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魔物との遭遇

『聞かないでくださいね』


「いや、俺はまだなにも言っていないんだが」


『変身しているときは意識が同調しますから、言葉にしなくても考えていることがわかりますが、今は彰の思っていることが変身しているときよりもよくわかります』




 一応調べてもらおうと思った。


 地球の歴史上にアイレーリス王国なんて国があるのかどうか。




『ちなみに、創作物の中にも検索をかけましたが、ヒットしませんでしたよ。似たような名前の国はありましたがね』




 それはもちろん、ゲームとかアニメとか漫画とか、そういった作品の中に登場したってことだろう。


 それに、貴族に女王に騎士ね。


 いやまあ、それは現実にも確かに存在する。


 ただし、活躍した時代が違う。


 ああでも、イギリスにはエリザベス女王ってのがいるか。


 騎士もそういう職業は残ってるのかも知れないな。


 ただ、エリーネがいった女王様という響きは俺たちの世界のものとは微妙にニュアンスが違う気がした。




「それで、エリーネはこの森のことを知ってるの?」


「……知ってるけど……」


「じゃあ、どっちに行けば出られるのかわかるか?」


「あっち」




 それは、エリーネが歩いてきた方向とは逆だった。


 ということは、俺が向かっていた先は出口の方向だったのだ。


 それじゃあ、なんでエリーネはこっちに歩いてきたんだ。


 森から出るには逆じゃないか。


 嘘をついているようには見えないが、何か隠している。


 エリーネの瞳には怯えのような感情が見えた。


 泣きながら歩いてきたということは、何かある。


 でも、それを聞いてもエリーネのプライドを傷つけるだけだ。


 今はただ、エリーネの言うことを信じて進むしかない。




「魔物っていうのは、人間を襲ったりするのか?」


「うん。学校ではそう教わった」


「学校? やっぱりエリーネも小学生なのか?」


「小学生? 何それ?」


「いや、学校っていったら学年とかくらいはあるだろう?」


「学年は四年生だけど」




 学年は予想通りだ。ってことは十歳くらいか。




「お兄さんは本当に無職なの?」


「え? あー、うん。就職した方が良いとは言われたんだけどな」




 妹の未来に。


 まあ、その前にいろいろ問題があるからな。俺の場合。




「無職なのに、この森に入るなんて怖くなかったの?」


「怖いも怖くないも……」




 いや、馬鹿正直に気がついたらこの森にいたと言ったら、せっかく頼りにしてくれているエリーネをガッカリさせてしまうか。




「ま、まあ怖いことはないかな」




 魔物がどれほどの力を持っているのかわからないが、デモンを倒した俺が苦戦するような相手だとは思えない。




「ふーん。だったら、ギルドに登録してちゃんと仕事すれば良いのに」


「仕事、ねえ」


「魔物を退治したり、薬草を採ったり、この森は豊かだからいろんな物が採れるって、お父さんが言ってたよ」




 魔物退治……。まるでファンタジーRPGだな。




「話を戻すけど、魔物は人間にとって厄介な存在なんだな」


「うん。滅多に襲っては来ないんだけどね。私が住んでる家には魔物退治をしてくれる兵隊さんが家の周りを見てくれてるし、町で人が襲われるなんて見たことない。たまに畑を襲われたりするくらいで」




 それじゃ、野生動物とたいして変わらないな。


 やっぱり恐れるほどのものじゃない。




「でも……この森の魔物は違うんだって、お父さんが」


「違う?」


「本当に何も知らないんだね。お兄さんどこの田舎から来たの?」


「悪かったな、世間に疎くて頼りにならなくて」


「仕方ないから教えてあげる。私のこともちゃんと守って欲しいし」


「そりゃ、どうも」


「この森はね、番犬の森って言われていて、森の奥深くには凶暴な魔物がいるの。女王様の騎士でも敵わないって言ってたよ」




 その騎士って奴の力がどれほどのものかわからないからいまいち判断に困るな。


 しかし、騎士でも勝てないような魔物がいるって、その王国は大丈夫なのか?


 魔物は滅多に襲ってこないって言うけど、あのデモンのように人間の命を命と認めないような魔物が現れたらあっという間に支配されちゃうんじゃないか。


 それに、平和な世の中でも人間がいればそれだけで争いが起こる。


 デモンが暴れているときはむしろ人間は結束していたが、いなくなって平和になった途端に国連の場で世界の主導権争いが始まる。


 第二次世界大戦以降――世界を巻き込むような戦争は起こらなかったが、これから先も人類が滅びるまで戦争が起こらない保証はない。


 俺だって、デモンを倒して結果的に人類を救ったが、その人類と戦わなければ未来を幸せにできないのなら……。


 いや、今は目の前の問題に注視すべきか。


 人間を相手にネムスギアを使って戦うことにはやはり迷いがある。この世界にいる間はその事は考えたくはないな。




「エリーネの王国は、他の国と戦争になったりはしないのかな」




 考えを切り替えるために質問した。




「戦争? 隣の国はそういうこともしてるみたいだけど、私たちの国は他の国とは話し合いとかで仲良くして協力したりしてるから、戦争する必要はないの。女王様の友達は世界中にいるんだから」




 この世界でも戦争はあるが、エリーネの王国は戦争とは無縁らしい。


 だから騎士の水準もそんなに高くないのかも知れない。


 でも、隣の国が戦争をしていて、戦力の低い王国を放っておくものだろうか。


 この国の女王はよほど外交が上手いのかも知れないな。


 結局のところ、魔物の強さは出会ってみないとわからないってことか。


 でもまあ、森の奥なら俺たちの目的とは逆方向なわけで、そんなに心配するようなことじゃないと思うんだけどな。


 それからさらに三十分ほど歩き続けると、行く先に光が差し込んでくる。




「お、もしかして出口が近いのか?」


「う、うん……」


『そのようですね。センサーでもそれを――』




 そこまで言ったところでAIは言葉を切って口調を変えた。




『周囲に警戒してください! 何者かが背後から近づいてきます!』


「何!? 魔物か!?」


『答えかねます。大きさは人間の大人より大きい』


「逃げるか! どっちに行けばいい!」


『それは、不可能です。動きが速すぎる――』




 ガサガサと音を立ててそれは頭上の木から下りてきた。




「やっと、見つけたわ」




 正確には木にぶら下がっている。


 上半身は20歳くらいの女性。


 長い黒髪は輝くような艶があって、まるで日本人形のよう。


 切れ長の目に赤い瞳。


 スタイルは抜群で、普通の男ならそれだけで虜になってしまうほど妖艶な雰囲気を醸し出していた。


 だが、下半身は人間のそれとはまったく違う。


 蜘蛛の腹と足。


 派手な黄色と白の縞模様に赤い筋が入っている。


 いわゆる女郎蜘蛛だった。


 蜘蛛の魔物だ。


 それは否が応でもデモンとの最終決戦を想起させる。


 デモンを纏め上げたボス的存在。


 それが最後に戦った蜘蛛のデモンだった。


 あれは外見がここまで派手ではなかったし、デモンの姿になると人間の部分はなくなったからこんなアンバランスな姿ではなかったけど。


 エリーネが俺の服を掴んで隠れる。


 手が震えているのが伝わってきた。


 それでようやくなぜエリーネが森の奥へ向かっていたのか理解できた。


 この魔物から逃げるために、怖くても森の奥へ行くしかなかったわけだ。




「大丈夫だ。俺に任せろ」


「……お兄さん……」




 俺は木にぶら下がっている蜘蛛女の魔物を睨みつけた。


 だが、表情は変わらない。


 人間のことを見下していると言うことか。


 益々デモンに似ているじゃないか。




「おい、この子に何の用だ?」


「あなたには、関係ない」




 蜘蛛女の魔物は腹から糸を出して、木から滑るように地上へ降り立った。




「待て! それ以上この子に近づくことは許さない!」


「……なぜ、あなたにそんなことを言われなければならないの?」


「決まってるだろ! この子がお前に怯えてるからだ」


「怯えてる? え? なぜ?」




 なんなんだこいつ。そのグロテスクな見た目に怯えない子供がいるわけないだろう。


 人間大の虫ってだけで、大人だってちょっと直視したくないデザインなのに、そこに人間が混ざってるなんて悪趣味にも程がある。


 これならまだデモンのデザインの方がマシだった。




「と、とにかく――俺たちの前から消えろ。俺たちはこの森から出たいんだ。邪魔をするなら……戦って排除する」


「戦う、ですって? この私と?」




 赤い瞳が一際輝く。


 殺気が溢れ出てくるような威圧感。


 覚悟を決めるしかないな。


 こいつがデモンより弱いことを祈ろう。




「エリーネ、ちょっと下がってろ。こいつは俺が倒す」


「う、うん」




 服の裾を離して、背後にあった木の幹に隠れる。


 少しだけ不安げな顔を覗かせている。


 俺は蜘蛛女の魔物に向かい合った。




「この世界の魔物がどういう存在なのかわからないが、小さな子を襲うってことは人間の敵なんだろう。俺は、そんな奴を見過ごすつもりはない!」




 両手をクロスさせ左足を伸ばして構える。




「――変身!」


「…………」


「…………」


『…………』




 ギャース、ギャースと森の奥から野生生物か魔物の泣き声がこだまする。


 俺は、ポーズを取ったまま固まっていた。




『認証コードエラーです。ネムスギアは起動できません』




 さっきまでのAIの話し声ではなく。機械的な音声案内が脳内に鳴り響いた。




「ちょっ、ちょっと待て! なんで変身できない!? どうしてエラーが起こった!?」


『わかりません』


「わからないって。何か間違えたか!?」


『いえ、言葉はいつもと同じでした』


「じゃあ構えか!? ポーズが間違ったのか!?」


『いえあの、ポーズは正直必要ないというか……むしろその事を忘れてしまっていることの方が原因ではないかと……』


「え? ポーズって必要ないの?」


『必要ありませんよ。そもそもネムスギアの起動コードは言葉やポーズではないですし』


「でも、変身するときは叫ぶだろ」


『それは、気持ちの切り替えが必要だと彰自身が言っていたではありませんか。叫ばなければ変身できないなら、喉を潰されたら変身できなくなってしまいますし』




 正論だ。


 言い返すこともできない。


 じゃあ、変身するときの起動コードってなんだ。


 まさか、異世界へ来たショックでそれも忘れちゃったのか?


 思い返せば、最初から様子が違っていた気がする。


 自分のことのはずなのに、なんか他人事のような感覚があったし。


 記憶がなかったんだからそう考えても不思議じゃない。


 ちょっと思い出したからって全てが元通りじゃなかったんだ。


 こうして変身できないってことは、何か重要なことを忘れてしまっていると言うことなのか。




「あ……あのぅ……それは一体どういう意味なのでしょうか?」




 恐る恐るという口調で、蜘蛛女の魔物が聞いてきた。




「えーとだな、ちょっと待ってくれないか」


「はぁ……」




 ずいぶん律儀な魔物だ。


 きっと人間なんて敵じゃないと思い上がっているんだ。


 だから余裕を見せているに違いない。




「一応確認しておきたいんだが、良いか?」


「え? 何をですか?」


「悪いがあんたに話しかけてるんじゃないんだ。ちょっと黙っててくれ」


『起動コードは間違っていませんよ。認証コードエラーが起こったということは、もっと別の深刻な問題を抱えていると言うことです』


「いや、そうじゃない。今それをこの危機的状況で確認してもしようがないだろう」


『でしたら、何を確認したいというのですか?』


「俺の体の半分はナノマシンなんだよな」


『ええ』


「それを活性化させることで変身するわけだよな。ってことは、変身しなくても普通の人間よりは戦闘能力があると考えて良いのか?」


『それは、まあ』


「そうか、ならいい。俺のやるべきことは変わらない」




 再び蜘蛛女の魔物と対峙する。




「待たせたな。ちょっと当初の予定とは変わったが、これ以上この子に近づくならこの拳で戦ってやる」


「……どうして、戦う必要があるのですか?」




 蜘蛛女は目を細めてそう言った。


 いきなり切り札を失って背筋が凍るような気持ちだ。


 こいつら魔物にとって人間は対等に戦うような存在ではないというのか。


 だが、引くわけにはいかない。




「お兄さん! 伏せて!」


「え?」




 とっさにエリーネが叫んだが、俺はすぐにその言葉に反応した。




「火の神の名において、我が命ずる! 灼熱の嵐よ、焼き尽くせ! ファイヤーブラスト!」




 エリーネの両手から熱風と共に炎が巻き起こる。


 それは蜘蛛女の魔物と周囲の木々を燃やす。




「お兄さん! 今の内に!」


「あ、ああ」




 俺たちと蜘蛛女の魔物の間には燃えた木々が倒れて炎の壁を作っていた。




「ま、待ちなさい――」




 蜘蛛女の魔物の叫び声を無視して俺たちは森の中へと入っていった。

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