戦後処理その一、罰編
俺が目覚めてから五日が経った。
だが、俺たちはまだ一度もキャリーと話が出来ていなかった。
それほどまでに城内の人たちは忙しなく動いていた。
キャリーやファルナやクラースを見かけたことは何度もあったが、話しかけることを躊躇われるような雰囲気だった。
そんな中でキャリーに一方的に告げられた。
近いうちに謁見の間で戦後処理の話し合いが公開で行われるからそれに出席することとそれまで王宮の敷地から出ないこと、と。
その間俺たちは城の中を好きに見て回っていいし、城の施設――例えば食堂や浴場も自由に使うことが出来た。
ちなみに、エリーネはシャリオットやルトヴィナと一緒に飛翔船で母親とメイドを迎えに行ったらしい。
飛翔船はそれだけじゃなくて、各地方と地方都市の領主である貴族たちも連れてくる任務を与えられている。
戦後処理の話し合いは、王国の政治に関わる全ての人間が揃うってことだろう。
だから、結局の所それまで俺たちの出番は何もなかった。
とはいえ、修復作業が行われている横で、ぶらついているというのも居心地が悪い。
俺とヨミはその作業の手伝いをすることにした。
すると、当然のようにアスラも俺たちの手伝いに加わった。
最初こそキャリーの客人で王国を救った英雄にそんなことはさせられないと断られたが、勝手に手伝っている内に打ち解けていった。
まあ、それほどたいした働きができたわけじゃない。
瓦礫を運んだり、補修用の石を積んだり。
どうやらこの世界の建築技術にも魔法が用いられているようで、パーツさえあれば補修工事はどんどん進んでいく。
ヨミが言うには工事に使う魔法はそれほど魔力を必要としないが、細かい作業なので制御が難しいらしい。
ヨミやアスラのように魔力が高いと使いづらいようで、魔法が使えるからと言っても補修工事の方は手伝えなかった。
朝早く起きて、朝食を食べる。
午前中は城の外の修復作業を手伝い、昼飯を食べたら午後は城内の修復作業に取りかかる。
夕食を食べて、風呂に入り、九時にはベッドに入る。
仕事で疲れているから、ぐっすり眠れた。
なんていうか、とても健康的で充実した日々を送っている。
そんな日々が三日も続くと、執事が客間にやってきた。
戦後処理を行う話し合いの日程が決まった。
来週の日曜日に、謁見の間で開かれる。
仕事を手伝っていると、その日はあっという間にやってきた。
謁見の間には全ての伯爵と子爵、それから戦争と事件の関係者が集められた。
もちろん、俺とヨミとエリーネとエヴァンス、それからアスラは一緒だった。
一人一人の顔ぶれを見れば、見知ってる人も多い。
レアード=クィンタスやオリヴィエ=ルオリスタ。
それに……ハイルフ!? あいつギルド支部の代表なのにどうしてここにいるんだ?
ジェシカは出席していない。たぶん、呼び出しは断ったんだろう。
他にはもちろん、ファルナやディレックの姿もあった。
……そう言えば、フレードリヒの複合戦略魔法を王国騎士団は魔物諸共喰らったはずだが、被害はどうだったのだろうか。
俺は部隊を回収しているときはすでに夢の中だったから、実際どれくらいの被害だったのかまったくわからなかった。
まあ、この話し合いの場でそれもはっきりするとは思うが。
キョロキョロしているとルトヴィナと目が合った。
何やら目を細めて色気のあるほほ笑みを向けている。
その隣には少しだけ緊張した面持ちのシャリオットが立っていた。
王子というか、実質ホルクレストの国王なんだからこういう席には慣れてそうなものなのに。
後は……魔法医のクラリッサとその妹……やばい、名前忘れちまった。
後でそれとなくクラリッサに聞いておこう。
エリーネの母親を助けてくれた王都の魔法医だし。
その二人のそばにベッドがあって、そこには体の一部が失われているもののかろうじて命を繋いでいる今回の首謀者――フレードリヒが寝かされていた。
「皆様。まずはこの度の戦争、及びテロ事件によって亡くなったものへ黙祷を捧げましょう」
キャリーが玉座から立ち上がって祈りを捧げるようなポーズを取る。
俺の知っている黙祷とはちょっと違ったが、この世界のしきたりに倣うことにした。
大事なのは形ではなく、死者を弔う気持ちだからだ。
一分ほど祈りを捧げると、みんな合わせたかのように目を開けていた。
「それでは、戦後処理について話し合いたいと思います。そして、その前にこの場にいる皆様に申し上げておきますが、この謁見の間の様子はこの魔法水晶で映し出し、全世界のギルドや魔法水晶に送り届けています。世界中の人が見ている可能性があるということを考えて発言してください」
どうやら、AIの発案した、魔法水晶による生中継は情報伝達の一つとしてこの世界の文化になるかも知れないな。
そんな予感を抱かせる光景だった。
そして、キャリーの口調が少しだけ優しくなっていた。
しゃちほこ張った堅苦しい話し方が無理をしているのは明らかだったし、何よりその事は全世界に知られてしまったからキャリーの中で折り合いを付けたのだろう。
「クラース。戦争による被害の報告をお願いします」
「はい。まだ戦争が終結してからわずか十日しか経っておりませんので、調査が進めばさらに被害者の数が増える可能性があるということは前置きさせていただきます」
[金華国との戦争による被害。死者はクリームヒルトの住人八百八十一人。ルオリスタの住人四百七十二人。怪我人と行方不明者の数はまだ不明です]
「今日この場には金華国からの代表者を呼んでいます」
代表者? 金華国の王様はミュウが殺した。
その様子は魔法水晶を通して世界中が見ていたわけだから、代表者なんているのかと思ったら、見知った顔が俺たちの前に進み出た。
「えーと、俺は金華国の地方都市――青銅の町で鍛冶職人を育ててる。ヒュームと言う……いや、いいます」
「私は金華国の王都に住む、カルロスと言います。こっちが、嫁のロレアナ。そして、娘のカタリナです」
全員俺たちの関係者じゃないか。
キャリーが根回しでもしてあいつらを代表者に仕立て上げたんだろうか。
「国王が不在の理由に関しては、皆さんもご存じでしょうからその理由は省きますが、この者たちは、金華国の国民によって投票で選ばれました。代表としての責務を負ってこの場に出席していただいています」
キャリーが補足説明をすると、貴族たちの中から少しだけ失笑が沸き起こったが、キャリーが一睨みで黙らせた。
「我々アイレーリス王国としては、金華国の行いはとても許せるものではありません。たとえ国王の独断による戦争だったとしても、その国王を祭り上げた国民に責任がなかったとはとても言えない。それは、理解していただけますね」
「女王陛下。俺たちは、今となっては何が本当のことだったのか、よくわからない。ただ、ウェンリー=キイムという男の言葉に乗せられたことは間違いないと思う。つまり、惑わされてあの男を国王にしてしまったわけではない。それが、俺たちの最大の罪だろう」
ヒュームははっきり言った。
「その罪をどう償うおつもりなのでしょう?」
「その事は俺たちの選挙の時にも争点になった。俺たちは国の成り立ちから在り方も含めて全てが間違っていた。与えられた土地で生きることへの劣等感が自分たちにとって都合のいい歴史に創り変えてしまったんだ。だから――金華国という国は解体してもらって構わない」
貴族たちから当然だという意見が起こった。
「あ、あの……ですが、我々にはあの土地しか住む場所がありません。どうか、それだけはわかって欲しいのです」
カタリナの父、カルロスが気弱そうにそう言うと、貴族たちから金華国の国民は皆殺しにするべきだという声が上がる。
あいつら新聞に惑わされてフレードリヒに付いたり、キャリーの支持率が回復すると掌を返したり、ある意味金華国の連中とたいして変わらないくせに声だけは大きい。
「静かに!」
女王の一言で、ざわめきはすぐに止まる。
「金華国に住む人々の歴史を皆さんはわかっているはずです。あの地は長らくホルクレストとメリディアの両国によって争いの火種となり、戦争によって行き場を失った者たちが集まって出来た国。今ここで彼らを滅ぼすと言うことは私のお祖父様の努力を無駄にすると言うことです。それでもあなたたちは彼らを殺すべきだというのですか?」
貴族たちは皆回りの顔色を窺うばかりで、反論するものはいなかった。
「確かに、あのウェンリーという男は、話の通じるうような人間ではありませんでした。しかし、わかり合える者たちをも排除するやり方が正しいとは思えません。私は、金華国の地をアイレーリスの領土とし、彼らにはアイレーリスの国民として共に生きていきたいと思います」
領土は手に入れるが、金華国の国民はそのままその地に住んでいいってことか。
金華国の人たちに住む場所は奪わないと約束していたし、一応バランスの取れた判断だった。
「しかし、そのような甘い考えでは彼らこそが次のテロ犯になるとも限りません! 何より、クリームヒルトの生き残りやルオリスタの生き残りがそれで納得するのですか!?」
貴族の一人が強く主張した。
「私は構いませんよ。女王陛下の提案に賛成です。何しろ、私の町では金華国の兵士たちが復興の手伝いをしていますし、彼らも話し合えば理解し合えますから」
オリヴィエは胸を張って反論する。
あの時の兵士たち、ちゃんとルオリスタの町の復興に貢献してるってことだな。
すると、パチパチと拍手する音が俺の隣から聞こえてきた。
エリーネが手を叩いている。
それは、オリヴィエやキャリーの提案に賛成するという明確な意思表示だった。
俺やヨミも一緒に拍手をすると、ルトヴィナとシャリオットも一緒に手を叩いた。
その事にギョッとしたのは貴族たちだった。
他国の王までもがキャリーの提案に支持しているのに、国内の貴族がそれ以上反対意見など言えるはずはなかった。
「同盟国の支持もいただけたようなので、金華国の解体とアイレーリスによる統治をここに宣言したいと思います。正式な書類は後ほど発行します。新たな町の名前も考えてはいますが……それはこの後の話と関連がありますので、先に進めたいと思います」
金華国の地方がまるごとアイレーリスになるわけだから、そこを治める貴族も選ばなきゃならないってことか。
「次に、クーデターを発端とした王国内におけるテロ事件について、クラースに報告してもらいます」
[テロ事件の被害は、クリームヒルトとフレードリヒの町の消失。そして、死者はフレードリヒの町の住人千百七十三名。王国騎士団が十六名。行方不明者はいませんが、怪我人は千人ほど。ただ、魔法医の協力のお陰で、重傷者数十名を除いてほぼ完治しております]
クリームヒルトの町が消失したのは、直接的にはキャリーの戦略魔法だが、まあフレードリヒとミュウに嵌められて使ったからな。
今となってはその事も魔法水晶で十分周知されているし、そこに異論を挟むものはいなかった。
「女王としてはっきり告げておきますが、ルーザスの行為は死刑以外に選択の余地はありません。ルーザス、何か意見はありますか?」
キャリーはこの件に関して誰かに意見を求める気はないようだ。
ベッドの上のルーザスしか見ていない。
「……い、いつか……きっと……後悔、しますよ……魔族との、戦いは……天使に選ばれた……私でなければ……勝てない……」
途切れ途切れだが、フレードリヒは生きていることも奇跡のような状態だってのに、反省するつもりはないらしい。
ある意味潔い。
「覚悟は出来ているようなので安心しました。問題は……他の伯爵の方々のことですね」
キャリーが貴族たちを見回すと、ギョッとした表情をしていた。
まさか、フレードリヒが処分されてそれで終わりだと思っていたのだろうか。
初めから当事者意識が低そうだったからありえそうな話ではある。
「じょ、女王陛下。我々は別に何も……」
「ええ、そうですね。私を疑い、遠くから無責任に意見を発するだけで具体的に王国のために何もしなかった。何のために領土の管理を任せていると思っているのです!」
そう……国内の事件に関しては、フレードリヒが金華国との戦争を利用したとは言え、貴族たちがもっと積極的に動いていればややこしい話にはならなかったはずだった。
中にはフレードリヒのことを信じて俺たちをスパイ扱いしやがった伯爵もいたが。
真実を見極めようとせず、その時に風向きの良い方に付こうとしたことだけは間違いない。
そして、それこそが今回のテロ事件の核心部分だったと思う。
不確かな情報に踊らされ、疑心暗鬼を煽った貴族たちの責任は決して軽いものじゃない。
「この時をもって、クィンタス以外の全ての伯爵から爵位を剥奪したいところですが、それではあまりに急変しすぎて地方都市が混乱してしまう。ですから、あなた方は子爵へ降格していただきます。もちろん、あなた方より相応しいものが現れたら即日で爵位がなくなると覚悟しておいてください」
「そ、そんな……」
「剥奪されたくなければ、何をすべきなのかよく考えて行動しなさい」
女王は冷たく言い放ったが、俺からすればキャリーの判断は凄く優しいものにしか見えなかった。
実際問題、領土が増えて伯爵が一人死刑になるわけだから、難しい判断だったと思う。
全員首にすると、王国の統治に実務的な無理が出てくる。
「さて、それでは今回の戦争やテロ事件の終息に貢献したものへの報奨を与えたいと思います」
キャリーが俺を見て笑ったような気がしたので、すかさず手を上げた。
「アキラ、その手は何?」
「勝手に発言するのはどうかと思ったから手を上げただけだ」
「何か私に言うことがあるの?」
「先に言っておかないと面倒なことになりそうな気がしたからな」
「……アキラ、実質的に王国を救ったのは――」
「俺に報奨は必要ない」
余計なものを与えられる前に釘を打っておかなければならないと思ってキャリーの言葉を遮った。
「また、そんなことを」
「妹の捜索費用だけで十分だからな」
「でもそれは、ケルベロスを討伐してくれたことに対する報奨よ。今回はあの時よりもよっぽど王国の平和に貢献してくれたのに、何も与えないというわけにはいかないわ」
「……そう言われても本当に欲しいものはないんだよ」
「私はアキラに公爵の爵位を与えたいわ」
謁見の間が騒ついた。
この場にいるほとんどの人が驚いている。
状況をよくわかっていないのは、俺とヨミとアスラだけだった。
「エリーネ。公爵って?」
「は? 呆れた……アキラってそんなことも知らないの?」
そんな当たり前みたいに言わなくても。
そもそもエリーネには俺が異世界の人間だって明かしたはずなのに。
「公爵って言うのは伯爵の上。宰相に次ぐ権力を持つことになるのよ」
「フレードリヒが治めていた辺りからクリームヒルトまでの南東地方をまるごとアキラには任せたいんだけど」
しれっとキャリーはとんでもないことまで押しつけてきた。
権力と土地。
戦争になるほど人にとっては価値のあるものだけど、俺には足枷でしかなかった。
「キャリー、さすがにそれは受け取れない」
「わかってるわよ。断るだろうなってことくらいは。伊達にアキラと一緒に旅をしてきたわけじゃないからね。ただ、女王としてそれくらいの気持ちは見せておくべきだってクラースが言っただけよ」
クラースの発案だったのか。
とても嫌な予感がする。
「あらあら、もしかして……アキラくんを婿入りさせようとでも画策したのかしら?」
ルトヴィナがわざとらしくそう言った。
これ、世界に中継されてるんだよな。
にもかかわらずの発言だとしたら、さすがとしか言いようがない。
「い、いえ。私はそのようなことは」
クラースが慌てて取り繕うが、キャリーまで冷ややかな目で見ているってことは図星だったんだろう。
「アキラくんの力を王国に取り込んでしまえば、確かに統治は安定するでしょうね」
「ルトヴィナ女王陛下。私個人の意見ですが、アキラを一国に留めることは反対です。アキラの力を必要とするものは、きっとアイレーリスだけではありません。アキラは冒険者として自由であるべきだと思っています」
「フフフッ……そうですわね。私も同意見です」
婿入りの話はルトヴィナが先に持ちかけたのだから、キャリーの発言はルトヴィナに向けた牽制とも取れた。
だけど、もちろんその挑発に乗ったりはしない。
魔法水晶越しなら、同盟国の女王同士意見が噛み合って、仲良くしているようには見えてるんじゃないか。
この場の空気はとてもプレッシャーに満ちたものだったが。




