情報の整理
王都から脱出して半日ほど馬車は走り続けた。
空はとっくに明るくなっている。
エリーネの腕にかけられた魔法は、ヨミとエリーネが協力して何とか解除できた。
魔法は一人で使うよりも複数で使った方が力もバリエーションも増えるらしい。
もっとも、ただ掛け合わせるだけでは干渉し合って効果が下がるらしいから、相性とか連携とかが必要らしいが。
その間、誰も何も言わなかった。
言えなかった、が正しいかも知れない。
「そろそろ、一度休憩するか。追っ手もいないようだしな」
ファルナがそう言ってやっと手綱を緩めたのでエヴァンスも同じようにした。
馬車を川岸に駐め、エヴァンスが馬だけを川へ連れて行くと、美味しそうに水を飲んでいた。
俺はエリーネとヨミを馬車から降ろして、二人を守るようにファルナと向かい合った。
「助けてくれたことには感謝しよう。だけど、俺はファルナを信用して良いのか、わからない」
「……どう説明したところで、納得はしてもらえないだろうということは重々承知している。はっきりしていることは、アキラ殿たちをクーデターに巻き込んでしまったことに間違いはない。それについて、謝罪させてくれ。本当に申し訳ない」
それは綺麗なくらいスマートな土下座だった。
姿勢が良すぎて思わず見とれてしまいそうなほど。
ファルナの誠実さがその行動に表れているかのようだった。
「あの……頭を上げてください。ね? アキラ?」
見かねたのか、ヨミがファルナの肩に手を置いて俺にそう言った。
それでもファルナは頭を上げない。
俺がいいと言うまでそうしているつもりか。
「わかった。取り敢えずこのままじゃ話が出来ないから、普通にしてくれ」
「ありがとう」
そう言って立ち上がるだけでも、何か様になっている。
美人でスタイルもいいって言うのは、それだけでも得だよな。
「アキラ……この人、近衛隊の隊長さんよね」
「ああ、エリーネは知っているのか?」
何度か俺と一緒に顔を合わせたような気はするが、エリーネ自身とファルナの関係は俺にはわからなかった。
「そりゃ、私も貴族だったし。でも、個人的にはあまり話したことはなかったわ。お父さんならそう言うこともあったかも知れないけど。王女様と仲が良くてとても忠実で強い戦士だって言ってた」
「ジョサイヤ殿が? それは、光栄だな。エリーネ殿にも類い希なる魔力を感じる。いずれはご両親を超える冒険者になれるのでは」
「そ、そうですか?」
宝塚の男役のような微笑みにエリーネは顔を赤くさせていた。
「悪いが、その話はこっちの話が落ち着いてからでいいか? 聞いておきたいことがたくさんある」
「ああ、すまんな。しかし、いいのか? 私の話を信用して」
「内容を聞いて判断する」
「それは賢明な判断だ」
皮肉を言ったつもりが、ファルナはそれを正面から受け止めて笑った。
「まず確かめておきたいことは、エリーネの母親とメイドのイライザの所在だ」
「は? そっち? 戦争のこととか、スパイのこととか、女王様のことじゃなく?」
俺の質問にこけそうになってそう聞いてきたのはエリーネだった。
「今一番大事なことだろ」
「一番? 私の家族のことが?」
エリーネは口元を抑えていたが、笑っているのが見え見えだ。
そんなに面白いことを言ったつもりはないんだがな。家族は大事だろう。
俺がデモンと戦った最初の理由はそれだし。
むしろエリーネにとっては最も重要な話だろうに。
「知りたくないのか?」
「ううん、そうじゃないわ」
「アキラ。エリーネさんは嬉しいんですよ。いろんなことが起こって聞きたいことがたくさんあるのに、一番心配していることが自分の家族だと知って」
「ちょっと、ヨミさん」
「フフッ、アキラ殿らしいな。さっそくだが、二人は無事だ。すでに安全なところで保護している」
「本当ですか!? 別宅の鍵が使えなくなっていて、困っていたんです。そしたら、イザベラさんたちに捕まってしまって……」
「アキラ、ごめんなさい。信用して私をエリーネさんと一緒に行かせていただいたのに」
「相手が人間じゃ、ヨミも思いきった行動には出られなかったんだろ。おまけにエリーネが人質じゃな。俺も動けなかったし、それに関しては言えることはないな」
それよりも、ファルナが言う安全な場所というのが気になる。
それはきっと次に質問することとも関連があるはずだった。
「その、安全な場所に、キャリーもいるのか?」
「ああ、保護してもらっている」
「随分はっきり答えるな。俺たちは一応、金華国のスパイってことにされているんだが」
「私の知っている情報は全て包み隠さず話すことが、信用してもらうための一歩だと思っている」
「そこは、どこだ?」
「アイレーリスの北東。山脈近くの地方を任せているクィンタス卿の町だ」
会議に出席していた伯爵にそんな名前の奴がいた気がした。
風貌は覚えていない。
「実のところ、私はアキラ殿たちをその町に連れて行きたいと思っているのだ」
「キャリーに会え、と。罠じゃないんだろうな?」
「そう思われても仕方はないだろうな。キャリーはあろうことかアキラ殿に複合戦略魔法を使った。本当に愚かなことを。私があれほど考え直すように言ったのに」
「止めようとしたのか」
「当然だ。複合戦略魔法は、使えば甚大な被害を生む。それしか国を守る方法がないときにだけ、考えて使うべき魔法だぞ。キャリーもその事は理解していたはずなのに」
ギリギリと悔しそうに口を噛んでいた。
「キャリーは俺を裏切り者だと思っていたようだが、今は違うのか?」
「いいや。正直に言えば、まだアキラ殿のことを疑っている」
「それじゃ、話にならないだろ」
「そうではない。あの子は、自分のしたことの罪の重さに押しつぶされそうになっている。だから、裏切り者がいたから仕方なかったと自分に言い聞かせることで心を保とうとしているのだ」
「罪の重さ? 俺たちに向けて魔法を使ったことじゃないよな」
「ギルドの調査報告は魔法水晶を使って現場の映像をキャリーとクラースと私と伯爵たちで確認した。だが、見せるべきではなかった。あまりに凄惨な現場を見て、キャリーは途中で耐えられなくなって吐いてしまった」
「それだけどな、キャリーの魔法のせいってわけじゃないぞ。俺たちがクリームヒルトに着いたとき、遺体は一つもなかった」
「本当か!?」
「こんな時にこんなことで嘘をついても意味はないだろ」
「あ、ああ」
それに、別の罪は消えたわけじゃない。
今となってはもう確認の仕様がないが、少なくとも俺たちを襲わなかった魔物たちを殺してしまった。
罪のない魔物でも殺すことが当たり前だと思っているなら、それを罪だと考えることはないだろうが、その場合は俺とキャリーの間には壁があると言える。
「アキラ殿。キャリーの暴走を止められなかった私に言えた義理ではないが、会ってはもらえないだろうか。出来れば、アキラ殿の知っていることも話してお互いの誤解を解いていただきたい」
「……お互いの誤解?」
「アキラ殿もキャリーのことを疑っているのではないか?」
それは、ヨミにも指摘された。
俺もキャリーのことを疑った。
殺されかけたからそう思うのが当たり前だと思ったが、信じていたならキャリーが騙されたんだと思うはずだった。
「アキラ殿も無事ではあったが、心に傷を負わせてしまったのだろうな。信じていたものに裏切られるというのは、辛いものだ」
この異世界に追放されたことを、人類に裏切られたと、心のどこかでそう思っているのだろうか。
それが、キャリーのことも疑う遠因になったのだとしたら、俺自身の心の問題だな。
「……そういえば、魔法が使われる直前、キャリーとファルナたちは水晶を通して俺たちを見ていたよな」
「ああ」
「あれは本物のキャリーだったってことで間違いないか?」
「私も見ていたからな」
「あの水晶を持っていた奴は魔族だったんだぞ? どうしてあんなやつの言葉を信じて、俺の話を聞こうとしなかった?」
「……アキラ殿がクリームヒルトに到着する直前、クリームヒルトを調べていたフレードリヒの先遣隊から情報が入ってきた。魔法水晶で、現場の映像まで送ってきたから、私も間違いないと思ったのだが……」
急に話が飛んだが、ファルナのことだから無関係の話をしているわけではないだろう。
「どんな情報だったんだ?」
「クリームヒルトの町が、魔物に占拠されているという内容だった。金華国は魔族と手を組んだから、突然戦争を仕掛けてきたという情報もつけ加えられていた」
「それを信じたのか?」
「フレードリヒ卿は仕事の出来る男で国のことは真面目に考えていたからな。実際、金華国は魔族と手を組んでいたし、疑う余地はなかった。そこに、アキラ殿が魔物の側に立っていた」
「それだけで、普通殺すかよ」
「キャリーはアキラ殿に特別な感情を抱きつつあった。だから、ショックだったのだろう。キャリーは魔物や魔族に対して強い嫌悪感を抱いている」
「だったら、あの水晶を持っていた奴をなぜ疑わなかった?」
「それなのだが、魔法水晶を持っていたのはギルドに登録していたごく普通の中級魔道士だった。本当に魔族だったのか?」
「確かに、姿は人間だった。だが、魔族の姿が人間に近いってことは俺よりも詳しいはずだろ。魔法の使えない俺でも、魔力が高いのは感じていたぜ。あれは、ケルベロスくらい強かった」
「……魔法水晶では魔力までは伝わらない。それに、魔族の棲む大陸が封印されていることは知っているか?」
「ああ、最近その結界が壊れそうだって事は聞いたことがある」
「正直に言うと、魔族という存在は見たことがないのだ。封印が揺らいでいる影響で魔物が活発化しているのは確かだが、魔族というものがあの地から人間界にやってきたという情報はまだない」
それじゃ、キャリーはあれを人間だと思い込んでいたってことか。
「俺より、初めて見たやつの方を信じたのか」
「前日の情報がなければ、あるいは疑ったかも知れないが、実際魔物だらけの町でアキラ殿が平然としている姿は疑心暗鬼を生じさせるにはインパクトが強すぎた」
「アキラ。行きましょう! 女王様に会いに!」
そう力強く言ったのはヨミだった。
何か、凄く怒っているように見える。
「どうした?」
「私、やっぱり女王様には文句を言わないと気が済みません!」
そういえば、この前もそんなようなことを言っていた。
やはり、同じ考えを持った魔物が殺されてしまったことが許せないのだろうか。
「私も、アキラは女王様に会った方が良いと思う」
エリーネにまで気を遣わせてしまったことで、俺はつまらない意地を張るのをやめることにした。
「それよりも、エリーネを母親に会わせないといけないしな」
「そうか! では!」
「でも、キャリーがまだ俺のことを疑ってるなら、また攻撃しないよな?」
「その時は私が全力で止める、と言いたいが今のキャリーにアキラ殿を倒せるほどの魔法は使えない」
「何?」
「複合戦略魔法を使ったからな。二十日くらいはまともに魔法が使えなくなる。それもあって私は保護したのだ」
それもそうか。あれだけの出力のエネルギーだ。
ソードギアフォームの必殺技を全力で使うよりもエネルギーの消費は激しかっただろう。
一日やそこらで回復できるはずはないか。
「魔法聖霊薬でもダメなんですか?」
「魔力はそれである程度回復するが、複合戦略魔法は多くの神の魔法を同時に使う。その精神的負担が重い。キャリーは最大で七つの神の魔法を同時に使えるのだが、今は一つの神の魔法しか使えない」
「七つ……」
エリーネは愕然としていた。俺にはその凄さがまったくわからないが、キャリーの置かれている状況のやばさは伝わってきた。
「おい、ファルナ。急ごうぜ。切り札が使えないなら、キャリーは普通の魔道士程度の魔法しか使えないんだろう?」
「そうしてもらえると助かる。他にも話しておきたいことがあるのだが、それは道中説明しよう」
ファルナはエヴァンスのところへ行って、馬たちを馬車に繋いだ。
俺が知っておきたかったことは全部で四つ。
一つは、金華国が戦争を仕掛けてきたのは本当なのか。
もう一つは、金華国が魔族、もしくは魔物と手を組んでいるのか。
さらにもう一つは、クラースと貴族は全員キャリーの敵なのか。
最後に、この問題をどう解決しようと考えているのか。
ファルナは知っている情報を全て話した。
近衛隊が独自に調べた情報から、貴族たちが集めた真偽不明の情報も全て。
ファルナの心情を考えれば、近衛隊の情報だけを俺に話したかっただろうが、そうしなかったのは俺に客観的な評価をさせるためだと感じた。
金華国が戦争を仕掛けたことは間違いない事実らしい。
すでに、クリームヒルト以外の町も襲われたので、それが裏付けになっているというのは皮肉だった。
そして、その金華国の軍勢の中に魔物が交ざっていることも確認済みらしい。
キャリーが同盟国と共同で金華国に抗議を出したら、金華国は魔族と手を組んだことを明かした上で話し合いの場を設けるというアイレーリスの申し入れを蹴った。
金華国と隣り合っている他の同盟国も国境付近に現れた魔物の対応に追われているらしいから、その情報も信用できると考えていいだろう。
これ以上は国外のことだから正確なことは自分の足で調べるしかなさそうだ。
次に、キャリーのこと。
ファルナはクーデターと言っていたが、今アイレーリス王国は女王派閥と反女王派閥の二つに分かれてしまっていた。
それは複合戦略魔法の妥当性について伯爵が評決を行ったことに端を発しているらしい。
七人いた伯爵のうち、六人が複合戦略魔法の使用は誤りだったと判断した。
キャリーが保護されている地方は、唯一キャリーを擁護した伯爵が治めている、と言うことだった。
ってことは、国内はほとんど敵だらけじゃないか。
いや、国外だってキャリーの複合戦略魔法には否定的って話だった。
お尋ね者の俺が言えた義理じゃないが、キャリーも進退窮まってるな。
最後に一番重要なこと。
内外に敵を抱えた状況で、どうやって問題を解決するのか。
ファルナは一人一人伯爵たちを説得して誤解を解いていき、ゆくゆくは国内の力を結集させて金華国に立ち向かうと言ったが、それでは時間がかかりすぎる。
だからといって、反女王派閥の伯爵を全て倒して、金華国も撃退する。っていう短絡的案も問題があるだろう。
そうすればキャリーの敵はいなくなるだろうが、国民は納得するか?
そもそも伯爵全員を殺すことは難しい。
物理的にではなく、国内の状況を考えると、問題をより複雑化させかねない。
ベストなのは生け捕りにして証言させる、だろうな。
それも、国民全体に知られるようにしなければならない。
テレビがあれば難しくはないが、魔法水晶がその代わりになるかどうか。
その上で、金華国の侵攻も食い止める。
こっちは最悪殺す覚悟で挑まなければならない。
魔族も混ざっているなら、手加減は出来ないし、その都度人間か魔族か確かめて戦ってはいられないだろう。
二つのことを同時並行的にやるのか。なんて非現実的なんだ。
ネムスギアの力は、デモンという対個人戦闘用の力だからな。
敵が国とかを想定して設計されていない。
気になることは、伯爵連中は金華国の侵攻を食い止めながら女王を追い落とそうとするって難しいことを現在進行形で並行的に進めてるってことだよな。
普通の人間にそんなことが出来るだろうか。
まだ、俺たちもファルナたちも知らない何か他の思惑が働いているような気がしてならなかった。




