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出発

 窓から差し込む朝日で俺は起こされた。


 よく食べて、よく寝たお陰か。


 体調は万全。


 もっとも、一番の原因は未来の声が聞けたから、かも知れないが。


 程なくして扉をノックする音が聞こえた。




「アキラ様。朝です。起きていらっしゃいますか?」


「ああ、おはよう」


「昨日洗濯させていただいたお洋服をお持ちしました。入ってもよろしいですか?」


「どうぞ」




 静かにノブが回り、ゆっくりと扉が開けられた。


 俺はベッドから起き上がり、伸びをする。




「おはようございます。アキラ様のお洋服はこちらに置かせていただきますね」




 イライザはそう言ってタンスの上に置いた。




「昨日洗濯したときも思ったのですが、不思議なお洋服ですね」


「そうかな」




 チェック柄のただの長袖シャツ。春物の薄手のジャケットに、レギュラージーンズだ。


 服の安いチェーン店で買ったものだから、全部で1万くらいだった。


 質もそれなりだ。


 ジョサイヤに借りた服の方がよほど仕立てが良い。




「なんて言うか、デザインが先進的です。それに、このスラックスは今まで見たこともない素材でできていますし」


「まあ、この世界にはデニム素材なんてないよな」


「デニム素材? 外国で作られているのでしょうか」


「外国って言うか……」




 異世界だけどな。


 そういえば、結局夕食の時の話はエリーネのことばかりで終わったから俺のことはあまり聞かれなかったな。


 ある意味幸いだったのか。


 聞かれても答えるつもりだったが、エリーネの両親にしてみれば無職の男の素性よりも娘のことの方が優先される話だったんだろう。




「お着替え、手伝いましょうか?」


「へ? いやいや、その必要はないよ」




 いつまでもイライザがいたから着替えられなかったのに、そのために控えていたのかとカルチャーショックを受けた。




「でしたら、私はどうしましょう」


「えーと、取り敢えず部屋の外で待っててもらえるかな」


「はい。畏まりました。では、お着替えが終わりましたら、お呼びください。廊下でお待ちしております」




 この世界の貴族は着替えを使用人に手伝わせているのか。


 下着姿を見られることに羞恥心を抱かないのか?


 まあ、そういう文化の世界だと思うしかないか。


 言えば俺のやり方に合わせてくれるわけだから、そんなに問題があるわけじゃないし。


 ものの五分で着替えを終えて廊下に出る。




「待たせたな」


「いえ、それほどでもありませんでした。アキラ様、まずは洗面所でお顔を洗っていただきます。朝食前の儀式のようなものだと思ってください」


「大丈夫。俺の住んでいた世界でも、起きて顔を洗うのは普通のことだった」


「そうでしたか」




 とはいえ、現代の日本のように上下水道が整備されているはずはなかった。


 案内された洗面所の奥には井戸があって、すでに桶には井戸水が汲まれていた。


 まあ、そうだよな。


 この世界で蛇口を捻って水が出てきたら、その方がよほど違和感がある。


 顔を洗い、食堂に行くと、すでにエリーネたちは準備が終わっていた。


 朝食は夕食と違い、コース料理のように配膳されるわけではなかった。


 すでに料理が並べられている。


 パンとサラダとスープと卵料理(ぱっと見スクランブルエッグに見えるが、料理名が同じとは限らない)。


 デザート用に果物の盛り合わせまであった。


 オレンジやメロンなど、俺にもなじみの果物から、ポンネの実、サティカとか言うリンゴのような梨のようなよくわからないものまでたくさん籠に入っていた。


 デザートを全種類切ってもらい、それを食べながら俺は言った。




「風呂に料理に洗濯まで、随分と世話になったな。ありがとう」


「アキラ殿。これくらいのことは当たり前のお礼です。私たちの大切な娘を助けてくださった方ですから」


「そう思ってもらえるなら光栄だが、今日中にこの町を発とうと思ってる」


「アキラ!? どうして!?」


「エリーネ、食べながら立ち上がるなんてお行儀が悪いですよ」


「あ、はい。お母様」


「娘の言葉ではありませんが、なぜでしょう」


「エリーネにも言っていなかったが、俺には妹がいる。この世界のどこかにいるんだ。だから、どうしても捜さなければならない」


「妹さん、ですか。番犬の森ではぐれてしまったのなら、それこそ私の騎士団に捜索させましょうか? 娘を捜すための準備をしていたところですし」


「いや、あの森にはいない。どこか、都市にいるらしいんだ」


「……都市、ですか……。この国で一番大きな都市は、王都カリューラルド城下町ですね」


「そこにいるか確証はないけど、取り敢えず情報も欲しいし人の多いところに行こうと思ってるんだ」


「そうでしたか。それでは、私が馬車を手配しておきましょう」


「お父様! 私は、アキラを兵士として雇うべきだと思います」




 さっき怒られたときと同じような姿勢でエリーネがテーブルを叩いた。


 あまりの剣幕に、レイナは口を開けたまま固まっている。




「エリーネ? 何を言ってるんだ?」


「アキラは、お父さんが雇っている騎士団よりもよほど強いんです! だから、私はアキラを雇って欲しい」




 感情的になりすぎて、口調がお嬢様用ではなくなってしまっている。




「オークデーモンを倒したという話なら、信じているさ。だが、私たちの町を警護してくれているあの騎士団だってそれくらいの魔物なら対処できる」


「それはわかってます! でも、違うのです! アキラの力はもっと――」


「エリーネ。悪いが、俺はこの町に留まって一生を過ごす気はない」


「私を、守ると言ってくれたわ」


「それは、森を出るまでの話だろう」


「嘘つき」




 それだけ言うと、エリーネは食堂から出て行ってしまった。




「……申し訳ありません。エリーネの失礼を代わりに謝らせていただきます。後できつく叱っておきますので、どうか」




 狼狽え気味にレイナが謝った。




「気にしてはいないさ。このことではあまり怒らないでやってくれ」


「そう言っていただけるなら……」


「エリーネはよほどあなたのことが気に入ってしまったようですね。普段はあんなにワガママを言うような子ではないのですが」




 森でのことを考えると、どっちかっていうと今の姿の方がエリーネの本音だろうなと言うことは想像できた。


 しかし、妹の声を聞いてしまった以上、ここに留まり続けることはできない。




「……ところで、アキラ殿は確か無職とおっしゃっていましたな。娘があれほどこだわるほどの戦闘能力をお持ちなら、どこかの騎士団に所属している騎士ではないのですか?」


「エリーネから俺のことはあまり聞いていなかったんだな」


「といいますと」


「俺はこの世界の人間じゃないんだ」


「――は? あ、いや、失礼しました」


「いや、その反応はごく普通だと思う。俺自身も魔法や魔物を目にするまであまり受け入れられない事実だったからな」


「別の世界からやってきたと」


「俺からしたらこの世界は異世界だが、そっちからしたら俺の方が異世界人だろうな」


「……納得できました。それで、そのような珍しい洋服を着ていたわけですね」




 ジョサイヤの目が少しだけ輝く。




「いや、私はこれでも若い頃は冒険者として世界を渡り歩いたことがありましてな。そういう珍しい話には目がないのですよ。その事を聞いていたなら、エリーネと一緒にお引き留めしているところでした」


「隠すつもりはなかったんだ。信じるかどうかもわからない話だしな。エリーネには森で明かしていたからある程度は聞いてるかとも思ったんだが、話していなかったんだな」


「ということは、行方不明の妹さんは……」


「頭の回転が速くて助かる。この異世界に来た方法が無茶苦茶だったせいで、はぐれたらしい。どの国にいるのかすらわからない。ただ、連絡はあったから無事だってことと大丈夫だとは言われたな」


「連絡?」


「あ、えーと電話みたいな……ってこれも伝わらないか。確か、そうだ。この世界には水晶で魔法を使って遠くの人間と連絡するって聞いたぞ。それと似たようなもんだ」




 テレパシーの説明はあえてしなかった。


 異世界のことだけでもジョサイヤたちにとっては突拍子のない話だろうし、それに加えて超能力について説明できる気がしなかった。




「それでは、我が家の水晶を使って連絡を取ってみては? 居場所がわかるかも知れませんよ」


「いいや。俺たちには魔法が使えない。それにお互いの居場所もわからないから連絡の取りようがない」




 テレポートできないのは、きっとそう言うことだろう。


 元の世界なら、どんなに遠くでも俺のナノマシンに組み込まれたGPSで捕捉できる。


 この世界のことは国名もわからないし地図もわからない。


 そんな不明瞭な状況では、俺の居場所を想像できないからテレポートできないんだろう。


 テレパシーが途切れ途切れだったのも、やはりそう言うことじゃないか。


 一度お互いに顔を合わせないと、完全なテレパシーもテレポートもできない可能性が高い。




「地道に捜すということですか? それは……」


「難しいんだろうな」


「そう言うことでしたら、すぐにでも出発されたいでしょう」




 そう言うと、ジョサイヤはテーブルに置かれたベルを鳴らして執事を呼ぶ。




「用意しておいたものをここへ持ってきなさい」


「はい、畏まりました」




 何のことか訪ねようとしたら、食堂から出て行った執事が紐の付いた布袋を持って戻ってきた。


 大きさはちょうど片手で持てるほど。




「アキラ殿は無職と言っておられたが、冒険者というものは稼ぎがないなら無職と同じですからな。きっと、まだ無名の冒険者だと思い、必要なものを袋に入れてお渡ししようと思っていたのです」


「良いのか?」




 袋の紐を解いて中を見ると、金貨が十枚と水の入った瓶。それから、乾パンのようなものが入っていた。




「その水が入った瓶は魔法の瓶で特別製です。ちょっとやそっとのことでは壊れたりしませんし、中に水を入れておくとずっと冷たいままで腐ることもありません。一ヶ月に一回、町の魔法屋で魔法をかけてもらう必要はありますが、便利ですよ」


「何から何まですまないな」


「それから、一筆書かせていただきましょう」




 そう言って、執事が紙とペンを用意した。


 あれは、羊皮紙だろうか。


 一体何を書くつもりなのか。




「アキラ殿の目的を考えると、いずれにしてもギルドを使う必要が出てくるでしょう。もし、身元の照会を求められたら、これをギルドの運営に渡してください」




 要するに、貴族による紹介状か。


 ここまでされると、さすがに何か罠でもあるんじゃないかと思ってしまうのは、俺の人間性の問題なんだろうな。


 あるいは、追放されたことに対する――。




「どうして、ここまでしてくれるんだ?」


「決まってます。エリーネがアキラ殿を心から信頼しているからですよ。私は仕事柄いろいろな人間と関わります。貴族の間にはそれはもう説明するのもおぞましいような話もあります。エリーネがアキラ殿と出会わなかったら、本当に恐ろしい陰謀が動いていたのかも知れない。その経験と勘が、アキラ殿を認めた方が良いと言っているのです。正直に言ってしまえば、実に打算的な話ですがね」


「買い被り過ぎだ。俺は、他人のことよりも自分のことを優先する」


「それでも、エリーネをここまで無事に届けてくれた。それが全てですよ」




 それ以上はもう何も言わなかった。


 妹以外の人間だって、信じられる。


 そう思ってもいい。


 大衆が否定しても、個人の中には俺の味方だっていたはずだった。


 ジョサイヤは町で一番速い馬車まで用意してくれていた。




「もし、またこの町に来るようなことがありましたら、歓迎しますよ」


「あまり大事にはしないでくれ。目立つのは好きじゃない」


「それと、エリーネはその内王都の学校へ戻るので、王都で再会するかも知れませんが、その時はよろしくお願いします」


「約束はできないが、再会したら気にかけておく」


「ありがとうございます。行ってらっしゃいませ」


「ああ」




 俺はジョサイヤに見送られて、町を馬車で出発した。


 エリーネは見送りには来なかった。


 レイナはエリーネのそばにいるらしい。


 メイドや執事は家の仕事で忙しいんだろう。


 イライザにくらいは挨拶しておきたかったな。


 とにかく、一歩前進だ。


 あっさり王都で再会できれば俺の方も一件落着なんだがな。


 ただ、そうなると今度は元の世界に戻る方法か。


 あるいは、戻らずにこの世界で人生を全うするか。


 ま、気長に考えるさ。

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