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交渉の進め方

 謁見の間に入ると、キャリーは微妙な表情をして玉座に座っていた。


 それに向かい合うように立っているクリストフの方が自信に満ちた表情をしている。


 俺とヨミとアスラはクリストフの隣に立ってキャリーに挨拶した。




「あまりご機嫌はよろしくなさそうだな」


「……そうね。でも、アキラがそれを選んだなら、私が口を挟む気はないわ」


「おや、女王陛下はアキラ殿の力を独占するおつもりはないのでは? だったら、私が彼の力を借りることに何ら問題はないはずだ」


「そう思っているなら、是非ギルドを通して正式な仕事として依頼するように言ったわ。私は、私の私的な関係を使ってアキラを呼び出すようなことになったしまったことにムカついているのよ」




 女王と大統領の会話とは思えないな。


 お互いに思ってることを率直に話している。


 キャリーの横に控えているクラースが頭を抱えているぞ。




「なあ、一応同盟の条約にサインはしたんだよな?」


「ええ、そうでなければ私がアキラを呼ぶことはなかったわ」


「サインをする交換条件として、俺が利用されたなら……」


「アキラ殿、それは誤解だ。私はサインをしたから、安全保障条約に則って要請させてもらったのさ」




 クリストフの話だと、サインをした後に俺に仕事の依頼をしたいとキャリーに頼んだってことか?



「回りくどい言い方をするなよ。つまり、どういうことだ?」


「安全保障条約には、互いの国が攻撃されたときに相互に守るって言う規定があるだろう。今、私の国は何者かに攻撃を受けている」


「それが本当なら、王国騎士団を派遣します。アキラは冒険者よ。安全保障条約でアキラの派遣を望むのは筋違いよ」




 道理でキャリーの機嫌が悪いわけだ。


 自分のアイディアが利用されたあげく、俺との友人関係も利用されたんだから。


 しかし、条約を結んだ後だから無下にも出来なかったということか。




「キャリー、俺に気を遣ってくれるのは嬉しいが、女王としてはもうちょっとしたたかになってもいいと思うぜ。この大統領のように」


「アキラ殿、それはどういう意味だ?」




 クリストフが表情を変えずに聞き返した。


 ここでポーカーフェイスが出せるってところが、大統領の凄みだな。


 俺は構わず言葉を続けた。




「ルトヴィナが言っていたことを思い出したんだ。あんたの国は商人が集まって生まれたって。あんたの交渉の仕方は大統領というより商人のようだし、無関係ではないんだろ」


「まあ、私の親は国内でもトップクラスの商人だが」


「それじゃ、商人にとって一番重要なものって何だ?」


「……それは……」


「誰に教わったのか覚えていないが、信頼なんだよな。それがなければ、商売なんて成り立たないんだから」


「アキラ殿は冒険者なのに、よく知っているな。確かに、その通りだ」


「わかっているようだが、あえて言わせてもらう。あんたは俺とキャリーの信頼関係という最も重要なものをただで利用しようとしてるんだぞ? つまり、ダグルドルドはアイレーリスに大きな貸しを作ることになる。それを忘れるなよな」




 ギルドを通せば金を払うだけで済む話だった。その場合、俺が話を引き受けたかどうかはわからないが。


 だが、キャリーと俺の関係を利用しておいて、ただで済ませて良いはずがない。


 女王だったら、これくらいは交渉に使ってもいいだろうに。


 まあ、キャリーはその冷徹になりきれないところがいいところでもあるからな。


 こういうやり方を覚えてもらうことが果たしてキャリーの将来にとっていいのかどうかはわからない。




「……フッ……どうやら、アキラ殿は帝国のようにただ強いだけの馬鹿ではないらしい。失礼したな」




 クリストフは素直に頭を下げた。




「女王陛下、アキラ殿の言うことももっともだ。もし何か必要なら何でも用立てる。この貸しは私の個人資産を全てなげうってでも支払おう」


「……お金はいりません。それよりも、私とアキラとヨミさんとアスラフェルくんを無条件で信頼してください。何があっても決して疑わず、裏切らないと約束をしていただけるのであれば、今回の貸しはなかったことにします」




 キャリーのやつ、さっそく俺から学んだな。


 しかも、しれっとヨミとアスラフェルも信頼するように加えてる。


 これでもし二人が人間じゃないってことがバレても、クリストフだけは俺たちを疑えないし裏切れない。


 まあ、実際には俺たちを裏切ってもペナルティがあるわけじゃない。


 だからこの約束でもってヨミとアスラの全てが保証されたわけじゃないが、まっとうな心を持っているなら意味があるはずだ。


 それでようやくキャリーも落ち着いたのか、いつもの表情に戻っていた。


 クリストフの方が圧倒されている。




「……わかった。無条件で信頼しよう。これからは君たちに何があっても、私だけは君たちの味方だと約束する」




 この約束がどれだけ重い約束なのか、クリストフはわかっていない。


 少し騙しているようで悪いような気もするが、他人の信頼関係を利用することの意味を理解している大統領なんだから、これくらいは受け入れてもらわなければ割に合わない。


 何しろ、俺とキャリーはお互いを信用するまでに、殺されるかも知れないという修羅場を乗り越えたわけだから。




「それじゃ、お互いに納得したところで詳しい話を聞かせてくれ」




 俺はキャリーとクリストフを見比べてから言った。




「ああ。実は、数日前から我が国の国民が何者かに殺されるという事件が発生している。それを帝国の連中は魔族の仕業だと警告してきた」




 クリストフの深刻そうな表情から、それまでの雰囲気が一変した。




「数日前から……?」




 キャリーが聞き返したことに、クリストフはバツが悪そうな顔をした。




「今だから言おう。女王陛下の提案は我がダグルドルドにとっては渡りに船だったのだ」


「どういうことですか?」


「帝国はその魔族を討伐するだけの力があると言ってきた。だから、戦争で勝てばその力がダグルドルドのもになり、我々が負けた場合ダグルドルドも帝国の一部になるわけだから、当然その力を持って魔族を討伐してみせる、と」


「どちらにしても、魔族は帝国の力で倒すってことか。でも、だったらそれを材料に交渉でダグルドルドを取り込めそうな気もするが……」




 目の前に当事国の大統領がいても、お構いなしに思ったことを口にした。


 何しろ、俺たちはもう無条件で信頼されているわけだし。




「そこが妙だったのだ。帝国は力を示して領土を拡大することにこだわりを持っている」


「……その魔族、帝国と繋がっていると言うことではないのですか?」




 金華国やフレードリヒのことがあったから、キャリーは単純にそこを疑っているようだが、俺は同調できなかった。




「そう考えると、帝国が魔族を倒すと言い切る意味がわからないぜ」


「議会でも意見が割れた。帝国のマッチポンプである可能性は早くから疑っていたが、だとしたら魔族は倒せないはず。しかし、もはや被害は放っておけるレベルではなくなってきている」


「被害? それはどのような」




 キャリーの表情が少しだけ影のあるものになった。


 魔族の被害が、怪我程度のはずはないとわかっているからだ。




「一日に十人殺される。今回の会談で国を離れたから昨日の報告はまだ聞いていないが、恐らくはすでに百三十人は殺されているだろう」




 それはつまり、魔族がダグルドルドを襲い始めてから、昨日で十三日が過ぎたってことか。




「クリストフ大統領、なぜ国を離れたのですか!? そのような事情があるならば、魔法水晶での会談の参加でも十分だったのに!」


「いいや、それじゃダメだ。私は自分の目で魔族を倒したあなた方を見極めたかった。そうでなければ、国内の意見をまとめられない」




 真剣そのものクリストフには、一点の迷いも見られなかった。


 自分の目にそれほどの自信があるのか、あるいは……俺たちがクリストフのお眼鏡に適ったってことだろうか。




「国内の意見をまとめられないって、どういうことですか?」


「さっきも言ったが、帝国の提案は我が国の危機的状況を救うには都合がよすぎた。そのせいで帝国との戦争に賛成するものが現れている。勝っても負けても目の前にある魔族という脅威が取り除かれるなら、戦争しても構わない、と」




 そこで魔族を倒したことのある俺たちが目をつけられたってことか。


 俺たちが魔族を倒せば、戦争に賛成するものはいなくなる。




「クリストフは帝国との戦争に反対なんだよな?」


「当たり前だ。魔族との戦いが迫っていると言うときに、人間同士で争うことに何の意味がある」


「わかった。そう言うことならすぐにダグルドルドに向かおう。被害が広がるほどに不安に駆られた戦争賛成派が勝手なことをしないとも限らない」




 帝国や魔族の狙いがどこにあるのかわからないという謎はあるが、ここで考えていても答えが出るわけじゃない。


 おまけに日にちもかけてはいられないだろう。


 ダグルドルドの人口がどれくらいなのかわからないが、毎日必ず十人死ぬなんて、普通の人なら恐怖心で心がおかしくなっても不思議じゃない。




「アキラ、大丈夫よね」




 キャリーが心配そうな表情を向ける。




「あのな、キャリーは一番身近で俺たちの戦いを見てきただろ。今さらそんな顔をするなよ」


「そうだけど、私はもうアキラと一緒に旅に出られないわ。エリーネちゃ……伯爵も一緒じゃないし……」


「そんなに心配なら、キャリーにだけ中継してやろうか?」


「こんな時に馬鹿にするつもり?」


「アキラ、キャロラインさん。ケンカはやめてください。私とアスラフェルくんも一緒ですから、ミュウよりも強い魔族が現れても敵ではありません」




 すかさずヨミが口を挟んで俺たちの間に割って入った。




「さあ、行きましょう」




 そう言って謁見の間から出て行こうとするので、俺も慌てて付いていく。




「え、えーと。それじゃ、私も失礼します」




 何やら状況のよくわかっていないクリストフも妙に丁寧な言葉遣いで挨拶をして俺の後ろに続いた。




 城から出ると、クリストフのための馬車が待っていた。


 他にも戦士や魔道士が周辺に控えている。




「お待ちしておりました、クリストフ大統領。どうぞおかけになってください」




 促されるままクリストフが屋根付きの馬車に乗り込む。




「ちょっと待て。まさか馬車で帰るのか?」


「貴様! 我が国の大統領にそのような言い方をするなど……」




 一番先頭に立っていた戦士が剣を抜いて俺に向けてきた。


 どうやら、彼らはクリストフの……ダグルドルドの兵士のようだ。


 大統領の警護にあたっているのだろう。




「剣をしまえ。彼はこの王国を救った英雄だぞ。あまり私に恥をかかせるな」


「ま、まさか……あの……?」




 戦士は慌てて剣をしまって頭を下げた。


 別にこっちもそれほど気にはしていないんだが。




「それで、帰る方法だったな。馬車以外に方法がないだろ。私をここまで連れてきてくれた飛翔船とやらは他の国賓を送り届けに行ってしまったし」


「あのな、馬車で帰ったら何日かかる」


「それは……」


「被害者が増えるどころか、戦争賛成派が行動に出ちまうだろ」




 帰った頃には領土が帝国になっていたなんて、笑い話にもならない。




「ヨミ、飛翔船の魔法水晶に呼びかけろ」


「あ、はい」




 ヨミはあのスマホのような形の魔法水晶を胸のポケットから出して使った。




「もしもし、こちらはヨミ――ではなく、上級冒険者のアキラですが」




 そう言ってヨミは水晶を俺に向けた。


 魔法水晶には見たことのない人物が映っていた。


 男なのか女なのか、中性的な顔立ちと小さな画面のせいで判別できない。




「えーと、俺のことはわかるか? 飛翔船の持ち主であるシャリオットから、自由に使っていいって許可をもらっているんだが」


「知っています! アイレーリス王国を危機から救った英雄ですから!」




 あ、声は随分男らしい。


 野太い声で見た目とのギャップが凄いな。




「それで、あんたは?」


「はい! シャリオット殿下から船長の任を預かりました、アーヴィン=ホクォーツと申します! よろしくお願いします!」




 画面の中でペコペコ頭を下げている。




「アーヴィンね、こちらこそよろしく。それで、さっそくで悪いんだけど、国賓を送り届ける仕事って終わってるか?」


「いいえ、メリディアとグライオフの王を送り届けて、今はホルクレストに向かっている途中です」


「シャリオットには悪いんだが、こっちに戻ってきてくれないか?」


「今からですか?」


「急ぎの用事が出来た」


「……それは構いませんが……半日くらいかかりますよ」




 それじゃあ、その間に少しでもダグルドルドの方角へ向かっておくべきだな。




「アイレーリスからだと。ダグルドルドって直線で結ぶとどっちの方角だっけ?」


「だいたい、北東方向だが、それがどうかしたか?」




 AIに聞いたつもりだったんだが、答えたのはクリストフだった。




「アーヴィン、俺たちは馬車でアイレーリスの王都から北東へ向かう。その辺りに迎えに来てくれ」


「わかりました。夜になると思うので、馬車を明かりで照らしていてください」




 それだけ告げると、画面からは映像が消えた。


 ……魔法の明かり、か。夜に明かりもなしに走ったら、飛翔船からは見つけることが困難だろう。ただ、ヨミもアスラもそんな魔法は使えない。


 ランプの明かりとかじゃダメだよな。




「どうした? 飛翔船とやらの待ち合わせ場所に行くのではないのか?」


「明かりの魔法を使える魔道士を連れてこないとダメだ」


「……アキラ殿、その程度の魔法だったら私でも使える。……本当にアキラ殿は魔法を使えぬのだな」




 呆れると言うよりは、もはや感心するような口ぶりだった。




「悪かったな」


「いいや、魔法が使えなくても魔族を倒したという力にこそ私の関心がある。さあ、乗ってくれ」




 クリストフに促されて俺たちは馬車に乗った。




 そして、アーヴィンという船長はとても優秀な船長だった。


 俺たちが馬車でどこまで進んでいるかなんてわからないはずなのに、日が沈んでから一時間もしないうちに迎えに来てくれた。


 出迎えにはアーヴィンとシャリオットが現れた。




「お待たせしました!」


「いや、待つと言うほどでもない。思った以上に早く迎えに来てくれたからな」




 魔法水晶の映像からは伝わらなかったことがあった。


 アーヴィンはモデルのようにスタイルがよく背が高かった。


 長いストレートの髪を頭の後ろで一つにまとめている。


 そして、やはりこうして間近に見ても中性的な顔をしていて、一見すると女性に見間違えるほど。


 まあ、特徴的すぎる野太い声が、アーヴィンが男であると主張しているのだが。




「アキラさん、一体どうしたのですか?」


「シャリオット、帰る途中だったのに悪かったな」


「いえ、僕は別に……」




 俺は急に飛翔船を呼び出した理由を説明した。




「なるほど……ダグルドルドが魔族に……。いえ、でしたら特に言うことはありません。それよりも急ぎましょう」


「……すまんな。シャリオット国王陛下」




 クリストフが頭を下げると、シャリオットは優しくほほ笑み返す。




「気にしないでください。ダグルドルドは同盟の条約にサインをされたのでしょう。つまり、ホルクレストとしてもダグルドルドの危機を救う義務があります」


「その条約を利用したようなものだが、ありがとう」


「もちろん、今のは次期国王としての意見ですよ。個人的にはアキラさんが飛翔船を必要とした、これだけで私たちの帰路など気にする必要はないのです」




 シャリオットの説明に、クリストフは面食らっていた。




「キャロライン女王陛下だけでなく、シャリオット国王陛下もアキラ殿を信頼しているのか……」




 俺も少し意外に思えた。


 シャリオットと一緒に過ごした時間はそれほど長くはない。


 キャリーのように深く関わったわけでもない。


 考えていることが表情に表れていたのか、シャリオットはクリストフの言葉を返す前にチラリとだけ俺を見た。




「クリストフ大統領。僕は彼の戦いをギルドの魔法水晶でずっと拝見していました。そして、実際に会ってアキラさんが信頼に値する人間だと確信したのです。大統領もそのためにアキラ殿を国際会議の場に出席させたのではなかったのですか?」




 そう言えば、国際会議に出席する条件に俺の参加を要求してきたと言っていたな。


 あれは、クリストフのことだったのか。




「……その要求は私だけではなかったのだが、私の目的がアキラ殿を見極めることにあったことは否定しない」


「それで、大統領はアキラさんをどう思っているのですか?」


「想像していたよりもずっと信頼のおける男だと思っているさ」


「そうなのか?」




 キャリーに言われたから俺のことを信頼することにしたってわけじゃないのか。




「あの、そろそろダグルドルドに向かいましょう」




 しびれを切らしたようにヨミが話しかけた。




「そうですよ、国王陛下。それに、まだ国賓の方を送り届ける仕事も残っていますし」




 それを見て、アーヴィンもちょっと焦ったように促す。


 国賓ならシャリオットのことだろ、その仕事はもう考えなくても良いんじゃないか?


 俺たちが飛翔船を呼び寄せた理由は納得してくれたんだから。




「アキラさん、急ぎましょう。あまりお待たせしてしまうと、ウェンディ女王陛下にご迷惑をかけてしまいます」




 ……ウェンディ女王陛下……。


 その名を聞いてやっと思い出した。


 送り届ける仕事が終わったのは、メリディアとグライオフだけだったのだ。




「……ウェンディにも、俺から説明しておいた方が良いか?」


「いえ、それには及びません。僕から話しておきましょう」




 そう言ってシャリオットは飛翔船の中央から降りている階段を上っていった。


 俺たちもすぐに後へ続いた。


 船室に飛び込むのと同時に体を浮遊感が襲う。


 飛翔船は真っ直ぐダグルドルドを目指して飛んだ。

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