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エリーネの心

 ファルナとの連絡を終えてから程なくして今度はルトヴィナから魔法水晶に連絡が入った。


 何でも、ルトヴィナは魔法水晶の小型化に成功しているようで、常に携帯しているらしい。


 ……正直、そんなものがあるならそれも欲しいところだが、今は話の内容が重要だった。


 魔族のクリスタルを飛翔船の動力に組み込み、さらに魔力を補充し、飛翔船全体に魔力の流れを行き渡らせるのに半日はかかると言うことだった。


 キャリーはそれだけの大仕事を半日で終わらせるというルトヴィナの能力に驚いていたが、俺にはその凄さがわからなかった。


 そして、半日も時間があるなら、俺たちも金華国の王都を支配していた魔物たちの討伐に向かった。


 もちろん、エリーネがそれを強く求めたってのもある。


 ただ、キャリーはあまり乗り気じゃなかった。


 シャリオットも、アイレーリスでの戦いが待っているのだから休んだ方が良いと言っていた。


 俺はその意味をよく理解していなかった。


 ちょっとキャリーを薄情だとさえ思ったかも。


 俺たちはシャリオットの兵士たちが破壊していった王宮の壁から外へ出て、カタリナの両親が住んでいる辺りを真っ直ぐ目指した。


 いつでも戦えるようにソードギアフォームに変身して、すぐに異変に気がついた。


 たぶん、エリーネも。


 センサーが魔物の魔力をほとんど感知しない。


 残ってる反応はほとんど町の外だった。


 町の建物は至る所が壊れていた。


 しかし、あれほど上がっていた炎は消されている。


 そして、王都の人々は座り込んで休んでいた。


 あるいは壊れた建物の破片を片付けている。


 何かもう、全てが解決している。


 俺は変身を解除して、カタリナもエリーネも走るのをやめていた。


 歩いて行くと、途中でシャリオットの兵士たちに出会った。




「あれ? 皆さんどちらに? 国王陛下とお話をされていたのでは?」


「国王? 王子じゃないのか?」




 俺はキャリーに聞くと、




「ホルクレストもアイレーリスと同じで国王が亡くならないと、王位が継承されないの。でも、ホルクレストの現国王はすでに引退を表明していて、その権利を全て王子に渡しているのよ。だから、内政的にも、対外的にも実質的にはあの王子が国王と呼ばれているわ。本人は頑なに否定しているけど」




 困ったような表情をさせて、それでもわかりやすく説明してくれた。


 ホルクレストの国王が引退を表明した理由については、周りに兵士がいるところで聞くのは無粋だろう。


 後で聞かせてもらえば良い。




「あんたたちはあの船に帰るのか?」


「ええ、我々の担当区域の魔物は全て倒しましたから。報告とクリスタルを提出しに行くところです」


「そうか。ありがとう」


「いえいえ、あなた方が魔族を倒してくださったと聞きました。それに比べたら我々の仕事などたいしたことではありません」




 そう言って、頭を下げてから彼らは王宮――つまりは船が止まっている場所へ向かっていった。


 カタリナの歩く速度が段々速くなった。


 もしかしたら、家の近くか。




「あの角を曲がった向こうに私の家があります」




 そう言ったときにはすでに駆けだしていた。


 魔物がいない安心感と両親の無事を早く確認したいという、二つの気持ちがそうさせたんだろう。


 俺たちも小走りにカタリナの後を追う。


 カタリナの家は二階部分が半分になってしまっていた。


 その家の前にぼろぼろの服を着た男女が座り込んでいる。


 男の方は三十後半くらい、女は三十前半くらいだろうか。


 二人とも疲れ切った表情をさせている。




「お母さん! お父さん!」




 カタリナがそう呼びかけると、まるで幽霊でも見たような声を上げて驚いていた。


 それでも、カタリナが抱きつくと、やっとカタリナが生きていることを実感したのか、家族三人で抱き合って喜んでいた。




「でも、どうやって王宮を抜け出したんだ?」


「そうよ。エサに選ばれた子は生きて帰ってくるなんて、ありえないって……」


「あのお兄さんたちが助けてくれたの」




 カタリナが俺たちを指で示したので、カタリナの両親が家族揃って俺たちの前に歩み寄った。



「あの……どなたかは存じ上げませんが、娘を助けてくれてありがとうございます」


「本当に、何とお礼を申し上げたら良いのか……」




 涙を流す両親につられて、俺の涙腺まで緩みそうになった。




「……カタリナがエサにされたとき、どうして抵抗してあげなかったんですか?」




 エリーネが強い口調で問いかけた。




「それは……」


「エリーネお姉ちゃん。私は大丈夫だったから。だから、お父さんもお母さんも悪くないよ」




 カタリナは必死にエリーネから両親を守ろうとして間に入ってきた。




「エリーネ、みんな無事だったんだから、そういうことは……」




 エリーネの気持ちはわかるが、さすがに俺も口を挟んだが、エリーネは黙っているつもりはないらしい。




「人の親なら、子供の手を離すようなことはしないでください!」




 結局最後まで言ってしまった。




「は、はい」




 カタリナの両親は直立不動でそう返事した。


 そして、エリーネはカタリナたちから振り返って、




「それと、二人とも生きていてくれてよかったです」




 それだけ言うと、そのまま真っ直ぐ歩き出した。


 大粒の涙が零れているが、俺たちはその事に触れるつもりはない。


 だって、カタリナたちに気付かれないように後ろを向いたんだから。




「それでは、私たちは失礼します。お元気で」




 ヨミがカタリナと両親にそう挨拶して、エリーネの手を握った。




 俺たちが飛翔船に戻る頃にはシャリオットの兵士たちはほとんど戻ってきていた。


 しかし、変身するほどの能力を持った魔物たちを全滅させられる兵士ってことは、全員中級冒険者以上の能力を持ってるってことだよな。


 金華国との戦争には万全を期す、みたいなことを言っていたが、シャリオットたちだけで何とかなったんじゃないか。



 俺たちはシャリオットに誘われて甲板で夕食を食べることになった。


 この飛翔船には厨房と食堂も完備されていて、おまけに食料庫も魔法で冷蔵庫のように冷やしているから食材が多く、そして長持ちさせることも出来るらしい。


 こうして晴れている日は星空を眺めながら食事するのも良いって話で俺たちも同席することにした。


 メニューはパンとサラダとスープと肉料理。


 食材は聞いたようなことがあるものから、この異世界独自のものまでごちゃ混ぜだったが、ちゃんと料理人も乗船しているようで、味はここ数日では最高だった。


 まあ、国王相手に変な料理は出せないよな。


 おまけに、同盟国の女王まで同席するとなったら、料理人の緊張感を想像すると可哀想なくらいだ。


 おまけとばかりに食後のコーヒーまで出してきた。


 それを飲みながらホルクレストの戦力のことを聞いてみたら、笑われてしまった。




「アキラさん、あなたは簡単に倒してしまったから気付いていないようですけど、あの魔族はとても僕の兵士だけでは相手できるような存在ではありませんよ」


「……それほど、簡単ではなかったけどな」


「それに、厄介なのは魔族だけではありませんでした。金華国の王も相当な魔道士でしたから」


「でもまあ、あいつはほとんどキャリーが倒したようなもんだったけどな」


「そうね。確かに強かったわ」


「その割には、あっさりとあいつの腕を切り落として勝負を付けたよな」


「策に溺れてくれたのよ。エリーネちゃんを人質に取らずに正面からぶつかり合っていたら、きっと押されていたのは私の方だったわ」




 幻惑魔法とやらを使っていたから、ウェンリーの正確な魔力は俺には結局わからずじまいだった。


 実際に戦ったキャリーにしかわからなかったんだろう。




「……呆気ない最期だったな」


「そうね……馬鹿な王様だったわ……」




 そこでハッとしたようにキャリーが何かに気がついた。




「ところで、金華国はこれからどうなるの?」


「そこなんですよね。難しいのは」




 シャリオットが腕を組んで考えるポーズを取った。




「そんなに悩むことか? 戦争を起こした張本人が死んだ。ってことはアイレーリスと金華国の戦争はこれで終わりだろ」


「良いわね、冒険者って。政治とかそう言うこと考えなくて」




 皮肉というより、これはどう考えてもストレートに馬鹿にしているだろ。




「じゃあキャリーたちは何を悩んでいるんだよ」


「戦争責任を追及する相手が死んでるのよ。しかもそれはこの国の王だった。じゃあ、誰が戦争の責任を取るのよ」


「死んでるんだから手打ちで良いんじゃないか」


「それで、アイレーリスの国民が納得するわけないでしょ。こっちだって何人も殺されてるのに!」


「……キャリー、今のは失言だったな」




 国民に対する優しさを直情的に表現するところは決して悪いことじゃないが、この場にその被害者であるエリーネがいることは配慮すべきだった。




「ご、ごめんね。別に、その……」


「女王様。私に気を遣わなくても構いませんよ。アキラが、考えすぎなだけです」


「そうかよ。じゃあ、あえて聞くけどエリーネはどう思ってるんだ?」


「……前にも聞いたよね。今ならきっと答えられると思う」




 エリーネは立ち上がってみんなの目を真っ直ぐ見てから話した。




「私はこの国の人たちを見て、救ってあげるべきだと思った」


「救う、ですか?」




 シャリオットが意外そうな表情をさせた。




「はい。だって、この国の人たちは魔族に支配されて嫌々あの人を王様にしたわけじゃなかったんですよ」


「そうね。国民が彼が王であることを望み、彼は国民の望みを叶えるために魔族と手を組んだ。それが、結果的に私欲にまみれたものになってしまったけど」




 キャリーが相づちを打つ。




「この国の人たちは、憧れと嫉妬と劣等感に心が支配されています。今回はアイレーリスがその矛先になってしまったけど、他の国が戦争を仕掛けられたとしてもおかしくはなかった。その原因は、真実から目を背けさせるこの国の教育にあったんだと思います」




 つまり、金華国の国民は心の鬱屈を隠すために自分たちにとって都合のいい歴史を国民の共通にすることで本質から目を逸らし続けてきた。


 誰かではなく、国民同士でお互いを洗脳し続けてきたってことだろう。


 確か、俺の世界でも昔とある新新興宗教が流行ったときに使った手口だった。




「……金華国の国民は全員がウェンリーのようになる素養を持っていると言うことですか?」


「はい」


「でしたら、彼らを生かしておくのはやはり危険ではありませんか?」




 シャリオットは冷静な顔で残酷なことをしれっと言った。




「希望はあります。子供を思う心や、親を思う心は洗脳されてもなくなったわけではありません。少しずつでも彼らに真実を知ってもらえば、必ず間違ったことをしていたと気付いてくれるはずです」


「……エリーネちゃん。それじゃ、彼らを赦すの?」


「だって、カタリナちゃんたちをこの国から追い出したり、ましてや殺すなんてできないもの」




 エリーネは泣かなかった。ただ真っ直ぐにそう主張した。


 俺がエリーネの頭を撫でると、




「ちょっと、やめてよ」




 少しだけ嬉しそうに、俺の手を払い除ける。


 だが、次の瞬間ヨミがエリーネを抱きしめていた。




「ヨ、ヨミさん?」


「偉いです。エリーネさんはきっと誰よりも素敵な人です」




 ヨミの方が涙で顔がぐちゃぐちゃだった。


 言ってることもよくわからないけど、エリーネの心に感動したってことだけは伝わってきた。


 今回の戦争で、一番成長したのはきっとエリーネなんだろう。


 俺は、まだ迷ってる。


 人を殺すことの意味と、人を許すことの意味。


 俺を追放した世界。


 もし、妹が殺されていたら、俺はそれでも世界を許せるだろうか。


 自信を持ってエリーネのように言えるかどうかは、わからない。




「取り敢えず、当面金華国の統治はホルクレストとメリディアで行います。ギルド本部にも連絡して、なるべく早く金華国にギルドを創設して、国民の皆様に真実を知ってもらえるように努力しましょう」




 シャリオットの提案にみんな納得した。




「戦後の詳しい処理については、アイレーリスの国内問題が解決してから改めて世界各国のトップに集まっていただきましょう。もちろん、当事者であるエリーネさんの意見は最大限に尊重させていただきます」




 そうつけ加えてシャリオットが話を締めた。




 その後、俺たちは二階にある船室に案内された。


 そこは貴族や士官のための船室で、ベッドにクローゼット、机に魔法で作動する明かりまで備え付けられていて、さらに魔力を動力源にしたユニットバスのようなものまで完備だった。


 まるで小さめのホテル。


 俺には魔力はないからヨミにユニットバスのお湯を出してもらい、風呂までは入れた。


 ……当然、ヨミにはお湯を出してもらったら自分の部屋に帰ってもらったさ。


 本人は最後まで一緒に入りたいと主張したが、疲れてるから休ませろと言って何とか追い返した。


 魔力があることが普通の世界だと、こういう時に俺は不便な思いをすることになる。


 とにもかくにも、本当に久しぶりにちゃんとしたベッドで寝る。


 さすがの俺もAIを警戒モードにするのを忘れるほど熟睡してしまった。




「――お―様、危険――――います。気――けて―――い」




 唐突に、その声は聞こえてきた。




「その声、未来か!?」




 だが、すぐにそれが妹のものであると認識できる。


 相変わらず声が飛び飛びで、こっちの声も聞こえているのかいないのか。


 何が言いたいのかもよくわからない。




「お――が本来の――発―――れば、勝――い――あ――せん」




 何か、大事なことを伝えようとしている。それだけは伝わってくる。




「未来は無事なのか!?」


「思い――て――さい。ネ――ギ――三――能――」




 ネムスギアのことを言っているのか?


 今はそんなことよりも、未来と心が繋がっていることの方が重要だ。




「未来!!」




「お兄様!!」




 声が、届いた?




「ギルドへ行け! そうすれば、俺の情報が手に入るはずだ!」




「――は、――? ――国には――で――」




 一番重要なことを伝えきれない。




「お兄――くれ――もお気――け――さい。敵――王――器――る者――力――使――す」




 そのまま妹の声はどんどん遠ざかって言ってしまった。




 気がつくと、部屋の窓から明かりが差し込んでいた。


 体の疲れは完全に取れた。


 ネムスギアのエネルギーも、俺自身も全てが戦闘準備万全。何も心配することなど無いはずなのに……。


 妹からの警告が俺の脳裏に焼きついて、嫌な予感が拭えなかった。

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