異世界変身ヒーロー対魔族
「襲ってこないわね」
キャリーは辺りを見回しながらそう言った。
魔物が作った町の中を堂々と歩いているのに、最初の戦闘以降、俺たちの前から魔物たちが消えた。
センサーには魔力の反応があるから、建物の中に隠れていることはわかっている。
変身したままだから向こうも警戒してるってことか。
「やっぱり、ここにはもう人間はいないようだし、思い切ってキャリーの複合戦略魔法で全部吹き飛ばすって言うのは?」
少なくともこの町を支配してる魔物たちは、人間に友好的じゃないことがはっきりしたんだから、躊躇う必要はないと思う。
「あのねえ、説明していなかったっけ? あの魔法は威力の調整なんて出来ないのよ」
「キャリーの視界に入っていればいいなら、少し離れた位置から撃てばいいだろ。幸い、この町は見晴らしがいいんだし」
「そうじゃないわよ。魔力を全部使うから、一度使ったらその日はまったく魔法が使えなくなるし、再び使えるようになるまでの二十日間はさっき使った複合魔法だって使えなくなるわ」
そう言えば、ファルナからそんなような話を聞いた気がした。
ここで戦いが終わりならそれも有りだろうが、残念ながらここでの戦いも前哨戦に過ぎない。
あの規模の爆発はフレードリヒたちにも観測されるだろうし、そうなるとキャリーが戦力にならないどころか抑止力さえも期待できなくなる。
威力は十分でも使いどころの限られる魔法だった。
「何かと思ってきてみれば、あんたたちだったのね」
「ミュウ様、こいつらとお知り合いで?」
「そうね。お知り合いよ」
蟻の魔物を従えて現れたのは、あの赤い髪の美少女。
つまりは――魔族、だ。
以前より、魔力が上がっている。
「あ、あなたあの時の冒険者……」
キャリーがそう言いながら顔を青くさせていた。
「そうですよぉ。女王様」
可愛らしくウィンクをするが、キャリーは震えていた。
「わ、私は……こんな邪悪なものを、人間だと……」
「魔法水晶じゃ、魔力は伝わらないんだろ」
「そうだけど、でも……なんて魔力なのよ。これが、魔族……」
「やっぱり見たことなかったんだな。本物の魔族って」
「当たり前よ」
「そこら辺に魔物がいるから、魔族ってのも同じように生息してるイメージだったんだけどな」
「違うわ。魔族には、魔族の世界がある。そこには人間の世界との間に結界があって、決して外には出られないはずなのよ」
「そうでもないわよ。最近は結界も不安定だし、いずれはこの世界も私たちのものになっちゃうわね」
キャリーの質問に、面白そうに反応したのは赤い髪の魔族だった。
「へへへっ、さすがミュウ様だ。お前たち人間ごときが魔族に逆らって勝てるわけねーんだ!」
「お前さあ。自分が強いわけでもないのに粋がってんじゃねーよ」
「え?」
つまらなそうに蟻の魔物を見たかと思った次の瞬間、赤い髪の魔族は蟻の魔物の体をその腕で貫いた。
「ガハッ」
そして、その手には魔物のクリスタルが握られている。
「ま、あまり美味そうじゃないけど、私のエサにしてあげるんだから、感謝しなさいよ。プククク……」
そう言ってクリスタルを飲み込んだ。
「そいつは、お前の部下とかだったんじゃないのか?」
「お前? 人間ごときがこの私をそう呼ぶつもり? アハハハハハハッ! 身の程知らずもそこまでいくと笑えるわね」
赤い髪の魔族は胸を張って仁王立ちした。
「いいわ。せっかくだから自己紹介してあげる。特に、その女王様には楽しませてもらったし」
「楽しませてもらった? どういう、意味よ」
「だあって、好きな人に裏切られて絶望するなんて、とおっても素敵な顔だったわよ。フフフフフ」
キャリーは唇を噛んでいたが、短絡的な行動に出なかったのは、それだけ魔族の魔力を理解していたってことだろう。
俺としても、キャリーが特攻するのは避けたい展開だった。
「私はミュウ=サキュバス。愚かな人間の絶望がだーい好物で超絶美少女の魔族様よ」
「さすがは魔族。ろくでもない趣味をしていやがる」
「そうかしら? 人間だって負けていないんじゃない? くだらない信念だとかなんだとか言ってるけど、結局は自分が一番になって気持ちよくなりたいだけじゃない」
それは、フレードリヒのことなのか、それとも金華国の王のことを言っているのか。
あるいは、そのどちらもなのかも知れないな。
「人間の醜悪さは好きよ。見ていて飽きないもの」
「人間はそのようなものばかりではありません! 私が女王なのは民の幸せを守るためだからです!」
「バッカじゃない。他人の幸せを考えるなんて、愚か者のすることよ。自分が楽しければそれでいいのよ」
「あなたのような魔族に理解してもらうつもりはないわ!」
「ミュウと言ったか。口喧嘩をするためにここに来たわけじゃないだろ?」
デモンたちと同じだ。
言葉は理解できても、考え方は決して理解し合えない。
話し合いが通じない相手なのだから、戦って決着を付ける以外に方法はないんだろう。
「そうね。お前には私の人形を壊された恨みもあるし」
人形? それは以前倒したミュウのことか。
やはりあれは本体ではなかったということらしい。
「今度は、本物なんだろうな?」
「一度私の作った人形を壊したからっていい気にならないでね。お前はこの私がちゃんと殺すって決めてるんだから」
「アキラ……多分、私たちじゃ……」
エリーネが心配そうに俺を見た。
「大丈夫だ。少し離れてろ。他の魔物たちが襲ってこないとも言えない。防御魔法だけは怠るなよ」
「うん」
「まさか、アキラ一人であの魔族と戦うつもり?」
「俺のスタイルは近接戦闘主体だ。キャリーの複合魔法が敵をピンポイントで狙えるなら上手く連携が取れると思うが、無理だろ」
俺たちの連携不足もあるが、ファイトギアで戦うと、キャリーでは俺の動きが捉えられないだろうし、逆にこっちはキャリーの複合魔法に巻き込まれるわけにはいかない。
「わかったわ。私も間違えてアキラの足を引っ張りたくはないし。でも、任せるからには倒してよね。私も、ムカついてるんだから」
「安心しろ。俺も同じ気持ちだ。それと、キャリーも他の魔物たちを警戒していてくれ」
キャリーは静かに頷いた。
俺はみんなから離れてミュウの前に立つ。
「一つ聞いておきたい。お前らは倒すとクリスタルだけになっちまうからさ」
「ハハハッ! たいした自信ね。以前の私と違うってことがわからないのね。いいわ。面白かったから答えてあげる」
「ミュウはフレードリヒを密着取材しているんだろう? 今はあいつと離れて行動しているってことか?」
「あんた馬鹿じゃない。私は、そっくりの人形を作れるのよ。今もあの人間は私の監視下にあるわ」
監視下と来たか。
手を組んでいるのか、それとも見張られているのか。
どちらにも思惑はありそうだ。
「お前を倒したら、どうなる?」
「もちろん、私からの魔力の供給が切れて、ただの人形に戻るわね」
「それで安心した。自爆でもされたら肝心な話がフレードリヒから聞けなくなるところだからな」
「……そろそろ遊びましょうよ。お前が絶望するところが早く見たいわ」
クスクス笑ってはいるが、ネムスギアのセンサーが魔力の増大を検知した。
「闇の神の名において、我が命ずる! 影よ、分散して私の手足になりなさい! エンティティアバター!」
ミュウが魔法を発動させると、ミュウの影からミュウが飛び出してきた。
姿形はまったく同じ。呼吸も熱も感知している。
ファイトギアの高速移動で残像をあたかも分身しているように見せているのとは違う。
どれも実物だ。
だが、以前に倒した人形と違って見極めることは可能だった。
影から生まれたミュウには、影がない。そして、魔力も感じられなかった。
「行け!」
総勢四人のミュウが本体の命令で突っ込んでくる。
「闇の神の名において、我が命ずる! 闇の力をその身に纏い、破壊する力を与えよ! ダーククロースアーマー!」
向かってきた四人がミュウ本体の魔法で、全身に闇を纏う。
すると、一気に速度を増して俺に向かってきた。
一人が正面から殴りかかってくる。
俺は腕ごと斬り払うが、腕を斬ることは出来ない。
ミュウの体に纏わり付いた闇は、どうやら身体能力の向上と防御を兼ねているらしい。
パンチもマテリアルソードで受け流すのがやっとだ。
何度かパンチを受け流して、技を放とうとしたが――。
『上です!』
ちょうど構えようとしたところで、一人目を跳び越えて二人目のミュウが蹴り込んできた。
AIの警告に従って後ろに飛び退ったお陰で躱せたが、二人目のミュウの蹴りで地面にひびが入っている。
さらに、両サイドから三人目と四人目のミュウが殴りかかってきた。
こりゃ、ソードギアで倒すってのは、難しいか?
だが、ファイトギアを使うには見極める必要がある。
こいつを倒したところで俺が使いものにならなくなったら、意味がない。
残る魔物たちをキャリーたちで全滅させるのは無理だろう。
俺は余力を残してこいつを倒さなければならない。
次々に繰り出されるパンチとキックの嵐を、マテリアルソードで受け止め、あるいは斬り払う。
ジリジリと押されているのがわかる。
四人全員では攻撃してこない。
三人で攻撃をし、一人は交代しながら俺の隙を窺っては上や後ろなど視界の外から攻撃を仕掛けてくる。
「ほらほら、どうしたのぉ。そんなに私とダンスをするのが楽しいのかしらぁ」
面白そうにそう言っているが、本体の顔は真剣そのものだった。
常に魔力を供給しているのがセンサーによって可視化されている。
四人の維持と、戦闘力を向上させる魔法。二つの魔法を同時に使っている。
ミュウは余力を残してはいないと思う。
攻撃は、徐々に見極められるようになってきた。
三人でデタラメに攻撃してきたら互いにぶつかり合うから、リズムのようなものが生まれている。
相手の呼吸を読み、次にどう攻撃してくるのか予測しながらマテリアルソードで受け流す。
そして、受け流した方向からさらに次の動きを予測する。
一人ずつなら何とかこのままでも倒せる。
押し返すことも出来たが、俺はあえて後ろに下がった。
そうすると、控えている四人目が攻撃してくる。
こっちの体勢が崩れていることを見てから攻撃するからその時だけは瞬間的に一対一になるのだ。
『チャージアタックワン、クレセントスラッシュ!』
AIが俺の思考を読んで、技を発動させる。
マテリアルソードが輝きを放ち、上から飛び込んできたミュウにカウンターの一撃を繰り出す。
空に三日月の斬撃が描かれて、ミュウの姿が真っ二つになって消える。
「アキラ! 伏せて!」
エリーネの叫び声で、反射的に俺はマテリアルソードを盾にした。
「バーストエクスプロード!」
「アイシクルケイブ!」
突如として現れた炎の塊が爆発するのと、俺の体を包み込むような氷のかまくらが現れたのは、ほとんど同時だった。
爆発の衝撃と、その後に襲ってきた熱で氷のかまくらは破壊されてしまったが、お陰でほとんど無傷だった。
「チッ! クソガキが……お前ら! そいつらを捕らえろ!!」
誰に呼びかけたのかと思ったら、センサーが捉えていたこの町の魔物たちが建物の影や中からぞろぞろと現れた。
様子を窺っていたわけではなかった。
ミュウの命令を待っていたのだ。
魔物たちにとって、ミュウが……あるいは魔族という存在が上なのか。
だが、俺に向かってくる魔物はいない。
全部、エリーネたちに向かっている。
「お前……」
「フン。卑怯だなんて言わないでね。嬉しくなっちゃうから」
目を細めて頬を緩めた。
「私たちは大丈夫だから! ちゃちゃっとそのムカつく魔族を倒してよ!」
キャリーが焦るそぶりも見せずにそう叫んだ。
それが、ただの強がりであることは俺にもわかる。
一匹一匹は確かにキャリーやヨミの敵ではないだろう。
だが、エリーネを守りながらあの数を相手にするというのは、俺でも難しい。
「言っておくけど、私に背中を見せちゃ嫌よ。後ろから殺したんじゃ味気ないもの。安心しなさい。今は捕まえるだけよ。あのエサはお前と違って魔力を持っているからね。後で私が美味しくいただくわ。デザートにちょうどいいもの」
「仕方ない。数日身動きが取れなくなるのは痛いが、使うしかないってことだな」
「なあに? 思わせぶりなことを言って私たちの気を引きつけようっての?」
「そうじゃない。以前、お前の人形を倒したときのことを本体は知らないのか?」
「……知ってるわ。私が作った人形の記憶も経験も全て私と共有する」
「だったら、そろそろ気づけよ。お前の人形を倒した戦士は、こういう姿だったか?」
「――!?」
「変身」
『起動コードを認証しました。ネムスギア、ファイトギアフォーム、展開します』
その言葉を耳に残して、俺はすでに三体のミュウの影と本体の全てを視界に捉えていた。
『チャージアタックツー、マルチプルトリック!』
『チャージアタックワン、メテオライトブロー!』
二つ同時に発動した技に、ミュウたちが同じように目をむいて驚く。
全員が同じように腕をクロスさせて俺の拳をガードしようとしたが、三体のミュウはガードの上から体を貫いた。
あっという間に、ミュウが魔法で作った分身は消え去る。
だが、さすがに本体は頑丈のようだった。
手応えはあった。
ミュウの体は数メートル後ろに下がり、足下には踏ん張ろうとした跡が残っていた。
「これが、お前の……」
「もう一度、味わってみろよ。今度は人形なんかじゃなく、本当の体で」
「闇の神の名において、我が命ずる! 闇の力をその身に纏い、破壊する力を与えよ! ダーククロースアーマー!」
本体がさっき分身に使っていた魔法をかける。
そして、地面を蹴った次の瞬間には俺の間合いに入っていた。
ケルベロス並みの瞬発力。
パンチも分身たちが繰り出していたものよりよほど鋭く力強い。
最初からこうしていた方が、ソードギアフォームの俺とはいい勝負ができたんじゃないか。
だが、今は俺も遊んでいる余裕はない。
早く片付けてエリーネたちを助ける。
「くそっ! 何で、当たらないのよ!」
ミュウはあまり戦闘が得意な魔族ではないのかも知れない。
次々とパンチを繰り出してくるが、足下が無警戒だった。
俺はパンチを避けると同時にしゃがんでミュウの足を払う。
バランスを崩して倒れそうになったところに、
『チャージアタックスリー、イラプションアッパー!』
下から拳を突き上げると、体の中心を完璧に捉えた。
体をくの字にして空中に打ち上げられたミュウは血を吐きながら落ちてくる。
俺は足に力を入れて、
『スペシャルチャージアタック、スターライトストライク!』
光り輝く拳を突き上げながら飛ぶ。
必殺技がミュウの体を貫いて、俺は地上に降り立った。
ミュウの体から拳を引き抜く。
それを見て、魔物たちは一斉に動きを止めた。




