陰謀、謀略、欲望、思惑
キャリーのそばには五体の魔物が転がっている。
ヨミはエリーネを守りながら、魔物の攻撃を受け止めていたのか、顔や手足に傷を負っていた。
エリーネは二人の真ん中で縮こまりながらも、防御魔法を使っていた。
センサーが感知している魔物の数は残り三十六体。
このまま全部を一度に倒すのはさすがに……。
『彰、まだミュウという魔族は生きています』
振り返ると、体の中心に穴が開いたままのミュウがその場に倒れたままだった。
魔力の反応は小さい。普通の魔物ならすでにクリスタルだけになっていてもいいくらいなのだが。
「チッ! ゲホッガハッ! ま、魔力が少なすぎて、幻惑魔法を使うことも出来なかったなんて」
血を吐き出しながらも、膝を突いていた。
俺がトドメを刺そうと思って近づいたら、両手を挙げた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。私の負けよ。これ以上戦う気はないわ」
「本当なんだろうな」
前にこいつには時間稼ぎをされてとんでもない目に遭った。
見逃すような隙を与えたくはない。
たとえ、女の姿をしていても。
「本当よ。それとも、あんたはこんな傷だらけの美少女をいたぶる趣味でもあるの?」
ミュウは俺の足にすがりついて目に涙を溜めている。
「アキラ! 騙されちゃダメよ! そいつは魔族なんだからね!」
「あなた、アキラって言うの? 素敵な名前ね」
キャリーの言った言葉に耳ざとく反応して、体をくっつけて耳元で囁く。
「悪いが、お前を信用することは出来ない」
「そんな!? アキラは魔物と一緒に行動してるんでしょ。私とだってわかり合えるはずよ」
ヨミのことにも気がついていたのか。
「ちょっと待ってね。あなたの仲間を助けてあげるわ」
そう言うと、俺に寄りかかったままミュウが叫んだ。
「お前たち! その人間から離れなさい!」
エリーネたちを取り囲んでいた魔物は、その一言で波が引くように離れていった。
すると、すぐにヨミが俺に駆け寄る。
「あの、アキラから離れてください!」
ヨミが俺の首に手を回して抱きついているミュウを引き剥がそうとしてミュウの腕を掴んだ。
「イタッ、やめて、痛いわ」
「嘘です。そんなに強く抱きしめるほど力が残ってるじゃありませんか!」
「嫌よ。アキラのこと、好きになっちゃったからもう離さないもん」
「な、んですって?」
キャリーまで凄い形相で睨みつける。
「アキラも、まさかその魔族を信じてみるなんて言うつもりはないわよね?」
さすがに、ミュウのこれが見え見えの演技だと言うことくらいはわかる。
ただ、話を聞いてもいいと思ってることも確かだった。
こいつには、俺たちの知らない情報がたくさんある。
それに、もうそろそろファイトギアを使うのも限界だ。
これ以上は体に響く。
少なくとも魔物たちがミュウの命令で引いたことは確かだし。
このまま戦うのも危険だった。
「ミュウ、と言ったか? 話を聞いてやるから離してくれ」
「嬉しい! さすがはアキラね。こんな女たちとは違って優しいのね」
「ちょっと、アキラ!?」
「話くらいは聞いても良いだろ。どうせ、今のミュウには逃げる魔力も残っていないし」
「……そうかも知れないけど……」
「アキラ、もしかして」
訝しげな表情をさせたキャリーとは対照的に、期待に満ちた目をさせたのはヨミだった。
魔族の中にも人間と理解し合えるものがいるのかと思っているのだろうか。
もしそうだとしたら、ヨミは素直すぎる。
俺は、そこまでミュウを信用してはいない。
だから、俺は変身を解除せずにソードギアフォームに再変身した。
ここまで魔力の減ったミュウが相手ならこの姿でも対応できるだろ。
「それで、何を話せばいいの?」
「待ってアキラ、私に質問させて」
「え? 何であんたなんかの質問に答えなきゃならないのよ。私は、アキラとお話しするわ」
「答えられないなら、嘘をついているってことね。アキラに代わって私がトドメを刺すわ」
「……わかったわよ。それで、女王様が聞きたい事って何?」
ふてくされながらも、ミュウは答えるようだった。
それでも、まだキャリーの目は厳しいままだったが。
「あなたと金華国の関係を教えて」
「金華国の王様と私はお友達なのよ」
「と、友達? 人間とお友達なんですか? どうやったら、人間と仲良くなれたんですか?」
「ちょっと、ヨミさん」
突然ヨミが割り込んできてキャリーが困惑していた。
ヨミにとっては、最も重要な話であることは間違いない。
「簡単よ。男の人なんて美しくて可愛らしい女が大好きなんだから。私が一発やらせてあげれば大抵の男とはお友達になれるわ」
「な……あんた、そんなことをして金華国の王と関わりを持ったというの?」
「なあに? 赤くなっちゃって。女王様って、もしかして……処女?」
「アキラ! こいつ殺してもいいでしょ!」
目がマジだ。
「やだあ。女の嫉妬ってこわぁい」
こいつ、この状況を楽しんでやがる。
「まだろくに話を聞いてないだろ。わかりやすい挑発に女王が乗るなよ」
「でも! だって!」
「金華国の王にそこまでして近づいた理由は何だ? ミュウが人間に媚びるような魔族だとは思えない。その王様はよほど強いってことか?」
今にも掴みかかろうとしているキャリーを抑えながら質問を続けた。
「アキラほど強くはないわよ。魔法はちょっと詳しいわね。でも、魔力だけで比較したら女王様の方が上だと思うわ」
「益々近づいた理由がわからないな」
「そう? お互いの利益が一致したってだけよ。私は人間界に拠点が欲しかった。金華国の王様は魔族や魔物の力で国の支配力を強めたかった」
「支配力?」
「あの王様は人間を信じていないの。自分が周りの人間を蹴落として国のトップになったから、いつか他の人間に同じことをされるんじゃないかと怯えているのよ。だから、私たちの力を欲した」
ルオリスタで金華国の兵士たちが言っていたことは本当だったと言うことか。
逆に、ミュウの言っていることも嘘ではないと言うことになる。
どちらも口裏を合わせている可能性は高くない。
なぜなら、どちらも俺たちのような存在に負けることは想定していなかったはずだからだ。
「アイレーリスを襲った理由は?」
「王様の提案だけど、私との約束を果たすためよ」
「約束?」
「言ったでしょ。人間界に拠点が欲しかったって。王様はね、自己中心的でワガママで臆病で卑怯で嫉妬深くて残酷で、およそ人間の最低な部分を集めたような人なのよ。だから、見ていて飽きないんだけど。あの王様にとって、アイレーリスは眩しいの。豊かな大地と長い歴史と幸せそうな国民と国民が憧れる美しい女王様。自分には持っていない全てを持っているから壊したくなっちゃうのよ。だから、女王様の国を襲ったの。そして、女王様の国を私にプレゼントするつもりだったのよ」
突然の行動に見えたが、魔族と手を組んで気が大きくなった、と言うことか。
金華国の王様の考えは本人に聞くまではわからないが、目的は間違っていないだろう。
奪い取られた町の管理は人間よりも魔物や魔族が主体になっていた。
だとしたら、フレードリヒがそれを食い止めてるってことになるが、ミュウはフレードリヒとも接触していた、と言うか密着取材の名目でほとんどずっと一緒に行動している。
やはり、全てミュウの仕組んだ罠だってことか?
「フレードリヒに密着取材してる冒険者ってのは、ミュウなんだろ?」
「ええ、そうよ」
「やけにあっさり白状するな」
「だって、もう今さらじゃない。多分、この戦争は女王様の国が勝つわ」
「どういう意味よ」
やっと少しだけ冷静さを取り戻したキャリーが聞くが、その声は凍るように冷たいものだった。
「あのフレードリヒという男は有能よ。金華国が私たちと手を組んでいたことを知っていたわ。だからせっかく奪い取った町もすぐに取り替えされちゃった。その上で、とある提案をしてきたのよ」
「もったいぶった言い回しをするなよ」
「フレードリヒは金華国との同盟を求めてきたわ。自分がこの国の王になった後、魔族や魔物を戦力に加える新たな同盟を結びたいのだそうよ。今のままでは、魔族との戦争に勝てそうにないからって。人間に従う魔物を引き入れたいみたいよ」
「そんな!? あのフレードリヒが、魔族と手を組んで魔物を戦力として使うですって?」
「嘘だと思うなら、本人に聞いてみなさい。まあ、あの男は私にも本音を見せないから、本当の狙いはわからないけど」
ショックを受けてるキャリーには悪いが、俺は勝手に話を進めた。
「フレードリヒと金華国の王は手を組んだのか?」
「ええ。フレードリヒは魔族の棲む地を用意し女王様を金華国の王様に引き渡すことを約束し。金華国の王様はフレードリヒをこの国の新たな王として対外的に認めることと魔物の部隊を貸し出すことを約束したわ」
「私を、金華国に引き渡す?」
「ええ。あの王様はあなたを犯すことで、アイレーリスの全てをメチャクチャにしたいのよ。国を他の人間に乗っ取らせて、王女様は他国の王様の慰み者になる。そうすれば、歴史も伝統もない金華国とアイレーリス王国が同列になると思ってるのよ」
「……アキラ、複合戦略魔法を使ってもいいと、心から思ってるわ」
「ミュウの挑発かも知れないぞ。そもそもこいつには一度騙されてるんだから、あまり言ってることを鵜呑みにするな。これでもし、金華国の王様がいい奴だったら目も当てられないぜ」
「アハハハハッ! そんなことないわよ。私があの王様を気に入ったのは、魔族よりもずっと心が醜かったからだもの」
魔族にここまで言われる王様ってどういう人間なのか、興味はあるな。
いずれ、会うことになるだろう。
それがどういう形になるかはわからないが、キャリーを欲しがっているのはフレードリヒではなく、金華国の王様なんだから。
「どう? これで私の知っていることは全部話したわ。アキラは私のことを信用してくれる?」
「その前に、もう一つだけわからないことがある」
「何かしら? アキラの質問なら喜んで答えるわよ」
「ミュウ自身の目的だ」
「……私の、目的? それは、人間の世界に魔族の拠点を――」
「それはミュウ個人の目的じゃなくて、どちらかというと魔族の目的だろ」
「……ふぅん。アキラって、頭も良さそうね」
「そうでもない。何しろ、記憶を失っているからな。学力は高くない」
「私の目的はね。自由になることよ」
「自由? 今はそうじゃないのか?」
「ええ。魔王の命令で人間の世界なんかに来たの。命令で動くなんて私が最も嫌いなことだわ。でも、今のままでは魔王には勝てない。だから――」
「アキラ! トドメを刺して!」
それまでずっと黙っていたエリーネが叫んだ。
『そんな!? この反応は!?』
ネムスギアのセンサーがミュウの魔力が回復していることを示した。
ミュウは体を再生させる。
俺はマテリアルソードを出そうとしたが、AIが混乱していて、いつもより武器の構築に時間がかかった。
その間隙を縫って、ミュウは飛び上がった。
「く、空中に、浮いている……!?」
「今日の所は引き分けにしておいてあげるわ。でも、さっき話したことは嘘じゃないわよ。本人に確かめてみるといいわ」
「逃げるのか?」
「ウフフッ……そうさせてもらうわ。今のままではお前にも勝てないみたいだから。あ、そうそう。一つだけ嘘をついていたわ」
ミュウは大きく舌を出して顔を歪ませた。
「お前みたいな正義ぶってる奴って大っ嫌いなの。次に会ったらぶっ殺してやるから。
風の神と闇の神の名において、我が命ずる! 空を翔る漆黒の翼よ、ソアブラックフェザー!」
そう言ってそのまま空を飛んでいった。
「飛んだ!?」
いちいちキャリーが驚いていたが、魔法なんだから空くらい飛ぶだろ。
もうすでに、ミュウの姿は小さくなっている。
ファイトギアの全力疾走なら地上から追いかけることも無理ではないだろうが、今の時点でファイトギアに変身すると連続使用の時間内だ。
追いかけるだけで、無駄に時間をロスしてしまう。
それに、行き先にも心当たりがあった。
単独で追いかけるよりも、準備をして追うべきだろう。
何より、魔物が残っているこの町に、みんなを残して行くわけには……。
そこで俺はやっとネムスギアのAIが混乱している理由がわかった。
センサーには魔物の魔力反応が一つもない。
「おい、魔物たちは?」
「え? あ、そう言えば……いませんね」
ヨミもやっとその異変に気がついたみたいだった。
「多分、あの魔族が魔力ごと吸収したんだと思う」
そう言ったのは、エリーネ。考え事をしているような難しい顔をさせていた。
「魔力を吸収した?」
「私はずっと周りの魔物たちが襲ってこないか警戒していたわ。すぐに防御魔法を使うつもりだったから。でも、途中から魔物の魔力が次々消えていったの。魔力の流れを掴むことは出来なかったけど、それを幻惑魔法で偽装できるとしたら」
ミュウ以外にはいない。
そう言えば、このクリームヒルトでネムスギアのセンサーをくぐり抜けられたとき、ミュウがいた。
あいつにはセンサーさえ誤魔化してしまうような魔法が使えるのかも知れない。
それにしても、自分が助かるためとはいえ、魔物たちの魔力を全部吸い取るとはな。
全部を相手にするよりは、マシだったのか。
「ねえ、どうするの? 敵の目的も一応はっきりしたし、このままルーザスの所へ向かう?」
キャリーとしてはそうだろうな。
だが、今フレードリヒの所へ行ってもミュウの人形がいる。
まずは、あいつを倒さないと面倒なことになる。
それに、ミュウの目的について、嘘はついていないかも知れないが、隠していることはあると思った。
フレードリヒと金華国の王様が手を組んで、その間にミュウがいるなら、フレードリヒにわざわざ自分の分身を置いてまで監視する必要がない。
裏切りを心配している?
いいや、それを気にするのは金華国の王様であってミュウではない。
まだ、何かある。
それを知らずに不用意に近づくのは危険だ。
フレードリヒにとって今の目的はキャリーの身柄の確保だろう。
それなら、国内を逃げ回って他の町を占拠させる口実を与える必要もない。
「キャリー。俺はそれよりもまず、あの魔族との決着を付けておくべきだと思う」
「え? どうしてよ。国内をまとめてからにした方が良いんじゃない?」
「あいつを放置してると、必ず邪魔されるだろ。フレードリヒのそばにはまだあいつの分身がいるんだから。それに、逃げた先もだいたい予測できるしな」
「逃げた先? どうして……」
「あの森の向こう側は?」
ミュウが飛んでいった方向は、元番犬の森。その先にあるものは――。
「金華国!?」
「そういうことだ」
「ちょっと待って! それこそ国内の戦力を集めて対策を立ててから向かうべきよ。だって、戦争中の国なのよ!? 周り全部敵の中に飛び込むつもり!?」
「虎穴に入らずんば虎児を得ずって言うだろ?」
「アキラと一緒だと、命がいくつあっても足りない気がするわ」
「それにな、周り全部敵っていうなら、今の国内の状況とたいして変わらないだろ。むしろ、金華国にはギルドもないし国交もなかったんだから俺たちのことをよく知らないかも知れないぜ」
これには一つ確信があった。
ルオリスタの町で出会った金華国の兵士たちは、キャリーが女王だと認識していなかった。
「私はどこへでも一緒に行きますよ」
ヨミは当然そう答える。
「仕方ないから私も一緒に行ってあげるわ。一応、クリームヒルトの地を取り戻してくれたし。義理は返してあげる」
エリーネも呆れ顔でそう答える。
「……エリーネちゃんもヨミさんも、間違ってるわ。アキラの言っていることは無茶苦茶よ」
キャリーだけはまだぶつくさ文句を言っていたが、いち早く馬車を隠していた場所へ向かった。
事ここに至って、一人で行動することは出来ないとわかっているんだ。
「よし、それじゃあ金華国へ行こうぜ」
「どうなっても知らないわよ」
キャリーはそう言いながらも、手綱を握って元番犬の森の奥へと馬車を走らせるのだった。




