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与えた傷の代償

 俺はヨミを追いかけようと立ち上がったが、右腕が電気でも流されたような痛みが走る。




「くっ……!」




 脂汗が止まらない。




『先ほどの一撃は、尻尾による攻撃だったようです。とっさに腕でガードしたから体は無事のようですが、腕は折れていますね』


「俺の体は半分はナノマシンなんだろ? ちゃんと痛いじゃねーか……」


『半分は普通の肉体ですからね。それと、傷ついた部分の回復にもナノマシンが使われるので、ネムスギアの解禁時間が少し延びましたよ』


「それは、無謀な戦いを挑んだ俺に対する抗議か?」


『いえ、事実を伝えただけです』




 反論の言葉も見つからない。


 こうなることが予測できたからAIは止めたんだ。


 ケルベロスを見ると、すでに騎士団は半壊していた。


 武器を持って立っている騎士たちは数えるほどしかいない。


 後は、ジョサイヤと魔道士たちだけだ。


 その魔道士たちも攻撃はほとんどしていない。




「アイスブロックシールド!」




 巨大な氷の盾を、騎士の上空に作りケルベロスの前足を防ごうとするが、すぐに壊される。


 ただ、ほんの一瞬だけ氷を壊すという動作が加わるからその隙に騎士は攻撃を避ける。




「セイントキュア!」




 そして、倒れかけていた騎士たちを光が包み込み、再び立ち上がる。


 あれは、回復魔法、か。


 そういえば、さっきガイハルトはクラリッサに治療してもらうようにジョサイヤが指示していた。


 あの魔法医なら、俺の怪我も治せるかも知れない。


 その姿を探して辺りを見回すと、後ろからディレックが歩いてきた。


 金色の鎧はボロボロだが、足取りは力強い。




「君は、アキラくんだったな。あの中級冒険者のように、戦うつもりなら怪我を治してもらいなさい」




 ディレックがやってきた方を見ると、そこでガイハルトは寝かされていた。


 傍らにはしゃがんでガイハルトの様子を見ているクラリッサの姿もある。




「……あなた、随分無茶な戦いをしたのね」


「ガイハルト様は、自分の身を犠牲にして戦ったのよ!」


「わかってるわ。あなたたちも治療魔法が使えるなら、一緒に使うわよ」




 冷静なクラリッサにそう言われて、ガイハルトの仲間たちも文句を言っている状況ではないと気づいた。




「聖なる神の名において、我らが命ずる! 命を癒やす息吹を与えよ。リザレクション」


「り、リザレクション!? あなた……」




 クラリッサの魔法にガイハルトの仲間たちが驚いた。




「集中して、あなたたちの魔力も使わないと使えないんだから」


「あ、は、はい」




 クラリッサの手を通して、緑色の柔らかな光がガイハルトの全身を包み込み、見る見るうちに傷が塞がり怪我が治る。


 顔色もよくなり、綺麗な顔立ちが蘇った。




「……まさか、リザレクションを使える魔法医がいたとはな」




 身軽そうに立ち上がりガイハルトは驚いていた。




「私だけの魔力じゃ使えないわ。あなたの仲間に感謝するのね」


「ああ、もちろんだ。それから、クラリッサ先生もありがとう」


「お礼より、あれをどうにかして欲しいわね」


「そのつもりだ。クラリッサ先生は隠れていてくれ。またいつケルベロスがあの広範囲魔法を使うとも限らない。クラリッサ先生が死ぬようなことになったら、治療はできないだろ?」


「……悪いけど、もうリザレクションは使えないわよ。私の魔力も限界に近いわ。魔力を回復する薬も使い切っちゃったし。だから、これ以上は役に立てそうもないわ」


「それでも、美しいあなたには生き延びて欲しい」


「余裕ね。良いわ。あれを倒したらデートの件、考えておくわ」


「ガイハルト様……?」


「ハッハッハッ! 俺は行くぞ! お前たちも隠れていろよ!」




 仲間の女たちの視線にもまったく動じず、ガイハルトは駆け出す。




「お、アキラもまだ生きていたのか。ただの中級冒険者じゃないってところだけは信じてやる」




 俺のことに気付き、話しかけてきた。




「……ぼ、僕もいる」




 建物の影に隠れるようにして立っていたのは、エヴァンスだった。




「お前も生きていたのか」




 驚くようにガイハルトが言う。


 そういえば、エヴァンスも王国騎士団の後を追ってケルベロスのところまで一緒に行ったんだった。


 どうやって生き残れたのかは、想像できた。


 多分、ヨミを狙ったときのように遠距離から魔法を撃って、その場の戦局がやばいと見るや逃げたんだろう。


 あのケルベロスに悟られずに逃げる技術はたいしたものだが、どうしてここで姿を見せるのか。


 気付かれていないならこの町からだって出られただろうに。




「……ガイハルト、僕も一緒に戦う」


「……足手まといが一緒だと困るんだがな」


「ぼ、僕にはこの町を守るだけの理由がある」




 理由って、きっと……ギルドの受付嬢のためだろうな。




「そうかよ。だったら、援護を頼む。雷の魔法が使えるんだったよな? ライトニングボルトは使えるか?」


「ああ」


「それなら奥の手が使える。仲間はもうそれだけの魔法を使う魔力が残ってなくてな」


「どうすれば良い?」


「時間が惜しい、走りながら説明する」




 そう言って二人もケルベロスに向かって行く。




「あら? 君は……ジョサイヤさんと一緒にいた……? 腕を怪我しているの?」




 俺がクラリッサの傍に行くと、向こうから声をかけてきた。




「治せるか?」


「あまり期待しないで欲しいわ。もうほとんど魔力は残っていないのよ」




 そう言いながらも俺の右腕に掌をかざした。




「聖なる神の名において、我が命ずる! 治癒力を促す光よ、キュアブライト」




 淡い光が俺の右腕を包み込む。




『不思議なエネルギーです。肉体の細胞が活性化して新たな細胞分裂を加速させている。自然治癒力が魔法に包まれた部分を中心に大きく向上しています』




 クラリッサの表情はあまりよくない。




「無理してるんじゃないか?」


「動かないで、戦える者は一人でも多く治してみせるわ」




 徐々に痛みが引いていく。


 俺は早くヨミを助けに行きたいと思いながらも、クラリッサの真剣な表情を無視できなかった。


 ケルベロスがどうなっているか見ると、そこにはもうジョサイヤの騎士団はほとんど残っていなかった。




 ケルベロスと対峙していたのは、魔法によって回復したディレックとガイハルト、そしてガイハルトの仲間とエヴァンス。それから、ヨミ。


 ジョサイヤはヨミが支えていた。




「ジョサイヤさんは下がっていてください」


「う……すまぬ」




 ふらふらになりながらもその場から離れようとするジョサイヤに、ケルベロスはあの魔法を放つ。




「火の神の名において、我が命ずる! 鋭き矢尻よ、逃げる者全てを焼き貫け! ファイヤーレイン!」


「闇の神の名において、我が命ずる! 力あるものを飲み込む漆黒の空間、ダークホール!」




 現れた炎の矢は、ジョサイヤだけを狙った。


 そこに、闇の空間が現れる。


 まるでブラックホールのようなそれに、炎の矢は全て吸い込まれて消えた。




「お前……進化した新種か……? そのクリスタルの輝き。俺の糧になるのに相応しい」




 ケルベロスの六つの瞳はヨミだけを捉えていた。


 前足を突き出して爪で攻撃する。


 ヨミはそれをバク転で素早く躱す。


 ケルベロスの爪が地面をえぐり取る。


 その前足には、細いきらめきが絡みついていた。


 きらめきは幾重にも重なって、白い糸になる。


 ケルベロスの右の前足は、ヨミの糸で動きを止められた。




「チッ!」




 さらに左の前足で攻撃しようとしていたが、そちらもすでに拘束していた。




「これで動けないはずです!」




 連携なんて取っていなかったはずなのに、ヨミの合図に動きを合わせたようにディレックは左の顔の方へ向かい、ガイハルトたちとエヴァンスは右の顔へ向かう。




「闇の神の名において、我が命ずる! 漆黒の衝撃で破壊せよ!」




 ヨミが呪文を唱えた。




「光の神の名において、我が命ずる! 純粋なる力にて、斬り裂く力よ! ライトブレード!」




 ディレックの魔法で持っている剣が輝く。




「風の神の名において、我が命ずる! 空を切り裂く刃となれ! ブラストカッター!」


「雷の神の名において、我が命ずる! 空を焼き焦がす光よ! ライトニングボルト!」




 ガイハルトの魔法とエヴァンスの魔法で風と雷が槍の先端に宿る。




「ダークインパクト!」


「秘技! 光輪斬!」


「奥義、風雷牙!」




 ヨミの放った魔法の闇が真ん中の顔に直撃する。


 ディレックの剣は弧を描き、光の輪が左の顔を斬り裂く。


 ガイハルトの突き出された槍から二つの魔法が放たれて、右の顔に命中する。雷がケルベロスの毛を焦がし、風の刃がそこを切り裂く。




「ぐっ……」


 ケルベロスは初めて目を閉じた。


 ダメージが通ったのか。


 だが、かすり傷程度だ。




「……お前ら、まさか今ので我らが倒せるとか勘違いしたんじゃないだろうな?」




 ケルベロスの瞳が急激に殺気だった。


 黒い毛並みが逆立っている。




「はあっ!」




 ケルベロスが前足を強引に振るう。


 すると、ヨミの糸はいともたやすく千切られる。


 体勢を崩したヨミを、そのまま殴りつける。


 地面に叩きつけられたヨミが、立ち上がる気配がない。




「まずいっ!」




 そう叫んだのはディレックだった。


 彼はさらに追撃を加えようとするケルベロスに向かって魔法の光に包まれた剣を振るうが、




「邪魔だ!」




 そのまま爪で吹き飛ばされる。


 金色の鎧が砕け、倒れたディレックの体は血に染まっていた。




「余所見してんじゃ、ねえ!」




 ガイハルトが再び同じ魔法をかけたであろう槍を持ってケルベロスに突っ込む。


 今度は直接叩き込むつもりか。


 そう思ったが、その槍はケルベロスに右前足が掴んだ。




「馬鹿な!」




 槍は砕かれ、魔法も握り潰された。


 さすがに、距離を取ろうとするガイハルトの頭をケルベロスは掴む。




「くっ……は、離せ……」


「うるさいんだよ」




 そのまま頭を何度も何度も地面に叩きつける。


 ガイハルトは声を上げることさえできない。




「雷の神の名において、我が命ず――」




 エヴァンスが単独で魔法を使おうとしたが、尻尾で吹き飛ばされて建物にぶつかって倒れた。


 ケルベロスは飽きた玩具を捨てるように、ガイハルトを離した。


 地面に叩き落とされる前に、仲間の女たちが駆け寄る。


 彼女たちが抱きかかえたガイハルトの頭は血に濡れていて、生きているのかすらわからなかった。


 俺は治療を中断してでもヨミのところへ向かおうとしたら、クラリッサが俺の右腕を掴んだ。




「何のつもりだ?」


「……おかしいのよ。怪我は治ってるはずなのに、完全じゃない。あなたの体は、肉体だけじゃない別の何かがある。それは、治療魔法では治せないみたい」




 さすがに人の体を診てきた魔法医だ。


 そうか、肉体は魔法で治せても、機械は魔法では治せない。




「秘密にしておいてもらえるなら、ケルベロスを倒した後にでも話してもいい。あんたには借りができたからな」


「そうね。今はあれと戦える者が一人でもいることの方が重要だわ」


「ありがとう」




 俺は走る。まだ間に合うはずだ。


 ヨミは、殺させない。




『そんな、まさか……ナノマシンの回復能力が加速していく。魔法では、肉体の回復機能しか向上していなかったというのに』




 AIが俺の体で起こっていることを分析していたが、答えは出せていないみたいだった。




「さて、お前を殺してクリスタルを喰ってやろう」




 ケルベロスの口が裂けて、笑みを浮かべる。




『ネムスギア、及び肉体の修復が完了しました』




「あぐっ!」




 左の前足で倒れたままのヨミの体を押さえた。


 どうやら生きているようだが、時間の問題だろう。


 右の前足を振り上げる。




「――変身――」


『起動コードを認証しました。ネムスギア、ソードギアフォーム、展開します』




 爪が、ヨミの体を貫くために振り下ろされた。

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