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山脈地方クィンタスの町

 二頭の馬で走らせた馬車は見るからに速かったが、俺の経験上ではディルカのレッドウィングが馬車無しで走ったときの方が速かった。


 王都を出てから四日が過ぎると、山脈が近づいてくるのが目に見えてはっきりしてきた。


 そして、どういうわけか家が点在している。


 川沿いや道路沿い、林の中にまで家がある。




「あの家は何だ?」


「ああ、この辺りはもうクィンタスの町になっている」


「この辺り?」




 アイレーリス王国の町はいくつか見てきたが、そのどれもが壁に囲われていた。


 石の壁や木の壁など様々だったが、壁があるということは共通していた。


 それは、恐らくこの世界には魔物がいるからそういうものが必要なのだろうと勝手に解釈していたが、この町は人の住むところと自然の間に明確な境界線がない。


 危険じゃないんだろうか。




「クィンタスの町は農業が盛んなんだ。だから、中心部だけは木で囲っているが、農家はその囲いの外に家を建てて仕事をしている」




 ファルナの説明を聞いていると、馬に乗った騎士たちが三人、俺たちの向かっている方向からやってきた。




「大丈夫なのか?」


「この町にはキャリーを保護してもらっている。アキラ殿が心配するようなことにはならないよ」




 その言葉通り、騎士たちはファルナに挨拶をしてそのまま通り過ぎた。




「彼らはいくつかのグループを作って囲いの外に家を建てた農家の様子を警戒しているんだ」


「やっぱり、魔物とかを警戒しているってことか?」


「それもあるが、どちらかというとこの辺りだと野生の動物の方が多い。以前は盗賊も多かったが、クィンタスが雇っている騎士たちは優秀だからな、農作物や食肉用の動物を盗むような輩はめっきり減って平和だそうだ」




 よく見ると、その辺りの家の周りには作物を植えた畑や、牛のような動物やら豚のような動物やらが背の低い囲いの中で放し飼いにされていた。




「クィンタスの町での食事は、期待してもいいと思うぞ。何しろ採れたての食材が使えるから味が違う」


「……状況が状況じゃなけりゃな」


「まあ、そういうな。何をするにしても食事は重要だぞ」


「それはわかってるさ」




 こっちはここ数週間、逃げてばかりでまともな食事は数えるほどしか取っていないんだから。


 ヨミは兎も角、エリーネのテンションの下がり具合は戦力に深刻な影響を与えるほどだ。




「そろそろ中心部が見えてくる。まずは、町を治めているレアード=クィンタス卿に会ってもらう」




 程なくして木の柵で囲われた町に着いた。


 これは壁とは言えない。クリームヒルトの壁よりもさらに簡素なものだった。


 区画整理をするためだけに目印で置かれたもののよう。


 魔物の侵入はもちろん、野生動物も防げるのかどうかってところだ。


 そんな囲いだから、門なんてない。


 クィンタスの町はどこからでも入ることが可能だった。


 馬車はどんどん町の奥に入っていく。


 すると、山脈がより眼前に迫ってきた。


 いつだったか、ジェシカが説明してくれた山脈はこれだろう。


 この向こう側にも国があると言っていた。


 見上げていると首が痛くなりそうだ。


 AIに測定させれば正確な高さはすぐにわかるだろうが、五千メートル級というのは脅しではなさそうだ。


 確かに、この山脈を越えて隣の国へ行くのは難しかった。


 馬車が大きな屋敷の前で止まる。


 それは平屋だったが、横に大きく広がった屋敷だった。


 真ん中に両開きの扉がある。


 ファルナはドアノッカーを二度叩いてから声を上げた。




「ただいま戻りました。ファルナです!」




 返事はなかったが、待っていると扉が勝手に中へ入っていく。


 ファルナが屋敷の中へ入ったので、俺たちも後に続く。


 扉は魔法か何かで自動的に開いたわけではなく、家の中にいたメイドが開けたようだった。扉のそばにそれらしき姿の女の子が二人いて、全員入ったことを確認すると、二人で扉を閉めていた。




「こっちだ」




 玄関から廊下が四つに伸びている。


 さらに廊下を進むと周りには同じような扉が並び、同じような廊下が交錯していた。


 迷路か何かか、この屋敷は。


 ファルナは何度も出入りしているようで、迷うことなく進んでいく。




「一応、マッピングしておいた方が良いかもな」




 ボソッとAIにだけ聞こえるように言った。


 万が一の時、脱出するのに、屋敷を壊すしかないというのは避けたかった。




『……無駄かも知れませんよ』


「どうして?」


『この屋敷そのものに魔力を感じます。どうやら、ただの迷路屋敷ではないようです』




 それじゃ、ファルナに迷いがないのはなぜだ?




「ファルナ、いつまでこの迷路で遊ぶつもりだ?」




 カマをかけたつもりだったが、ファルナの目は真剣だった。




「遊ぶつもりはない。ただ、前回と同じ道を通っているのに、なぜか辿り着かない」


「魔法で作った迷路の屋敷だろ? ゴールも変化するんじゃないのか?」


「だとしたら、私ではアキラ殿たちを案内できん」


「仕方ない」


「アキラ!? まさか、屋敷を壊すつもり?」


「エリーネの中で俺はそんなに脳筋に見えてるのか? そうじゃない。ネムスギアのセンサーで魔力の発生源を探ればいいだけだ」


『すでに索敵は完了しています。二つ前の廊下を右に曲がって、奥の部屋から別の廊下に向かってください』




 AIの指示に従って進むと、




『どうやら、その都度魔法で目標の位置をずらせるようですね』


「それじゃ、辿り着くのは無理そうか?」


『いいえ、変更パターンも予測できました。後ろの扉を開けてください』




 それはついさっき俺たちが通ってきた部屋だった。


 指示通り扉を開けると、そこは応接室のような場所だった。俺たちが入ってきた扉を含めて東西南北それぞれに扉があり、窓がない。


 部屋の真ん中にテーブルがあって、それを囲うように四つのソファーが置かれている。


 そして、その向こう側には大きな机に身なりの整った中年男性がこちらに向かって座っていた。


 その傍らには服装こそ庶民のような布の服を着ているが、貴族のように整ったさらさらの髪が特徴的の青年が微笑みながら佇んでいた。




「お見事です。私の幻惑魔法を突破するとは。さすがは上級冒険者と言ったところでしょうか」




 青年は笑顔をまったく崩さないままそう言って近づいてきた。




「あなたの仕業だったのですか? ハイルフ殿」




 ファルナが呆れたようにそう言ったが、まったく意に返さない。




「世界最速で上級冒険者になったという実力をこの目で確かめておきたかったんですよ。お気に障ったのなら、謝ります」


「悪趣味だが、別に謝ってもらうほどのことじゃない」


「これはこれは、上級冒険者はユーモアに溢れた方だ」




 皮肉を言っても意味はなかった。




「それで、ファルナはあんたのことを知っているようだが、何者なんだ? この町を治めている伯爵には見えないが」




 それはどう見ても机に座ってこちらの様子を窺っている中年男性だろう。




「申し遅れました。私はこの町のギルド支部で代表をさせていただいている、ハイルフ=アスクバランと言います」


「ギルド支部の代表ってことは、ジェシカの部下か?」


「ええ」


「噂によると冒険者としての実力ではハイルフ殿の方が上らしいが、本部の代表は疲れるからと言って辞退したのだ」


「ただの噂ですよ」




 支部とは言えギルドの代表がこんなところにどうしているのかはひとまず置いておこう。




「ハイルフね。俺は――」


「あ、いいですよ。冒険者の方々の情報は全て覚えていますから。アキラさんにヨミさんにエリーネさんにエヴァンスさん」


「自己紹介の手間が省けたな。それで、どうしてハイルフはここにいいるんだ?」


「一番の理由は、今日発行された新聞をレアードさんに届けるためです。まあ、アキラさんたちが到着する時間を狙ってここには来たのですが」




 そう言って新聞を机に広げた。嫌でも見出しが目に入る。




[ルーザス=フレードリヒ伯爵、善戦! アイレーリスを救えるのは彼しかいない!]




「どういうことだ? これは?」


「内容は読むほどのことではありませんよ。フレードリヒ伯爵が、町まで押し寄せてきた金華国軍を撃退したらしいです。敵軍には魔物や魔族が含まれていたようで、成果としてクリスタルの数も書かれています」


「事実なのか?」


「さあ? どうでしょう」




 ずっと何かが引っかかっているような違和感を抱えていた。


 この世界の新聞は俺たちの新聞と違って情報が正確ではない。


 特に、戦争が始まってからと言うもの、新聞は誰かの意志によって都合のいい情報だけが真実であるかのように書かれている。




「これは、ギルドが発行している新聞だよな」


「はい。ですからどこのギルドでも同じものが読めます」


「新聞の記事を書いているのは、ギルドに出された依頼を受けた冒険者、だったな」


「そうですね」


「じゃあ、この記事を書いた冒険者が誰か、調べることは出来るか?」


「ミュウ=サバシア。三ヶ月前にフレードリヒの町のギルドで登録をした冒険者ですね。赤い髪が特徴的な美少女らしいですよ。私は見たことはありませんが」




 こいつ、のほほんとしているが凄い記憶力だな。




「というか、ですね。面白いことに戦争に関する記事のほとんどをこの冒険者が書いているようです。フレードリヒ卿に密着取材をしているのだとか」


「ギルドはこの冒険者の記事を全て信用して新聞を発行しているのか?」


「何を信用するのかは、読む人に委ねられます。ギルドは情報の真偽を審査するつもりはありません。冒険者たちから集められた情報をまとめて発行するだけです」


「それでも、ギルドが発行していたら信用されるだろ。現に捏造と嘘の記事を信用している人たちがいるから、キャリーや俺たちが厄介なことに巻き込まれているだろうが」


「私もそこに今回のクーデターの原因があると考えています」




 あっさりと、ハイルフはそう言った。


 表情はやっぱり微笑んだままで、逆に感情がわからない。




「どういうことだ?」


「アキラさんも、新聞の記事を信じていませんか?」


「俺がこんなものを信じるわけないだろ」


「ですが、女王様が複合戦略魔法を使ったせいで国民の間に不安が広がっている。とは思っていませんか? あるいは、国民を殺した罪で犯罪者として告発されている、とか」




 それは新聞の情報の一部だった。


 ここに来るまでに目にしたが、俺が知っている情報と違う部分は確かに否定してきたが、知らない部分は勝手にそうであるかのように捉えていたかも知れない。



 ……疑心暗鬼、だ。



 俺が元の世界で危険視された原因になった人間の感情。


 俺が直接デモンから助けた人たちは俺のことを知っていたから、危険な存在ではないと思ってくれていたと思う。


 だが、デモンの脅威にさらされなかった人は俺のことを知らないから、デモンと同じで危険な存在かも知れないと思った。


 情報が不確かすぎて、何が真実なのかわからない。


 その不安が、この新聞で補完されていたのか。


 アイレーリスの国民は俺たちよりも情報が錯綜しているだろうから、余計に疑心暗鬼になる。




「ギルドが新聞を発行する限り、この状況は変えられないんじゃないのか?」


「それも一つの手段だとは思いますが、私はこの状況を逆に利用したいと思っています」


「利用? ちょっと待て、ギルドは戦争には関わらないじゃなかったのか?」




 ハイルフの言っていることは、もう戦争と無関係ではなかった。




「ギルドの目的は、全人類の協力です。戦争は確かにその思想とは真逆ですが、そもそも国同士が戦っていたら、全人類が協力し合うなんて不可能じゃありませんか。それに、今回のことはギルドが発行している新聞のことですから。直接戦争に介入するわけではありませんし」




 これじゃ、エリーネがクリームヒルトの町を取り戻そうとしたときの依頼によく似ている。


 茶番だ。


 ただ、キャリーや俺たちを陥れようとしている奴らも同じ手を使っている。




「アキラさん。あなたも新聞の記事を書く依頼を受けてください」


「え? 俺が? 一応この国ではスパイ容疑がかけられてるんだけど」


「ギルドにはそんなものは関係ありません。国内事情に縛られない組織なので。アキラさんは私にとってただの上級冒険者でしかありませんよ」


「その依頼を受けたとして、俺は何をすれば良い」


「アキラさんが掴んだ情報をその都度ギルドに報告してもらいます。記事は私が書きましょう。ミュウという冒険者の情報とアキラさんの情報。どちらが信用するべき情報なのか、国民に審査してもらいます」




 その冒険者のことも気にはなっていた。


 密着取材ってことはフレードリヒと一緒にいるわけだろ。


 キャリーが疑心暗鬼に陥るような情報をもたらしたのもフレードリヒだった。


 その情報源は、間違いなくその冒険者だろう。


 クーデターの首謀者は俺の中で固まりつつあった。




『彰、少し思いついたことがあります。同じように新聞を書いて記事の内容で戦いを挑むというのは確かに正攻法で効果もあるとは思いますが、私はもっと早くに決着を付けて本来の目的へ最短で戻りたい』




 AIが俺にそう提案してきた。




「思いついたことって言うのは、新聞よりも効果的だって言うのか」


『恐らくは。ですが、その作戦はできる限り少ない人数で行いたいのです。具体的には、彰と私とエヴァンスさん。それから、このハイルフさんの四人だけで』


「……それじゃ、ここでその内容を聞くわけにはいかないか」


『頃合いを見て、二人を誘ってください』


「ってことは、AIの判断でもハイルフは信用してるってことだな」


『いいえ、信用しているかどうかはこの作戦には関係ありません。むしろ、利用することになるでしょうね。難色を示したら、王都のギルド本部にいるジェシカさんに協力を求めます』




 どんな作戦なのかははっきりしないが、相当な自信が窺える。


 ただ、今すぐに二人だけを誘うのは、あまりに不自然だ。


 急ぎの用事があるわけでもない。


 後でこの町のギルドへ行ってもいいし、今はAIの作戦については胸にしまっておこう。




『それから、もう一つ。隣の部屋にキャリーさんがいます。センサーに反応がありました』


「出てこないってことは、攻撃しようとしてるとか?」


『いいえ、状況を窺っているようです』




 ファルナが言っていたように、まだ疑っているっていうのは本当なんだろうな。


 そもそも、ここまでの経緯でキャリーが誰かを信用できるわけはないか。


 伯爵連中がクーデターを起こしたんだから。




「ハイルフはキャリーの敵は誰だと思っている? 確か、反女王派閥は六人いたはずだが」


「その情報も正確ではないのだ。そもそも、評決では答えは出なかったのだが、翌日の新聞では六人が反対派に回ったと情報が出た」




 俺の質問に答えたのは、机に座っていた貴族。




「そう言えば、あんたには自己紹介がまだだったな」


「必要ない。アキラ殿のことはハイルフと女王陛下から詳しく話を聞いている。私はレアード=クィンタス。アイレーリスの北西。山脈地方を任されている伯爵だ」


「レアードはキャリーを保護してくれているってことは、女王派閥の伯爵ってことでいいんだよな?」


「私だけではない。魔法水晶で個別に確認を取ったら、明確に反女王派閥についた者などいなかった。しかし、その情報を伯爵たちに伝えたら、全員が全員に嘘をついているのではないかと疑われた」




 ここでも、疑心暗鬼が影を落としたってことか。




「それじゃあ、レアードも誰がこのクーデターの首謀者かわからないってことか?」


「すまぬ。私はもう女王陛下とハイルフくらいしか信用できない。ハイルフはアキラ殿に会うつもりでこの場にいてくれたらしいが、私もそれを望んでいた」




 それはつまり、レアードも俺がスパイなのかも知れないって思ってるってことか。




「それでよく、この町に俺が入ることを許可したな」


「女王陛下に求められた。そして、女王陛下が信用しているファルナ殿にもな」




 キャリーはまだ、俺のことを疑っているとファルナは言っていたが。


 それはもう、本人に直接聞くしかないか。




「ファルナ、俺をキャリーに会わせたいんだろう? 俺が隣の部屋に行けばいいのか? それとも……」




 そこまで言ったところで、右側の扉が開けられた。




「…………まさか、私の複合戦略魔法から生き残るとは思わなかったわ」


「結構なピンチだったが、逃げ足が速くてな」


「クリームヒルトは魔物に占拠されていたわ。人間に姿を変えてまで。それなのに、なぜアキラはあいつらから町を取り戻そうとしなかったの?」




 あの魔物たちは、ヨミと同じだったかも知れない魔物だった。


 だが、それを説明すれば、傷つくのはキャリーじゃないか。


 それとも、魔物であればたとえヨミでもキャリーは殺そうとするのか。


 その答えを出すことは、俺にとって難しい選択だった。




「どうして黙ってるのよ! 説明しなさいよ! アキラとは少ししか話していなかったけど、信じていたのに!」




 言いたいことは俺にもある。


 どうしてあの魔族を人間だと信じたのか。


 いや、もし人間だったとしても俺よりも信じたことは間違いない。


 問い質したい気持ちはあるのに、言葉が出てこない。


 軽口を叩くことすら出来なかった。


 キャリーと目が合う。


 その目は怒りや悲しみや混乱で濁っているように見えた。


 それなのに、どうしてキャリーはレアードに俺が町に入る許可を出させたんだ。


 どう言っていいかわからず立ち尽くしていたら、ヨミが俺の前に出た。


 そのままズカズカと足に力を入れてキャリーに近づく。




「ヨミさん……?」




 キャリーの言葉はそこで途切れた。


 パンッと乾いた打音が部屋に響いた。

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