女王と王
俺たちを囲んでいた人々の輪が、少しだけ距離を取った。
キャリーの声は端までしっかりと届いていたようで、ざわめきが波のように広がっていく。
「アイレーリスの、女王だって……?」
「そんな、まさか」
「あんなに美しい人が……」
王都の人々の反応は、最初に訪れた町の人とほとんど同じだった。
「ア、アイレーリスとは戦争中のはずだ。どうしてこんな所に女王がいるんだ?」
「そうだ。本当に女王なのか?」
「いいや、あんな若くて美しい人が女王なわけねえ」
キャリーは女王様としての風格を十分見せていたが、それでも彼らが困惑するのも無理はない。
王都に住む者が、そう簡単に外国の人間のことを信用するはずはなかった。
そう考えると、ヒュームたちがこの町を追い出されて地方に飛ばされたのも、エサとしての価値がないってだけじゃなさそうだ。
徐々に、キャリーの言葉を否定するような疑問が投げかけられる。
それでも、キャリーはまったく答えなかった。
エリーネやヨミが何か口を挟もうとしたが、俺は二人に合図を送ってキャリーのことを見届けるようにさせた。
やがて、辺りは静まりかえる。
この時を待っていたかのように、キャリーは口を開いた。
「私が女王であると信じられませんか?」
「当たり前だ」
「なぜです」
ヒュームたちが信じたときはその事を指摘したのに、今度は信じてくれないことを指摘する。
「俺たちの知っているアイレーリスは残酷で卑怯で薄汚い国だから、あんたのような人がそこの女王であるはずがない」
返ってきた言葉はヒュームの感想と、ある意味似ていた。
ヒュームたちはキャリーが美しいから嘘をつかないと言い、ここの連中はキャリーのことを美しいと思っているから、アイレーリスの女王だと認められない。
キャリーが特別な存在だと言うことは、すでにわかってるんじゃないか。
「それは、あなたがそう思っているだけですよね。実際に見てもいないあなたがなぜそれを決めつけられるのです」
「そ、それは……王様が……」
「あなた方の王は、とても口が上手いようですね。あなた方は魔族や魔物に支配されている現状に不満を持っている。にもかかわらず、この状況を造り上げた王には逆らわず、アイレーリス王国を不満のはけ口にしている。それで、あなた方の不満は何か解消されるのでしょうか」
「……いや、しかし……」
「真実から目を逸らすのはもうやめにしなさい。誰が、あなたたちを苦しめているのですか?」
俺たちを囲んでいた人々は皆一様に顔を下に向けた。
キャリーが言うまでもなく、彼らもわかっていたのかも知れないな。
俺のことをお人好し呼ばわりしてくれたが、キャリーだって十分そうだろう。
本当は王の暴挙を許した金華国の国民だって簡単には許せないはずだ。
何かというとアイレーリスを目の敵にしている奴らに、何かをしてやるほどの義理は俺よりもないだろう。
それなのに、立ち直るためのきっかけを与えてやっているんだ。
「……俺たちの国は、魔物に支配されている。それが、唯一の真実なんだな……」
「それは、私たちよりもこの国に住むあなた方の方がよく理解しているはずではありませんか?」
「あんたたちは、魔物を倒してくれた。俺たちを救いに来てくれたんじゃないのか?」
別の男がすがるようにそう言った。
「残念ながら、違います」
「この町にはまだ多くの魔物がいる。ここだけじゃなく、他の区画の人たちも助けて欲しい」
「その願いは聞けません。私たちには目的があります」
キャリーが冷たく突き放したのは、俺たちのためだけじゃない。
金華国の人々が本当の意味で救われるには、自分たちの力で立ち上がるしかない。
誰かにばかり頼るから、王のような存在を許す。そして、都合のいいことばかりを鵜呑みにしてしまう。
女王だからこそ、そう考えたのだろう。
「あんたたちの目的ってのは、何だ?」
「俺はミュウを倒しに来た」
「私は王に停戦を求めます」
息を呑む声が辺りに広がる。
「ミュウ様を、倒せるのか!?」
「そうしなければならない。俺たちのためにもな」
「王様に停戦を求めるって、それじゃ……あなたは本当に……」
ようやくキャリーが真実を言っていると気がついたものもいたらしいが、あまり構っている時間はなかった。
「私たちの邪魔をする魔物は蹴散らします。ですが、あまり時間をかけていられません。町の人々全てを魔物から解放している間に、ミュウという魔族が食事を終えてしまうかも知れない。あなたたちもそれを望んではいないはずです」
「食事のことも知ってるのか? 呼び止めてすまなかった」
彼はそう言うと、辺りの人たちに道を空けるように言った。
すると、人々の囲いは解け、俺たちの前に真っ直ぐの道が開かれた。
「山の手前に見える大きな屋敷が王様の住む王宮だ。そこに、ミュウ様もいる」
思った通りだった。目的の場所はもう目前だ。
「ありがとうございます」
「こちらこそ、女王様のお陰で決心が付いた。町を支配する魔物たちは俺たちで排除するしかないんだな」
キャリーが礼を言うと、彼らはやっと女王だと認めていた。
「あなた方の国のことに、本来であれば私が口を挟む筋合いはありません。ですが、王あっての国ではなく、国民があってこそ初めて国が成り立つのです。私はそう考えています」
「俺たちの王様も女王様のようだったら……いや、違うな。あの王様を祭り上げたのは俺たちだった。俺たちにも責任はあったんだな」
その事に気がつけたのなら、十分じゃないか。
間違いを受け入れるというのは、簡単なことじゃない。
キャリーも口が上手いが、金華国の王とは違う。
嘘や虚飾がない。
だから心に響くんだろう。
「すでに、他の町の方にも約束していますが、改めてあなた方にも約束しましょう。我が国との戦争が終結した後、私はこの地をあなた方から奪ったりはしないと約束します」
「……敵わないな。俺たちは今どうやって生き残るかを考えるしかないのに、女王様は明日よりも先の未来を考えているんだな」
「いいえ。そうでもありません。今日の晩ご飯のことも考えていますよ」
「ハハハッ! そりゃあいい。それじゃ、行ってくれ。魔法水晶で他の区画の連中にも魔物と戦うように呼びかける。これ以上、魔物にあんたたちの邪魔はさせない。あんたたちの目的を果たしてくれ」
「魔物のことは任せました」
さすがに、キャリーも一緒にミュウと戦えとは言わなかった。
俺たちは再び馬に乗って道の行き止まりを目指す。
道の途中で、火の手が上がる。
金華国の人々が、魔物と戦って魔法が飛び交っていた。
「あなたたちなら、ミュウ様を倒してくれると窺いました。ここの魔物は私たちが食い止めます!」
そう言って、俺たちに魔物が近づかないように魔物との戦いへ戻る。
今まで魔物に支配されていた者たちが、魔法水晶で呼びかけたくらいで戦えるものか気になったが、よほどミュウを恐れているようだ。
あいつを倒せると言ったことが、彼らや彼女らの心を奮い立たせたのかも知れない。
ネムスギアのセンサーには魔物たちの反応が映し出されていたが、俺たちに近づく魔物はいなかった。
街道の最後。急な上り坂を馬が一気に駆け上がり、門を跳び越えた。
「きゃああああああ!!」
叫び声が聞こえてくる。
門の内側は広い庭になっていた。しかし、そこには誰もいない。
金華国の王宮は幅が広く屋根が大きい。大きな大仏でも入っているんじゃないかってくらい高さもある寺のような作りに見えて、階層はそれほど多くないように思えた。
入り口も大きく、馬に乗ったまま開いている扉から中へ入った。
思った通り、中も広く天井も高い。
『これだけ大きいのに、平屋のようですね』
「住みづらそうだ。それよりも、さっきの悲鳴はどこから聞こえてきた」
『すでに、捕捉しています』
声の聞こえた方向よりも、センサーが示したのは魔力の反応。
複数の魔力と、一際大きな魔力が集まっている。
食事の真っ最中ってことか。
俺はヨミに指示をして馬を走らせる。
後ろからキャリーとエリーネの乗った馬も付いてきた。
王宮の中の扉はほとんどが木や紙で作った引き戸だった。
俺たちは廊下ではなく、それらの扉を馬に蹴破らせて部屋の中を通り最短距離で向かう。
「やめて! 殺さないで!!」
声が近い。
「ヨミ! 戦う準備を!」
「キャリー、エリーネ! このまま突っ込む! 呪文を唱えておけ!」
俺の叫びに二人は頷くだけ。口元が動いているから俺の指示は余計なお世話だったらしい。
「行くぞ!」
襖を馬に蹴破らせて、部屋に入ると同時に俺たちは馬から下りた。
「な……」
ヨミの顔が驚愕に染まる。
そこは豪華な調度品や壺や宝石が散りばめられた武器が飾られ、部屋を囲む襖には一続きの竜の絵が描かれていた。
贅沢を尽くした部屋の真ん中にミュウがいた。
その側には一人の少女が倒れていて、その周りには血だまりがいくつもあった。
部屋の奥には怯えている少女がまだ二人残っている。
そして、その少女が逃げないように腰を縄で結び、太った男が縄の先を持っていた。
金の冠を被り、歴史の教科書なんかで見たような、昔の貴族の服装に似ている。
「何だ? お前らは?」
「ウェンリー様。こいつらがさっき教えた奴らよ」
「ほう! と言うことは、アイレーリスの女か!」
ミュウが楽しげに話しかけた。
その手にはまだ少女の首が握られている。
動けば、すぐにでも殺すだろう。
俺だけでなく、みんなもそれはわかっているようで、様子を窺っていた。
「やはり我が国の女どもとは違うな! いい、実に良いじゃないか!」
「そうですか? あまり他の女に色目を使うとぉ、嫉妬しちゃいますよ」
「ガハハハハッ! 可愛い奴だ。お前よりも俺の相手が上手い女はいないから、安心しろ」
「……それじゃあ、殺しちゃってもいいですかぁ?」
「いやいや、それはダメだ。男は殺して構わないが、女は生かして捕まえろ。まあ、抵抗するようなら足や腕はなくなっても構わん。だが、頭と胴体と腰は残しておけよ」
「ですって」
そこで初めてミュウは俺たちに目を向けた。
「その子を離せ」
「嫌よ」
「――!?」
ミュウの腕が少女の胸を貫いた。
「きゃああああああ!!」
声を上げたのは、縄で繋がれた二人の少女。
心臓をえぐり取られた少女は、声を上げることも出来ずにその場に倒れた。
「な、なんてことを……」
ヨミがつぶやく。
キャリーとエリーネはその光景が直視できなかったようで目を背けていた。
「お前との戦いで悟ったんだ。今の私ではまだ勝てないと言うことに」
そう言いながら、まだドクドクと動いている心臓を飲み込んだ。
「……美味しいわ。絶望に染まった人間の魂は、私をより強くさせる」
「魔族は、人間の心臓を喰うことで強くなるのか?」
「違うわ。魂は心臓にあるわけじゃないもの。これはある意味食後のデザートのようなものよ。私は魂と心を喰う。そして、それが私の魔力を引き上げてくれるのよ」
「だったら、どうしてそんな意味のないことをする」
「キャハハハハッ! 意味はあるわよ。見て、あの子たちが次は自分もああやって殺されるのかも、って怯えてるでしょ。絶望に心が染まっていく。その魂を喰うことで私は成長する。そして、魔王になるのよ」
……ケルベロスも、確か魔王になろうとしていた。
その方法はミュウとは違った。
魔族と魔獣で違うと言うことか。
いや、ヨミは人を殺していないし魂も喰っていないが強くなってる。
魔物とも違うと言うよりは、成長する方法が個別で違うのだろう。
俺が見た中で、ミュウの成長方法はもっとも醜く最低な方法だった。
「……あなたは、何者ですか? その冠は、もしや……」
キャリーは呪文を唱え終えて魔法の発動待機中だったのに、太った男の正体を聞いた。
何の魔法を使おうとしていたのかわからないが、解除してしまったのか。
太った男の正体なんて、聞く必要はない。
整った身なりと冠でだいたいは想像できる。
それでも、聞かずにはいられなかったのだろうか。
あるいは、認めたくなかったのか。
太った男の顔は一目見たら忘れないほど特徴的だった。
頭は禿げていて、目の隈はたるみ、二重あご。醜さの全てを組み合わせたような顔をしていた。
ゆったりとした服装を着ているにもかかわらず、腹の辺りはぴったりしていてぶよぶよで太った体をしてる。
「俺はこの金華国の国王――ウェンリー=キイム様だ!」
「あなたが、本当に……」
「お前のことは知っているぞ。アイレーリス王国、女王。キャロラインだな」
口元を歪ませて下卑た笑いを繰り返した。
「ご存じならば、話が早く済みます。我が国との戦争を直ちにおやめいただきたい」
「ぶははははははっ! 嫌だね」
「なぜです」
「いいねえ、キャロラインちゃんは声も美しいんだなぁ。ベッドの上でもどんな声で鳴いてくれるのか、今から楽しみだ」
ゲラゲラと笑い、キャリーの言葉の意味をまったく無視していた。
「真面目に話をするつもりはないのですね」
キャリーが威圧感の込められた口調で言う。
「フッ……。お前たちの国は資源が豊富で歴史や伝統があり、国民も皆幸せだ」
ウェンリーは淡々とそう言葉を返した。だが、キャリーの圧力に屈したというわけではなさそうだ。
「あなたは、アイレーリス王国の本当の姿を知っているようですね」
「本当は国民も知ってるさ。俺たちはゴミためのようなこの地に住む場所を与えられて、ようやくその事を知ったんだ。だから、俺たちはみんなお前らに憧れと嫉妬と劣等感を抱いている」
「……それは、あなた方の国民と関わってよくわかりました。そして、あなたはそれを利用した」
「正解だ。大統領選挙は実に簡単だった。アイレーリスを貶めて罵るだけで、国民は俺を支持した。その直後さ、ミュウが俺の前に現れた。魔族と関わりを持てば、言葉だけでなく本当の意味でアイレーリスを蹂躙できると思った」
「そのために、自分たちの国民を魔族のエサにしたというのですか?」
「ハハハッ! 当然だろう。奴らも俺と同じ、このゴミための人間だ。いつ、俺に取って代わろうとするかわかったもんじゃない」
「それでも王様ですか!?」
「ああ、俺を王様にしたのは、他の誰でもない。この国の馬鹿な人間だからな」
「彼らはすでに気がついていますよ。自分たちが間違ったことをしたと。町を支配している魔物たちと戦っています」
「だから馬鹿なんだ。あの魔物たちも所詮捨て石さ。クリームヒルトでお前が殺した魔物たちとたいして変わらん」
「何ですって?」
キャリーにだけは意味がわかっていない。
「違います! あの魔物たちは人間を支配しようと考えていませんでした! 一緒に生きていこうとしていました!」
ヨミが怒って抗議するが、ウェンリーは鼻で笑うだけだった。
しかし、共生派の魔物がこいつらにとって捨て石なのは理解できるが、人間たちを支配している魔物でさえも同じとはどういうことだ。
「同じなんだよ。俺の役に立たない奴は全部。魔物も人間も、俺たちが世界を支配するための道具でしかないんだ!」
「……俺たち?」
「私と、ウェンリー様が支配する世界のことよ」
俺の言葉に反応したのはミュウだった。
「たった二人で世界を支配するつもりなのですか?」
「私が魔王になれば簡単よ。人間なんか敵じゃないわ。それに、他の魔王が人間の世界に来る前に全ての人間の魂を喰い尽くしてしまえば、もう私に勝てる魔王だって存在しなくなるわ」
「……それでは、アイレーリス王国と戦争をしたのは、なぜです!」
キャリーが聞いたが俺も同じ気持ちだった。
二人で世界を支配するというこいつらにとって、国同士が戦争することに意味はない。
「個人的には俺が嫌いだからさ。それに、戦争で人間が減れば、俺たちの目的が達成しやすくなるだろ。だが、お前の所の伯爵が話を持ちかけてきたんだ。俺たちが世界を支配するのは構わないが、アイレーリス王国だけは見逃してくれとな。代わりに歴史も伝統もぶっ壊して豊かな資源も俺たちにくれるって約束してくれた。ああ、それから女王の体も俺の好きにしていいと約束してくれたぜ」
「ルーザスが、そんな約束を……」
「ま、伯爵が連れてくるはずだったんだが、こうして俺の前に現れたことに変わりはない。大人しくしていれば、優しくしてやるよ」
「ふざけるな! 私があなたのような人間を相手にするわけないでしょ!」
「いいねぇ。抵抗する女を力ずくで凌辱するのも、それはそれで悪くない」
もはや、これ以上の話し合いは無意味だった。
俺とヨミはミュウと向かい合う。
キャリーとエリーネはウェンリーと対峙した。




