フレードリヒの実力
体が重い。
まるで、自分の体じゃないみたいだ。
立っていることも出来ず、俺はその場に膝を付いた。
「アキラ!? 大丈夫なの!?」
俺の言葉通り、ルトヴィナを受け止めたキャリーが心配そうに叫ぶ。
「じ、自分の心配をしてろ!」
「でも……」
「その通りです。これからあなた方は真の恐怖と絶望を味わうことになるのですから。それと、アキラと言いましたっけ? あなたは最後に殺しますから、その檻に手を触れたりしないでくださいよ。生身の人間の体など簡単に焼き焦がしてしまいますから」
目を見開いたまま、口元だけで笑っていた。
「アキラ! 伏せて! 風の神の名において、我が命ずる! 真空の刃よ、斬り刻め! ブラストカッター!」
キャリーがフレードリヒの話など無視して俺を囲む雷の檻に魔法を放つ。
だが、雷の檻に風の刃が触れると、周囲に雷を散らす。
その衝撃で、風が消滅して刃もかき消えた。
「そんな!?」
「無駄です。あなた方人間が今の私に勝てるはずがない。お見せしましょう。これが天使から授けられた私の力。魔族を打ち倒し、人間の世界に平和をもたらすのです!」
そう言って、フレードリヒが右手を空に掲げる。
その手には、握り拳ぐらいのクリスタルが握られていた。
細長い台形のプレートを幾重にも重ねたような複雑な形をしてる。
そして、圧倒的なまでのプレッシャーを放っていた。
ネムスギアが機能停止しているせいで、センサーはおろか自分の体を支えるのがやっとの俺でさえそのクリスタルに秘められた魔力がただの魔族のものではないとわかる。
「そんな!? その、クリスタルは……ありえません!!」
みんながその魔力に尻込みする中、ヨミだけは驚きで歩み出ていた。
「ほぅ。わかるのですか?」
「そのクリスタルからは、生命力を感じます! なぜです。魔族は死ななければクリスタルにはならないはずです!」
「その技術に関して、私にはわからない。だが、天使がとある魔族の封印に成功したと言って、このクリスタルを私に授けられたのです」
「まさか、ルーザスが複合戦略魔法を使えたのは……」
「ええ。私の魔力では当然あんな馬鹿げた魔法は制御できませんよ。ですが、この魔族のクリスタルが私にそれだけの力を与えてくれる」
「ダーククロースアーマー!」
ヨミが闇の力を身に纏い、フレードリヒに飛び蹴りを放つ。
「おっと」
それを一っ飛びで躱し、さらに向かってくるヨミの蹴り技をことごとく左手で払う。
「せっかちなお嬢さんだ。まだ私の話は終わっていませんよ」
「聞く必要ありません! あなたの力の源がそのクリスタルなら、それを破壊すればいいだけのことです!」
「ハハハッ! これを破壊する? ならやってごらんなさい!」
クリスタルを握ったままの右手をヨミの眼前に差し出した。
「ヨミさん! 罠かも知れないわ! 魔法で撃ち抜くから下がって!」
「いえ! 多分、一点を攻撃するには、私の魔法の方が向いています!」
ヨミの判断は間違っていない。
キャリーはどちらかというと範囲攻撃が得意だ。多くの敵を一度に倒す力はあるが、その反面近接戦闘と単体攻撃は苦手。
それこそ、そういう細かいことを必要としない複合戦略魔法ならフレードリヒもまとめて消滅させられるかも知れないが、さすがにこれだけ仲間がいる場所では使えない。
本来なら俺の出番だが、変身すらできない今の俺では、そもそもこの檻から抜け出す術すらなかった。
残りのメンバーで、俺に次いで単体攻撃に優れているのは――。
「はあああああ!!」
フレードリヒは逃げるどころか、ヨミの技を邪魔するつもりもないらしい。
クリスタルを差し出したまま、左手を背中の後ろにやって堂々と立っていた。
ヨミの全身を覆っていた闇が右足に集中する。
「これで、終わりです!」
左足を軸に、腰を大きく回転させる。
右足の先がフレードリヒの持つ右手のクリスタルにぶつかる。
ドオンと、何かが破裂するような音が響き、少しだけ地面が揺れた。
「そ、そんな……」
そう言葉を零したのは一番間近で見ていたヨミだった。
だが、気持ちは俺も同じだった。
今の一撃は決して軽い攻撃じゃない。
それこそ、ミュウの分身くらいなら倒せるくらいの威力はあったはずだ。
それなのに、クリスタルは傷一つ付いていない。
「そろそろ、魔力を偽証するのはやめましょうか? あのミュウとか言う魔族が使っていた魔法で真の力を隠すのはこのクリスタルのことを秘密にするのにも役に立ったんですが、もはや今さらですし」
「あ……あ……」
クリスタルから足を戻し、ヨミは再び全身に闇を纏うが、見るからにさっきよりも量が減っている。
そして、フレードリヒの体が徐々に闇に覆われていく。
それはまるで、ダーククロースアーマー。
すでにミュウの幻惑魔法を使って実力を隠していたことを告白しているんだから、気付くべきだった。
こいつも、ミュウと同じ魔法を使える。
ファイトギアで殴ったにもかかわらず、耐えられたのは常にあの魔法で全身を強化していたからだった。
最初から全力で戦うべきだったんだ。
「お嬢さん。今から左の拳であなたの顔を殴ります。両手に闇を集中してガードした方が良いですよ」
「くっ」
ヨミは素直に両腕に闇を集中させて顔の前でクロスさせた。
「ヨミさん! ダメよ。それじゃあ、体が!」
キャリーの目にはヨミが敵の言いなりになっている馬鹿のように映っているのだろうか。
ヨミの戦闘能力はキャリーに心配されるようなものではない。
きっと、魔物とのしての本能が、ヨミを激しい戦いの中でどんどん成長させていた。
だから、わかっているんだ。
フレードリヒはヨミに対して小細工や裏をかいたりしない。
そうする必要がないほど、実力に差があると。
そして、逃げても無駄だと言うことも。
フレードリヒがその場で空手の構えのように左の拳を腰の辺りで握る。
拳を覆う闇が揺らいだと思ったら、真っ直ぐに正面からヨミの顔を狙って突きを出した。
「うああああああ!!」
ヨミは腕に全力を集中させて何とか拳を受けていたが、それでも勢いが止められない。
「脆いものです」
そう言ってフレードリヒがもう一歩足をヨミに踏み出すと、ゴキンと音を立ててヨミの左腕が力なくガードの姿勢を崩した。
さらにそのまま、拳はヨミの顔を捉えて、大きく後ろに吹き飛ばされた。
「ヨミさん!」
エリーネが倒れたヨミに駆け寄る。
「聖なる神の名において、我が命ずる! 治癒力を促す光よ、キュアブライト」
淡い光が波のようにヨミの全身に行き渡り、折れた左腕も治した。
「あ、ありがとうございます」
「ヨミさん、これも」
キャリーが魔法聖霊薬を差し出す。
ヨミはそれを一気飲みして瓶を放り投げた。
「み、皆さん。逃げてください。あれは、あなた方の手に負える相手ではありません」
「何を言ってるの? だったら、それこそみんなで協力して戦うべきじゃない」
ヨミの顔は冷や汗でいっぱいだった。
実際に手合わせをしたヨミにしかわからない強さがあったと言うことか。
「そうそう。まだ話の途中でしたね。どうして私に複合戦略魔法が制御できたのか。それはですね。このクリスタルに、次期魔王の一柱に選ばれると言われている現魔王の息子が封印されているからですよ」
辺りがしんと静まりかえった。
ルトヴィナでさえ、驚きを隠せないでいる。
魔王というのは、それほどこの世界の人間に恐れられていると言うことか。
「ま、魔王の器……?」
「その通り」
ルトヴィナのつぶやきに、フレードリヒが楽しそうに手を叩いた。
「何ですか? それは?」
シャリオットが聞き返した。
この世界の人間なら知っているっていう話ではなかったのか。
「ホルクレストは世界の伝承について、何もあなたに教えていないのですか?」
こんな時に、ルトヴィナはシャリオットの教育について批難したが、返答を待たずに言葉を続けた。
「伝承によると、魔王は七柱存在するといわれています。そして、魔王が一人でも死ぬと別の魔王が覚醒する。あるいは、魔族の中で魔王に匹敵する力を付けた者が現れると、魔王の一柱を倒してその座に付くと言われています。つまり、魔王の数は決して変わらない」
ルトヴィナの説明を補足するかのようにフレードリヒが言葉を続けた。
「そう。魔王の器とは、将来的に魔王を倒しうる力を持つ者のことを指します。ま、これほどの力を持ってしても、まだその座につけるほどではないらしいのですが。ちなみに、あのミュウという魔族もこれを手に入れるために私を監視していたようですよ。この力を取り込めば、魔王になれるとでも思ったのでしょうか」
ミュウの言っていた敵。
俺たちにとっても敵だというのは、このことだったのか。
「ど、どうしてそんなものをあなたが!?」
「天使が私を選んだ。ならば、私の考えが正しかったと言うことではないでしょうか。人間は一致団結して魔族との戦いに望まなければならない。その結束を乱すものは、私が指揮する人間の中には必要ないのですよ」
「違うわ! そんなの間違ってる!」
「この話を聞いても、あなたは私と共に人間のために人生を捧げられないのですか。仕方ありません。あなたの力は魔族との戦争に必要だと考えていましたが、もはや複合戦略魔法は私一人で十二分に使えますし。これ以上私の邪魔をされては困りますからね。ここで死んでもらいましょう」
「シャリオットくん。キャロラインさん。あなたたちはまだ若いわ。この場は私に任せて逃げなさい」
「ルトヴィナ女王陛下!? 何を」
「聞きなさい! もはやあれを倒せる可能性があるのは、あなたの複合戦略魔法しかない。ですが、ヨミさんとの戦闘を見たでしょう。誰かが足止めをしなければ、逃げられてしまう」
ルトヴィナの表情からは完全に余裕が消えていた。
フレードリヒの力が口先だけのものではなくて、本当にやばいってことだろう。
「まさか、ルトヴィナ女王陛下ごと、殺せと言うつもりですか!?」
「クククッ……面白い作戦ではありますね。いいですよ。ほら、逃げなさい」
ルトヴィナの隣りにヨミが並んだ。
「……どういうつもりかしら」
「お茶とお菓子をごちそうになりましたから。そのお礼に付き合います」
「……あなた、あれだけ力の差があると見せつけられたのに、強いのね」
「いいえ。そうでもありません。本当のことを言うと、ここにはアキラがいます。置いて逃げるという選択肢は私にはありません」
「…………羨ましいわ。私にもそう想える人がいたら、この年まで独身でいることもなかったでしょうね」
「まだ、諦めるのは早いと思いますよ」
「フフフッ……アハハッ……」
こんな状況だというのに、ヨミとルトヴィナは笑っていた。
「ヨミさん。あなたの戦闘スタイルは、格闘による近接戦闘でいいのね?」
「一応、もう一つ魔法が使えますが、たぶんあいつには効果がないと思います」
「私の魔法は攻撃的ではありませんが、その代わりに嫌がらせをするのに向いています。上手く隙を突いてクリスタルではなく、本人に攻撃を仕掛けてください」
ヨミはダーククロースアーマーの闇を纏ってフレードリヒに向かって行く。
ルトヴィナは二人の攻防をじっと見つめながら口元を動かしていた。
「キャロラインさん!」
二人が戦いを始めた背後で、キャロラインは呆然としていた。
シャリオットの呼びかけにも応じるそぶりすら見せない。
「女王様! 本当に複合戦略魔法を使うつもりですか!?」
「エ、エリーネちゃん。でも、相手は魔王の器を持ってるのよ。それ以外に、勝てる方法が見つからないわ」
そうは言っているが、一歩も動こうとしない。
全力でキャリーが使う複合戦略魔法の威力は町を吹き飛ばすほど。
目の前で使えば自分の身だって危ない。
だから、使うためにはまず十分に距離を取らなければならない。
動かないと言うことは、さすがにルトヴィナごと殺すことに躊躇いがあると言うことだった。
「本当は使いたくないんですよね」
「それは……でも、じゃあどうしたら」
「大丈夫ですよ。アキラはまだ生きてる。アキラは約束を破ったりしません。女王様に恥をかかせた罪を償ってもらわないと」
そう言ってエリーネもルトヴィナに並んだ。
「あなたまで」
「私がヨミさんに防御魔法を使います!」
闇を纏ったヨミとフレードリヒが一進一退の攻防を繰り広げていた。
ヨミの左膝蹴りが脇腹を抉る。
その反動で横に飛び退きながらすれ違いざまに左の拳を大きく振り回してヨミの顔を捉えようとしたが、ヨミの頬を光の盾がガードした。
「防御魔法!?」
一瞬動きの止まったフレードリヒの腹を狙って、ヨミが右足を直線的に突き出す。
「ぐっ!」
少しはダメージがあったのか、フレードリヒは三歩ほど後ろに飛び退った。
「アイシクルウィップ!」
そこへ間髪を入れず、ルトヴィナの放った魔法が襲いかかる。
空気を凍らせて具現化させた氷の鞭が、四方八方からフレードリヒの体を絡め取る。
「邪魔な!」
全身氷づけにされてもそこから脱出したフレードリヒにその程度の攻撃でダメージを与えることはできないとわかっていたのだろう。
すでにヨミがフレードリヒに向かって駆けていた。
「はっ!」
大きく飛び上がり、右足に闇を集中させる。
フレードリヒが氷の鞭をぶち切るのと、ほとんど同時にヨミの跳び蹴りがフレードリヒの顔を捉えて吹き飛ばした。
地面を転がるが、それでも右手のクリスタルは離れない。
あれはもう、ただ手に持っていると言うだけではなさそうだ。
天使に授けられたってことは、物理的ではない魔法的なものでフレードリヒと繋がっているんじゃないか。
だからこそ、クリスタルから力を引き出している。
そんな気がした。
「トライデントバーストストーム!」
立ち上がろうとしたフレードリヒの頭を三つ叉の槍のような雷が襲う。
雷撃が爆発してフレードリヒの体が光ると、次の瞬間炎の風が全身を包み込んだ。
「キャロラインさん!? どうしてあなたまでここに戻ってきたのです」
「複合戦略魔法は、それ以外に方法がなくなったとき、それでも吟味して使うべき魔法です。あなたを巻き込むような使い方は出来ません」
「……それ以外に方法がなくなったときではないと思っている、と言うことですの?」
キャリーはただ真っ直ぐ俺を見ていた。
「アキラなら、きっと。何とかしてくれるはずです」
「気をつけてください! まだ、彼を倒したわけではありません」
警告をするためだけに戻ってきたわけではなさそうだ。
結局、シャリオットもフレードリヒと戦うようだ。
「クククッ! ハハハハハハハハハッ!! 何という愚かな者たち。殺されに戻ってくるとは。まあ手間が省けたというものです。ここでアイレーリスとホルクレストとメリディアの王を私が倒せば、三カ国を私の支配下に――いや、金華国も王が死んでるから四カ国を私が統一することになる!」
「そう簡単に殺せると思わないことね」
「いいや、簡単ですよ。私はあなたのように複合戦略魔法を躊躇ったりしない」
「まさか!? この距離で使ったらあなたも巻き込まれるわ!」
「試してみましょうか。もう私の方があの魔法を自在に操れるんです」
「みんな! フレードリヒを止めて!」
キャリーの掛け声に合わせたかのように、魔法が次々飛び交う。
炎の球が炸裂し、水の刃が斬り刻む。竜巻が雷を伴って襲いかかり、円錐状の氷が降り注ぐ。闇が敵を飲み込もうと穴を開け、一条の光が貫く。
「地の神と火の神と風の神と雷の神と光の神と闇の神と天の神の名において、我が命ずる。神々の力よ、その理を紐解き、世界に終わりと始まりを与え給え! ヘル・ヘヴン・カタストロフィ!!」
まるで何事もなかったかのように、フレードリヒの口からスラスラと呪文が飛び出した。
「そんな!?」
俺たちの頭上に現れた光の球はその輝きで辺りを照らす。
だが、太陽と呼べるような大きさではなかった。
バスケットのボール……いや、バレーボールよりも少し小さいか。
「喰らいなさい」
まるで手足のように光の球を操り、キャリーを狙う。
ヨミが素早く戻ってエリーネを抱えた。
そのままキャリーの所へ向かう。
一緒に死ぬつもりではないと思う。
すでに、エリーネの体とヨミの体は魔法の光で守られていた。
「二人とも防御魔法を!!」
エリーネがシャリオットとルトヴィナを見て叫ぶ。
「キャロラインさん! マントを使って!!」
ヨミとエリーネの狙いがわかったのか、キャリーはマントを外して、ヨミとエリーネと自分を覆う。
そこに、光の球が直撃した。
爆発の光は大きさに関係ないらしい。目が焼けるほどの輝きを、思わず腕でガードする。
音と爆風は、俺を囲む雷の牢獄に揺らぎを与えるほど。
辺りが一瞬にして土煙に覆われてしまった。
『――ネムスギアシステム、再起動が完了しました』




