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国家安全保障会議

 俺は、最初何を言っているのかまったく理解できなかった。




「それは、確かな情報なんですか?」


「情報ではない。金華国から新聞と女王様宛に戦争を始めると言う内容の書簡が送られてきた」


「直接王宮にですか?」


「ああ。そこで、今貴族たちを全員集めようと連絡を取っているところなのだが、君にもギルド代表として会議に出席していただきたい」


「待ってください。私たちギルドは政治に関わるようなことには参加できません。それも、国同士の戦争の話になんか……」


「どけ」


「イタッ、アキラくん!?」




 俺は魔法水晶に向かって抗議するジェシカを無理矢理退かした。




「君は、アキラ殿か」




 魔法水晶に映るクラースは淡々と冷静にそう言った。


 そのお陰で俺も冷静さを保てていた。




「何が起こったのか、俺にも教えてくれないか?」


「そうか、そうだな……。アキラ殿はあの町とも関わりがあったからな」


「戦争って言ったか……?」


「ああ、クリームヒルトの町が滅ぼされた。金華国の連中はお互いの国境を挟んでいた番犬の森からケルベロスがいなくなったことをいいことに、国軍の大部隊をクリームヒルトに向かわせて侵略したらしい」


「それは、いつ、だ?」


「宣戦布告の書簡が届いたのは今朝だが、それによるとすでに五日前にはクリームヒルトの町は支配したらしい」


「連絡は付かないのか?」


「……ふむ。冒険者は戦争の参加に関して個人に委ねられている。仕事先で戦争に巻き込まれる可能性も否定はできないからね。そういう意味ではギルドの人間よりは自由だ。しかし、アキラ殿は上級冒険者だ。自由に国を出入りできる資格を持つものに国家機密をおいそれと教えるわけにはいかない。もし、詳しい話が聞きたかったら王宮に来ていただけないかな。貴族も集まって会議が開かれることになっているんだ」


「わかった。すぐに向かう」


「アキラくん……まさか、戦争に参加するつもり?」


「……さっきは悪かったな。今はまだ俺も少し混乱してる。取り敢えず詳しい話を聞くのが先だ」


「そ、そうね。でも、戦争じゃ私たちは協力できないわよ」


「ギルドの掟か。でも、俺たち冒険者はそれに縛られないんだろ」


「戦うの? 人間同士で? 戦争なんて、馬鹿げてるわ」


「それに関してだけは、俺も同意見さ」




 それだけ言うと、俺はジェシカの部屋を出た。




「あ、待ってください」




 ヨミが慌てて俺の後に続く。


 俺たちは足早に円形広場を抜け、城の方へ向かう。




「アキラ、戦争ってどういうことですか? クリームヒルトの町に何があったんですか?」


「それを詳しく知るために、城に向かってるんだ」




 ヨミはもうそれ以上聞いてくることはなかった。


 城の門に近づくと、馬車が何台も待っていた。


 俺はその横を抜けるようにして城に入ろうとしたら、馬車に乗っていた奴が文句を言ってきた。




「君、順番を守りたまえ! 我々貴族の横から城に入るなど、無礼にも程がある!」


「黙れ」




 睨みつけると、貴族を名乗った男は体を縮ませて馬車の中に身を隠した。




「アキラ殿、あなたも呼ばれたのか?」




 声をかけてきたのは近衛隊のファルナだった。




「呼ばれたって言うより、押しかけた。話が聞きたかったからな」


「そうか……」


「それよりも、ファルナは何をしてるんだ?」


「私だけではないがな。門番だけでは対応しきれないから近衛隊総出で城に入る者のチェックをしている」




 いつもはほとんどフリーパスのような入城だが、さすがに事態が事態だけにそういうわけにもいかないのだろう。




「俺たちのチェックは必要か?」


「形式的なものだが、冒険者の証を見せてもらえるか?」




 俺とヨミはさっき新しくしたばかりの証を見せた。




「……ありがとう。こんな時でなければ、もっとかけられる言葉もあるのだがな」


「言いたいことはわかるさ」




 せっかく二人とも昇進したってのに、その喜びを分かち合うときではなかった。




「あれ? アキラとヨミさん。二人とも呼ばれたの?」




 ファルナと話している間に貴族のチェックは終わったらしく、最後の馬車にはエリーネが乗っていた。


 エリーネは馬車から降りて、小走りに俺たちに近づいた。


 クリームヒルトはエリーネの町だ。


 どう声をかけたらいいのか、考えていたら、




「先生から急に今日はもう早退して良いって言われたの。でも、家には帰らないで城に向かうように言われたんだけど、アキラたちはどうしてここにいるのよ」




 朝の様子のまま少し呆れたように言った。


 ……聞いていないのか。


 ホッとする反面、知らされずにここへ来ていることが不憫に思えた。


 俺が話してやるべきだろうか。


 しかし、そもそもあの話がどこまで信憑性のあるものなのか、俺自身もよくわかっていないことを軽はずみに伝えることに躊躇いもあった。




「やっぱり、昨日のパーティーを途中で逃げ出しちゃったから怒られちゃうのかな」


「エリーネ、そうじゃないんだ」


「アキラ殿、ちょっと」




 俺がかけた声にエリーネが訝しげな顔をして首をかしげたところでファルナが俺だけ少し離れたところに連れ出した。




「何だよ」


「女王様の顔さえ知らなかったアキラ殿に、アイレーリス王国の貴族の制度はわかっているのか?」


「いや、まったくわからないが」


「そうか。なら、彼女には余計なことは言わないでくれないか?」


「どうして?」


「彼女がここへ呼ばれたのはクリームヒルトの娘だからだ。貴族だからではない。私の話の意味するところは、会議に出席するならすぐにわかると思う」


「あんな小さな子がいきなり会議で故郷を失ったと知ったら、そのほうが心に負う傷は大きくなると思うぞ」


「そうかも知れないな」


「他人事みたいに言うなよ」


「……私にはどうすることもできない。だから、アキラ殿が会議に出席するつもりならエリーネのお嬢様のそばにいてやってくれないか」


「言われなくてもそうするつもりだ」




 ファルナの冷たさに少しイラついていた俺は、一瞥してからエリーネとヨミのところへ戻った。




「行こう」


「ねえ、ヨミさんも何でここにいるのか話してくれないのよ。どうしてなの?」



 ヨミは俺以上に困った顔をしていた。




「エリーネは、どこへ呼ばれたんだ?」


「え? 答えてくれないのに質問するつもり?」


「俺たちの行き先もそこだからさ」


「ふーん。じゃあ、付いてきて」




 面白くなさそうにそう言うと、エリーネは城に向かった。


 城の入り口から入るとすぐ正面には謁見の間がある。


 右側に伸びる廊下の先にはいくつも扉があってどこが何のための部屋なのか、俺にはまだわからない。


 エリーネが向かったのは食堂の方だった。


 廊下の最初の曲がり角を左に曲がり真っ直ぐ進めば食堂だ。


 だが、途中にあった扉を開けた。そこには階段があった。


 見上げると何階まであるのかわからない。


 最上階まで行くとしたらさすがに困るなと考えていたら、二階の扉を開けて進んでいった。


 階段の部屋を出て廊下を進むとすぐの扉を開けた。


 そこは、円形の大きなテーブルが置かれた、会議室だった。


 一番大きな椅子にキャリーが座っていて、女王を囲むように身なりの整った……つまりは貴族たちが座っている。


 俺たちは近衛隊の人に案内されて、余った椅子に座った。


 エリーネを守るように、俺とヨミがエリーネの隣りに座る。




「昨日、別の用事で伯爵の皆様を王都に呼んでいたことが不幸中の幸いだったと言えますね。すぐに全員揃ったことに感謝します。それでは、国家安全保障会議を始めたいと思います」




 キャリーがアナウンサーのように抑揚のない声で告げると、部屋の中はしんと静まりかえった。




「まず、今回の出来事について、私たち王宮が把握している情報を提供します」




 キャリーの言葉が終わると、キャリーの隣りにクラースが立った。




「今朝、このような新聞と書簡が金華国から王宮に届けられた。新聞の内容については、すでに把握している伯爵の方もいるようですので、それは後ほど。こちらの書簡にはこう書かれています」




[我が金華国はケルベロスを倒し、我が国への侵略作戦を企てたアイレーリス王国に戦争の開始を告げる。すでに、クリームヒルトの町は我が金華国が手中に収めた。降伏し、女王を差し出すのであれば、アイレーリス王国を我が国の植民地として国民の命だけは受け入れてやろう]




「……何と、馬鹿げたことを……」




 キャリーの左隣にいた伯爵が立ち上がって声を震わせた。




「何か意見のあるものは挙手をしてください」




 書簡を読み上げたクラースがそのまま司会をやるみたいだ。


 何人かの伯爵が手を上げている。


 俺も聞きたいことがある。手を上げようとしたら、俺の服の袖をエリーネが握っていた。


 その瞳は震えていて、何が起こっているのかまだよくわかっていないようだった。




「フレードリヒ卿、どうぞ」


「キャロライン女王陛下。国家安全保障会議という大事な場になぜ冒険者が紛れ込んでいるのですか? ギルドは戦争には関わらない。冒険者は常に自由の身であるならば、敵国のスパイであることも否定できないはず。そのような者が国家機密を話し合う場に入るなど、私は反対です」


「冒険者はギルドに登録しているだけで、ギルドに従う存在ではありません。その代わりに個々の生き方は個人の考えが尊重されます。そして、それに伴い責任も負う。彼がこの会議に出席したいと思うなら、相応の覚悟をしているものと考えます」


「フッ……どうやら女王様はそこの上級冒険者殿がお気に入りのようだ」


「フレードリヒ卿、それが女王様に対する口の利き方か?」




 クラースが睨みつけても柳に風のようだった。




「クラース、下がりなさい」


「はい」


「わかりました。フレードリヒ卿。もし、アキラ殿が敵国のスパイだと証明されたその時は、私が始末しましょう」




 キャリーの迫力に押されたのか、それ以上は言い返すことなくフレードリヒ卿とやらは座った。


 すると、再び伯爵たちが手を上げる




「では、クィンタス卿」




 次に指名されたのは、キャリーの左隣に座っている伯爵だった。




「はい。まず確かめておきたいのは、その宣戦布告は冗談ではなく、本当に金華国から送られたもので、クリームヒルトの町が奪われたことが確かであるかどうか、です」


「それについては調査中です。一番近いフレードリヒ卿の町から、騎士たちを派遣して調査していただいておりますので一両日中にははっきりするでしょう」




 クィンタス卿が座ると、またさらに何人か手を上げた。




「ライオーネル卿」


「はい。では、もしクリームヒルトが奪われていたとしたら、と言うか……狙われているのがクリームヒルトだけとは限りません。この国をどう守るのか。王国軍を派遣して反撃するのか、我々伯爵が雇っている騎士たちや軍隊で迎撃戦に徹するつもりなのか、あるいは……女王様が複合戦略魔法の使用をご決断くださるのか。はっきりしていただきたい」


「……あれは、最後の手段にしたいと思っています」


「手ぬるいのではありませんかな」




 座っていた伯爵の誰かが勝手にそう言った。




「どういう意味でしょう」


「すでに戦争が始まっているのですよ。こちらには戦局を一撃で変えるだけの攻撃手段があると相手に見せつければ、勝手に撤退するのではありませんか?」


「抑止力というものはおいそれと見せびらかすものではありません。確かに金華国の戦意を喪失させることはできるかも知れません。ですが、同盟国の皆さんはどう考えるでしょう。不確かな情報に踊らされてすぐに戦略魔法に頼るような国と手を取り合って協力などできると考えていただけるでしょうか?」


「それでは、このまま座して戦況を見守るつもりですか?」


「すでに同盟国とは連絡を取り合っています。連名で金華国に抗議をし、領土を返すように交渉の場を設けたいと考えています」


「……女王陛下。連絡を取り合っているのではなく、向こうから連絡が来たの間違いではありませんかな」




 フレードリヒ卿が口の端を歪ませてそう言った。


 キャリーは初めて眉を動かした。何か、あったのだろうか。




「金華国が送ったとされる新聞ですが、地方の子爵たちに連絡を取ったら、そちらにも届いていたそうですよ。おそらくは我が国だけではありますまい。全国にこの新聞を配っている。それについてのお考えを聞かせていただきたい」


「その前に、まだこの新聞の内容について目を通していない者もいるようですので、少し私が読み上げます」




 クラースがそう言って新聞を広げた。




[アイレーリス王国は長らく金華国との国境を隔てる森を支配していた魔物――ケルベロスの討伐を冒険者と共に成し遂げた。そこには、ケルベロスの脅威を取り払うという表の目的に隠された真の目的があった。それは、金華国が保有する鉱山の奪取である。アイレーリスは資源には恵まれているが、鉱山がない。そこで目をつけたのが我らが保有する鉱山だった。ケルベロスを倒した勢いのまま、我が国に攻め込もうとしている動きを察知した我が国の諜報部隊が、反攻作戦を進言した――]




「こんなものはただの捏造と偽物の新聞です。内容の真偽を同盟国側が確かめてきたのは間違いありませんが、私はきっぱり抗議しました」


「女王様。情報戦というものは真実よりも声の大きいものの方を信じてしまう傾向があります。外国で起こった出来事の真相など調べようがありませんし、自分たちの生活に関わらなければ気にもしない。それなのに大衆というものは遠い他国で起こった出来事が面白おかしく書かれていたら物語のように受け入れてしまう。大衆というものはバカではありませんが、利口でもないのです。この新聞の記事が捏造や偽物だという証拠を示した新聞を書いて我々も世界各国にばらまくべきです」


「それでは、彼らのやっていることと同じではありませんか。大切なことは何が真実であるか、です。それを粘り強く示していけば、同盟国の方も理解してくれるはずです」


「その前に、この国が滅ぼされなければいいですがな」


「貴様! それは言いすぎだ!」


「じゃあ、貴様の地方は金華国の国軍に攻められても自分たちだけで撃退できると考えているのか!?」




 その後は、会議にならなかった。


 みんな不安な気持ちを払拭しようと必要以上に気が立っているのが俺にもわかった。


 キャリーも同じ気持ちなのか、諫めたりしない。




「皆さん、静粛にお願いします」




 見かねたのか、クラースがそう言って何とかみんな椅子に座り直した。




「……それでは、クリームヒルト卿の代理人、エリーネ様。どうぞ」




 横を見ると、いつの間にかエリーネが手を上げていた。




「あの……戦争って、どういうことですか? クリームヒルトの町が、どうなったのですか?」


「ハハハッ、知らずにこの会議に出席してるのか? たいしたお嬢さんだ」


「エリーネさん。クリームヒルトの町は、金華国の国軍によって占領されたと……」




 キャリーは顔を伏せたりはしなかった。真っ直ぐにエリーネを見つめて残酷な言葉を伝える。




「占領……? 女王様? 何を言っているのでしょうか?」


「この書簡が届いてから、クリームヒルトに連絡を取っているのですが、魔法水晶の呼びかけに応える気配はありません。何かが起こったことだけは確かだと言えます」


「戦争……? 私たちの町が、金華国に襲われた? そんなの嘘よ……」


「いいえ、嘘ではありません」




 扉を開けて二人の女が飛び込んできた。


 一人はファルナ。もう一人の女性を抱えている。


 服のあちこちが破け、血にまみれている。


 彼女は、エリーネの母――レイナだった。


 そして、レイナは告げた。


「女王様、クリームヒルトの町が金華国の国軍に襲われたことは事実です。魔法水晶が封じられてしまったため、ご連絡が遅れて申し訳ありませんでした」


「そ、そんなことより、魔法医を連れてきて! ひどい怪我だわ! ファルナ、レイナさんはどうしてここへ」




 その言葉にはいろいろな意味が含まれていた。


 どうして生き残ったのか。


 どうして魔法医に連れて行かなかったのか。


 どうしてクリームヒルトが占領されたのか。




「生き残ったのは、彼女と彼女を連れてきた女性の御者と、メイドが一人。他の二人はすでに魔法医に診せていますが、彼女はまず娘と女王様に事実を伝えたいと言ってどうしても、と」


「お母さん!」




 悲鳴にも似た声を上げて、エリーネはレイナに駆け寄った。




「エリーネ、よく聞きなさい。あなたの父は、ジョサイヤは町を守るために必死に戦ったわ。そして、私とイライザだけでも逃げられるように道を作ってくれた」


「お母さん、そんなことより、怪我を治さないと……」


「エリーネ。ジョサイヤから最期の伝言よ。誕生日おめでとう。直接祝ってあげられなくて、ごめんって……」


「お母さん!!」


「エリーネさん! 気をしっかり保ちなさい! あなたのお母様はまだ生きてるわ! ファルナ、すぐに魔法医のところへ連れて行きなさい! あなたたちもボケッとしてないでファルナを手伝いなさい!」




 会議室にいて近衛隊に命令すると、




「はい!」




 と声を揃えてレイナを抱えて連れ出した。




「……ねえ、アキラ。お父さん、死んじゃったの……?」




 何だ……このどす黒い感情は……。




『人間ハ  愚カナ 生キ物 ダ』

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