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金華国の歴史

 元番犬の森を抜けると、背の低い岩山に囲まれていた。


 迂回路のようなものが左右に伸びている。どちらへ向かえばいいのかなんてわからない。


 取り敢えず、四人でジャンケンして勝った人が適当に決めることになった。


 その結果、ヨミの提案で右に進む。


 しかし、アイレーリスの街道に比べて雑な作りの道だった。


 そもそもこれを道と表現してもいいものか。


 馬車一台がやっと通れるくらいの広さは確保されているものの、辺りの雑草は伸び放題で枝もちゃんと切っていないから、少し背の高い馬車だと引っかかってしまうだろう。


 俺たちの馬車も簡易的なものとはいえ屋根付きだったので、俺は変身して馬車の窓から身を乗り出し、マテリアルソードで邪魔な枝を切りながら進んだ。


 やがて、森と岩山に挟まれた街道が行き止まりになり、道は左の岩山の間に向かっている。


 今度の道も馬車一台分がギリギリ通れるほどだったが、周りの岩山を削ったのか、少なくとも馬車の邪魔になるようなものはなかったので、俺は変身を解除した。


 こんなことでいちいちネムスギアを使うことになるとはな。


 今度普通の剣くらいは用意しておくべきか。


 よくよく考えれば俺たちは俺以外誰も武器を使わない。


 戦いで必要ないからと言って、いざというときの武器もないのは不用心だったかも知れないな。


 外の景色は味気ない岩山ばかりで、見る気にもならない。


 少しずつ馬車のスピードが落ちていくのが体感的にわかった。


 上りの勾配になっているようで、馬たちは大変そうだった。


 そろそろ、水と食糧も尽きる。


 どこかで補給しなければならないな。




「アキラ、ちょっとこっち来て」




 馬車の中で寝っ転がっていると、キャリーが呼んだ。




「何だよ」




 馬車から顔だけ出すと、俺たちの馬車は小高い岩山の頂上に着いていた。




「ここが、金華国?」


「そうよ。多分……」




 岩山と谷に囲まれた場所だった。


 下に目をやると、岩山を切り開いた場所に煙突がいくつも生えている。


 そこから煙が出ているから人が生活しているんだろうなと思えるような場所だった。


 あれは家と言うよりも、単に岩山を削って住めるようにしただけだ。




「こりゃ、想像以上に貧しそうな国だな」


「お金だけはあるはずよ。元々、金華国が作られた場所は鉱山が多い場所だったから」


「その割には国民の生活のために使われているとはとても思えないが」


「この国の政治に関して私に聞かれても困るわ。何しろ数年前から他国との交流を断ち切ってしまったのだから」


「それでよく、国として認められてるな」


「軽く説明するわ」




 キャリーはそう言ってから歴史を話してくれた。




 元々この地は、ホルクレスト王国とメリディア王国の国境だった。


 お互いにとって重要な資源となる金や銀を多く採掘できる場所として領有権を常に争ってきたが、その度に行き場を失った者たちがこの地に取り残されるようになり、やがてどちらの国にとってもスラム街のようになる。


 その押し付け合いから二つの国は戦争に拡大し、巻き込まれただけのスラム街の人々に当時のアイレーリス国王――キャリーの祖父が心を痛めて戦争を終結させるべく、双方の国の仲介を買って出た。


 キャリーの祖父の働きによって和解し、行き場を失った者たちにこの土地を譲ることとなった。


 アイレーリスを含め三カ国のどの国のものでもなければ、争いは起こらなくなるはずだと、キャリーの祖父は考えたらしい。


 金華国は水や食糧には恵まれていないが、世界有数の鉱山をいくつも持っているからそこから採れる金や銀などの鉱石と食料などを他国と取り引きすることで成り立っていたのだが、数年前に大統領が政治制度を国王制に変えてから他国との関係を切ってしまったようだ。


 ちなみに、アイレーリスは国王がキャリーの父親だったときに、金華国と国境を重ねていた森にケルベロスが棲み着いて以降、まったく交流がなくなってしまい、現在に至る。と言うことだった。




 確か、ジェシカだっただろうか。


 金華国は他国と国交を結ばないとかなんとか、言っていたような。


 ギルドの本部を置くことも許されなかったようだし。


 でも、一応昔は関わりがあったと言うことだよな。


 ……昔って言うほど前でもないか。


 そもそも金華国が出来たのは、歴史という大きな括りで見た場合わりと最近だ。




「取り敢えず、あの町へ行ってみるか?」


「本当に行くの?」


「嫌なら俺一人でも行ってくる」


「待ってください。私は行きますよ」


「私だって、こんな所に置いてけぼりなんて嫌よ」




 ヨミとエリーネが俺についてくるといった時点で、キャリーには選択肢はなかったと思う。


 俺は本当に行きたくなければここで待っていてもいいと思っていたけど。




「わかったわよ。でも、馬車で行く? あまり走らせたくないけど」




 やはり一人にされるのはキャリーも嫌なんだろう。




「水と食料を多めに持って行くために大きめの馬車にしたのが間違いだったな」




 岩山から下る道は蛇行していて、やはり狭かった。


 疲労した馬でこの道を下るのは可哀想だろう。




「だけど、馬車って一応借り物だろ。こんな所に置いていって大丈夫かな」


「私が女王に戻ったらこれくらいの補償はしてあげられるわ」


「そういう問題か?」




 とはいえそうするしかないか。


 俺たちは持てるだけの荷物を布の袋に詰め込んで、馬車から馬を外した。


 二頭の馬に水と食料を少し与えてから、俺とヨミ。キャリーとエリーネが分かれて乗る。


 重い馬車から解放され、おまけに食事までさせたからか、馬たちの瞳は明らかに元気を取り戻していた。


 俺たちは蛇行する岩山の道を一気に駆け下りた。


 すると、そこはちょうど左側にある鉱山の裾野で、石造りの家が並んでいた。


 さらに、鉱山の斜面にもいくつか岩山を削って作っただけの家が見えた。


 アイレーリス側の小高い岩山と、左にそびえる鉱山に囲まれている谷間の町。


 囲いはなく門もない、後は道なりに進んでいけば町に着く。




『警告します。町の周囲に魔物がいます』


「何? ヨミ、ちょっと馬を止めろ」


「はい」


「どうしたのよ?」




 俺が突然馬を止めたから、後ろから付いてきたキャリーも同じようにするが、その理由を聞いてきた。




「魔物がいるらしい。キャリーたちにわかるか?」


「え? 魔物?」




 目が悪い人みたいに目を細めて町の方を見る。




「あ……確かに、魔力を感じます。でも、クリームヒルトにいた魔物ほどではありません」




 最初に気がついたのはヨミだった。




「そうね。オークデーモンくらいかしら」




 キャリーにも魔力を感じることができたようだ。でもまあ、それなら問題にはならない。




「金華国の人間は魔物に支配されてるって話だったよな」


「あの、ミュウって魔族の話を信じるならね」




 キャリーの言葉の節々にミュウに対する嫌悪感が現れていた。




「それじゃ、ちゃちゃっと片付けてやるか」


「……私たちの国って、金華国と戦争してるのよね」


「ああ、だからクリームヒルトがあんなことになったんだろ」


「どうして戦争を仕掛けてきた国の人を助けるようなことを……」




 俺の提案に、キャリーは納得していなかった。




「じゃあ、無視して行くか。俺の目的はミュウを倒すことだし、ミュウが向かったのはどうせ王様のところだろうから、こんなところにはいないしな」


「……待ちなさい。私は別に、助けたくないとは言ってないわよ」




 どっちなのかはっきりしないんじゃなくて、葛藤しているってことだろうな。


 だからキャリーはきっと俺が信じる良い女王様なんだろう。




「それほど強い魔物がいるわけじゃないし、時間もかからないでしょ」


「ああ、そうだな」




 俺たちは馬を町に向かわせた。


 町の一番外側を巡回していたのは、やはりオークデーモンだった。


 馬の足音でやっと俺たちの存在に気付いたらしい。


 ってことは、ほとんど外側に注意が言っていなかったってことだ。




「何だ!? お前ら、ぶっ殺――」


「ダークホール」




 すでに呪文は唱えている。


 ヨミの魔法がオークデーモンの体を飲み込んだ。


 そこには最初から何もいなかったかのように、静かにオークデーモンの存在が消えた。


 当然、クリスタルは残らない。


 これ、もはやオークデーモンクラスが相手だと俺が戦う必要すらないのでは。


 仲間の一人が存在を消されてようやく他の魔物たちも異変に気がついたらしい。


 左右からワーウルフと蛇の魔物が向かってきた。




「お前ら! 何者だ!」


「風と火の神の名において、我が命ずる! 真空の刃よ、焼き切りなさい! バーニングブラストエッジ!」




 熱風を含んだ見えない斬撃が空気を斬り裂き、蛇の魔物の体を細切れにする。




「闇の神の名において、我が命ずる! 闇の力をその身に纏い、破壊する力を与えよ! ダーククロースアーマー!」


「え? それってあいつが使ってた……」




 ヨミの体を闇の膜のようなものが覆う。


 向かってきたワーウルフが爪でヨミを斬りつけようとするが、ヨミは闇を纏った拳で薙ぎ払う。


 先に仕掛けたのはワーウルフだったにもかかわらず、ヨミの拳の方が先にワーウルフの手を爪ごと引き裂いていた。




「ぐおおああああああ!」


「これで終わりです」




 体に纏わり付いていた闇が全て右足に集まり、右足が闇に染まる。


 左足を軸にその場で腰を回転させる。膝まであげた右足を大きく振り回し、ワーウルフの頭を捉えると、見事に吹き飛んで体だけがその場に残った。


 もちろん、再生できるようなダメージではない。


 その体もすぐにクリスタルだけとなった。


 それからさらにオークデーモンやらワーウルフやらブラッドファングが集まってきたが、キャリーの魔法とヨミの新しい魔法を使った格闘技で一方的に敵を全滅させてしまった。




『本当に、彰の出番はありませんでしたね』


「良いんじゃないか? 仲間が頼もしいってのは」




 結局俺とキャリーとエリーネは馬から下りることはなかった。


 ヨミが戻ってきてようやく闇を纏う魔法を解除した。


 馬に飛び乗り、町へ向かう。




「っていうか、ヨミはいつの間にあの魔法を覚えたんだ?」


「いつの間に、と言うより今初めて見よう見まねで使ってみたら出来ただけですよ」


「マジ?」




 ヨミってもしかして、天才的な魔物だったりするのか?


 いずれは俺でも勝てないような魔物になったり……。


 いや、あまり笑えない想像だな。


 もしそうなったら、逃げ切れるだろうか。


 ヨミが敵になることはないが、妹のことが解決したらヨミのこともはっきりさせなければならない。


 やっぱり、俺もちゃんと生身から鍛えておくべきだな。


 せめて、ファイトギアをリスク無しで使える時間を増やさないと。


 いざというときのために。




「どうかしましたか?」


「いや、ヨミが強くなって頼もしいと思っただけだ」


「そうですか? アキラに相応しい女に近づいたでしょうか?」


「それとこれとは、話は別だと思うが」


「いいえ。全てにおいてアキラと対等になれば、少しはアキラの気持ちがわかると思っているので」




 鼻歌交じりに手綱を握るヨミに、それ以上何かを言う気にはなれなかった。


 町の中に入ると、鉄や銅などの金属を加工する匂いが鼻についた。


 鉱山から採れる鉱石を加工するための工場のようなものが多いのだろう。


 アイレーリスで見た町の家々よりも、煙突が多いのが特徴的なのは、そう言うことと無関係ではないはずだ。


 しかし、人の気配はするが、町の中を歩く人は一人もいなかった。


 これじゃ、どの建物に入っていいのかわからない。


 せっかく町に来たのだから、食事くらいはしていきたいのだが。


 そう思いながらも馬で町を彷徨っていたら、一番大きな建物から人が出てきた。


 無精ひげが逞しい無骨な男だった。


 だぶだぶのズボンに、上はタンクトップのような服一枚。


 何かの職人のような雰囲気だった。




「あ、あんたら何者だ?」




 それは魔物と同じ質問だったが、人間相手にどう答えるか。


 思っていたとおり、金華国の人は俺たちがアイレーリスでお尋ね者になってるなんて知らない。


 それどころか、キャリーのことも。顔を見ても女王だとわからないようだ。




「あ、私はヨミ=アラクネと言います。中級冒険者です」




 俺がいろいろ考えていたというのに、ヨミはあっさり本当のことを言った。




「中級、冒険者?」




 職人のような男は難しい顔をさせてあごに手を添える。


 これは、何か間違えたか?




「……悪いが、それが何なのかわからねえんだけど」




 俺は危うく馬から転げ落ちそうになってヨミの体を掴んだ。




「まあ、アキラ。人の見ている前でそのような愛情表現をしてくれるなんて。やはり、強くなったことへのご褒美でしょうか」


「ち、違う。そうじゃなくて、あんたは、冒険者が何なのか知らないのか?」


「言葉の意味はわかるが……ってことはあんたたちは外国からこの国にやってきたってのか?」


「……まあ、そう言うことになる」


「そうか! それじゃあ、見張りの魔物たちを倒してくれたのも、あんたたちなんだな!?」




 職人のような雰囲気の男が喜んで握手を求めてきた。


 俺は馬から下りて、改めて自己紹介した。




「俺はアキラ=ダイチ。上級冒険者だ。この国に逃げ込んだ魔族を追ってきた」


「ま、魔族ってまさか……ミュウ様のことか?」


「知ってるのか?」




 職人のような男が驚いて目を丸くさせたが、俺も似たような表情になっていたと思う。




「知ってるも何も、あの方は王様の愛人だからな。逆らったらどんな目に遭うか……」


「あ、愛人ですって……? 相手は魔族なのよ?」




 キャリーってこの手の話になると、妙にイラつくよな。


 よほどミュウに馬鹿にされたことが許せなかったのか。


 俺もあえてその話題に触れるつもりはない。




「ああ、王様は女好きだからな。あれだけの美少女が相手じゃ、夢中にならないはずがない。俺たちにとっては、魔物よりも恐ろしいってのに」


「ミュウのやばさは理解しているんだな」


「そりゃあ……そう言えば、まだ俺の名前を言っていなかったな。俺はヒューム=オルドウィン。昔は首都で鍛冶屋をやっていたんだが、今はこんな地方都市で鍛冶職人の弟子を育ててる」


「首都?」


「ああ、まあ……俺が勝手にそう呼んでるだけさ。今は王都と呼ばれてる。でも、馴染み深い方で呼んじまうだけだ」




 そう言えば、数年前に大統領制から国王制に変わったとキャリーが教えてくれたっけ。




「……どうして地方都市で仕事をすることになったのか、何か事情がありそうだな」


「あんたたち、急いでいないなら飯でも食っていくか? あまり美味いものはないけどな」




 ミュウをすぐにでも追いかけたい気持ちもあるが、何か有益な情報も拾えそうだ。


 それに、よく考えたら俺たちはこの国の地理について詳しくない。


 ここは少し情報収集させてもらうか。


 俺はヒュームという男の提案に乗ることにした。

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