複合戦略魔法の威力
魔法水晶の映像は、涙を流しながらも強い決意に満ちた表情のキャリーを最後に残して消えた。
「お前は、何者だ?」
「さあね? 死んじゃう人間に教える義理はないわね。クフフッ」
赤い髪の美少女は小馬鹿にするように笑う。
「アキラ、気をつけてください。あれは、魔物ではない」
やっと変身を解除する魔法の効果がなくなったのか、ヨミは戦闘態勢を取って静かに告げた。
「わかってる。あれが魔族なんだな?」
センサーの反応を見るまでもない。
魔力のない俺でもその威圧感はよく伝わってくる。
ケルベロスの時によく似た感覚だった。
神に近いような存在というのもうなずける。
外見はまさしく、およそ人間らしくない可愛らしさと美しさだった。
幼く見えるのに、小さくは見えない。
大きな力を秘めた恐ろしさを感じる。
「魔物ごときが私と戦うつもりかしら。笑っちゃうわね。プクククッ、アハハハハハハッ!」
腹を抱えて笑い転げていたが、ヨミは手を出そうとしなかった。
それだけ、強い相手だとわかっているんだ。
「黙れ! さっきの魔法水晶に映っていたのは、アイレーリス王国の女王だろ! 何で女王がお前のような魔族の話を聞く! どういう関係なんだ!?」
「ハハハハッ……フフフッ……ハァ……」
赤い髪の魔族はやっと笑うのをやめて立ち上がった。
「……あんたさぁ、さっきから随分態度がでかくない? 何だかちょームカつくんだけどぉ」
目を細めて睨むが、口元は笑ったまま大きく広がっている。
「……わかった。話の通じる魔族じゃないってことだな。質問に答えないとどういうことになるのか、教えてやるよ」
「へー。何を教えてくれるってのよ。たかが人間の分際で」
「お前たちのルールだと、強い者が偉いんだろう。だから、俺の命令には従わなきゃならないってことをな――変身!」
『起動コードを認証しました。ネムスギア、ファイトギアフォーム、展開します』
「へ?」
『チャージアタックワン、メテオライトブロー!』
赤い髪の魔族が声を上げたときには、俺の拳が顔面を捕らえていた。
地面をゴロゴロ転がり、建物の壁に激突してようやく止まった。
今の一撃、頭を吹き飛ばすぐらいのつもりで殴ったのだが、さすがに魔族と言ったところか。
「……い、つぅ……ガハッゴホッ」
壁により掛かりながら立ち上がり、頬を手で押さえたが、血を吐いていた。
「……歯が…………お前! あたしの顔を殴りやがったな!」
「聞き分けのない魔族は殴ってわからせるしかないんだろう?」
「……この力……お前……そうか……お前がケルベロスを殺した人間か」
「さあな。俺の質問に答えるのが先だろう」
「クククククッ! アハハハハハッ! バーカ。お前らまだ気付いてないのか? あたしはあの女王と組んでるんだ。騙されたんだよ」
「騙す? キャリーが俺たちを? どうして?」
「人間が人間を裏切る。そんなものはお前たちの世界じゃ当たり前だろ?」
裏切る? あのキャリーが俺たちを?
「アキラ、こいつの言うことを信じちゃダメだよ。きっと、魔族の罠だと思う……」
エリーネはそう言ったが、言葉が尻すぼみになっていく。
自分の言葉に自信が持てないのが伝わってくるようだった。
このクリームヒルトで起こっていたことのほとんどが情報と違っていた。
何が真実で、何が嘘なのか。
「エリーネ。わけがわからないと思ってるのは、俺も同じだ。だけど、こいつを倒してキャリーに直接聞けば良い。信じられることは全て自分の中にある」
「クフフフフッ! 本当にバカだな。お前たちはここで死ぬ」
「黙れ!!」
『チャージアタックスリー、イラプションアッパー!』
未だに足下のおぼつかない様子の魔族を下から拳で突き上げる。
空中で体の自由を失った魔族を追いかけた。
『スペシャルチャージアタック、スターライトストライク!』
思いきり振りかぶるようにして力を込めた拳を叩きつけると、魔族は地面に叩きつけられた。
衝撃でそこに大きな穴が出来、土煙が舞い起こる。
だが、手応えがなかった。
まさかあの体勢から逃れたとは思えない。
地面に降り立ち穴の中を見ると、そこには赤い髪の魔族が泥にまみれて横たわっていた。
その体は徐々に姿を失っていく。
「や、やりましたね。アキラ」
ヨミが近づいてきて喜んだが、とてもそんな気分になれなかった。
俺は近づいて声をかける。
「大口を叩いた割には、ケルベロスとたいして変わらなかったな」
「プククッ……人間って、ほんとバカ……あたしは、時間を稼げばそれでよかったんだ。お前たちを殺すのは、女王の魔法さ……」
そう言って、魔族の体が消えた。
しかし……クリスタルは残らなかった。
クリスタルごと消滅させたわけじゃない。
これは、まさか……。
『警告します!! とてつもない出力の魔力が、ここに向かってきています!! 着弾まで三十秒! 今すぐここから脱出してください!!』
何を言っているのか、聞き返すよりも先にAIが観測したエネルギー反応を俺に見せた。
その威力――未知のエネルギーだから正確な予想は不可能だが、核兵器並み!?
俺はすぐに穴から飛び出した。
ヨミの腕を掴む。
「アキラ!?」
そのままセンサーの反応を頼りに、エリーネを見つけて抱えた。
「ちょ、ちょっと!?」
エヴァンスは!?
センサーによると、すでに町の外にいた。
どうしてそんなところにいるのかと思う反面、今は助かった。
俺は全速力で町を脱出する。
共生派の魔物たちを助けている余裕はない。
赤い髪の魔族が連れてきた魔物の囲いを蹴り飛ばして易々突破する。
空に輝く太陽が二つ見えた。
一つは、そのまま辺りを照らす。
そして、もう一つは、地上に降りてきたのだ。
元番犬の森の辺りまで走ると、馬車の辺りにエヴァンスがいた。
ディルカが馬の手入れをしている。
「ディルカ! 荷馬車は捨てていい!! エヴァンスを馬に乗せろ!」
「はい?」
「はいよ! さっさと乗りな!」
俺はヨミとエリーネを抱え、馬の手綱を握って引っ張る。
背中で太陽の一つが爆発した。
後ろを向いて走っていたから、その光を直接見なかったのはよかった。
暗い森の木々が、まるで昼間かと思わせるほど明るく照らされる。
音と衝撃は遅れてやってきた。
防御力の薄いファイトギアのせいか、音を防ぐことは出来なかった。
大きな音は最初だけで、後は感覚が麻痺して誰が何を言っているのかわからないくらい耳鳴りがした。
そして、衝撃は木々や建物の破片を遠くまで吹き飛ばしたが、幸いにも俺たちはギリギリのところでその範囲の外側に出られたらしかった。
徐々に光が消えていき、辺りがいつもの暗い森に戻ってきたところで、俺は振り返った。
そこには無理矢理俺に引かれながら走らされたせいでゼーゼー息を吐く馬と、ぐったりしたまま馬に乗るエヴァンスとキョトンとした表情のディルカがいた。
取り敢えず、みんな助かったことに安心して、俺は変身を解除した。
筋肉痛に少し襲われたが、動けないほどじゃない。
ってことは、今の地獄のような逃走は、二分もなかったのか?
まるで永遠に逃げているんじゃないかってくらい、全速力で走ったのに。
……空が暗い。
もう一つの太陽が雲に隠れてしまった。
爆発のエネルギーで生まれたキノコ雲によって。
「聖なる神の名において、我が命ずる! 治癒力を促す光よ、キュアブライト」
エリーネの治療魔法は思っていた以上に優秀だった。
ヨミやエヴァンスは片方の耳の鼓膜が破れてしまっていたが、エリーネの魔法ですぐに治った。
ディルカの愛馬、レッドウィングも俺が引っ張ったために枝やら草やらで細かい傷を負っていたが、エリーネが治した。
そしたら妙に懐かれて、しきりに鼻をこすりつけようとしたが、服が汚れるからやめてと断り、レッドウィングはシュンとうな垂れて、ディルカが慰めるように毛並みを整えている。
その様子を見ていたら、ようやく俺の耳鳴りもなくなって落ち着いて話が出来るようになった。
「……今のは、何だ?」
「多分、女王様の切り札。複合戦略魔法だと思う」
声の大きさ的には自信なさげだが、その割にスラスラとエリーネは答えた。
「複合戦略魔法? 俺はてっきり核ミサイルでも飛んできたのかと思ったぜ」
「核ミサイル?」
「俺の世界にある兵器だ」
「兵器? それじゃ、誰でも使えるの?」
「スイッチを押せば」
「アキラって、恐ろしい世界に住んでるのね」
「でも、実際には使われたことはほとんどない。スイッチを押せるのも、国のトップにいる人間だけだから、まずその位置まで人間として上り詰めないとスイッチに近づくことすら出来ないんだ」
「……でも、悪い人でも国を支配したら使えるってことでしょ」
「そう言うことになるな」
「複合戦略魔法はそんな野蛮な魔法じゃないわ。女王様にしか使えないって言われてる切り札だもの」
「……それ、矛盾してないか。よりにも選ってクリームヒルトに使ったんだぞ? 十分野蛮な魔法だろ」
エリーネは目を伏せてその場に座り込んだ。
ちょっと言い過ぎたか。
俺たちは助かったからよかったものの、人間と共に生きたいと言っていた魔物たちは多分……。
その事でイラついていたのかも知れない。
「AIの視点だと今の魔法をどう分析する」
『威力だけ見たら、小型の戦術核兵器並みですね。ファイトギアではもちろん、ソードギアでも爆発に巻き込まれたら助からなかったでしょう』
「しれっと怖いことを言うな」
『ファイトギアの全速力で離脱すれば助かることは計算できていましたから』
「ってことは、町は……」
『全壊、でしょう。ただ、核兵器と違う点が一つ。放射能は観測されませんから、それの対策は必要ありません』
「魔法だからな」
そうなると、戻って確認しておくことがある。
「俺は一度町へ戻って様子を見ようと思う」
「私も行きます」
「私だって」
ヨミとエリーネが手を上げた。
「ぼ、僕はちょっと」
エヴァンスの顔が青い。今にも吐きそう。酔いを覚ますような魔法はないらしいからな。
「では、私とレッドウィングも待ってますぅ」
エヴァンスが心配なのか町の様子に興味がないのか。
いや、走ることにしか興味がないのか。
俺たちはその場に残して走ってきた道を戻った。
キャリーが使ったらしい複合戦略魔法とやらの威力は、町だけでなく元番犬の森の入り口をも破壊していた。
森から町へ続く道はなくなっていた。
森の入り口から向こうは草木もない土だけの大地になっていた。
町があった痕跡すら残っていない。
すさまじい威力だ。
町があった場所まで来ると、キラキラ光るものがたくさん目につく。
唯一残っていたのは、魔物のクリスタルだった。
数えるのも嫌になる。
きっと全部で三百くらいはあるだろう。
「どうして、女王様は……」
エリーネは目に涙を溜めていた。
故郷を失ったからじゃない。
信じていた人に裏切られた悲しみの涙だった。
「エリーネ。それはキャリーにしかわからないと思う」
あの魔族がそそのかしたのか。
それとも本当に魔族と手を組んでいたのか。
今は何を考えても推測でしかない。
直接キャリーに話を聞くしかない。
「王都へ戻る必要があるな」
ただ、問題があった。
ここからだと最短距離の道はフレードリヒの町を通ることになることだ。
あの時、キャリーは「フレードリヒ卿の調査」とか言っていた。
あの魔族のことを鵜呑みにしたくはないが、人間だからって人間全部を盲目的に信じることもできない。
フレードリヒは何を調査し、何をキャリーに言ったのか。
問い質したい気持ちもあるが、信じられる確かな情報が何もない今の状況下で、フレードリヒの町を通るのは避けたかった。
あいつは一貫してエリーネの父親のことをバカにしていたし、俺に対しても否定的だったから。
嫌いだから警戒する、というのは本来あまり賢明な判断とは言えないがな。
だが、嫌な予感がするという第六感的なものも無視はできまい。
「エリーネ。ここからフレードリヒの町を通らずに王都に向かうことは出来るか?」
「え? うん。それはできるけど、日数が余計にかかるわよ」
北東方向に迂回していくと、ライオーネルの町があって、そっちからでも王都には行けるらしい。
「あの、ところでさっきから何を探しているんですか?」
俺が足下周りを見ながら歩いている意味を、ヨミが気付いた。
「あの魔族のクリスタルだよ」
「あ……そうですね、あれほどの爆発に巻き込まれて無事であるはずありませんものね」
「いや、そうじゃないんだ」
あの魔族は魔法で町が破壊される前に、すでに俺が倒していた。
だが、クリスタルは残らなかったんだ。
見間違いかと思ったんだが、その直後に慌てて逃げたからちゃんと調べることが出来なかった。
町の中心部辺りまで来ると、そこには俺が作ったクレーターの跡が残っていた。
魔族を必殺技で叩きつけた場所だ。
その後の爆発に巻き込まれて、クレーターもぐちゃぐちゃだが、段差が残っていたので、何とか位置が割り出せた。
ちょうど魔族が倒れていた辺りを調べるが、それらしい物はない。
「魔族も倒すとクリスタルだけになるんだよな」
「はい、そのはずですよ。しかも、ケルベロスのクリスタルのように純度の高い魔力を放つクリスタルを残すので、私ならわかるはずですが……」
『彰。私のセンサーでも見つけることは可能です』
「じゃあ、やっぱり残っていないんだな?」
「ありませんね。オークデーモンの時のように、クリスタルごと消し飛ばしてしまったんでしょうか」
「恐らく、違うな」
必殺技の一撃、手応えがなかった。
まるで人形を相手にしているような感覚だった。
高速で逃げたわけじゃない。
ファイトギアの動体視力でそれを見抜けないはずはないからな。
「魔物は人間の姿に変身することが出来るよな。体を二つに分けることは出来るか?」
「は? そんな魔法はありませんよ」
「……出来ない、とも言えないわよ」
即答で否定したヨミに、エリーネが別の答えを考えて出す。
「どっちなんだよ」
「アキラが言いたいのは、同じ姿をした別の体を用意するってことでしょ」
「まあ、そう言うことになるか」
「幻惑魔法を使えば、姿形をそっくり同じように思わせることができると思う。しかも、操っている人の魔力が反映されるから、本人の魔力を感じることも出来るし」
さすがは学校で優秀な成績を収めているだけはある。
魔法の知識に関しては、俺たちの中では圧倒的に一番だった。
「出来るとなると、俺が倒したと思った魔族は偽物だったってことだろうな」
クリスタルが残らなかったってのが、証拠になる。
キャリーの魔法に巻き込まれないように、最初から遠距離で操作していたのかも知れない。
「でも、魔力は魔法を使っている者の魔力だから、例え本物が現れてもアキラなら倒せると思うわ」
「厄介なのは、AIのセンサーさえも狂わせる幻惑魔法だな」
『彰、先ほどの戦闘データを分析しています。次に会ったときは、同じ過ちは犯しません』
ネムスギアのAIとしてのプライドか、その言葉には力強さを感じた。
俺たちはディルカたちのところへ戻って、次の行き先を告げた。
北東の道を迂回してライオーネルの町を目指す。
馬車なら二日か三日で着くらしいが、歩きだと五日はかかるらしい。
馬車はなくなっちゃったから食料と水だけが心配だが、歩いて行くしかない。
レッドウィングもさすがに全員乗せて走ることは出来ないだろう。
っていうか、出来るとしてもやってもらいたくない。
食料と水とか言う以前に、俺たちの体が持たないと思う。
しかし、五日……か。
魔法水晶が使えれば、話くらいは出来るだろうが……。
町に着いたら、それも考えといた方が良いな。
何をするにしても移動に時間がかかることがこれほどもどかしいと思ったことはなかった。




