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ギルドの立場とエリーネの依頼

 その日はさすがに俺たちも精神的にくたくたで、魔法医院からエリーネの別宅に帰った。


 すると、メイドが深刻そうに紙切れをエリーネに見せた。


 内容は、要約すれば王都の別宅は賃貸住宅で、毎月家賃を支払わなければならない。


 金のないエリーネに来月以降の家賃は払えるはずもないので、今月末までに退去するように、と言うことだった。




「あの、私も次の仕事を探さないといけないので」




 そう言ってメイドも早く出て行きたがった。


 エリーネは彼女を止めたり咎めたりはしなかった。


 ただ一言「お疲れ様でした」とだけ言って静かに送り出した。


 貴族の没落というものを見せつけられているようで、嫌な気分だったが、同情は余計にエリーネのプライドを傷つけるだろう。


 それに、心配もしていない。


 エリーネは自分で考えてやるべきことを見出した強い子だ。


 その強さを俺は信じたいと思った。




 翌日、すぐに俺たちはギルドへ向かった。


 先に魔法医院で母親の様子を見に行くか? と聞いたら、先にギルドに登録してからがいいと言われたのだ。


 朝早くだったから今日もギルドは閑散としていた。


 カウンターにはジェシカがつまらなそうにしている。




「おはよう」


「……おはよう」


「いつもの元気がないな」


「当たり前でしょ。戦争が始まったのよ」




 そう言って、新聞を机に叩きつけた。


 それは金華国が配った捏造の偽新聞ではなかった。


 例の、ギルドが情報を集める仕事を依頼して作られた新聞だった。




「この新聞の情報も正しいの言えるのか?」


「七割くらいはね」




 それって、俺の世界の基準だと週刊誌くらい信憑性のないものってことになるが。


 まあ、ネットもテレビもない世界の新聞なんてそれくらいでも十分確かな情報なんだろう。




「ギルドって、本当に戦争が嫌いなんだな」


「当たり前でしょ。アキラくん、私たち人間はいつか必ず魔族たちと戦うことになるのよ。その時に人間が戦争でバラバラになっていたら、勝てる戦いも勝てなくなるわ。私たちは全世界にギルドを置いて、その独自ネットワークを生かして協力し合い、魔族に対抗する。ギルド設立の最初の方針よ」




 国同士で協力し合うのではなく、人同士で協力し合い、魔族と対抗するってことか。




「……魔族と戦うことは、魔族と戦争するってことになるけど、それはギルドとしては良いのか?」


「種族の違う者同士が世界の支配権をかけての戦争よ。避けられるはずがないわ。だからこそ、私たち人間は心を一つにしておかなければならないというのに」




 ジェシカも、魔族は倒すべき敵だという認識なんだろうか。


 ……ヨミのことを話してもいいかと思っていたが、慎重にならざるを得ないな。




「……もし、人を襲わない魔族がいて、共に手を取り合って生きていけると思うか?」


「伝承によると、過去に一度そういう状況になったらしいわ。私だって夢物語みたいな話だと思ってる。でも、なぜかその直後に歴史が大きく変わって、人間と魔族は結局殺し合いをやめられなかった。どちらが裏切ったのかはわからないけど、わかり合えないのよ、きっと」




 ジェシカの気持ちは少し揺らいでいるように感じた。


 出来ないから諦めている。もし、出来るのならそうしたいと思っているんじゃないだろうか。


 その伝承も気にはなるが、今はまだその時ではない。




「ところで、今日は――」


「言っておくけど、妹さんの情報は入ってきてないわよ」


「え? あ、いや……」




 忘れていたわけじゃないけど、それよりも優先したいことがあった。


 ただ、こうもつっけんどんに言われると、気になる。




「どうしてだ?」


「戦争が本格的に始まったからね。情報のやりとりに制限がかかるようになったのよ。他国のギルドとも連絡が取りにくくなってるし。戦争が終わらないと、妹さんの捜索もあまり進まないかも知れないわ」




 ジェシカが見せてきた一面には、クリームヒルト奪還作戦の文字が躍っていた。


 その地方を治めるフレードリヒ伯爵が主導してクリームヒルトを占領する金華国軍と戦うらしい。


 主戦力はフレードリヒの騎士団で。王国騎士団は後方支援らしい。


 昨日の会議で決まったんだろうか。


 っていうか、あの野郎。あれだけ国家機密とか言っておいて、デカデカと新聞に作戦を書いてるなんて矛盾していないか。


 相手がこの新聞を見る可能性を考えないんだろうか。




「アキラ、いつまで待たせるつもり」




 新聞に釘付けになっていると、エリーネが服の裾を引っ張ってきた。




「ああ、悪い。ジェシカ、今日ギルドに来たのは妹の情報を知るためじゃないんだ。エリーネをギルドに登録して欲しい。紹介が必要なら俺の名前を使ってくれて構わない」


「……クリームヒルトのお嬢さんがフレードリヒ伯爵の提案を断ったというのは本当なのね」


「どうして知って……」




 当たり前のように新聞を叩いた。


 新聞にはそんなことまで書かれているのか。


 この情報を知っているのは、昨日の会議に出席したメンバーだけだろ。誰かがリークしたってことか。




「いいわ。ギルドの登録には年齢は問わない。やる気と根性があれば私は認めるつもりよ。紹介する冒険者もアキラくんなら申し分ないし。それに、エリーネさんは学校では優秀な魔道士としての成績を収めてると聞いたわ。三人目の期待の新人ってことね」


「よろしくお願いします」




 エリーネの手続きはすぐに終わった。


 新人冒険者の証だ。




「なあエリーネ。ここからは俺の提案なんだが……エリーネの町をあのフレードリヒとかいう奴に取り戻してもらいたいか?」


「そんなの、嫌に決まってるじゃない」


「だったら、エリーネが自分の町の奪還をギルドに依頼するってのはどうだ? 俺たちがそれを引き受ける」


「ダメよ」




 俺の提案を頭から否定してきたのはジェシカだった。




「ギルドには何でも依頼できるはずだろ」


「あのねぇ。町の奪還なんてどう考えても戦争じゃない。そんな仕事に冒険者を集めるような依頼は受けられるわけないでしょ」


「戦争に参加するかどうかは冒険者個人に委ねられているんだろう」


「個人の考えで騎士団や国軍に参加するのは勝手だわ。でも、戦争に参加する者をギルドで募集するのは意味が違うじゃない」


「じゃあ、依頼も何も無視で勝手に俺たちだけで行動するならいいんだな」


「伯爵の騎士団と王国騎士団が動いているのに、無関係の冒険者が勝手に入り込めると思う? 町に着く前に足止めされるに決まってるでしょ」


「そいつらを退かして俺たちだけで奪還すればいい」


「あのねえ、アキラくんはこの王国で敵国のスパイとして捕まりたいの? これだけ大々的に宣伝しているってことは知らなかったでは通らないわ。それで伯爵の作戦の邪魔をしたら、そう言うことになるわよ」




 面倒臭い。個人的には騎士団を突破するのは簡単だし、クリームヒルトを占領しているのが人間の軍隊なら、俺一人で退却させることは簡単だろう。


 結果的に町を奪還できたとしても、俺の行動には正当性がない。


 正式に手順を踏んでいるフレードリヒの方が上手だった。


 エリーネなら父の命を奪った敵、故郷を奪った敵から取り返すって言う大義があるが、戦争は個人で行うものではないからな。




「……ジェシカさん。私、あの町に大切な人形を忘れてきてしまったんです。国同士の軍隊が戦ったら、失われちゃうかも知れない。だから、作戦が始まる前に忘れた人形を取り戻したいんですけど、それをギルドに依頼することは出来ますか?」


「……上出来だわ。考え無しで戦いに行こうとするアキラくんよりよっぽど利口な依頼よ」


「おいおい、エリーネの依頼だってほとんど屁理屈みたいなものじゃねーか」


「筋が通っていればいいのよ」


「……ジェシカ、戦争に関わりたくないってのは本当なんだよな」


「当たり前でしょ。アキラくんだって、戦争は嫌いでしょ」


「当たり前……」




 嫌いでも、関わらなければならなかった。


 ジェシカも同じ気持ちなのか?




「クリームヒルトにはギルドの支部があったわ。支部の仲間たちとも連絡が取れないのよ。でも、私はギルドとして動けない。上の人たちも金華国に抗議はしたけど、そもそも金華国はギルドの考えに否定的だからね。私は信頼している人にギルドの支部がどうなったのか調べて欲しいのよ」


「だったら、最初からそう言えよ」


「エリーネさんが適切な依頼をしてくれたからいいのよ。この依頼は受理しておくわ。この場でアキラくんたちは引き受けるってことにしておくわね。エリーネさんは引き受けるわけにはいかないけど、ちなみに依頼料はどうする?」


「銀貨一枚にします。忘れ物を取りに行ってもらうだけですから」


「そうね」




 ジェシカは微笑みながら依頼書にペンを走らせた。




「茶番だな」


「でも、実際にはそう簡単にいかないと思うわ。私のところにも抗議がくると思う。アキラくんたちも覚悟しておきなさい」




 真面目な顔でそう忠告された。




 ギルドでいろいろ手続きを終え、昼食を取ってから魔法医院に向かった。


 レイナたちの部屋に入ると、いきなりエリーネがメイドに抱きつかれた。




「良かった! お嬢様!」




 イライザが大粒の涙を流しながら、エリーネを包み込む。




「ちょっと、離してよ」


「あ、申し訳ありません」


「イライザ、もう私はお嬢様では無いわ。あなたを雇うお金も払えない。だから」


「いいえ。私は生涯をかけてクリームヒルトの家にお世話になると誓ったのです。お嬢様がその名を持つ限り、私は一生お嬢様のメイドです」


「……本当に、お金は払えないわよ」


「構いません。そうだ、でしたら二人で何か仕事をしましょう。二人で稼げばいいんですよ」


「どうしてイライザはそこまで私のためにしてくれるのよ」


「ジョサイヤさんとレイナさんには返せないほどの恩義がありますから」


「それ、前にも聞いた気がするけど、一体何なのよ」


「お嬢様、誰にでも秘密というものはあると思います。確かなことは、私がお嬢様に尽くすだけの想いがあるということではありませんか?」




 熱弁しているが、核心的なところは煙に巻いたな。


 無理矢理エリーネは納得させられて、それ以上は聞かなかった。


 そんな様子を見ていた俺は、もう一人、目を覚ましていた御者に話しかけた。




「ディルカ、だったっけ」


「はいぃ。こんにちわぁ。お久しぶりですぅ」




 気怠げなのは怪我が治ったからでも長く眠っていたからでもない。


 性格だ。




「ディルカの腕とあの馬がいたから逃げ切れたってとこか」


「そうですねぇ。ジョサイヤさんという方が、どうしてもお二人だけでも逃がしたいとぉ」


「二人抱えてじゃ、大変だったろ」


「いいえぇ。レッドウィングも私も本気で走れたことは楽しかったんですよぉ。あんなことがなければですねぇ」


「ディルカも巻き込まれた人間だけどさ。一人で逃げた方が簡単だっただろうに、ありがとう」


「そんなぁ。たいしたことではありませんよぅ。あの程度、振り切れないようではレッドウィングに怒られちゃいますぅ」




 ディルカだけ見てると、戦場から逃げてきたようには見えないんだがな。


 エリーネは昨日と同じようにレイナに近づいて手を握った。


 すると、今日は薄く目を開ける。




「お母さん」


「……エリーネ? 私は、助かったのですね」


「お母さん!」




 さっき自分がイライザにされて嫌がったのに、レイナに同じように抱きついた。




「エリーネ。離してください。痛いわ」


「あ、ごめんなさい」


「エリーネ。昨日も言いましたが、あの人は――」


「町のために立派に戦った。ケルベロスが相手でも逃げなかったってことは、きっと誰が相手でもお父さんならそうしたんでしょ」


「ごめんなさい。一緒に戦うことも逃げることもあの人は許してくれなかった。どうしても私たちだけは逃げろと言って聞かなかったのです。エリーネには何を言っても言い訳にしかならないでしょうね。許せないと思うなら、どんな罰も受ける覚悟です」


「お母さん。私はお母さんが生きていたことはうれしかったんだよ。お母さんを恨むようなことはないわ」


「…………エリーネ……」


「それから、フレードリヒ伯爵様が私を引き取りたいって言ったけど、断っちゃった」


「どうして? あの方の養子になれば、貴族として今までと変わらぬ暮らしが約束されたでしょう」


「私は、クリームヒルトの名を捨てたりしないわ」




 レイナは大きく目を見開いて、エリーネを見つめた。




「それと、もう学校にも通えないし王都の別宅も近いうちに使えなくなるから、冒険者になったの」




 誇らしげに新人冒険者の証を見せる。




「…………フフッ……血筋、なのでしょうか」




 レイナは初めて笑った。目に涙を溜めている。




「ジョサイヤも私も元冒険者ですから。その時の功績が認められてジョサイヤは子爵の位をいただいたのです」


「じゃあ、私もいつかお父さんと同じになっちゃうかもね」


「ええ、そうね」




 やっとエリーネがレイナとちゃんと話が出来た。


 だが、そろそろ治療魔法をかける時間らしく、俺たちは魔法医のコルティナに促されて部屋を出た。


 レイナはまだ本調子ではない。


 もう少しそっとしておくべきだろう。


 この日でイライザとディルカは退院した。


 ディルカは馬車屋へ戻り、イライザは今月いっぱいは滞在が許されている王都の別宅に向かった。


 さっそくメイドとして仕事をしたいんだとか。


 俺たちは旅立ちの準備を進めた。


 三度目のクリームヒルトだ。


 問題は、時間との闘い。


 フレードリヒの町はクリームヒルトから三日か四日かかる。


 だが、王都からだともっとかかるわけで、本格的に戦いが始まったら邪魔は出来ない。


 敵を倒すならまだしも、味方を攻撃してしまったら本当にスパイ扱いされる。


 俺たちは距離的なハンデを抱えながら、それでも戦いが始まる前に辿り着かなければならないという無茶な作戦をこなさなければならなかった。

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