開戦直後の大きな一撃
飛翔船が出発してから、フレードリヒの町までおよそ五時間。
準備に半日を使ったので、辺りはもう真っ暗だった。
俺は甲板の先頭部分に立って、遠くに点る明かりを見ていた。
もう間もなくフレードリヒの町に入る。
だが、飛翔船はその手前で動きを止めた。
一応浮かんでいるからすぐにでも進むことは出来る。
どうしてこんな敵の正面で浮かんでいるのかというと、
「朝を待ってから攻撃を仕掛けるべきです。我々はフレードリヒの戦力の全貌もわからないのですよ」
「あのねえ、クラース。この飛翔船に乗っている戦力を考えなさい。王国騎士団を再編させた部隊に、シャリオットさんの兵隊。これだけでも十分の戦力だと言えるのに、アキラにヨミさん、エリーネちゃん、私に、ファルナ。それから、あまり参加して欲しくないけど、シャリオットさんにルトヴィナさんも。魔族が何匹いたとしても、必ず勝てるわよ」
「おい、もう言い争ってる場合じゃなさそうだぞ」
AIのセンサーによる警戒がなくても、俺の目が飛んでいるガーゴイルを見つけた。
「ガーゴイルとの迎撃戦だ! 新生王国騎士団の実力を女王陛下に見せる機会だと思え!」
ファルナの檄によってキャリーの護衛に付いていた王国騎士団の部隊が甲板で陣形を取る。
どうやら、魔道士二人に騎士が三人で一つの部隊を組んでいるようだ。
騎士とはいっても今は船に乗ってるから馬はいない。ただの剣士のよう。
前衛に騎士が二人後衛に魔道士が二人と騎士が一人。
ガーゴイルに向けて魔道士たちが魔法を放つ。
命中して落ちてきたガーゴイルを騎士たちが迎えて倒す。あるいは魔法を避けて空中から突進してきたガーゴイルを後ろの騎士が斬り落とす。
どうやら、後衛に配置された騎士の方が実力的には一番強いようだった。
ファルナはさらに一階の船室で待機していた王国騎士団の部隊を二組連れてきた。
さすがに甲板の上ではこれ以上の部隊は展開できない。
俺も戦おうと思って王国騎士団の部隊に加わろうとしたら、知っている声に呼び止められた。
「アキラ殿、このような雑魚を相手にあなたの力を使わせるのはもったいない。少し下がっておられよ」
振り返ると、ディレックが剣を抜いて構えていた。
どうやらこの部隊はディレックが殿のようだ。
「わかった。任せる」
ケルベロス相手に生き抜いた男が、この程度の魔物では怪我を負うこともない。
俺は安心して背中を任せる。
そして、ヨミとエリーネを途中で連れてキャリーの所へ戻る。
「もう戦いは始まったんだ。このままここに飛翔船を止めておくのはまずいと思う」
「そうね。これだけ大きいと的にしかならないわ」
「ですが、この飛翔船は防御魔法で守られているはずでは」
「クラースは魔法の集中砲火を喰らって、飛翔船の防御力を確認したいつもりなの?」
「いえ、そう言うわけでは」
実戦での経験を十分に積んできたキャリーの判断は速かった。
「シャリオットさん! 飛翔船を発進させて! フリードリヒの町を越えて後ろを取るわ」
「はい!」
操縦桿を握っているシャリオットが、小気味好い返事をする。
すぐに飛翔船は動き出し、フレードリヒの町を眼下に捉える。
「アキラ! この前みたいに飛び降りられる?」
「おいおい、あの時は反対しただろ」
「無事だったんだからいいのよ。それよりも」
「俺が先行して内部から抑えろってことか」
「アキラの戦闘能力は突出してるわ。王国騎士団が一緒だと、足手まといになるかも知れない。だから……」
キャリーがそう耳打ちしてきた。
せっかく頑張っているのに女王の評価は辛らつだった。
ただ、それが事実であることはどうしようもない。
「ヨミ! この前と同じ要領で――」
『彰! すさまじい質量のエネルギーが頭上に集まっています!』
AIの警告で俺が最初に頭を上に上げたが、みんなも揃ってそうしたと思う。
なぜなら、夜中だって言うのに太陽のような明かりが突如として飛翔船の上に現れたのだ。
「こ、これはまさか――」
「複合戦略魔法!!」
クリームヒルトでそれを見た俺たちが見間違えるはずもない。
金華国でキャリーが使ったものとは規模が違う。
「シャリオットさん! 速くフレードリヒの町から離脱させて!!」
「すでに、そうしています!!」
シャリオットは硬い表情をさせて冷や汗をたくさん浮かべていた。
飛翔船はフレードリヒの町へ入ろうかという所で右に大きく旋回する。
夜中に現れた巨大な太陽は、飛翔船を掠めてそのままフレードリヒの町へ落ちる。
「伏せてー!!」
キャリーが叫んだ。
俺とヨミとエリーネはすでにそうしている。
というか、エリーネはすでに防御魔法まで使っていた。
着弾と同時に、光が爆発する。
船体が影になってくれたお陰で甲板の上は目が開けられなくなるほどの光に襲われることはなかった。
だが、爆発に伴う音と振動。さらには広がる爆風が飛翔船を大きく揺さぶった。
「くぅ! 皆さん。マストか何かに捕まって!」
シャリオットが悲鳴に近い声を上げる。
ドカドカと、何か重いものがぶつかる音が断続的に飛翔船を襲ってきた。
敵の攻撃ではない。
空を飛んでいたガーゴイルたちはほとんどが魔法の爆発に巻き込まれて死んでいた。
助かったのは皮肉なことに飛翔船の近くにいたガーゴイルや、王国騎士団の魔法で迎撃されて甲板に落ちてきたガーゴイルだけだった。
つまり、この音の正体は爆風で巻き上げられた建物の破片や木の破片だと思う。
防御魔法のお陰で、甲板にそれらは落ちてきてはいなかった。
だが、船体はさらに傾く。
そして、周りを見る限り、飛翔船の高度は見る間に落ちていた。
「ア、アキラ。私をシャリオットの所まで連れて行ける?」
伏せたままのキャリーが言う。
「わかった」
この状況で何をするつもりなのか。
今はそんなことをいちいち質問することすら無駄に思えた。
「変身」
ファイトギアに変身し、キャリーを抱えてシャリオットが必死に掴んでいる操縦桿までキャリーを連れていく。
俺はすぐに変身を解除させた。
「キャロラインさん!?」
「二人分の魔力を使って、何とか制御できない?」
「わかりました。僕が防御魔法の安定に魔力を使います。キャロラインさんは操縦の方をお願いします」
そう言って、二人で操縦桿を握る。
すると、複合戦略魔法の余波で揺らいでいた防御魔法がいつもと同じ輝きを取り戻す。
さらに、斜めになっていた船体が徐々に戻っていく。
「……クリスタルに補充しておいた魔力の消耗が激しいわ。このまま着陸させます」
「賛成です」
そう言って、キャリーは飛翔船をフレードリヒの町の西側へ降ろした。
その時にはすでに王国騎士団が生き残りのガーゴイルを倒していた。
俺たちは揃って甲板からフレードリヒの町があった場所を見る。
夜空の星々が、キノコ雲によって遮られていた。
誰が使ったのかはわからないが、複合戦略魔法はフレードリヒの町を完全に消滅させただろう。
確認しなくても、俺とヨミとエリーネには状況がよくわかっていた。
「キャリー、一体何がどうなっている?」
「わからないわ。でも、今の魔法はどう考えても……」
「ありえません! 複合戦略魔法はキャロライン女王陛下以外に使えるものなどいないのですから!」
ファルナもキャリーもクラースも、みんな戸惑っていた。
「キャロラインさん。今のがなんであれ、僕らのやるべきことは変わらないはずです。このまま部隊を展開させましょう」
「ええ、そうね。ファルナ、王国騎士団をお願い。クラースは後方支援を任せたからね」
「わかった」
ファルナは小さく頷いてすぐに甲板から船室へ向かった。
「……やはり、キャロライン女王陛下もここに残った方が」
「今さらやめてよ。私はどうしてもフレードリヒと直接決着を付けたいの」
「クラース、これ以上ここで揉めても時間が無駄になるだけだぞ。金華国で魔族を片づけた俺とヨミとエリーネが一緒なんだ。しかも、今回はシャリオットとルトヴィナも一緒だぜ。心配することはねーよ」
「それは、確かにそうなのだが……何か、大切なことを忘れているような気がしてならないのだ」
ミュウの魔法で意識を失っていたときのことか。
記憶を取り戻すような魔法があるなら、そうしてもらいたいところだったが、そんな便利な魔法はなかった。
「アキラ、行くわよ」
俺がクラースを見ている間に、キャリーたちは甲板から出ていくところだった。
「ああ。クラース、もし思い出したらルトヴィナの魔法水晶に連絡を入れてくれ」
「そうか……そうだな。アキラ殿、くれぐれもキャロライン女王陛下をお願いする」
「安心しろ。それは俺もきっとクラースに負けないくらい考えていることだ」
クラースと王国騎士団を数名残して、俺もキャリーたちの後を追った。
飛翔船から降りた階段の先には、シャリオットの兵隊たちと王国騎士団が各部隊ごとに整列していた。
「ここからだと……そうね。王国騎士団は右側を迂回して町の南側の入り口と東側の入り口を目指して。それと、ホルクレストの兵隊たちは左側を迂回して北側の入り口を抑えてください。私たちはこのまま真っ直ぐ向かって西側の入り口から町に入ります」
俺たちがルトヴィナとお茶会をしているときに打ち合わせをしていたようで、キャリーの指示に従ってすぐに部隊は動いた。
「あれだけ部隊がいたのに、全部町の包囲に使ったのか?」
「少なくとも、これで一番の戦力をこっちに向けてくれるでしょ」
キャリーの作戦は理に適っていると言えばそうだが、強行突破そのものだった。
自分という獲物を囮に、フレードリヒをおびき寄せるつもりだ。
人数的にあえて手薄にしたと言うことか。
「それに、私たちはある程度戦い方をわかってるし、シャリオットさんとルトヴィナ女王陛下の魔力は上級冒険者と比べても高い。ここには一番の戦力が集まってるから、アキラも存分に戦えるわ」
俺を当てにした、のではなく。
俺のための作戦でもあったわけだ。
「期待に応えられるような強敵が残っていればいいんだがな」
歩みを進めると、徐々に複合戦略魔法によって巻き上げられた煙が薄れて町の様相がはっきりしてくる。
月明かりしかないが、どうなったのかはよく見えた。
クリームヒルトと同じだ。
つまり、建物は一つも残っていない。
町を囲う壁すらないのだから、展開させた部隊も小さくだがここからでも見える。
フレードリヒの町があった場所は、綺麗に更地になっていた。
どこにどの建物があったのかすら、判別することは不可能だった。
「……こ、これが複合戦略魔法の威力、何ですか?」
震える声でシャリオットが言う。
「ああ、間違いない。あの時、キャリーが撃った魔法の威力そのものだ」
残酷だが、俺が答えるしかなかった。
「そのような魔法をキャロラインさん以外の誰かが使えた、と言うことですよね」
少しも動揺していないルトヴィナは、冷静に分析してみせる。
「キャリー。心当たりはいるか?」
「そんなの、いるわけないでしょ。あの魔法は王家の直系にのみ伝えられる魔法よ」
「呪文がわかれば、使えるんじゃないのか?」
「馬鹿なことを言わないで。七つの神の力を引き出して制御するのよ。普通の人間にできるはずないじゃない」
キャリーは絶対的に自分以外の者には使えるはずがないと思っているようだった。
そして、その物言いにはちょっとした違和感があった。
それじゃあまるで、キャリーが普通の人間じゃないみたいじゃないか。
「ククククク……まさかあの魔法をあのタイミングで躱すとは思いませんでしたよ」
聞き覚えのある声が空から聞こえてきた。
見上げると、丁度町の中心部辺りの上空にフレードリヒが浮かんでいた。
そして、ガーゴイルの群れがフレードリヒを守るように空を旋回している。
さらに、どこから現れたのか。オークデーモンやワーウルフ、ブラッドファングや名も知らぬ多くの魔物たちが町を取り囲んだ俺たちの部隊をさらに取り囲むように周囲に現れた。
「まあ、あの魔族を殺した者が、そう簡単に死ぬとは思ってはいませんでしたが」
ゆっくりと、フレードリヒは地上に降りながら微笑んでいた。
「ルーザス=フレードリヒ!」
「お久しぶりです。キャロライン女王陛下」
地上に降り立ったフレードリヒの表情はとても穏やかなものだった。
それが合図だったかのように、王国騎士団とシャリオットの兵隊たちが魔物と戦い始める。
俺とヨミが構えを取ると、
「ああ、ご安心ください。彼らはあなた方を襲ったりはしません」
「どういう意味だ?」
「あの魔物たちには邪魔者の露払いを任せているのです。それに、あなた方を相手にするには彼らでは力不足ですから」
こっちの戦力分析は完璧ってことか。
だが、釈然としない。
俺たちの前にいるのは、フレードリヒ一人だ。
まさか、魔族を倒した俺たちを相手に一人で戦うつもりなのか。
「ルーザス。一つ確かめておきたいことがあります」
話し方は優しかったが、キャリーの言葉にはもっと別の感情が込められているような気がした。
「何でしょう?」
「あなたの町には、あなたを支持する者たちがいたはずです。彼らは、避難させたのですか?」
「ハハハハッ、さすがは国民にお優しい女王様だ。彼らには貴い犠牲になっていただきましたよ」
「ルーザス! あなたという人は……!!」
「私の役に立てて、彼らも幸せだったはずですよ」
「ふざけるな!!」
今にも襲いかかりそうな勢いだったので、俺はキャリーの前に立った。
「ってことは、ここではっきりさせておきたいんだが、さっきの複合戦略魔法はあんたが使ったのか?」
「ええ、そうですよ」
「そんな!? どうして? あなたに使えるはずが……」
さすがのキャリーも動揺は隠せないようだったが、この状況から考えれば予測は出来たことだった。
「キャロライン女王陛下が使うところ見せてくれましたから。お陰様で覚えることが出来ました」
「覚えた? たった一回見ただけで扱えるような魔法ではないわ!」
「そうでしょうね。ですから、きっと国民の皆様はこう思うでしょう。フレードリヒを倒すために女王様が町の住人ごと複合戦略魔法で消し飛ばした、と」
それが、フレードリヒの描いたシナリオか。
複合戦略魔法を躊躇いなく国民にも使う。
どうしてもその印象を与えたいらしいな。
「それが、次に発行する新聞の記事か? 今さらあんなものを信じる人間がいると思うか?」
「それだけではありませんよ。私がここであなた方を殺し、そして魔物たちも排除してしまえば、女王様こそが魔物と手を組んで反抗的な貴族を殺した悪逆非道な女王だった、と言うことになるのです。私はあなたの策略に嵌められて魔物と手を組んだことにされそうになったが、正義の力を持って王国の平和を守るために戦った英雄となる」
死人に口なし。全てを捏造の新聞で情報を操作し歴史を思い通りにするつもりか。
「あの魔物たちも、あなたに従っているのではありませんか? それすら自分の目的の手駒にすると言うことですか」
魔物に対して否定的なキャリーでさえ、あまりにも自分勝手なフレードリヒに呆れていた。
「当然でしょう。いずれ、魔族は滅ぼすのですから。人間の世界の平和に、魔物は必要ないでしょう」
ここまで全てを白状してくれたなら、もう頃合いだろうな。
「なあ、フレードリヒ。王都を魔物に襲わせたよな?」
「ええ。どういうわけか、反女王派閥に回ったはずの伯爵たちが連名で新聞に私の行動を非難する談話を載せたので、逆らえばどういうことになるのかという見せしめと、あわよくば王都を落とせればと考えたのですが」
「それなんだよ」
「……は?」
「気にならなかったのか? どうしてあんたを支持していたはずの伯爵連中が掌を返したのか」
「……何が言いたいのですか? 意味がよくわからないのですが」
初めてフレードリヒがイラついたような表情をさせた。
「俺たちが、クィンタスの町を発ってからの足取りはどうやって追いかけた?」
「私を惑わすつもりですか? なぜまた話が飛んだのです」
「悪いな、説明するのが下手くそで。だけど、きっとあんたにとっても重要な話なんだよ」
「……あなた方の足取りは魔物が追っていました。私はその情報をあのミュウという魔族からもらっていた」
「あんたはそれを信用していたわけだ」
「あの魔族は私には嘘をつけない。私の方が上の存在であると理解していましたから」
ミュウより上? ただの人間にしか見えないが、フレードリヒにはまだ何か秘密がありそうだ。
だが、今はそれを探るよりも教えてやらなきゃならないことがある。
「少しは自分や人間を使って足取りを調べるべきだったな」
「ハハハッ、その必要はありませんでしたよ。あなた方が金華国で国王やミュウと戦ったところまでちゃんと把握しています」
「いや、そうじゃないんだ。あんたがその目で他の町をちゃんと見ていたら、どうしてキャリーの支持者が増えて、俺たちの疑いが晴れたのかわかったはずなんだ」
「……どういうことですか?」
俺は笑いを噛み殺しながら人差し指でフレードリヒを差した。
「俺たちがクィンタスの町を出るところから、全ての旅路は魔法水晶を通して世界中に生中継されていた。っていうか、今もされている!」




