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金華国の人々

 この町で一番大きな建物がヒュームの仕事場であり、また同時に家でもあった。


 弟子たちと一緒に共同生活を送りながら、鍛冶の技術を教えているのだと説明していた。


 俺たちは二階の居住スペースの端。そのフロアで一番広い部屋の食堂へ通された。


 食事の用意は当番制になっていて、今日は三番弟子と五番弟子が担当の日だった。


 とまあ、説明されてもほとんど頭には入らない。


 それは俺たちにとってどうでもいい情報だった。


 夕食の時間まであと少し。お陰で俺たちはできたての料理を出してもらえたのだが、それでもあまり美味しそうに見えなかったのは、けっして弟子たちの料理の腕が悪いわけではない。


 メニューは玄米のご飯。芋の煮物。めざしのような魚を焼いただけ。そして、海苔。


 これだけだ。


 こんな鉱山で魚が捕れるのかと聞いたら、この国では食材は貴重なもので、個人では取り引きできないらしい。


 これらの食材は全て国が買い付けたものを配給していると言うことだった。


 俺たちの食事が終わると、弟子たちも集まってきた。


 彼らも食事を始めていたが、俺たちとヒュームの話を聞こうと耳をそばだてているのがよくわかった。


 それでも、俺は話を聞くことにした。




「冒険者のことを知らないってことは、ギルドのことも知らないのか?」


「……それも、何となく言葉の意味はわかるけど、何をするところなんだい?」


「ギルドって言うのは、世界各地にあって、人の手伝いから魔物の討伐まで何でも依頼できる施設であり、組織でもある。ちなみに、冒険者はそこに登録して依頼を引き受けて仕事をする者のことだ」


「へー、外国にはそんな便利なところがあるのか」


「この国にも作りたいらしいが、断られてると言っていたぞ」


「……そうなのか? まあ、そういうのは王様が決めることだからな」


「ねえ、アキラ。変だよ。ギルドや冒険者なんて最近できたものじゃないのに、その存在すら知らないなんて」




 エリーネが俺に耳打ちしてきた。


 言われてみれば確かにそうだ。


 金華国の人々は国外の情報に疎い、と言うだけの話ではなさそうだ。




「この国も昔は外国と貿易みたいな交流はあったんだろ? だったら、冒険者やギルドと関わりがあってもよさそうなものだけど」


「ああ、それはアイレーリスに無理矢理やらされたんだ。戦争のどさくさに紛れて、俺たちの鉱山から金や銀を食料と交換させたらしい。でも、ある時から俺たちとアイレーリスの間に強い魔物が居座ったお陰で、俺たちはその一方的な貿易から手を切ることが出来た。確か、俺が生まれる前だから三十年以上も前の話だったと思う」


 一部、キャリーが説明してくれた歴史と違うところはあるが、概ね間違ってはいない。


 強い魔物というのはもちろんケルベロスのことだろう。




「他の国とも、手を切ったのか?」


「いいや、その時点では国境が地続きのホルクレストやメリディアとは貿易をしていた。と言っても、奴らは俺たちの国を戦場にしたから俺たちは信用していない。その時の大統領だけで交渉して金や銀と引き換えに食料を買い付けていただけだ。それも、今の大統領が国王制度に変えて魔族と同盟を結んでからは手を切った。今は、二つの国の国境を魔物の部隊が守ってる」




 つまり、他国と取り引きしていたのは国の政府で、いわゆる民間の交流はなかった。


 ほとんど鎖国状態にあったわけだ。


 それじゃ、冒険者がこの国を訪れることもなかっただろう。


 ギルドもないし、立ち入るだけでも面倒だと思う。


 外国人にあまり良い印象も持ってなさそうだし。


 ただ、そうなると疑問がわいてくる。


 俺たちと関わろうとする理由がない。




「……俺たちが外国の人間だとわかっているんだよな」




 俺の元の世界だと、東洋人と西洋人はすぐに見分けが付くほど外見的に特徴の違いが見られた。


 ぱっと見でエリーネやキャリーと金華国の人々の大きな違いは髪の色くらいだった。


 ここには男しかいないから単純に比べられないけど、細かいことを言えばエリーネやキャリーほど容姿に優れた人もいない。




「もちろん。俺たちの国に、そんな綺麗な髪の女の子はいない。それに、瞳の色も微妙に違う」


「それじゃ、どうして話しかけてきた? あんたたちにとっては信用できない外国の人間じゃなかったのか?」


「見張りの魔物たちを倒してくれたからな。礼を言いたかった。外国は信用できないけど、俺たちを救ってくれたあんたたちは信用してもいいと思ったんだ」




 雑魚の魔物を何匹か倒しただけでここまで感謝されるようなことはしていないんだがな。


 しかも、今回の戦闘では俺は何もしていないし。




「どうして外国のことを、そこまで信用していないのですか?」




 キャリーがまるで女王の時のような口調で優しく話しかけた。


 何か思惑があるのか。あるいは、女王として金華国の人々の心を知りたいと思ってるのかも知れない。


 交流を拒絶された理由を知るために。




「信用できるわけないだろ。ホルクレストとメリディアは俺たちの国で戦争をしやがったんだぜ」


「それは、確かに痛ましい出来事だったと思います。ですが」


「だけどな、一番許せないのはアイレーリスさ」




 キャリーの言葉を遮ってヒュームは憤りをあらわにさせた。




「どういうことだ?」




 キャリーの説明じゃ、アイレーリスこそが戦争を終結させるために一役買ったといっていたが。




「俺たちの鉱山を欲しがってホルクレストとメリディアを焚き付けたのがアイレーリスだったんだ」


「そんなことはありません。アイレーリス王国は戦争を終結させるために、ホルクレストとメリディアに会談を――」


「表面的にはな。でも、戦争は終わったけどその取り決めのせいで俺たちの鉱山から金や銀を安く買いたたきやがった。アイレーリスだけが得をする契約を俺たちの国に結ばせるために仕組んだんだ」




 まるで、戦争の黒幕のような扱いだな。


 そもそも、戦争が始まった時点ではこの地はまだ国として成り立っていなかったはずだ。


 戦争終結後に、行き場を失ってこの地に流れ着いた者たちに国を与えた。


 歴史が改ざんされている。それも、本当の部分も交ざっているから質が悪い。


 ……巧妙な嘘には真実が……って、これフレードリヒも使った手だよな。




「その歴史は誰が教えたのです」


「学校で教わったんだ」


「学校?」


「ああ。俺たちの国は六歳から十二歳までの子供はみんな通ってる。そこで、読み書きや算数や歴史や魔法を勉強する」




 俺たちで言う小学校のようなものが金華国にはあるってことだな。


 それはある意味、金持ちしか学校に通うことが出来ないアイレーリスより進んでると言えるが、悪く考えれば小さい頃から間違った歴史を刷り込むことでそれを真実だと思わせることも出来るってことだよな。




「それでは、単刀直入に聞きます。アイレーリス王国のことをどう思っていますか?」


「……残酷で卑怯で薄汚い国さ……でも、歴史があって豊かで幸せな国らしいな」


「アイレーリス王国のことを知ってはいるのですね」


「ああ、きっと汚い手を使って幸せを独り占めにさせてるんだ。だから、俺たちはどんな手を使ってでもアイレーリスには負けないようにしなければならないんだ」


「……負けないように? 国同士は争い合うべきではなく、協力し合うべきではありませんか?」




 アイレーリスの実像を少しでも知っているとわかってホッとしたのも束の間、キャリーは再び難しい顔をさせた。




「そんな甘いことを言ってると、また俺たちの国が戦場になる。もう二度とここを戦場にしないようにするためには、アイレーリス王国にだけは負けるわけにはいかないんだ」


「いや、戦場にしたのはホルクレストとメリディアだろ」


「あいつらも信用できないけど、アイレーリスはあいつらを操ったんだから、やっぱり一番の敵はアイレーリスだ」




 もはや言い掛かりと言っても良い理由で、金華国の人々にとってアイレーリスは敵という認識のようだ。


 まるで、今回の戦争の原因がキャリーであるかのように印象操作されていることに似ている。




「ところで、そのアイレーリス王国と金華国が戦争をしていると聞いたのですが、何かご存じでしょうか?」


「ああ、何でもアイレーリスがケルベロスを倒して俺たちの国へ攻め込んで来たらしいな。王様直属の部隊が撃退したって聞いたけど。外国でも有名になってるんだな」


「その部隊、魔物の部隊だったと知っていますか?」


「そりゃそうだろうな。王様は魔族を愛人にして魔物も従えたんだ。戦争は魔物にやらせるべきさ」




 実際には魔物のエサとして戦争に参加させられていた金華国の国民もいたが、その事も当たり前のように知らないようだった。




「王様が魔物と手を組んでいることを、あなたたちは容認しているんですか?」


「そうでもしなければ、俺たちの国は周りの国と対等になれない」


「そんなことのために、魔族と手を組むと言うことがどれほど愚かなことかわからないのですか?」


「魔族や魔物たちも、王様には従ってる。この国を守るためには役に立ってるさ」




 キャリーが忠告しても、ヒュームは頑なに受け入れるつもりはないようだった。




「この国の人たちも魔族や魔物と友達なんでしょうか?」




 ヨミの興味はやはりそこにしかないようで、それまで黙っていたのに急に割り込んできた。




「友達? 俺たちが? そんなわけないだろ。あんたたちは町の見張りをしていた魔物を倒したんだろう? あいつらは俺たちをエサとしか思っていない。あいつらが気に食わないと言うだけで、もう何人も喰われたさ」


「そんな魔物たちと一緒にいるなんて間違ってます! 人間を餌にするような魔物なんて、許せません!」




 ヨミにとって、人間を食い物にする魔物は自分の存在をも否定するから二重の意味で許せない存在なのだろう。




「それでも、領土も人材も食料も少ない俺たちが、国を守るには仕方のないことなんだ。俺たちはこれ以上住む場所を追われたくない」




 かつて、この地はホルクレストとメリディアの領土争いのまっただ中だった。


 そこに双方から行き場を失った人が流れ着き、結果として今は国になったようだが、その時のトラウマなんだろうか。


 あるいは、そう思わされている?




「じゃあ、あんたたちは魔物のエサにされるかも知れないと怯えながらも、奴らと共存していくつもりなのか? 俺たちは余計なことをしたようだな」


「……そうは言ってないだろ。俺たちだって死にたくはないさ。あんたたちが魔物を倒してくれて助かったと思ってるよ。でも、アイレーリスにだけは負けたくない」


「いい加減にして! 話を聞いていればアイレーリス王国のことばっかりじゃない。あなたは自分たちの力で自分たちの国を幸せにしていこうと思わないの!?」




 エリーネが立ち上がって感情を爆発させた。


 落ち着いて話を進めていたキャリーも驚いている。




「本当はアイレーリス王国が好きで羨ましくて仕方がないんでしょ!? でも、それを認めると嫉妬心や劣等感でいっぱいになるから、対抗することで気持ちを隠してるだけじゃない! 私たちの国が羨ましいなら、自分たちの力だけでそういう国を作ってみなさい!」




 俺には、エリーネの気持ちがわかった。


 父を失い、故郷を奪われ、それでも取り戻そうと一人で立ち上がった。


 まだ子供なんだからもっと周りの大人を頼ったって良いのに、自分で全てを決めてきた。


 金華国の人々は王様や魔族や魔物に頼ってばかりで自分たちで何かを成し遂げようという気持ちが感じられない。


 それなのに現状に不満ばかり抱えている。


 エリーネから見たら甘ったれているようにしか見えないだろう。




「アキラ、もう行こう! この人たちとこれ以上話していても意味なんてないわ!」


「ちょっと、エリーネちゃん」




 勢いよく立ち上がったエリーネの肩をキャリーが掴む。


 ヨミはどうすればいいのかわかっていないのか、エリーネとキャリーを交互に見ながらオロオロしていた。




「……私たちの、国……? あ、あんたたちは……どこの国から来たんだ?」




 ヒュームが冷や汗を顔にいっぱい浮かべていた。




「自己紹介が遅れましたね。私はキャロライン=アイレーリス。あなた方が罵った王国の女王です」




 両手をお腹の辺りで重ねて見下ろすようにキャリーは名乗った。


 魔道士の冒険者用の服とマントを身につけているのに、まるでドレスを着ているかのような気品と威厳があった。




「じょ、女王様? ア、アイレーリスの王様は、男じゃなくて、こんな美しい女性だったのか……?」




 ヒュームたちが驚いていたのは、アイレーリスの女王がこの場にいることではなく、その容姿にだったのは、さすがにずっこけそうになった。




「ありがとうございます。私がアイレーリスの女王であると信じてくださるのですね」


「そりゃ、あんたのような美しい人がそんな嘘をつくはずないだろ」




 猫を被っているキャリーに、まんまと騙されているような気もするが、俺がここでツッコミを入れるのは間違ってることくらいはわかる。


 何を考えて正体を明かしたのかはわからないが、ここはキャリーの行動を信じて任せるしかない。




「確か、あなた方にとって私は残酷で卑怯で薄汚い国の者ではなかったのでしょうか?

 そんなに簡単に信じてよいのですか?」


「そ、それは……」


「それだけではありませんよ。戦争中の国の女王がここにいる。その意味がおわかりになりますか?」


「そうだ。あんたたちは何をしにここへ来た」


「俺の目的は言ったはずだぜ」


「……ミュウ様を倒す……」


「私は戦争を終わらせるために来ました。金華国の王と話し合いで停戦できるならそれが一番良いと考えています」




 ヒュームは腕を組んで目を閉じた。


 声を唸らせながら考え事をしている。




「……わけがわからん。だったら、どうしてこの町の魔物たちを倒してくれたんだ? 真っ直ぐ王都に向かうべきだろう」


「それは、彼が魔物に支配されている人々を放っておけないお人好しだからです」




 キャリーはまたもひどい評価を下してくれた。




「あんたは、冒険者だったな。冒険者って言うのは、魔物を倒す正義の味方か何かなのか?」


「……正義の味方って言い方は、今の俺には当てはまらないな。俺は俺の信じるもののために戦う。それが、あんたたちを支配する魔物の存在を許さなかっただけだ」


「……ミュウ様がいなくなったら、俺たちは魔物の支配から解放されるだろう。でも、その代わりにこの国は他の国に侵略されるかも知れない。それでもあんたはミュウ様を倒すつもりなのか」


「当たり前だ。あいつのせいで俺たちはいろいろひどい目に遭わされたからな。放っては置けない」




 ヒュームたちと敵対することになるかも知れなかったが、俺ははっきりそう伝えた。


 嘘をついてこの場をやり過ごすつもりはない。




「停戦に応じるなら、私は女王としてあなたたちの住む場所を奪ったりはしないと約束するわ。もちろん、同盟国にも約束させます」


「……だったら、約束してくれ。必ず、ミュウ様を倒すと」


「え?」




 真剣な眼差しをしてそう言ったヒュームの後ろに、弟子たちが集まって同じような顔をさせた。




「いいのか? ミュウは金華国にとって大事な戦力なんだろう?」


「そうさ。だが」




 ヒュームが何か言いかけたところで、魔法水晶の緊急連絡の音が鳴り響いた。


 それは食堂の真ん中に置かれていて、慌ててヒュームが応じた。




「……で、ですが今月の分は……はい、はい、わかりました」




 さすがに相手が何者かわからないのに魔法水晶に俺たちの姿を見せるわけにはいかない。


 魔法水晶から離れていたから、何を話しているのかよくわからなかった。


 ヒュームが頭を下げると、ようやく魔法水晶からの魔力が感じられなくなった。




「何があった?」


「本当にミュウ様を倒すつもりなんだな? だったら王都に急いでくれ。ミュウ様はついさっき王都に入って食事を始めるらしい」


「食事?」




 嫌な予感がする。


 魔族の食事が俺たち人間と同じはずがない。




「ミュウ様は魔力を増やすために、魔力が高く若い女を嬲りながら喰う。その数は一日に一人だ。俺の弟子たちの娘も何人か喰われてる」




 その場にいた全員が言葉を失った。




「俺たちが王都から追い出されたのは、魔力も低いし年のいった男だからだ。今の王都には魔力が高く若い女が集められている。そして、いつもはその子たちが喰われるたびに地方都市に連絡が入って新たな食料が王都に集められるんだが、今日はなぜか今月分の食料を全て食い尽くすから早く準備するように連絡が入った」




 俺たちとの戦いでダメージを与えたからだろうか。


 ミュウが金華国に戻ったのは王に会うためではなく、このためだったと言うことか。




「どうして、何もしないんですか?」




 エリーネが言葉を震わせた。


 泣いているからではない。怒りを抑えているような声だった。




「お嬢ちゃん。俺たちじゃ魔族には勝てない。殺されるか喰われるか。だったら、黙って静かに暮らしていればいい。少なくとも魔物たちにエサにされるまでは生き残れる」


「王都の場所はどこ?」




 キャリーがそれまでの王女然とした口調を保てなくなっていた。ドスの利いた声でヒュームに迫る。


 俺は、あの時トドメを刺さずに逃がしてしまったことを後悔した。情報を聞き出すよりも優先すべきことがあったのだ。




「こ、この町の北西から出て、真っ直ぐ進むと北の方向にここよりも大きな鉱山が見えてくる。その麓の町が王都だ」




 俺たちは競うようにヒュームの仕事場兼家から出た。


 止めてあった馬に飛び乗る。


 まるで手綱を操るヨミやキャリーの想いに応えるかのように馬たちは駆けだした。

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