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王都へ潜入

「おい! 待てよ!」




 ライオーネルの町を出てから三日。


 これで三回目だから毎日誰かしらが同じように現れる。


 振り返ると、戦士風の男と魔道士風の女と男。三人組が立っていた。




「俺は中級冒険者の――」


「ああ、そういうのいいから。っていうか、奇襲した方が効率的だったと思うぞ。俺を相手に意味があるかどうかは別だが」


「お、俺たちはそんな卑怯な真似はしない! 王国の裏切り者、覚悟しろ!」




 次の瞬間、戦士風の男は吹っ飛ばされて顔から地面に激突した。




「アキラ、少しは手加減してあげたら? さすがに今のは痛そう」




 ファイトギアに変身して殴り飛ばすのが一番効率的かつ素早く面倒ごとを避ける手段だった。


 これでも一応手加減はしてる。


 戦士みたいな格好していたんだから多少は鍛えてるだろ。


 あれくらいじゃ死にはしないさ。


 俺は変身を解除して、残った魔道士風の男女を睨みつけた。




「な、何なの?」


「面倒だからそいつを連れて消え失せろ。それとも、同じようにぶっ飛ばされたいか? 防ごうとは思わないほうがいいぞ。今の俺の動きが見えなかったのならな」


「に、逃げようよ」


「で、でも……」


「じゃあな」


「ま、待ちなさい! 水の神の名において、我が命ずる! 流れる水の刃よ、斬り裂きなさい! フロウエッジ!!」


「闇の神の名において、我が命ずる! 力あるものを飲み込む漆黒の空間、ダークホール!」




 女の魔道士が放った水の円盤が回転しながら向かってきたが、俺たちの背後に現れた闇が、それを消し去る。




「それ、便利な防御魔法だよな」


「そうですね。大抵の魔法はこれで無効化できる気がします」


「でもその魔法、本来はそういう目的の魔法じゃないと思う……」




 エリーネは何か怖いものでも見るような目をしていた。




「な……何なのよ、あなたたち……」




 魔道士の男女はそれ以上は追いかけてこなかった。




「どうだ? また追っ手が現れたりしないか?」


『周囲には野生動物と魔力の低い魔物くらいしか反応はありません』


「……大丈夫だと、思う」




 AIのセンサーとエヴァンスの索敵能力は、ほとんど敵の存在を逃すことはなかった。




「それじゃ、そろそろ野営の準備でもするか」




 俺たちが向かっているのは王都。


 ディルカと馬がいないだけで、旅路はクリームヒルトからライオーネルに向かったときと同じだった。


 食料は現地調達し、水は川を利用する。


 こうしてこの国のいろんな場所を歩いていると、川が多く自然に溢れたいい国だと実感させられる。


 これでお尋ね者じゃなければちょっとした旅行気分なんだがな。


 ちなみに、一応水は飲む前にナノマシンで成分分析にかけている。


 毒を盛られたら目も当てられない。


 普通の人間ではない俺やヨミは大丈夫かも知れないが、エヴァンスはとにかくエリーネを危険な目に遭わせたくはなかった。




「ねえヨミさん。今日は木の実だけにしない?」


「え? どうしてですか? 野鳥や野ウサギも美味しいじゃありませんか」


「……美味しいとかまずいとかじゃないのよ。どうしても生きてる姿がわかるから、気持ち的に……」


「ですが、数日前に町で食べた食事だって、飼育された牛さんを捌いて肉を加工しているわけですよ。それとどう違うというのですか?」


「だって、私は農業なんて関わってこなかったし、そういう仕組みはわかっているけど、実際に目の前で殺して捌くのは、違うわ」


「彼ら動物の命に、違いなんてありませんよ。この世界は弱肉強食ですから、生きるために必要なら殺して食べるのも仕方のないことです」




 この辺りの考え方は、学校で勉強してきたエリーネと自然の中で生きてきたヨミとでは真逆だった。


 俺はまあ、美味しければ食べるかな。


 ヨミが捕まえた動物を捌くのにはもう見慣れたというか。




「木の実ばかりでは栄養が偏ります。エリーネさんはまだ子供ですから、バランスよく食べなければいけません」


「アキラ……」


「動物っぽくなけりゃ食えるだろ?」


「……それは、まあ……」


「ヨミ、今日は野鳥だけ捕まえて来いよ。俺が調理するから」


「え? アキラが手料理を? わかりました!」




 そう言ってヨミは蜘蛛の糸を使って起用に野鳥を捕まえていた。


 そういえば、魔物の姿の時は腹から糸を出していたが、人間姿の時はどうしてるのかと思ったら、口から吐き出していた。




「ヨミ、前から言っておこうと思ったんだが、人間の姿の時にその能力はあまり見せない方が良いと思うぞ」


「え? どうしてですか?」


「魔物にしか見えない」




 キャリーは俺たちが魔物と一緒にいたことにショックを受けていたように見えた。


 エリーネのように魔物にも良い者がいると受け入れられる人間は少数なんだと理解しておくべきだ。


 キャリーの主張は間違いなく騙されたものだと言えるが、俺が魔物に対しても信じてみてもいいと思っていることは嘘ではない。


 ヨミの正体が魔物であると知られると、今よりも面倒なことになりそうな予感がした。




「……わかりました。今後は他の人間がいるときは使いません」




 そう言ったヨミの両手には七羽の野鳥が蜘蛛の糸でグルグル巻きにされていた。


 ヨミと二人で川に行き、ヨミが捌いたものをさらに俺が加工する。


 その間にエリーネたちには木の枝を取って細長い棒状にしておくように言った。


 何のことはない。


 つまりは焼き鳥のようにしただけだ。


 一口大にしてしまえば、エリーネも気にせず食べられるだろう。


 まあ、調味料はないから味は保証できないけど。


 次に町に行くときは、塩とか砂糖くらいは持ち運べる分だけでも買っておくべきか。




「……で、後どれくらいで王都に着くんだ?」


「歩きだからね。正確にはわからないわ。多分、このペースだと数日はかかると思う」


「ディルカと馬をライオーネルに置いてきたのが痛かったな。馬車を借りて向かうつもりだったのに」


「ディルカさんたちは、大丈夫でしょうか?」


「スパイの件か? 多分、大丈夫だろう。ディルカは冒険者じゃないし、戦闘能力は皆無だ。それに、いざとなったらあの馬と一緒に逃げられると思う」


「そうね。それよりも、気になるのは冒険者たちまでが私たちを追っているってことよね」


「王宮がスパイを捕まえるような依頼をギルドに出したってことか?」


「……そうではありませんね。ライオーネル卿は僕たちが女王様の魔法によって死んだはずだから手配書を取り下げたと言っていました。と言うことは、そもそも手配書を出したのは貴族の方たちだったのでは?」


「ギルドが関係ないなら、どうして冒険者が俺たちをつけ狙う」


「手配書には賞金だってかけられます。ギルドの仕事と違って契約はありませんから、賞金目当てに僕たちを狙っているのでしょう」


「そんな勝手なことが出来るのか?」


「勝手なことではないわ。貴族は本来地方や町の管理を任されている。そこに敵国のスパイが紛れ込んでいたというなら、手配書を出して賞金をかけるのは当たり前の権利よ」




 元貴族のエリーネが説明した。




「だけど、そもそも俺たちにかかってる容疑は嘘と捏造ばかりじゃねーか。貴族に疑われたら、それをどうやって証明すればいいんだ」




 まさか、貴族を倒すってわけにはいかないだろ。


 それはむしろ容疑の裏付けにされかねない。




「アイレーリスにおける最高権力者は女王様よ。女王様が信じてくだされば、貴族の誤解を解いてくれるはずよ」


「キャリーが俺たちの運命を握ってるってことか。それじゃあ、女王が間違えた判断をしたときはどうなる。キャリーの胸先三寸でこの国の人間は善か悪か決められちまうってことか?」


「王様が判断を間違えたときは、宰相様が貴族と採決を取ってから王様に進言することになってるわ。そして、国民は貴族にその事を訴えるだけの権利も与えられている」


「裁判所みたいなところはないのか」


「何それ?」


「犯罪が起こったときに、疑われた者と疑った者が犯罪の有無を証明して客観的な真実を見つける場所かな」


「そんなに都合のいい場所がアキラの世界にはあるの?」


「都合がいいか? 客観的に物事を判断するのは当たり前じゃないか。裁判がなかったら、どうやって犯罪者を判断するんだよ」


「それはもちろん被害を受けた人がその町や地方を治める貴族に訴えるのよ。貴族は雇っている騎士団や兵隊に目撃者がいないかどうか調べてもらって、判断を下すわ」


「被害者が殺されていたら?」


「その場合は貴族がその原因を調べるのよ」




 この世界の……というより、この国の王制や貴族制度はその階級にいる者に絶大な権力が与えられているということか。


 ……キャリーに疑われ、貴族にも疑われてる俺たちってかなりやばい状況なんじゃ。




「王都に行ってキャリーに話を付ければいいと思っていたが、簡単にはいかなそうだな」


「でも、それしか方法はないと思うわ」




 エリーネは元貴族だし、この国の住人だから俺よりも今の状況についてはわかっているはずだ。


 そのエリーネをしてそう言わしめると言うことはそうなのだろうと納得するしかないか。




『彰、ここはやはり守るべきもの以外を全て葬ってしまうと言うのは』




 一度キレてからAIの思考がやばい方向へ進んでいるような気がする。




「やけにそこにこだわるな」


『私たちの目的を忘れてしまったわけではありませんよね』


「妹の未来を捜す」


『その通りです。つまり、それ以外のことは全てこの世界の人間たちに任せておけばいいのです。この国には未来様はいない。それなら、もう用はありません』


「ここまで関わって放り投げられるか。未来に再会したときに合わせる顔がない」


『そうでしょうか』


「それに、今のまま元の世界に帰ったら、お前に人類を滅ぼせばいいと言われそうな気がする」


『……それは、ノーコメントにしておきましょう』




 珍しく迷ったな。さすがに全人類を滅ぼすとなると躊躇うよな。あるいは、ここが異世界だからそうすることに躊躇しないだけなのか。


 一心同体でも深い部分ではAIの気持ちはわからなかった。向こうも向こうで俺の気持ちは全部わかるわけじゃないだろうが。




「……ねえ、その妖精さん? って、アキラとしか話が出来ないの?」


「え? ああ、まあ」


「やけに物騒な話をしてたわね。人類を滅ぼすとかどうとか……」


「それを避けてみんなが幸せになる方法を探しているんだよ」




 人間の中に誰かを恐れる心がある限り、不可能に見えるけど。


 そして、恐れを抱かない人間は、人間ではない。


 詰んでるんだよな。元の世界は元の世界で。


 まあ、今はそれどころじゃない。




「そろそろ寝よう」




 俺たちは順番で寝ることにして必ず一人は見張りとして起きることになった。


 どうやったのかわからないが、クリームヒルトではネムスギアのセンサーをくぐり抜けられたからな。


 警戒するに越したことはない。




 それからの数日も、変わらない道程だった。


 川の近くの平原や森を抜ける。


 時々野生の魔物や賞金狙いの冒険者が襲ってくるが、俺たちの敵ではなかった。


 さらに四日が過ぎたところで、見覚えのある景色が広がってきた。


 山を背にした大きな城が見える。


 城から広がった街並みは、ここからでもはっきりとその大きさが窺える。


 街道は真っ直ぐ城に延びていて、辺りには平原が広がっていた。


 ここを行けばもうすぐにでも王都の入り口に着く。


 ただ……。


 真っ昼間に正面から王都に入るわけにはいかなかった。


 手配書が王都に届いていない可能性は低い。


 あっちは魔法水晶で連絡を取り合えるんだから。


 だから、日が沈むのを待ってから行動を開始することになった。




「それはいいけど、どうやって王都に入る? 夜は門番も眠ってるってわけじゃないだろ」


「……僕は、一人でも侵入できる……」


「お前一人で行っても仕方ないだろ」




 エヴァンスは諜報向きだが、女王とコンタクトが取れるわけではないだろう。


 一応、一緒にケルベロスと戦った冒険者くらいは覚えているだろうが、影が薄いからな。




「となると、やっぱりファイトギアで高速移動するか」




 全力で駆け抜ければ、門番の目くらいは誤魔化せる。




「それって、私とヨミさんを抱えて侵入するってこと?」


「まあ、そうなるな。さすがに二人いっぺんってわけにはいかないが、一人ずつ運べば何とか」


「そんなの非効率的よ。それに、私たちを抱えて、ちゃんと走れるの?」


「……練習してみるか。夜まで時間があるし」


「その必要はないわ。ヨミさんが闇の魔法を使えるなら、きっと大丈夫よ」


「え? 私ですか?」


「これから夜までにヨミさんには一つ魔法を覚えてもらうわ」


「は、はい」


「……俺たちって、何か役に立つことはあるか?」


「ないわね。勉強の邪魔されたくないから、ここに敵が襲ってこないか見張ってて」


「それなら、僕は先行して王都に入るよ」


「大丈夫か?」


「僕一人なら、何とか見つからないと思う」




 逃げ足だけは一級品だし、内部を偵察してもらえるなら、俺たちも動きやすくなるか。




「気をつけろよ。俺たちはここにいるから。やばかったらすぐに戻ってこい」


「うん」




 そう言って、例のマントを羽織ると、日の光に反射するようにして姿を消した。


 振り返るとヨミは正座しながらエリーネの教科書をふんふんと感心しながら読んでいた。


 外見だけ見ると、先生が生徒に教わっているようだが。


 魔法のことは俺が聞いても意味はないし、二人の邪魔をしないように少し距離を置いて辺りを警戒することにした。




 ヨミの勉強が終わるのと、エヴァンスが戻ってくるのはほとんど示し合わせたかのように同じだった。




「た、ただいま」


「王都の中はどうだった?」


「……一週間前、僕たちがライオーネルの町を出たときよりも状況は悪化してる」


「何かあったのか?」


「……僕も、少し混乱している。だから、みんなにも見てもらって意見を聞きたい」




 エヴァンスの顔は青ざめていた。よほどショックなものを見てきたのか。


 話を聞くよりも、実際に見た方が早いか。




「それと、これを服屋で買ってきた」




 それは黒いフード付きのマントだった。




「おいおい、お尋ね者なのに、買い物してきたのか?」


「僕はアキラさんほど目立ってないからね。元々影が薄かったから気に留める人はいなかったよ」




 やっぱり、所々で大胆だよな。




「こんなものでもないよりはいいと思う。ライオーネルの町の人たちは、アキラたちのことをあまり知らなかったから、気付くのに時間がかかったけど、王都ではそうはいかないと思うし」




 特に異論はない。


 俺たちはみんな揃って服の上からフード付きのマントを羽織った。




「それじゃ、ヨミさんお願い」


「はい。闇の神の名において、我が命ずる。私たちの姿を覆い隠して。ヴァニシングシャドウ」




 月明かりで伸びた足下の影が、俺たちの体と同化していく。


 程なくして俺たちは夜の闇と同じになった。




「さ、行くわよ」




 声は聞こえるが、エリーネの姿が見えない。




「これって、どういう魔法なんだ?」


「説明するの難しいわ。アキラは魔法のない世界の人間だって言うし」




 俺がネムスギアの説明に苦労するようなものか。




「私たちの姿は見えていないでしょ? つまりはそういうことよ。ヨミさんが魔法を解除するか、ヨミさんから大きく離れるか、あるいは誰かがこの魔法を解除するような魔法を使わない限り、影が私たちの姿を消してくれるわ」


「わかった。行こう」


『彰、一応私のセンサーは全員を捕捉しています。姿は消えても呼吸や熱を感じることは出来ますから』




 その事に少し安心して俺たちは王都の門をくぐった。


 夜だからか、王都の通りには誰にもいなかった。


 街灯の明かりだけは煌々と道を照らしている。


 不思議なことに、その光で俺たちの影が現れることはなかった。


 どういう原理かわからないが、これが魔法というものか。


 俺たちはそのまま真っ直ぐ進み、円形広場に着いた。




「あの、そろそろ魔法を解除してもいいですか? さすがに誰がどこにいるのかわからないのは不安なんですが? っていうか、皆さん私のそばにいますよね?」


「そ、そうね。私もちょっと不安だったわ」




 エリーネが返事をすると、徐々に姿を現していく。


 同時に俺の足下にも影が復活していた。




「みなさん。あれをどう思いますか?」




 エヴァンスは円形広場の中央に立てられた掲示板を指した。


 前に王都に来たとき、あんなものあったか?


 俺たちはその掲示板に近づいた。


 そこには、ギルド発行の新聞が貼り付けられていた。




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