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魔王の器とヨミの夢

 キャリーはすぐに王都に戻ると言って、生中継は終わりにすると伝えた。


 エヴァンスはそれでやっと魔法水晶に魔力を使うのを止めた。


 大仕事を終えた安堵感からか、その場にへたり込む。




「よく頑張ってくれたな」


「いえ、僕だけほとんど戦わなかったので……」


「だけど、悔しいけどエヴァンスのお陰で国民は私のことを認めてくれたのよね」


「そこは、俺の作戦のお陰じゃ……」


「何か言った?」




 キャリーがじろりと睨む。




「いや、もちろんなんでもない」


「はあ……威厳のある父のマネをしてきたこと、間違いだったのかしら」


「どういう意味だ?」


「ほら、私は十四歳で女王になったじゃない。だから、国民のみんなに不安感を与えたくなくて、国王としての父の在り方を真似したのよ」




 あの畏まった口調はそのためだったのか。




「でも、結局そのせいで国民との距離が離れて、疑心暗鬼を生み出す土壌を作ってしまったってことよね」




 ああ、やっぱりキャリーは俺の……いや、AIの考えた作戦の意味を正しく理解している。


 だからこそ、許せなかったんだろうな。


 間違っているなら、批難できるけど。キャリーにとって嫌なことでも、それが大局的に考えて正しかったから、批難しずらい。




「これからは、面倒なことは考えなくて良いんじゃないか? アイレーリスの国民は素顔のキャリーの方が魅力的だと思ってるんだからさ。もっと自由に振る舞っても、文句を言うヤツはいないだろ」


「……一人だけいるわ」


「は?」


「クラースだけは私の素顔を見ていないのよ。ほとんど魔族の魔法に操られていたから」


「あ、そう言えばそうか」


「クラースが私の状況を知ったらどうなるか……。アキラが責任持って説明してよね」


「俺か!?」


「当たり前でしょ」


「アキラ! ちょっとこっちに来てください!」




 いつもの調子でキャリーと話していたらヨミが叫んだ。


 どこにいるのかと思ったら、フレードリヒが倒れている辺り。エリーネも一緒にいる。


 キャリーと顔を見合わせて、ヨミの所へ駆け寄る。


 特に心配するようなことはないはずだ。


 フレードリヒの反応を見逃さないために、攻撃手段がなくなったとはいえキャノンギアのままでいるのだから。




「う……」




 フレードリヒを見るなり、キャリーは口元を両手で押さえる。


 必殺技のエネルギーはほとんどが複合戦略魔法を消失させるために使われた。


 だからフレードリヒの体を貫いたエネルギーの渦は相当に威力が軽減されていたはずだが……フレードリヒの体は焼け焦げ、一部が消失するほどボロボロだった。


 それでもまだ微かに息はある。


 魔族よりもしぶとい。




「どうしますか? トドメを刺しますか?」




 シャリオットとルトヴィナが互いを支えながら近づいてきた。




「このまま放置しておいても勝手に死ぬことになりそうですわ」


「……エリーネちゃん、フレードリヒに治療魔法をかけてくれる?」




 少し離れたところから見ていたエリーネが呼ばれたことに反応してよろよろと歩いてきた。




「……女王様。どうしてですか? ルーザスさ……ルーザスのせいで私の父は亡くなりました。そのルーザスを私に治療しろというのですか?」


「エリーネちゃん。ここでルーザスを殺すのは簡単なことよ。でも、私は生きているならちゃんと王国の法で裁きたいと思うわ。それがたとえ、死刑だったとしても」




 ……多くの人を殺し、王国を混乱させたルーザスがそれ以外の罰になることはないだろう。


 つまり、殺すために生かすと言うことだ。




「……女王様、約束してください。ルーザスを死刑にするときは、必ず私も立ち会いますから」


「ええ、約束するわ」




 子供だから見るべきではない。そう言うと思っていたが、もうエリーネが一人前の冒険者だとキャリーも認めていた。




「アキラ、そんな人よりも、こっちです」




 そう言えば、ヨミもフレードリヒのことなんか見ていなかった。


 数歩離れたところで何かを見ていた。


 俺はヨミに近づくと、そこに人が倒れているのが見えた。




「え?」




 弱ってはいるが、魔力の反応がある。




「だ、誰だ?」


「たぶん、あの人が持っていたクリスタルに封印されていた、魔族……」




 魔王の器とか言っていたあれか。


 そう言えば左腕が失われている。




「う……ん……」




 寝返りを打って、仰向けになった。


 フレードリヒが生きていて、その力の源だった魔族がそう簡単に死ぬはずはない。


 しかも、将来的に魔王になるほどの魔族なら、尚更だ。




「そ、その子はまさか……」




 俺たちのことに気がついたのはルトヴィナだった。




「どういう仕組みかわからないけど、フレードリヒから解放されたみたいだ」


「こ、殺してください!! その魔族は魔王の器! いずれ私たち人間にとって最悪の敵とあるはずです!!」


「そうと決まったわけではありません! この子はあの人間に力を無理矢理使われていただけかも知れない!!」




 魔族の少年を庇うようにヨミがルトヴィナの前に立った。


 そして、その声に呼応するかのように、魔族の少年は目を開けた。




「……に、兄ちゃん……」




 その瞳はなぜか俺を真っ直ぐ見つめている。




「ずっと、見てたんだ……。兄ちゃんが俺をあいつから助けてくれたんだろ。あ、ありがとう」




 声が小さかったので、しゃがんで体を抱き起こす。




「いや、礼を言われるようなことをした覚えは……」




 魔族を助ける気なんて全くなかった。




 ただ、フレードリヒを倒したら結果的にそう言うことになっただけだ。




「兄ちゃん、強くて格好いいな……俺も、兄ちゃんみたいになりた……」




 そう言うと、右手を俺の顔にのばそうとして、力なく落ちていった。




「お、おい」


「すー……すー……」


『寝息が聞こえます』




 AIが冷静に告げる。焦りを見せた俺が馬鹿みたいじゃないか。




「ヨミ、こいつは大丈夫なのか?」


「……そのようですね。魔力はだいぶ減っていますが、生命力は安定しています。いつかの私ほど危険な状態ではないようですね。魔王の器、だからでしょうか」


「アキラくん、まさかとは思うけど……」




 ルトヴィナの視線が痛い。


 それは俺の考えを見抜いているってことだろう。




「こいつのことは、少し保留にしてくれないか?」


「アキラ!? 冗談でしょ!?」




 キャリーもルトヴィナ同様、魔族は殺すべきだと考えているようだ。


 仕方がない。


 もっと落ち着いてから明かすべきだと思っていたが、




「ヨミ、いいか?」


「……そうですね。理解していただくには、それしか方法がないようですので」




 俺の一言で、ヨミは言いたいことを理解していた。




「キャリー、それからルトヴィナ、シャリオット。このことは、ここにいる者たちの胸にとどめておいて欲しい。そしてもし、この約束が破られた場合。俺はたぶん、みんなと敵対することになる」




 俺はあの時、ヨミを守ると約束した。


 それは俺にとって守るべき正義の一つだった。




「どういうこと……」


「それは、私が魔物である、と言うことです」




 ヨミの下半身は人の大きさほどある蜘蛛の腹と足に変化していた。




「な……」




 驚いていたのは、王と女王だけ。


 俺はもう変身を解除していた。


 このことで、戦いたいとは思わない。


 エリーネは祈るような表情をさせている。




「アキラは、やっぱり魔物の味方だったの?」


「キャリーやこの世界の人たちがどうしてそこまで魔物や魔族に対して敵意を持ってるのか、それはきっと俺にはわからないと思う。だけど、キャリーはヨミと旅をしてきて、ヨミの素顔を見てきただろう? あれが全部演技だったと思うのか? 他の魔物のように殺すのか?」


「……それは……」


「人間だって人間を殺す。魔物も人間を殺すが、人間と共に生きたいと願う魔物もいるんだ。それを認められないか?」




 沈黙が辺りを包んだ。


 重苦しい空気に支配される。やはり、理解はされないのだろうか。




「……伝承の一つに、かつて人間と魔族が手を取り合ったことがあったと記されていますが、その直後に歴史が大きく動いたとされています。その結果、世界は再び混沌へと陥ったと……」




 その話、以前にもどこかで……。




「ルトヴィナも、魔法水晶を通して俺たちの行動は見ていたんだろ? それでもヨミは殺すべき魔物だと思うか?」


「アキラくん。私はこの伝承についてずっと不可解だと思っていたことがありました」


「不可解? 何のことだ?」


「手を取り合うことがあった。アキラくんやヨミさんを見ていると、信じてみてもいい気がするのですが、その後の伝承が曖昧すぎるのです。人間と魔族の戦争が終わらなかったのならどちらかが裏切ったと言うことなのでしょうか? ですが、その事はまったく触れられていない。ですから私は漠然的に魔族と手を取り合うことそれ自体が人間の世界に混沌をもたらす行為なのだと解釈してきました」


「難しい話だな。それはそもそも真実だと言えるのか?」




 伝承なんて誰かが書いたものだろ。


 そいつが真実をありのままに書いたかどうかなんて誰にもわからない。


 フレードリヒの新聞と同じで、誰かにとって都合のいいものなのかも知れない。


 おまけに、それは遙か昔のことだからもう誰も確かめようがない。


 検証不能の不確かな情報だ。




「そこなのです。今回の件で、情報というものの扱い方を学ばせていただいた気がします。私の目にはヨミさんは人間に害をなす魔物ではないと映りました」


「ルトヴィナ女王陛下!? 信じるのですか!?」




 キャリーが目を見開く。信じられぬものでも見るような瞳だった。




「では、キャロラインさんはヨミさんが人間の敵である、と思っているのですか?」




 キャリーは結局同じ質問で言葉を詰まらせた。




「キャロラインさん。難しく考える必要はないのではありませんか?」




 シャリオットが優しく話しかける。




「キャロラインさんは今回の事件を通して誰を信じるべきなのかを知ったはずです。それはきっと、誰かではない。キャロラインさんの心はもう答えを得ているはずです」




 キャリーがヨミを見上げる。


 その表情は自信なさげで頼りない。


 迷っているのが誰の目にも明らかだった。




「……ヨミさん。いつだったか、アキラと将来を約束していると、言ったわね」


「はい。私の夢はアキラと結婚して子供を作って、小さな家を買って家族で慎ましやかな生活を送ることですから」


「ちょっと待て、人間とだろ」


「ですから、私の一生を捧げてもいいと思える人間はアキラしかいませんと、何度も言っているじゃありませんか」


「俺は同意した覚えはないぞ」


「その割には、いつも私のことを気にかけてくれてます。もう素直になってくれてもいいと思います」


「ヨミのことは仲間として認めてはいるが、恋愛感情はない」


「そうでしょうか?」




 俺とヨミが睨み合っていると、突然笑い声が割り込んできた。


 見ると、キャリーがお腹を抱えて笑っている。




「そんなに面白いか?」


「ごめん、ごめん。でも……フフフッアハハッ」




 目尻の涙を拭いながら、さらに笑う。




「あの、キャロラインさん?」


「……ヨミさんが、アキラを本気で好きだってことはわかったわ。それと、アキラも魔物の味方じゃなくて、ヨミさんの味方なわけね」


「その解釈は、何か誤解を招いているような気がしてならないんだが」




 キャリーは本当にわかってくれたのだろうか。


 少し……いやだいぶ心配になってくる。


 キャリーは大きく息を吐いて、ヨミに向かい合った。


 さっきとは、瞳の輝きが違う。




「私もヨミさんのことは嫌いじゃないわ。ううん、もっと積極的な感情よ。魔物とか人間とか無視して、ヨミさんを仲間として信じられると思ってるわ」


「ありがとうございます」




 そう言うと、ヨミは魔法でまた人間の姿へ変身した。




「それって幻惑魔法か何かなの?」


「いいえ。神の力を引き出す魔法とは違います。魔物独自の能力に近いようです。ただし、ある程度魔力を操れないと変身できません」




 キャリーは今までと何ら変わらない口調ですぐにヨミに話しかけた。


 それがキャリーのいいところでもあった。




「ところで、エリーネちゃんは驚いていないけど……ヨミさんのことを知っていたの?」


「え? あ、はい。そもそも、私が助けてもらったことが、アキラとヨミさん、それから私が出会ったきっかけでしたから」




 もう随分と前のような気がするが、そうでもないんだよな。


 俺がこの世界に来た直後、番犬の森での話だ。




「私もアキラも、最初はヨミさんのことを倒そうとしたんですよ」


「え?」




 キャリーの視線が急に厳しいものになった。


 何か間違ったことをしたか?


 生中継のことはもう謝ったのに。




「アキラ……、あんた散々偉そうなこと言っておいて、自分だってヨミさんを敵視したんじゃない!」


「いや、それはほら……よくわからなかったし、最初に会ったときは人間の姿じゃなくて魔物の姿だったから、普通敵だと思うだろ」


「言い訳するなんて見苦しいわよ」


「あの、キャロラインさん。私はもうその時のことは気にしていませんし……」




 いつの間にか、俺とキャリーの間を取り持つようにヨミが話しに加わっていた。


 それでようやくキャリーは納得してくれた。




「……それで、どうしてこの魔族のことは保留にしたいの?」




 やっと、話がそこに戻った。




「俺はこの魔族についてよく知らない。だからこそ、はっきりさせておきたいんだ。ヨミとのことがあってから、ちゃんと確認して見極めるまでは魔物であっても攻撃したくない」


「……魔王の器よ」


「魔物の中にも人間と共に生きようとするものがいたなら、魔王の中にいないと断言できるか?」


「もし、人間に敵意を持っていたら? フレードリヒよりも厄介な敵になるかも知れないわ」


「だが、今の時点ではフレードリヒに力を利用されただけだろ」


「……フレードリヒは天使から授けられたものだと言っていたわ。つまり、この魔族をクリスタルに封印したのは天使ってことになるわよ。それって、人間の脅威になり得るってことじゃないの?」




 キャリーの言葉は一見正しいことのように聞こえる。


 だけど、俺には納得できないことがあった。


 フレードリヒは己の正義のために人間も魔物もたくさん利用し、殺してきた。


 そんな人間にこれほどの力を与えた天使の判断は正しいものだったのか。


 俺もキャリーもフレードリヒを倒すことでそれを間接的に否定した。




「なあ、キャリー。天使は魔族や魔物と違って無条件に信じるのか?」


「え? それは、だって天使なのよ」


「だが、結果を見ろよ。天使がフレードリヒに魔王の器なんか与えるから、どうなった?」




 キャリーは俺の言いたいことを考えているようだった。




「魔族や魔物は信じるのに、天使は信じないってこと?」


「そうじゃない。俺は俺の五感で感じて判断したことしか信じないってことだ」




 この魔族のことも信じているわけじゃない。


 今はそれを判断するだけの情報が何もないってだけだった。




「……この魔族のことも、ちゃんと話を聞いてから判断したいってことね。それでもし、人間に害をもたらすものだったら?」


「その時は全力で戦うだけだ。人間に悪意を持つ魔物や魔族の存在は、結局は将来的にヨミのような魔物の立場を悪くさせるからな」


「……アキラって、やっぱり……」




 そこまで言ってキャリーは視線を逸らした。




「何だよ、気持ち悪いな」


「何でもないわ。それより、ヨミさん。負けるつもりはないからね」


「ええ、望むところです」




 何やら二人の間で勝負が始まったようだが、俺には何のことやら理解できなかった。




「……若いわね」




 ルトヴィナがため息交じりにそう言ったが、




「いや、ルトヴィナも十分若いと思うが」




 横顔を見てそう素直に感想を言った。




「あらあらあら。アキラくん、あなた今何歳でしたかしら?」




 すると、途端に瞳が輝き出す。こういう所が、若いと思わせるゆえんだ。




「二十一歳だけど」


「そう。もし良かったらメリディアに婿入りしませんこと?」




 ルトヴィナの爆弾発言に俺が何か言おうとする前に、




「「ちょっと待ってください!」」




 綺麗にヨミとキャリーの声が重なった。




「何を勝手に話を進めているんですか!」




 キャリーが詰め寄り、ヨミは俺を隠すかのように前に出る。




「……アキラさん、お察しします」




 気の毒そうにシャリオットが俺の肩を優しく触れていた。

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