アイレーリス王国の現状報告
キャリーがシャリオットに言われるまま空飛ぶ船の中に向かってしまったので、俺たちも一緒に船の中央の階段を上って内部に入る。
特にエリーネの表情は渋々と言った様子で、手を繋いだままのカタリナの方が当事者なのに両親の心配をしていない様子だった。
船の中はまるで普通の家屋のよう。
板張りの床はまだ新しい木の匂いがした。
「外観は船のデザインを利用していますが、この船を海に浮かべることは出来ないんですよ。内部構造はまったく違いますから」
「そもそも空を飛べるなら海を走らせる必要はないだろうしな」
長い廊下の左右には多くの扉が等間隔に並んでいた。
「ちなみに、この階層の部屋は兵士たちの部屋なので作りは簡素ですが、数だけは多いんです」
程なくして廊下の突き当たりに着く。そこには上と下に向かう階段が二つあった。
シャリオットは迷わず上に向かう。
そのまま階段を一番上まで上る。
そこだけは階段が極端に短く、左右に一つずつ部屋があって後は正面に甲板に出る扉が取りつけてあった。
「こちらです」
そう言ってシャリオットは右側の部屋に入った。
キャリーを先頭に俺たちも続く。
そこは貴族の部屋のように豪華な作りになっていた。
当たり前のようにテーブルとソファーのセットがあり、大きな机と観葉植物。それから本棚。窓にはレースのカーテンまであった。
「少々お待ちください」
そう言ってシャリオットは魔法水晶を机に置いた。
何やらブツブツ言っているが、声は聞こえない。
すると、魔法水晶が輝き出す。
「シャリオット殿か?」
映像よりも先に声が届いた。
「ファルナ!?」
俺も声だけで気がついたが、魔法水晶の映像に飛びついたのはキャリーだった。
「キャリー、無事で何よりだ」
「……え? それだけ? あまり驚かないのね」
「それは、その……」
俺はキャリーの後ろに立ってファルナに目配せした。
こういう時のために、あの時クィンタスのギルド支部代表者――ハイルフに協力してもらっておいた。
だから、俺が言わんとしていることも察してくれたはずだ。
「ほら、キャリーにはアキラ殿が付いているであろう。どんな敵が現れたとしても、絶対に無事だと信じていた」
「そりゃ、そうだけど……でも、今私がどこにいるか知ったら驚くんじゃない?」
「キャリー、申し訳ないが今は私たちの状況の方が切迫していてゆっくり話を聞いている場合ではない」
「何があった?」
これ以上キャリーとファルナが話しているのを見ているのが耐えられなくなった。
ファルナはどうにも演技が下手くそすぎる。
ここでキャリーに気付かれたら面倒な思いをするのは俺だってのに。
「アキラ殿、細かい話は会ってからするとして。今の私たちの状況を話そう」
俺が話を代わってあからさまにホッとしていた。
ファルナも今は俺の方が気を遣わずに話せる。
「近衛隊のメンバーが全員集まったので、王都の牢屋に閉じ込められていた王国騎士団、獅子の団を救出しようとしていたのだが、クラース殿と彼が率いる天空の団と戦いになってしまった」
「近衛隊と王国騎士団が戦っていると言うこと?」
さすがにキャリーが割り込む。
「ああ、すまない。私の手際が悪すぎた。アキラ殿たちがあの魔族を倒すまで大人しくしているべきだった」
「魔族を倒すまでって……それとそっちの戦いは関係ないだろ」
俺の追求にファルナはさらに困ったような表情をさせた。
「いや、そうではなかったのだ。今、城は天空の団に占拠されている。そして、クラース殿がその人質にされてしまったのだ」
「はあ!?」
俺とキャリーの声が重なった。話の意味がまったくわからない。
「ちょっと待って、クラースが天空の団を率いていたって言ったわ。と言うことはクラースはフレードリヒ側で裏切り者だったんじゃないの? それで、どうしてクラースが人質にされているのよ」
キャリーが状況を整理しながらファルナに問いかける。
「それなのだが、どうやらクラース殿は魔族の魔法で意識を奪われていたようで……魔族が死んだことによってその魔法からは解放されたようなのだが……」
「まともなクラースはキャリーの敵になるようなことはないよな。ってことは、敵の真ん中で意識を取り戻したってことか」
「クラース殿も状況がまったく理解していない様子だった。それに、クラース殿は魔力が低く魔法の知識もない。それが、天空の団に捕らわれている」
ファルナが俺の推測を肯定し、状況をつけ加えた。
「……最悪だわ。だから、魔法は使えなくても知識だけは頭に入れておくように言ったのに」
イラついているのが手に取るようにわかるほど、キャリーの口調は厳しかった。
「今さらそれを指摘したところでどうしようもないだろ」
「そうだけどさ!」
「ファルナ、それで戦線はどうなってる?」
危うくケンカになりそうになったので、俺は魔法水晶に顔を向けた。
「硬直状態にある。私の部下が何とか牢屋から獅子の団を助け出せれば、戦局は変えられそうだが……気がかりなことが一つある」
「何だ?」
「フレードリヒが王都に向かっているらしいのだ。そうなると私たちの方が詰みだ」
「ファルナ! 一旦引きなさい。私たちが戻ってから態勢を立て直すわ」
「いや、そういうわけにもいかない。せっかくクラース殿が意識を取り戻したのに、ここでフレードリヒに捕らわれるわけには……」
「私たちは今、金華国の王宮にいるのよ!? すぐには戻れないわ」
「キャロラインさん。そこで僕たちがこれを使って迎えに来たんですよ」
焦るキャリーの肩を、シャリオットが優しく触れた。
「え?」
「そう言うことか」
キャリーはその言葉の意味をよく理解していなかった。
いつものキャリーなら気付いたはずだったが、ファルナやクラースのピンチに気が動転しているんだと思う。
「あまりにもタイミングが良すぎたもんな。元々、俺たちをアイレーリスに連れて帰るためにこの船を飛ばしたんだな?」
「ええ。金華国との戦争は魔族が相手ですから、まずはアイレーリス国内のテロ事件を終わらせてから、万全を期して金華国との戦争を終結させようと考えていました」
ってことは、俺たちが金華国の王都に乗り込む前に回収してアイレーリスに戻るつもりだったのか。
まあ、あれだけの兵士を動かすのと、単独で動いていた俺たちじゃその辺のフットワークの軽さは違うよな。
「テロ? クーデターじゃないの?」
「フレードリヒの行動は、もはや世間での評価はただのテロ行為でしかない、と言うことになっています」
「キャリー、今はフレードリヒのことよりも重要なことがあっただろ?」
「そ、そうね。まあ、正しい行いをしていれば、世間は自然と正しい評価をしてくれるってことよね」
「正義は勝つ?」
「そう、それよ。良い言葉だわ」
まあ、フレードリヒもあいつなりの正義はあるんだろうけど。
せっかくキャリーが納得しているんだからそういうことにしておこう。
ついでに、ファルナやシャリオットが俺たちの状況を詳しく知っていることの理由についても有耶無耶に出来たことだし。
「それじゃあ、この空飛ぶ船を使ってアイレーリスの王宮まで戻るわよ」
「申し訳ないけど、それは無理ね」
船室に裾の長い赤いドレスを着た女性が入ってきた。
眼光が鋭く、唇が色っぽい。長い黒髪を頭の後ろで束ねている。
氷のように冷たい印象を与える美人だった。
「あなたは、ルトヴィナ女王陛下!」
「え? 誰?」
「ば、馬鹿。申し訳ありません。このアキラというものは世間知らずで、私のことさえ知らなかったような男で……」
俺の頭を後ろから押さえて、キャリーが強引に頭を下げさせた。
「構いませんよ。私は優秀な人は嫌いではありませんから。魔族を倒したその力、少し興味があります」
「いや、あれはどちらかというとキャリーの複合戦略魔法が決め手だったからな」
「そうでしょうか? そもそも、王宮に乗り込んだのが、アキラ殿一人だけだったならもっと早くに片付いた気がしましたわ」
それは、ほとんどキャリーたちが足手まといだったと言っているのも同然だったが、キャリーは特に文句を言ったりはしなかった。
どちらも女王なら上下関係はないはずだけど、どう見てもルトヴィナって女王の方が年上に見えるからな。
「高い評価は素直に受け取っておく。それで、さっきの言葉の意味は?」
今は一刻を争う。
世間話は物事が片付いた後だ。
「そうでしたわね。シャリオットさん、飛翔船の動力に組み込んだクリスタルは何を使ったのですか?」
「人間に変化することの出来る魔物のクリスタルですよ。特に純度の高いものを厳選して組み込んだのですが……」
「一度の航行でクリスタルの大半が破損しました。あれでは、魔力を補充して使うなど不可能ですね」
「そんな! あれだけ集めるのにも苦労したんですよ?」
「あのさ、何を言ってるのかさっぱりわからないんだけど」
俺の質問に、キャリーたちも揃って頷いた。
「ええっと、そうですね……どこから説明したら良いのか」
『え? 彰は今の会話から理解できなかったんですか?』
AIが当たり前のことを言うような物言いをしてきた。
「そういう言い方はするな。馬鹿みたいだろ」
「はい? あの、まだ何も言っていませんが」
シャリオットがキョトンとしている。
ああ、久しぶりに人の多いところでやってしまった。
「女王様方、アキラは時々妖精さんとお話をしてしまうんです、あまり気になさらないでください」
呆れてなのか、可哀想になのか、エリーネが説明した。
俺はちょっと離れて、AIに話を聞く。
「何が言いたいんだ?」
『ですから、要はこの飛翔船の動力の問題ですよね』
「そう、なのか?」
『船体に流れる魔力が一カ所に集中しているところまでは分析できています。恐らくそこに私たちの世界で言う、機関部分があるのでしょう』
「そんなことまでわかるのか?」
『船体の維持と飛行。二つの魔法をこれだけの質量を相手に普通の人間が制御できるとは思えません。そこで、クリスタルに魔力を集めることによって可能にしたのでしょう』
「つまり、クリスタルがエンジンで、魔力がガソリンってことか」
『わかってきたじゃありませんか。本来であれば、流れる魔力がエンジン部分に当たるクリスタルに集まっているはずなのに、分散してしまっています』
「それで、どうすればいいと思う」
『先ほど純度の高い魔物のクリスタルを使っていたと言っていましたが、それでも集まった魔力を制御することが出来ずに破損してしまった。それならばうってつけのものを私たちは所持しています』
……そういうことか。
「僕たちの魔力とキャロラインさんの魔力を使って飛ばせられませんか?」
「……魔法聖霊薬を飲み続けて魔法を使い続けることになりますよ。そんなことをしてしまったら、あなたのお父様のようになります」
「う……」
シャリオットとルトヴィナが飛翔船を飛ばす方法について議論を重ねている。
ヨミはもちろんキャリーとエリーネと魔法水晶の向こうでファルナまで蚊帳の外に置かれている。
俺は二人の前にそっとついさっき手に入れたばかりのクリスタルを差し出して言った。
「これをその、動力に組み込めないか?」
「な……何ですかこのクリスタルは!? すさまじい魔力と純度です! これなら一つでも十分ですわ!」
嬉々としてルトヴィナが受け取った。
「アキラさん。そのクリスタルはもしや……」
「ああ、魔族のクリスタルだ」
「そう、でしたか。では、これを使わせていただくわけには……」
ルトヴィナは俺にクリスタルを返そうとした。
「いや、返されても困る。第一、今はこの船を飛ばしてアイレーリスに戻るのが一番速いんだろ」
「ですが、魔族のクリスタルなど、そうそう手に入るものではありません。あなたは冒険者ですし、当然所有権はあなたにあります。飛翔船の動力に組み込んでしまったら、もう他の武器や防具や魔法道具に加工することは出来なくなります。もっと大切に扱ってください」
ルトヴィナは見た目ほど冷たい王女ではないようだった。
優しく諭すようにクリスタルを俺の手に握らせた。
言われてみれば、確かにそうだ。
こいつの所有権は俺にだけあるものじゃなかった。
「キャリーとエリーネはこのクリスタルから作りたいものはあるか?」
「私は別に。まあ、魔法の研究に使ってみたいけど、それならこの……飛翔船? の動力として動いているところを見るだけでも十分よ」
「私も武器は必要ないし。防具は魔法で事足りるし。魔法道具も興味ないわ」
「ってわけで、俺たちにこれの使い道はない。それよりも、早いところ飛翔船でアイレーリスの王宮に向かってもらいたいんだが」
俺はもう一度ルトヴィナに差し出した。
「よろしいのですか?」
「ああ、構わない」
「……では、そうですね。このクリスタルは我がホルクレストとメリディアで共同購入、と言うことにしましょう」
シャリオットが間に入ってそう提案した。
だが、正直俺には金もあまり必要ないんだよな。
アイレーリスの事件が片づけば、またギルドを通して妹の捜索が再開されるんだし。
それよりも、この飛翔船自体が俺にとって重要じゃないか。
これがあれば、世界の都市を回れる。
自分の足でも妹の行方を追うことが出来る。
「あのさ、金もいらないから。この飛翔船を好きなときに使わせてくれないかな?」
「え? そんなことで良いんですか? でしたら、お貸ししますよ。何しろまだ試験飛行中のものですから。使っていただけるならその方がデータが集められますし」
「商談成立ってことだな」
「ありがとうございます。それでは、さっそく動力のクリスタルをこれに交換いたしますわ」
そう言って、ルトヴィナは船室を飛び出していった。
「……あの人、女王なんだよな?」
そばにいたシャリオットに聞く。
「ええ、ですが一流の魔道士でもあります。この飛翔船も、我が国の造船技術とメリディアの魔法技術の共同制作なんですが、機関部分の設計と魔法技術の応用はルトヴィナ女王陛下ご自身が造り上げたそうです」
キャリーは複合戦略魔法の使い手で、ルトヴィナは飛翔船なんてものを魔法で飛ばそうと考えるほどの魔道士。
「この世界の王様ってのは、みんな魔法が得意なのか?」
「どうでしょう。僕は普通だと思いますが」
「シャリオットさんが普通ですか? 全ての神の魔法を使えるあなたが?」
キャリーが挑戦的な目でシャリオットを見ていた。
「いえいえ。僕には複合魔法が使えませんし。キャロラインさんだって勉強すればすぐに僕なんか追い抜かれてしまいますよ」
シャリオットは謙遜して見せたが、つまりは今の時点では複合戦略魔法を使えるキャリーと比べても自分の魔法は負けていないと言っている。
この世界の魔法体系がよくわからないから評価は出来ないが、シャリオットも十分一流の魔道士なんだろうな、と言うことは二人に会話から推測できた。
「……そちらの目処はつきそうなのだな?」
ほとんどその存在を忘れられていたファルナが言う。
「ああ、ちょっと待ってろ。シャリオット、この船が飛んだら、どれくらいの時間でアイレーリスの王都に着く?」
「そうですね。ここからですと、一日くらいでしょうか」
「だそうだ」
「わかった。先に決めておきたいが、獅子の団を解放させることを優先して構わないか?」
「ファルナたちはそっちで動いてくれ。出来れば、クラースのことを諦めたと思わせたい」
「フッ……アキラ殿の帰りを待っているぞ」
「そこは、キャリーの帰りにしておいてくれ。キャリーもここまでの戦いで強くなったんだからさ」
「わかっているさ。そして、感謝もしている」
「その言葉は、フレードリヒを何とかしてから欲しい言葉だな」
「そうだな。フレードリヒがなぜ今回のような事件を起こしたのか、解明しなければならない」
「そう言うことだ、お互い最後まで油断はしないようにな」
「ああ。では、失礼する」
そう言って魔法水晶は輝きを失った。




