説明した。
だが、やはり見た目が子供だから説得力に欠けたようで、あまり本気には受け取っていないように思えた。
「ほぅ……そのような子供が……?」
「なあ、オレが弱いと思ってんなら、勝負するか? 多分、あんたじゃオレには勝てないぜ」
「ハッハッハッ! 私には子供をいたぶるような趣味はないよ。威勢がいいのは嫌いじゃないがね」
俺はアスラの肩を指先で叩いて意識を俺に向けさせた。
表情を見る限り、挑発に乗るような雰囲気ではなかったが、一応耳打ちする。
「相手にする必要はないからな。ムカついても暴れたりするなよ」
「兄ちゃん、オレを見くびってるだろ。雑魚に何を言われても、オレが気にするはずねーよ」
「そうか、悪かったな」
見た目で子供扱いしていたのは、俺もだったらしい。
「それでは、レオル。私がいない間の魔族による被害を報告してもらえるかな」
「あ、はい」
当然だが、大統領に対するレオルの態度はアスラの時とは正反対で、丁寧というよりは仰々しいくらいだった。
回りくどい話し方をするので、逆にわかりにくい。
やっと説明が終わりレオルが座ると、レイラが前に出てきた。
「要するに、大統領がお留守の間も同じように一日に十人殺されました」
身も蓋もないくらい簡潔に話をまとめてくれた。
「そうか……それで、魔族の行方は?」
「それは、ローライド大臣にお尋ねになった方がよろしいかと思いますよ」
「なぜだ? 魔物の捜索と追跡は警察に任せた仕事だろう。国軍は見つけた後に討伐する任務を与えたはずだが」
大統領の再度の質問にもレオルは口を閉じてローライド大臣を睨むばかりだった。
「私からご説明いたしましょうか?」
険悪な雰囲気に見かねたのか、レイラが割って入る。
しかし、ローライドは立ち上がってクリストフに頭を下げた。
「申し訳ありません! 昨日、魔族と接触できたのですが……取り逃がしてしまいました」
「逃がした? 魔族は逃げたのか?」
その報告に違和感を持ったのでつい口を挟んでしまった。
「え? あ、はい」
「どういう状況で魔族と接触したんだ?」
「その説明は私からしよう」
説明を拒んでいたレオルが立ち上がってそう言った。
「昨日の被害者には警察官が含まれていた。チームを組んで魔族の追跡にあたらせていたから、生き残った方の警察官が通報をし、すぐに国軍に駆けつけさせたのだが……生き残った警察官の話によると、国軍には見向きもせずにその場から姿を消したらしい」
益々魔族の狙いがわからない。
人を殺すことが目的なら、その場にいたものも殺すはずじゃないのか?
一日に十人しか殺さないというのも、何か法則でもあるのだろうか。
「なあ、殺された人の資料とかって残ってるか?」
「それは私がまとめておきました。いずれ、国葬にすべき事案だと思ったので」
「見せてもらっていいか?」
「構いませんが、何か気になることでも?」
「俺にはわからないかも知れないが……」
AIに分析させれば、魔族の行動パターンが読めるかも知れない。
『全ての資料をデータ化して記憶すればいいと言うことですか?』
「わかってるじゃないか」
俺は小声で答えた。
「アキラ殿、こちらが資料になります」
レイラは紙の束をクリストフの机に置いた。
百六十人分の資料か。
だが、明日見ればいいというものじゃない。
「そうだ。この十六日間、最初に被害が出た時間ってどれくらいだ?」
「資料に書いてありますが、平均すると朝十時過ぎくらいかと」
レイラは実に優秀な秘書らしい。俺の欲しい情報を瞬時に答えた。
執務室の時計を探すと、すでに日付が変わっていた。
これは、今夜は徹夜になりそうだ。
全ての資料に目を通したところで、朝日が執務室を照らし始めていた。
俺はクリストフたちには休むように言ったのだが、なぜか一緒になって付き合った。
「おはようございます。どうやら、終わったようですね」
そう言ってレイラがコーヒーの香りと共に執務室に入ってきた。
机に突っ伏して寝ているクリストフを揺り起こしてコーヒーカップを置く。
同じように、椅子に座って資料を手にしたまま寝ているレオルとローライドも起こしてからコーヒーカップを椅子の横に置く。
ちなみに、ヨミとアスラは途中で眠気に耐えられず、執務室の壁際に並べられたソファーをベッド代わりに眠っていた。
恐らくはレイラが持ってきたのだろう。
二人には薄い毛布のようなものまでかけられていた。
部屋の中を漂うコーヒーの香りに誘われたのか、アスラが目を擦って起き上がった。
「うーん、あさ……?」
「ええ、そうですよ。アスラフェルくんはコーヒーは飲めますか?」
「うん。ミルクと砂糖が多ければ」
「では、こちらをどうぞ」
アスラに渡したコーヒーカップにレイラはミルクと砂糖をたっぷり注いでいた。
「――はっ! も、申し訳ありません! アキラが頑張っているのに、寝てしまうなど……」
ヨミが起きるなり頭を下げてきたが、
「いいんだよ。俺に付き合う必要はなかったんだから」
そう言ってなだめても、あまり納得はしていないようで恐縮してばかりだった。
「それで、何かわかったのか?」
コーヒーを飲み干して、少し目が冴えてきたように見えるクリストフが聞く。
しかし、分析を任せたAIからはまだ何も情報が来ない。
「もう少し、時間がかかるみたいだ。それよりも、せっかくだから町の中を見てみたい。警察官が襲われた現場ってのも、見ておきたいし」
「わかった。私が案内しよう」
レオルが立ち上がって部屋から出ようとしたが、俺はローライドに話しかけた。
「あんたも一緒に来てくれないか?」
「え? 私も、ですか?」
「魔族と接触した現場には国軍もいたんだろ? それならローライドも一緒の方が話が早いだろ」
「……わかりました」
昨日のやりとりから、どうにもこの国の警察と国軍の間にはわだかまりがあるような気がした。
アイレーリスの王国騎士団のように。
二つの組織の目的は違うかも知れないが、今回のような事態には協力した方が手っ取り早い。
俺たちは早朝の町へ聞き込みに向かった。




