女王の帰還
センサーで感知したガーゴイルの魔力は、金華国を支配していた魔物たちよりも高かった。
ってことは、こいつらも人間に変身することが可能なんだろう。
それが、魔物の格好をしているってことは、友好的ってわけではなさそうだ。
「一応確認しておく、お前らの目的は何だ?」
「決まっているだろう。フレードリヒ様に逆らう者は誰であろうと殺す!」
ガーゴイルが右手に持ったファルシオンを振り回してきた。
『チャージアタックスリー、レイストームスラッシュ!』
マテリアルソードを具現化させたときには、すでに技がセットされている。
それを片手で横に薙ぎ払うと、無数の斬撃がガーゴイルの体を襲い、ファルシオンとクリスタルだけを残して体は消滅した。
「え? あの……ガーゴイルは?」
シャリオットが目を丸くさせていた。
「今見ていただろ。そこに転がってるクリスタルが、そのガーゴイルって奴だっただろ」
「……い、一撃で……」
「そんなことで驚いていたら、きっと身が持ちませんよ」
キャリーがシャリオットの肩に手を置いて、ため息を吐いた。
『まだ戦いは終わっていません。次が来ます』
冷静にAIが告げる。
俺もそれはよくわかっていた。
センサーが捉えた魔物の魔力は船を囲むように九匹分あった。
ガーゴイルが二匹、甲板に降りてきた。
飛翔船が飛行中は船を守るように防御魔法もかかっているはずだが、ガーゴイルはいともたやすく侵入してくる
「こいつら……」
キャリーも戦おうと構えた。
「風の神の名において……」
「待ってください!」
キャリーの呪文を聞いて、シャリオットが叫んだ。
「甲板で火と風と雷の魔法は使わないでください! 船体にダメージを与えてしまいます!」
「あ……」
指摘されてキャリーは呪文を途中でやめた。
火と雷は何となくイメージで使えないだろうと予測できる。
この船の主な素材は木だ。
どちらの魔法にも弱い。
風の魔法が使えないのはよくわからないが、この甲板では空気抵抗や風圧をほとんど感じないことと関係があるのかも知れない。
「それじゃ、私の攻撃魔法はほとんど使えないじゃない!」
唖然としているキャリーにガーゴイルが向かってきたので、俺は横からまだセットしたままのレイストームスラッシュで斬りつける。
さすがに二匹も一撃で倒されて怖じ気づいたのか、ガーゴイルは空中に逃げた。
そこから滑り降りるように突進しながらファルシオンで突き刺してきた。
俺は構わずファルシオンの切っ先ごと薙ぎ払う。
ファルシオンは先端部分が無数の斬撃によって砕かれ、ガーゴイルも甲板の上を転がった。
だが、ファルシオンが盾の役割を果たしたのか、ガーゴイルは無事だった。
すぐに翼を羽ばたかせて、飛び上がる。
「ダークホール!」
空中のガーゴイルめがけて、ヨミが闇の魔法を放った。
だが――。
ヨミが作り出した闇の空間は、ガーゴイルとはまったく別の位置に生まれてすぐに後ろに過ぎ去ってしまった。
「あ、あれ?」
「ヨミ、この甲板は常に動いているんだぞ。その魔法は指定した場所に発生させる魔法だから、ここでは意味がない」
魔法を使えない俺でも今の魔法が無意味だった理由はわかった。
「ええと、ややこしいです。それなら、私もこっちの魔法くらいしか有効な魔法がありません。闇の神の名において、我が命ずる! 闇の力をその身に纏い、破壊する力を与えよ! ダーククロースアーマー!」
闇を身に纏い、ヨミは甲板を蹴って飛び上がった。そのまま空中のガーゴイルを蹴りつけるが……。
「馬鹿! だから、動いてるって言ってるだろ!」
ガーゴイルと一緒にマストの一つに激突した。
そのままマストの下まで落ちてきたガーゴイルに、トドメの一撃を食らわせる。
これで残り七匹。
「イタタタッ……」
「ヨミさん、大丈夫?」
ガーゴイルのクリスタルの横でヨミが顔を押さえていた。
思いきり顔からマストに激突していたからな。
エリーネが駆け寄って治療魔法を顔にかけている。
「あいつら、こっちに降りてこなくなったぞ」
「それはそうでしょうね。近接戦闘であなたに勝てるわけがないと悟ったのでしょう。魔物とはいえ、馬鹿ではないと言うことですわ」
優雅に解説してくれたのはルトヴィナだった。
「睨み合ったまま王都に連れて行くのか?」
「いえ、彼らはそのつもりはないようですよ」
「ファイヤーボール!!」
飛翔船を囲むように飛んでいるガーゴイルたちが一斉に火の玉を投げつけてきた。
やばいと思ってマテリアルソードを構えたが、隣でルトヴィナは涼しい顔をしている。
船の外側から撃たれた火の玉は、船まで届かずに爆発して消滅した。
「まあ、あの程度の魔法では外からこの飛翔船を破壊することなど出来ませんが」
「防御魔法か? それであいつらの侵入は防げないのか?」
「飛翔船が飛ぶときに使っている防御魔法は、物理的な障害を取り除くためのものです。安全な飛行を維持するには必要なことでしたから。ですから、彼らも直接飛翔船を破壊しようと突入していただければ、吹き飛ばされるでしょうね」
あいつらの狙いがあくまでもフレードリヒに敵対する者たちなら、船の破壊よりも俺たちを倒すことを優先するだろう。
だが、もはや甲板に降りて俺と戦おうとするガーゴイルはいなかった。
「どうする?」
「飛翔船を一時的に止めて戦いますか?」
「それはできない。アイレーリス王都の様子が気になる。こんな所で足止めを喰らってる時間はない」
「そうでしょうね。では、シャリオットの魔道士部隊に来てもらいましょう」
しかし、シャリオットはシャリオットで操縦桿を部下の魔道士から代わって忙しそうだった。
「シャリオットさん。なぜあなたが操縦しているのですか?」
「この状況を部下には任せられません!」
「まったく、この辺りの状況判断の甘さはホルクレストの現国王に及ばないところですわね」
ルトヴィナのつぶやきは、多分そばにいた俺にしか聞こえなかった。
「随分と手厳しい評価だな」
「この場で一番ガーゴイルとの戦いで有効な魔法を使えるのは、シャリオットさんですもの」
「ねえ、アキラ! どうするのよ。あいつらアキラにびびって手を出しては来ないけど、さすがにこのまま王都に連れて行くのは嫌よ」
「それは俺も同意見だ」
「……仕方ありません。アキラくん。今から私がガーゴイルを全員甲板に落とします。一人で七匹を相手に勝てますか?」
「あいつらの戦闘能力はすでに把握している。任せてくれて構わない」
「よい返事です」
ルトヴィナは甲板の中心に立った。
「氷の神の名において、我が命ずる。大気を凍てつかせ、氷の粒を舞い散らせなさい。フロストグレイン」
とても静かだが、甲板にいた誰もがその言葉を聞き届けたのだろう。
全員の動きが一瞬だけ止まり、視線がルトヴィナに集中した。
そして、程なくして辺りが寒くなってくる。
飛翔船の周りを、氷の粒が囲んでいた。
もちろん、それは空中に漂っているだけだが、飛翔船は動いているしガーゴイルも同じように飛んでいるから、もろにその氷の粒を浴びる。
「さ、寒いわ……」
キャリーが歯をガチガチ言わせながらマントで体を隠す。
ヨミは平気のようだが、エリーネを抱きしめながら近づいてきた。
「ヨミ、みんなを船室へ連れて行ってくれ」
「アキラは、大丈夫なの?」
キャリーの唇が青い。
「ネムスギアを起動させているときは、俺の体の温度調節は快適さを保たれるようになっている。寒くて戦えなかったり、暑くて戦えなかったり、環境による戦闘能力の強弱を避けるためにな」
一応それにも限度はある。
絶対零度や太陽の中で生きられるようには出来ていない。
ただ、このくらいの寒さなら問題はなかった。
っていうか、むしろルトヴィナは大丈夫なんだろうか。
彼女こそ、この魔法の中心にいるのに。
俺はルトヴィナの所へ向かう。
「そろそろ、一匹落ちてきそうですよ」
涼しい顔をして淡々と言う。
その言葉通り、氷の粒を体に浴びたガーゴイルが一匹、甲板に降りてきた。
「この氷は、お前の仕業か!」
「ええ、そうですよ」
「今すぐ魔法をやめろ!」
「お断り致します」
「ならば、死ね!!」
わかりやすい挑発に乗って攻撃してきたガーゴイルを、レイストームスラッシュでバラバラにする。
俺がルトヴィナの隣りにいるのに、見えていないのか。
「さあ、残り六匹です」
まるでそれが合図だったかのように、ガーゴイルたちが震える体を押さえて次々と甲板に降りてきた。
この魔法には攻撃力はない。
だが、敵を足止めするには効果的な魔法だった。
「空中から攻撃するのは、もう終わりなのか?」
「う、うるさい!」
六匹のガーゴイルは一斉に飛びかかってきた。
『チャージアタックツー、クリアムーンサークル!』
レイストームスラッシュをセットしたまま、刃で円を描く。
無数の斬撃が俺とルトヴィナの周りを一周し、ガーゴイルの群れは全てクリスタルへ成り果てた。
そうなることがあらかじめわかっていたかのように、ルトヴィナの魔法は解除されていた。
「……やはり、実際にアキラくんの戦闘を間近で見ると違いますね」
「違うって、何が?」
「強さの種類……と表現するのが正しいかはわかりません。ただ、アキラくんの強さは私たちの世界のものとは違う、と」
魔法を研究するだけあって、分析能力は確かなようだ。
「約束では、今回の件が片付いたら話す、と言ったよな」
「ええ。今からとても楽しみですわ」
ルトヴィナは満足そうに微笑んだ。
「アキラ、ガーゴイルは倒したのね」
そう言って、再びキャリーたちが甲板に出てきた。
そこら中に散らばってるクリスタルが、結果を悠然と示していた。
そして、アイレーリスの王都もすぐ側に迫っていた。
「ねえ、あのガーゴイルはフレードリヒに逆らう者を殺すって言ったわよね」
「ああ、確かにそう言った」
「フレードリヒも魔物と同盟を結んでるってこと? まるでウェンリーとやっていることが同じじゃない」
そうだろうか。
ウェンリーは魔物と同盟を組んだ気になっていたようだが、実際にはミュウにほとんど利用されていたようなものだった。
だが、今のガーゴイルはフレードリヒのことを様付けで呼んでいた。
ほんの少しの違いだが、それが魔物とフレードリヒの関係を示しているような気がした。
「あ! 女王様! 城を見てください!」
飛翔船はすでに王都の中へ入っていた。
眼前にアイレーリス王国の城が見える。
その上の方にガーゴイルが群がっていた。
だが、そのガーゴイルたちは俺たちのことになどまったく興味を示そうとしない。
「どこに飛翔船を降ろしましょう! アイレーリスの城の庭に降ろすことは難しいのですが!」
「別に、城のことを考えてくれなくても良いわ!」
「そうではありません。下を見てください!」
シャリオットに促されて、甲板の柵から身を乗り出す。
すると、王都も王宮も人と魔物が入り乱れている。
逃げている人、戦っている人、守ろうとしている人。
ここからでも王都がパニックになっているのが見て取れる。
この状況で飛翔船を降ろしたら、人を押しつぶしてしまうことは間違いないだろう。
「一度旋回させて門の外側に降ろすべきだ。だがその前にキャリーにはやってもらいたいことがある」
俺が意味ありげに笑うと、キャリーは訝しげな表情をさせて言葉を確かめた。
「やってもらいたいこと?」
「王都に住むみんなに、女王の帰還を教えてやれ。パニックになっている国民の心を落ち着かせることが出来るのは、キャリーだけだろ」
「……でも、私は……罪人として王都から逃げなければならなかったのよ。私のことを知らせたら、余計パニックになるわ」
「絶対に大丈夫だから。俺が保証する」
「どうして、アキラがそんなことを言えるのよ」
「それは、俺がここまでずっとキャリーのことを見てきたからだ」
「な……こんな時になんてことを言うつもりなの?」
キャリーは顔を赤くさせていたが、怒ってはいない。
だから言葉を続ける。
「もう一度国民を信じろと言うつもりはない。信じるのは俺の言葉だけでも構わない。だから――」
「わかったから、もうやめて」
それだけ言うと、甲板の柵まで力強く歩いて行く。
「……シャリオットさん、あの魔法は風の魔法だけど、ここでも使えるんですか?」
「ええ、それは問題ありません。攻撃系の魔法ではありませんから」
「わかりました。……風の神の名において、我が命ずる。空の波に乗せて、声を届けよ。ハウリングウェーブ」
「「国民の皆さん! どうか落ち着いて行動してください! 皆さんの身の安全は私と、私の仲間たちが必ず守ります! 私はキャロライン=アイレーリス。皆さんがあってこその女王なのですから!」」
その声は決して大きすぎず、小さすぎず、耳に直接語りかけるように響き渡った。
王都の町に溢れていた悲鳴や怒鳴り声、泣き声がピタリと止む。
その反応だけで、キャリーの声がみんなに届いたのだとわかるくらいだった。
下を見ると、王都の人々は立ち止まって飛翔船を見上げていた。
その視線はただ一点。
甲板の柵の近くに佇むキャリーに集中していた。
そして――。
「「「うおおおおおおおおお!! 我らが女王陛下のご帰還だ!!」」」
歓声が王都全体へと広がっていく。
中には「お帰り」やら「可愛い」やら「愛してます」やら、女王に国民がかける言葉としては相応しくないものも多数混ざっていたが、歓迎されている空気はキャリーも感じていたようで、涙ぐんでいた。
「な? 言っただろ? もう誰もキャリーを罪人だなんて思う国民はこの国にはいないよ。あ、いや……一人だけいたか。フレードリヒだけは自分の嘘を今でも信じているんだろうな」
「ど、どうして……?」
「捏造の新聞なんて、所詮は真実の前では無意味なものだってことさ」
「でも……」
まだ信じることができないのか。あるいは、その自分の心に戸惑っているのか。キャリーは複雑な表情を浮かべていた。
「今はそんな辛気くさい顔をするなよ。みんなに約束しただろ、守るってさ」
「う、うん。そうね……。シャリオットさん、南門へ向かってください」
「あ、はい」
シャリオットまでキャリーをボーッと眺めていたが、指示を出されて我に返ったようだ。
飛翔船を左に迂回させる。
俺はそこで丁度見知った人を眼下に確認した。
「キャリー、俺とヨミはここで降りる」
「はあ? 何を言ってるの? 飛び降りるつもり? 自殺したいの?」
「ヨミがいれば、きっと何とかなる。それよりも早く降りなければならない理由が出来た」
「ちょ、ちょっと」
キャリーが呼び止めるのも聞かずに、俺はヨミを呼ぶ。
「はい、何でしょう」
「蜘蛛の糸を駆使すれば、ここから飛び降りてもちゃんと着地できるよな」
「はい、それくらいなら。ですが、これだけの人が見ている前で、使って良いんですか?」
「キャリーから離れれば、それくらいは大丈夫だろう」
「? どうして、キャリーさんが関係するんですか?」
頭にいくつもの疑問符を飛ばしていたが、説明している場合ではない。
「ヨミ、出来るか出来ないかだけが重要なんだ。俺のためにやってくれるな」
「はい、もちろん」
俺が迫ると、ヨミは目を丸くさせて自信たっぷりに頷いた。
俺たちが甲板の柵を越えようとしたら、ルトヴィナが近づいてきた。
「まあ、今度は何をするのかと思いましたら、ここから飛び降りるとか」
「止めるなよ」
「当たり前です。アキラくんのことですから、何か考えがあるのでしょう。それよりも、このメモを渡しておきますわ」
「これは?」
「私が小型の魔法水晶を携帯していると言うことは知っていると思います。私はキャロラインさんと一緒に行動しますので、もし連絡が必要になったら、このメモのキーワードを使って魔法水晶で連絡をください」
俺には使えないが、魔法が使える人に頼めば良いか。
そのメモを受け取り、俺はヨミと一緒に飛翔船から飛び降りた。




