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AIの感情

「うああああああああああぁぁぁあああ!!」




 エリーネが俺の胸を叩く。




「どうして、お父さんが! どうしてアキラはこんなところにいるの!? アキラなら、お父さんを助けられたはずなのに!!」




 俺を責めてもどうしようもないと言うことはエリーネはわかっている。


 でも、やり場のない感情を表す方法を知らないんだ。


 俺もそれを理解していたから、黙って受け止めるしかなかった。


 それに、エリーネの感情に呼応するように、俺のもう一つの心が深く傷ついていたから、上手く考えることもできなかった。




『怒リ  燃エル ヨウニ   熱イ  殺シタイ  敵ヲ 静マラ  ナイ』




『悲シミ 冷エテ イク  世界 カラ色ガ   失ワレテ シマッタ カノ ヨウ』




『哀レミ 痛イ   傷ヲ 負ッテ イナイ ノニ  泣イテイル ナゼ  彼女ガ泣カナケレバナラナイノカ』




『人間 トハ 救ウ ダケノ 価値ガ アルモノ ナノダ ロウカ』




『世界ヲ  平和ニ スルタ メニハ  争イ ヲ   起コスモノ ヲ 排除シナ ケレバ ナラナイノ  デハ』




『ココ デモ   人間ハ 人間ノ  平和ヲ  乱ス』




『人間  コソガ   平和ノ 敵』




  『起動コードノ認証ヲ求メマス』


              『起動コードノ認証ヲ求メマス』


    『起動コードノ認証ヲ求メマス』


                    『起動コードノ認証ヲ求メマス』


   『起動コードノ認証ヲ求メマス』


       『起動コードノ認証ヲ求メマス』




「うるさい!!」




 俺が思いきり机を叩くと、その部分にひびが入る。


 エリーネが肩をビクッと震わせて俺を見上げた。


 それでも、溢れる涙は止まらない。




「アキラ、いくら何でもエリーネさんにそんな」


「違う! エリーネに言ったんじゃない」




 ネムスギアのAIに組み込まれた心が、エリーネの感情に触れて、悪意に染まっている。


 ……そうか。AIはデモンに苦しめられて涙する人間は何人も見てきた。


 でも、人間の行いによって悲しむ人間は初めて見たんだ。


 俺の世界でも犯罪はあった。


 だから、それで悲しむ人もいただろうが、AIの知る身内の人間が犯罪に巻き込まれたことはなかった。


 エリーネを親しい人間の一人。守るべき存在だとAIは認めた上で、エリーネを悲しませたものが許せないんだ。




     『起動コードノ認証ヲ求メマス』



               『起動コードノ認証ヲ求メマス』



        『起動コードノ認証ヲ求メマス』




「変身して戦うつもりか? お前一人で、敵が誰なのかもわからないのに」


『ワカラナイナラ守ルベキモノ以外ノ全テヲ滅ボセバイイ』


「それじゃ、ダメだ。その考えは、いずれ人類全てを滅ぼすための理由になる。いつもの冷静さを取り戻せよ。俺だってムカついてるさ。エリーネの恨みを晴らしたい。ジョサイヤの敵を討ちたい。そもそも、クリームヒルトは俺たちが救った町だ。それをあっさり奪われて、それで俺が黙っていられると思うのか」


『…………彰は、大切なものを殺した人間を、殺せるのですか?』


「それは、わからないな。人間と戦う覚悟は、ヨミを助けると決めたときにした。でも、人間はまだ殺せないと思う」


『甘いですね。敵はすでに何人も殺している。それは、もはや人間とは認めるべきではないのではありませんか? 人の皮をかぶったデモンや魔物と同じだと私は思います。偽物の人間に人間の倫理を持って戦うのは、愚かなことです。いつか、彰も痛い目を見ますよ』


「それでもそいつらは俺が個人的に殺すよりも、人間のルールで裁くべきだと思うんだ」


『死刑だったとしても、ですか』


「ああ」


『では、もし彰が人間に殺されそうになったときは、私が殺しますよ。私は殺されたくありませんから。生き残るために敵を殺さなければならなくなったとき、敵の種類で対応を変えるのは私にとっては悪ですから』




 話すことでようやく落ち着いたのか、AIはやっといつもの調子を取り戻した。


 ただ、少しだけ俺よりもはっきりした答えを出していた。


 俺じゃなかったら、AIの感情に飲み込まれていたのだろうか。


 かつて、ネムスギアを開発した博士が言っていたように、適合できない人間はAIと話し合うことができないのだろうな。




「アキラ、本当にお父さんの敵を討ちたいと思ってるの?」


「え?」




 AIと俺の脳内会話はエリーネにはよくわからないんだった。


 俺の言葉だけ抜き出すと、そうなるよな。




「エリーネはどうしたいんだ?」


「私は……私の町を取り戻したい」


「敵を殺したいと思うか?」


「……それは、わからない」


「正直でいい答えだ」




 エリーネの頭をくしゃっと撫でる。




「やめて」




 涙はまだ止められない。でも、俺の手を振り払う力には強さが宿っていた。




 エリーネが落ち着きを取り戻したからか、あるいは新たな情報を得られたからか、会議は再開された。




「フレードリヒ卿の情報を待つことなく、事実であることがはっきりしましたな。それでは、まず決めなければならないことができましたな」




 ライオーネル卿が言うと、待っていたかのようにフレードリヒ卿が立ち上がった。




「エリーネお嬢様。我が国の爵位が世襲制ではないと言うことはご存じですか?」


「はい」


「あなたのお父様が亡くなられた時点で、あなたが爵位に相応しい活躍をされていればそのまま引き継ぐことも可能ですが、エリーネお嬢様はまだ学生だ。このまま一般人として生きていくのも結構ですが、町が敵国の支配下にあるということは資産などありますまい。無一文で貴族でなくなるというのは余りに可哀想すぎる。そこで、どうでしょう。エリーネお嬢様は私の娘イザベラと同じ学校に通う友達ですから、私の家族になりませんか?」


「……あなたが、引き取るということですか? フレードリヒ伯爵」


「ええ。無能とはいえクリームヒルト子爵は私の部下のようなものでしたから。引き取ってあげるというのが筋でしょう」




 随分恩着せがましい言い方だ。


 あのイザベラってガキがエリーネに対して生意気な態度を取っていたのは、明らかにこの親の影響だろうな。




「私のお父様は無能ではありません」


「ハハハッ、無能ですよ。腕自慢か知りませんが、どこかの馬鹿な冒険者と一緒になってケルベロスを討伐してしまうからこんなことになったんですよ? 国境付近の町を任されていたのに、地政学の一つも理解していなかったのでしょう。そういう意味では、私にも多少の責任はありますね。部下の躾ができていなかったのですから」


『彰。まずは目の前の敵を排除しましょう』


「考えてることは同じだが、行動には移せないな。今それをこの場でやったら、俺たちはスパイ扱いされるぞ」


『やはり、人間のルールというものは面倒ですね。まだデモンの方がわかりやすかった』


「それに、ここは俺たちの出る幕じゃないんだ」


『どういう意味ですか?』




 俺はAIの言葉に答えずに、エリーネの肩に手を置いた。




「エリーネ、決めるのはお前だ。その答えには、エリーネの一生が関わってくる大事な決断だ。だから、俺は何もアドバイスしない。自分で考えて出した答えに責任を持つことができるのはエリーネだけだからだ」


「そんなこと、言われなくてもわかってるわ」




 服の袖で涙を拭い、フレードリヒ卿を真っ直ぐ見つめる。




「私は、あなたの世話にはなりません。クリームヒルトの名を捨てたりなんかしないわ!」


「……フッ……それなら勝手にしろ。即刻この場から立ち去るのです。ここは大事な国家安全保障会議の場。一般国民が立ち入っていい場所ではありません」


「わかりました」


「ちょっと、待ちなさい。フレードリヒ卿も、なんてことを言うの? 彼女は当事者なのよ」




 さすがにキャリーも焦って口調が素の状態に戻っていた。




「女王様、私のことは気になさらないでください。どうぞ、会議を続けてください」




 一人で出て行こうとするエリーネを放っておけるわけはない。




「じゃあ、俺たちも退席させてもらう」


「アキラまで!?」


「ほぅ、それはよい心がけですね。これでやっと、部外者抜きで会議が始められるというものです。さ、本題に入りましょう。いかにして、奪われた領土を取り戻すか」




 扉を閉めるとき、チラリとキャリーの恨みがましいような目を見たような気がした。




 無言のままエリーネはズンズンと足取り強く城を出た。


 門のところまでくると、門番がこちらに気付いて声をかけてきた。




「アキラ殿。会議は終わったのでしょうか?」


「いや、俺たちだけ追い出された、かな」


「追い出されたのは私だけよ。アキラたちは勝手に付いてきただけじゃない」


「金魚のフンみたいに言うな」




 空元気ではなく、いつもの雰囲気で悪態をついてきたから、俺も同じように返した。




「一体、何がどうなっているんでしょうか?」


「その前に、あんたはどこまで知ってるんだ?」


「……町に、このような新聞が出回っていました」




 それは、さっき会議でクラースが読み上げた捏造だらけの偽新聞だった。




「どこで手に入れたんだ? そんなもの」


「号外だと言って配っている人がいたので……」


「この世界の新聞って、普通はどういう風に作られて、どういう風に国民は読めるんだ?」




 俺の世界のようにでかい新聞社があって、配達の制度が出来上がっていて、定期購読している読者やコンビニなどで手に入る文化とは違うはずだ。




「普通、ですか。我が国の新聞は記事を集めて書く仕事をする者たちが集まって、情報を書き込んだ新聞を作ります。それを魔法で複製し、王国全土にその情報を広めるために各都市に送ります。それをギルドの支部に置いたりしたものを読むか、あるいはその場で複製してもらって手に入れます。もちろん、読むだけならただですが、手に入れるには実費がかかります」


「それで、記事を書く人はどうやって金を稼げるんだ?」


「情報を欲しがっているのは貴族とギルドの方ばかりですから、常に新しい情報を求める依頼がギルドに出されているはずですよ。その内容によって、料金は変わるみたいですけど」


「それじゃ、みんなバラバラに情報を書き込んだ新聞を作ったりするんじゃないか?」


「最初はそうでしたが、より多くの情報を一度にギルドに報告した方が金額が良かったために、今の形に落ち着いたのです」


「ってことは、この号外ってのは例外なんだな?」


「はい。ギルドを通さず直接配るなんて、初めてですよ」


「これを配った奴は、どこへ行った?」


「さあ……捨てるように配ってそのままどこかへ行ってしまいました」




 これを書いたのは金華国とか言う国の連中だ。


 ギルドを置かない奴らが、こんなものを配るには直接ばらまくしかない。


 と、言うことは。これを配った奴は、金華国の人間なんじゃないか?


 そもそも、女王に宛てた書簡だって、どうやって届けた?


 国交のない国の人間から手紙が届くのか?


 この国にはすでに、金華国のスパイがいるんじゃ……。




「アキラ、何を考えているのか知りませんが、エリーネさんが行っちゃいますよ」




 ヨミにそう言われて顔を上げると、エリーネは俺たちのことなどまったく気にせず門を出ていた。




「ちょっと、待てよ」


「待てるわけないでしょ。急いでるんだから」




 にべもない。


 そもそも、エリーネはどこへ向かってるんだ。


 フレードリヒに文句を言われてムカついて会議場を出たのかと思ったが、何か目的があるような足取りだ。


 まあ、ムカついたのは俺の方なんだけどさ。




「急いでるって、どこに?」


「決まってるでしょ。魔法医院よ」




 その言葉で全て納得した。


 母親の怪我の状態が気になっていたんだ。


 会議場に残れといわれても、エリーネは退席しただろう。


 魔法医院は王都の円形広場から少し南に向かった場所に建っていた。


 白い色の建物。高さは三階くらいで横に広がっているような形をしていた。


 商店街の店なら三軒くらいは収まるんじゃないかってくらい大きい。


 両開きの扉を開けて入ると、そこにはカウンターがあって白衣を着た女性が受付をしていた。


 魔道士ってどっちかって言うと、暗い色の服や装飾品を身につけているイメージがあるけど、魔法医にいる魔道士は俺の世界で言う医者や看護師のような服装を身につけていた。




「あの、クリームヒルトからの怪我人が運び込まれたと思うんですけど……」


「え、ええ。近衛隊のファルナ様が連れてきたわ」


「もう治療は終わっていますか?」


「ええ。ただ、かなりの重傷だったから、もう何日か治療する必要があるわ。確か……二階の二〇六号室で療養しているはずよ」


「ありがとうございます」


「まるで病院だな」


「ビョウイン?」


「俺の世界で怪我や病気になると、それを治す医者っていうのがこういう場所で患者を診るんだ」


「アキラの世界だと、すぐに治してくれるの?」


「いや、大きい怪我だと入院することになるし、すぐにってわけじゃない。さっきのレイナの怪我だと、俺の世界じゃ全治一ヶ月はかかると思う」


「科学が発達した世界って大したことないのね。魔法なら死んでなければ数日で治せるわ。腕のいい魔道士なら、一回の魔法で全部の怪我を治しちゃう魔法だって使えるけど、それくらいの魔法医は上級冒険者と同じで希少だって言ってた」




 一回の魔法でどんな怪我も治す?


 何か、記憶の端に引っかかる。俺は、そんな魔法を使える魔法医を知っているような気がするんだが。




「ここだわ」




 そう言ってエリーネが入った部屋にはベッドが三つあった。


 確か、クリームヒルトの生き残りは、三人だったはずだ。


 御者とメイドとレイナ。


 服装でどのベッドに寝ているのが誰かわかる。


 一番手前のベッドに、御者が寝かされていた。




「あ……」




 幸せそうに眠る顔には見覚えがあった。


 ヨミを助けに行ったときに三日でクリームヒルトへ送り届けてくれた、あのディルカだった。


 そうか、ディルカがいたから逃げ切れたんだ。


 あのメチャクチャ速い馬も健在ってことだろう。


 二番目のベッドにはメイドが寝かされていた。


 その人の顔も覚えている。


 俺たちの世話をしてくれた、イライザだ。


 そして、一番奥のベッドに寝かされていたのは、レイナだった。


 服は魔法医の誰かが着替えさせたのか、ボロボロで血濡れた服ではなく、青いシンプルなワンピースだった。




「……お母さん」




 エリーネが手を握る。




「さっきやっと眠ったばかりだから、あまり無理はさせないでね」




 俺たちの病室に、背の小さな魔法医が入ってきた。


 どう見ても十代前半に見えるが、偉そうな態度が妙に板に付いている。




「私はコルティナ。あなたのお母様を治療した魔法医よ」


「お母さんは、大丈夫なんですか?」


「危なかったけど、一命は取り留めたわ。ただ……私の魔法だとあと数日は治療に時間がかかるわ。そっちの二人は、明日にでも治るでしょうけど」


「もっと腕のいい魔法医はここにはいないんですか?」


「おい、そういう言い方は」


「そうね。申し訳ないけど、私がこの魔法医院で最も治療魔法が得意な魔道士よ」




 コルティナはエリーネの失礼な物言いをまったく気にしていなかった。


 むしろ、少し自分を責めているようにさえ見える。




「私が姉のように優れた魔法医なら、リザレクションで治せたんでしょうけど」




 ……リザレクション?


 その魔法は確か、クリームヒルトで聞いた。だが、クリームヒルトが占領されたなら、あの魔法医も生きてはいないだろう。




「皮肉だな。クリームヒルトが襲われていなければ、リザレクションを使える魔法医がいたってのに」


「え? クリームヒルトにリザレクションを使える魔法医がいたの?」


「ああ、確か……クラリッサとか言う……」


「その人、私の姉です。まさか、そんなところにいたなんて……」




 姉妹なのか? それにしてはまったく似ていない。




「それは、なんといっていいか困るな」


「ああ、クリームヒルトの町が金華国に襲われたって話ね」




 そこの生き残りを治療した魔法医がその情報を知らないはずはないか。


 しかし、それにしては随分と落ち着いている。




「大丈夫よ。あの姉はそう簡単に死んだりしないわ。生きることに魔法の全部をつぎ込んでいる執念深い人だから」


「そうなのか」




 そう言われると、そんな気がしてくるから不思議だ。


 あのパワフルな魔法医が戦争なんかで死ぬような姿は考えられなかった。




「あの、お母さんのこと、よろしくお願いします」




 さっきは文句を言ったが、エリーネはコルティナに頭を下げた。




 感情に裏表がない。素直なところがエリーネのいいところだ。




「任せて」


「ただ、あの……治療費はすぐに払えないかも知れません」


「え? この人たちの治療費は国が払うって、連れてきた近衛隊の人が言ってたけど」


「いいえ。そのお金は私が必ず払います」


「いいのか? そんなこと言って」




 フレードリヒの話を総合すると、エリーネは文無しだったはず。


 俺がギルドの仕事で稼いだ金はまだ余ってるから立て替えてもいいんだが、この様子だとそれも断られそう。




「……アキラ、考えていることがあるの」


「何だよ」


「私も、本当に冒険者になろうと思う」




 エリーネの本気の瞳は、すぐに一人前の冒険者になれるだろうという確信を俺に抱かせるほどだった。

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