信じる心、信じ合う心
キャリーがヨミに叩かれたと気付いたのは、キャリーがよろめいて倒れそうになったからだった。
「きゃっ……」
小さく声を上げたのは、一番無関係だったエリーネだった。
俺は思わずヨミに近づいて肩を押さえた。
「お、おい」
いくら何でもいきなり暴力はないだろ。
文句を言うつもりだったんじゃないのか。
「信じるという言葉を、軽々しく口にしないでください!」
「……なん、ですって……?」
「私はアキラを信じています! 私の命はアキラに救われました。だから、この命はアキラを幸せにするために存在します。アキラの全てを信じ、全てを愛する。もし、アキラが私を裏切ったとしても、そうするだけの理由があったのだと受け入れます。私がアキラを疑うことなどありません。女王様の信じるという言葉にはそれほどの覚悟もない!」
「当然よ! 私がアキラと知り合ったのなんて、つい最近だわ。ちゃんと話したのもあのパーティーでしかないのよ!? それで、あなたのように盲目的に信じられるわけないじゃない!」
「アキラと私の付き合いもそれほど長いわけではありません。そもそも、アキラはほとんど付き合いがなかったのに、たった一度オークデーモンから助けたと言うだけで、私の命を救ってくれたのです。たった一度の義理だけで、自分の身を犠牲にしてまで私の命を救ってくれた。付き合いの長さが問題なのではありません! アキラはそういう人なのです! ケルベロスだって、アキラが戦う理由はありませんでした。逃げて欲しいと思っていたのに、クリームヒルトの町には恩があるからと離れなかった。女王様は、そういうアキラの人柄を認めて信じていたのではなかったのですか!?」
「認めていたわ! それに、初めて私のことを特別扱いしない、友達のように思っていた! だから、フレードリヒや冒険者の報告通りにアキラが魔物たちと一緒にいたことが許せなかったのよ!」
「それが、その程度のことで揺らいでしまう女王様の心が、信じるという言葉を軽く扱っていると言っているのです!」
ヨミの言葉は俺の心にも刺さった。
少なくとも俺もキャリーのことを疑った瞬間はあったと思う。
「私は女王よ? 信じていても、あなたのように妄信するわけにはいかないわ。私に近づくものは私の権力や魔法に恐れて本音で話そうとしない。今回のことだってそう。私は、国のために決断をしたのにいつの間にか私は悪者にされて……付き合いの長い伯爵たちだって、結局は信じられる者たちではなかった。アキラだけを特別扱いは出来ないわよ」
「それは、信じているとは言えません。女王様はファルナさんや今ここで保護してくれている人たちも、疑っているのですか?」
「……ファルナは、私を城から脱出する手伝いをしてくれたわ。だから、信じてる」
「では、ファルナさんがアキラと同じような状況になったら、疑ったりしないと言えるのですか?」
「…………その時になってみないと、わからないわ」
ファルナでさえも、状況によってはキャリーは疑うつもりなのか。
どうしてそんなに周りに対して疑心暗鬼なのか。
それは、例の女王の即位に無関係ではないだろうな。
中学生くらいで国のトップにならざるを得なかった。
権力争いという、俺たちには想像できないほどの闇を見てきたのかも知れない。
「ヨミ。それくらいにしておけ。キャリーの気持ちはわかった。俺たちも軽率だったんだ」
あの時、魔法水晶で連絡が取れなかった時点で、すぐに王宮に向かうか連絡を取る方法を探すべきだった。
その隙を敵に突かれたんだ。
「いいえ。それではまたいつか同じことが起こります。女王様。誰かを信じると言うことはそんなに軽々しく扱えるものではないのです。人は、人の心の内側を全て知ることはできません。私だってアキラの心はまだよくわかりません。わからないから恐れる気持ちを抱くことを防ぐ方法はないと思います。それでも、アキラのことを信じます。どうしてかわかりますか?」
「そんなの、あなたがアキラのことを好きだから、妄信してるだけじゃない」
「違います。アキラが、私のことを信じているからです」
「……二人は、恋人だというわけね。私に対する嫌味を言いたいだけじゃない」
「私はそう思いたいのですが、アキラはそれについては受け入れてくれません」
「は? 恋人同士じゃないのに、信じ合ってるって言うの?」
「アキラはそういう人です。ですから、私は信じている。アキラが間違ったことをしても、疑ったりはしません。きっと騙されたか、脅されたか。何か事情があったのだと判断します」
「……ヨミが言うほど、聖人君子ではないけどな」
人間はそもそも完璧な存在じゃない。
だから、間違えることなんてきっとたくさんある。
俺の体の半分を構成しているナノマシンだって、人間が作ったものだから完璧ではない。
完璧な存在があるとしたらそれは、人間ではなく神の領域だ。
今も、戦争に関わることに迷いだってある。
人と戦うこと、人を殺すこと。そして、人を守ること。
何が正しいのか、わからない。
それでもその時に俺が信じた心を頼りに行動するだけだ。
俺が、ヨミを信じてもいいと思ったのは、エリーネを助けてくれたからだ。
それまでは魔物ってだけで倒すべき対象だと思っていた。
キャリーのことはどうだろう。
最初は、ケルベロス討伐なんて無茶な命令を出した馬鹿な女王だと思ってた。
でも、実際に話してみて、年相応の普通の女の子だと思った。
ケルベロスでの功績があったとはいえ、どれだけかかるかわからない妹の捜索費用を全額出すと約束してくれたときは、いい女王だと思ったのは現金なだけではないと思う。
パーティーでも俺たちに否定的だった貴族たちに忠告してくれた。
そうだよ。俺は、俺のために行動してくれたキャリーを信じていた。
「女王様。アキラは私もエリーネさんもファルナさんも信じています。そして、これからは女王様のことも。ですから、アキラのことも信じてくれませんか? 本当の意味で」
本当にヨミは俺の心がわからないのか?
心を読み取る魔法でも使ったんじゃないかってくらい、俺の言おうとしていたことを代弁した。
「……私は、アキラのことを裏切り者だと思って殺そうとしたわ。それでも、私のことを信じるつもりなの?」
「騙されて使ったんだろう。今じゃスパイ扱いの俺と同じで、キャリーも嵌められた側の人間じゃねーか」
「……お人好しね」
キャリーの目から涙が零れた。
声も震えているが、その事を指摘するような野暮な人間はこの場にはいない。
「せめて、人がいいと言ってもらいたいがな」
「信じてもいいの? 本当に、心から」
その言葉は俺に向けて言っているはずだったのに、なぜかキャリーはヨミの目を見つめていた。
「構いませんよ。私の方がアキラを信じていますから」
「言っておくけど、私の心は重いわよ。私が心から信じたのは家族のお父様とお母様だけだったわ。これからは、アキラのこともそう思うのよ」
「私もアキラとは家族になりたいと思っていますから。私の心も同じくらいです」
「でも、アキラはヨミさんのことを恋人と認めていないんでしょう?」
「墓穴を掘りましたね。女王様はアキラと恋人になれなければ信じ合えないというのですか? やっぱり、底が知れます」
「何ですって?」
「私は恋人になれなくてもアキラのことは信じ合えます。そういう俗な関係より厚い信頼関係で結ばれているのです」
「それじゃあ、アキラが他の人と付き合ってもヨミさんはいいわけね」
「いえ、そうとは言っていません。それとこれでは話が違います。私はアキラと家庭を作って慎ましやかな生活を送るというのが――」
「話が脱線してるぞ!」
何やらきな臭い空気を感じたので、俺はあえて二人の間に割り込んだ。
「すみません。つい……」
「……アキラ、ごめんなさい。私は、あの時ちゃんとアキラの話を聞くべきだった。生きていてくれたからよかったけど、あのクリームヒルトの人たちのようになっていたかと思ったら……謝っても許されるようなことをしたとは思っていないわ。それでも信じるといったアキラのことを私も信じたいと思う」
俺はキャリーに手を差し出した。
「何?」
「俺の世界だと、和解したときは握手をするんだ」
「? 俺の、世界?」
あ、そう言えばキャリーには俺がこの異世界に来た経緯を話していなかったな。
ちゃんとその話もしておくべきだな。
信じる仲間なら。
「その話も、追々説明する」
「それで、握手ってどうするのよ?」
「いや、どうって……お互いの手を握るだけだけど」
キャリーは顔を赤くさせて、俺を睨んだ。
「そんなの、こ、こ、恋人がすることよ。私はアキラを信じるとは言ったけど、こ、恋人と認めたわけじゃないわ!」
「そうなんですか? それは安心しました」
ヨミが俺の手を下げようと差し出した手に自分の手を添えた。
キャリーは重なり合った俺とヨミの手を一緒に握る。
「……ヨミさん。今はまだ、そこまでの間柄ではないと言うだけよ。将来的にはわからないわ。フフフッ……」
「そうですか? フフフフッ……」
ニコニコ笑い合っているのに、全然和気あいあいとした雰囲気じゃない。
怖すぎる。
俺が求めたことだったのに、一番早くこの握手を終わらせたいと思った。
数分間そのままお互いの手を握りあって、やっと解放された。
その時、ヨミが真面目な顔をしてキャリーに言った。
「あの……女王様」
「ヨミさん。そろそろ私のことは名前で呼んでくれない?」
「……では、キャロラインさん。叩いたこと、謝りませんよ」
「いいわ。ヨミさんの大切な人を、間違いだったとはいえ殺そうとしたんだから。それくらいは甘んじて受け止めるわ。それに、私にはもっと重い罪があるわ」
クリームヒルトに残っていた捕虜を複合戦略魔法で殺してしまったって新聞記事のことか。
共生派の魔物については、ヨミのことも信じているだろうし、話しても大丈夫だとは思うが、キャリーの心を考えると全てが解決してから話した方が良いだろうな。
今はまだ、その時ではない。
「それのことだけどな、たぶんキャリーは騙されているだけだぞ。俺たちがクリームヒルトに着いたとき、遺体は一つもなかったんだから。あれは、キャリーを嵌めようとしている奴らの偽装工作だ」
「偽装工作? ってどういうこと?」
「キャリーの魔法で町がどうなったのかすぐに確認したんだが、遺体なんて欠片もなかったってことさ」
「それじゃ、私が見たあれは!?」
「魔法水晶の映像に加工はできるか?」
「無理よ、幻惑魔法でも不可能だわ。魔法水晶は映像と音声を魔法で飛ばすだけでも魔力を使うし、そこに別の魔法を加えたらまともに映像も音声も伝えられない」
「だとするなら、現場を偽装工作したんだろうな」
「ちょっと待ちなさい。偽装工作したって、遺体が偽物だったっていうの? あの生々しさはとても作り物じゃなかったわ」
そういえば、キャリーは魔法水晶を通して見ただけだったのに、吐いたんだとファルナが言っていたな。
「そうじゃない。遺体を運び込んだんだろう。俺たちが町に着く前に、誰かが回収しておいたんだ。そして、キャリーに魔法を使わせた後で、キャリーに罪悪感を植え付けるためにあたかもキャリーの魔法で犠牲になったかのように偽装工作した」
この推理のほとんどはAIが出した答えだったが、間違いはないと思う。
そして、そうなると別の疑問がわいてくる。
誰が遺体を回収し、誰が偽装工作したのか?
殺したのは金華国? それとも?
「……なんて、ひどいことを……」
「金華国の連中がそんな面倒なことをするとは思えないですね」
ほとんど蚊帳の外に置かれていたハイルフが口を挟んだ。
「俺もそう思う」
「クリームヒルトが、金華国軍の最初の襲撃で支配されたことは間違いないと思われます。と言うことは、遺体を回収するために誰かが金華国軍を退けたのでしょうか?」
ハイルフは難しい顔をして腕を組んだ。
「でも、俺たちがクリームヒルトに着いたとき、金華国の支配下にあったことは間違いないと思う」
金華国が魔族や魔物と手を組んでいるということは、あの見張りの魔物は金華国軍の仲間だったという方が納得できる。
町に軟禁されていた共生派の魔物たちは、人間の国で人間のために労働させられていたと言っていた。
それが、金華国だったということじゃないか?
労働力として扱っていた魔物を、支配した町に軟禁する理由。
…………キャリーに、クリームヒルトが魔物に支配されたと思わせるため。
それだけじゃない。
魔族や普通の魔物にとって、共生派は邪魔だった。
そして、キャリーに疑心暗鬼を生じさせるためには、死んでも構わない魔物が必要だった。
殺させるために、軟禁していたのか。
キャリーを嵌める演出を欲しがったのは、クーデターを画策しているこの国の貴族の誰か。
共生派の魔物を始末してもいいと考えたのは金華国と手を組んでいる魔族。
「……金華国軍とこの国のクーデターを起こそうとしている貴族の誰かが繋がっている」
ハイルフと俺の答えはほぼ一致していた。
その間に、俺たちの前に現れ、キャリーを騙した魔族がいる。
あの赤い髪の美少女のような魔族。
俺たちも貴族たちも金華国も全てはあの魔族の掌で踊らされているのだろうか。
その時だった。
レアードの机に置いてある魔法水晶が輝きだした。
最近、魔法水晶にはいいイメージがない。俺たちが連絡を取ろうとしたときだけ上手く使えないし。
何か嫌な予感しかしない。
「はい、どなたですかな?」
「私ですよ。ルーザス=フレードリヒです」
「何か、ご用ですか?」
「明日にギルドを通して発行する新聞にとても素晴らしい記事が載るので、伯爵の方々には直接吉報を伝えたいと思いまして」
「ほぅ。して、それはどのような話なのでしょう」
「私の指揮する騎士団がクリームヒルトのあった地を取り戻しました。金華国軍は当面攻めてはこれないでしょう。そこで、私は国内の問題を片付けたいと思っているのですよ」
「領土を取り戻せたことは、お祝い申し上げます。しかし、少し休まれた方がよいのでは?」
「そうもいきませんな。国民は金華国から領土を取り戻した私を支持するでしょう。ケルベロスの討伐以降失策続きの無能な女王には退位していただくべきだと思いませんか?」
「王位を奪うつもりですか?」
「そうではありませんよ。我がアイレーリスは、繁栄しなければなりません。王国のために全ての民は命を捧げて尽くすべきなのです。もちろん、我々貴族はその先頭に立たなければならない。王国の繁栄こそが民の幸せであるべきなのです。女王は民の使い方を間違えています。平和主義などと言って他国と手を組むことばかりが上手いだけの無能な女王に、この国を繁栄などさせられない。事実、金華国の連中は我が国に攻め込んできた。平和主義などという理想論では他国の侵攻を止めることはできません。新たな王の下で民の命と力を結集させ、より強い王国を作るのです!」
話を聞いていたキャリーが、目を怒らせながら魔法水晶に近づこうとしたので、ファルナが羽交い締めにして押さえた。口も手で塞いでいる。
ここで魔法水晶の前に立ったら、敵に探しものの在処を教えるようなものだ。
だが、ここまであからさまにケンカを売ってくれたんだ。
もはや、野心を隠すつもりもないんだろう。
フレードリヒが魔族に騙されているだけなら、戦う必要はないと思ったが、確固たる信念を持って行動しているなら、それはもうキャリーとは話し合いで決着できることではない。
「クィンタス卿、いえ、レアード殿。あなたは女王を支持していると聞きましたな。それに、あなたの親戚にはあの近衛隊の隊長――ファルナとかいう女がいたはずです。先日、ファルナはスパイの疑惑がかかった冒険者と共に姿を消したのですよ。どこにいるのか知りませんか?」
「ルーザス殿、はっきり申し上げてはいかがかな?」
「そうですか。では、要求しましょう。お前の街にキャロラインと冒険者どもがいるんだろう。即刻引き渡しなさい」
「さあ、どうでしょう。私の町はフレードリヒの町と違って堅牢ではありませんからな。田舎で広いだけが取り柄ですから。隠れられたら、私でも捜すのは困難ですな」
レアードはキャリーや俺たちに気を遣ってとぼけていたが、ルーザスは疑いではなく確信を持って言っている気がした。
「そうですか。では、近々王国騎士団に捜索させましょう」
「そのようなことに、王国騎士団を使うつもりですか?」
「協力いただけないなら、そうするしかありますまい」
それじゃ、この町が戦場になる。
それも、同じ国内の伯爵同士で。
俺は、ファルナに近づいた。
「ファルナ、俺のせいでこの町が戦場になるのはお断りだ。キャリーも同じだぜ」
声が出せないからか、キャリーは首を縦に振って同意した。
「しかし」
「クーデターの首謀者はこれではっきりしただろ。それなら、俺たちがやるべきこともはっきりしたはずだ」
「フレードリヒ卿と戦う、と」
「その前に確認しておかなければならないこともあるがな。それはもう避けられない。それなら、俺たちを追いかけてくれていた方が都合がいい」
「キャリーは、アキラ殿と一緒に行くつもりなのか?」
「ええ、アキラは信じられるわ。きっと、私を守ってくれる」
「では、私も一緒に」
「いいえ、ファルナは私たちとは一緒に行動しないで。ルーザスに何か言われたら、捕まえていたのに逃げられたと言えばいいわ」
「私だけ蚊帳の外か?」
「そうじゃないの。私たちがルーザスたちを引き付けている間に近衛隊の他の隊員たちを集めておいて、王国騎士団の獅子の団を助けて欲しいのよ」
獅子の団って確かディレックが所属している王国騎士団じゃなかったか。
そう言えば、王都をパトロールしていたのは王国騎士団でも魔道士ばかりだった。
それと関係があるのか?
「その話、後で俺にも詳しく聞かせろよ」
「当たり前でしょ。その前に、ルーザスに挨拶するわよ」
「ああ、そうだな」
俺たちは揃って魔法水晶の前に立った。
「え? な……」
さすがのフレードリヒも面食らっていた。
「久しぶりね、ルーザス」
「キャロライン!? やはりそこにいたのですね!?」
「俺のことも忘れてもらっちゃ困るんだが」
「ハハハッ! 私の獲物が揃っているとは、私もつくづく運がいい」
「あなたのご大層なご高説は承りましたわ。ですが、民の幸せよりも国の繁栄を優先させるあなたの考えに賛成など出来ません! 我がアイレーリスは民あっての王国です! それを否定するあなたに、我が国を任せることなど出来ません!」
どっちの主張が正しいかどうかは関係ない。
俺はただ、キャリーの考え方に共感したからキャリーこそがこの国をまとめるべき存在だと思った。
俺が信じる心のままに。




