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冒険者対ケルベロス

 早朝だったため、まだ町の外はそれほどの人は歩いていなかった。


 だから、大きなパニックにならなかったのは幸いだったと言えるのだろうか。


 門を破壊する音で目覚めた人にとっては悪夢だっただろうな。


 ディレックとガイハルトたちの攻撃も虚しく、ケルベロスは我が物顔でクリームヒルトの町へ入ってきた。




「……今まで、我らに近づこうとした者はその場で食い殺してきたが、まさか我らの寝床を破壊する愚か者がいたとはな。大人しくしていたからエサが育つのを待ってやろうと思っていたが、もう二度とくだらない考えなど抱かないように、この場で喰い尽くしてやろう」


「町の者たちは関係ない! 私だけで十分だろう!」




 ディレックがケルベロスの前に立ち塞がる。




「……俺はまだ、諦めてねえぜ。町を襲うなら、その前に俺を倒してからにしやがれ!」




 ガイハルトも槍を構えるが、片足を引きずっていてとても戦える状態ではないように見える。




「ハッハッハッハッハッ! お前たちは何か勘違いしていないか? 我ら以外の命は所詮、我らがより強くなるためにエサに過ぎない。生かすも殺すも喰うも捨てるも我らの気分次第だ!」




 騒ぎを聞きつけたのか、町の家や建物から徐々に人が出てくる。




「お、おい……なんだあれ……?」


「い、犬の化け物?」


「三つ首の犬……あれってもしかして……」


「そうだ、町の古い伝承にあった」


「番犬の森……」


「支配する者……ケルベロス……」


「そうだ! あれは、ケルベロスだ!」




 目立ちすぎるケルベロスの姿は、町の人々とこの町に集まっていた冒険者たちの視線を釘付けにしていた。




「に、逃げろ……」




 誰かがそう言った。





「うわああああああ!!」





 蜘蛛の子を散らすように町の人々は逃げ出した。




「我らの許しなく、動くなよ! エサの分際で!」


「火の神の名において、我が命ずる! 鋭き矢尻よ、動く者全てを焼き貫け! ファイヤーレイン!」




 ケルベロスには三つの頭がある。


 その内の左側が悪態をつき、真ん中が魔法を使った。


 町の空を覆い尽くさんばかりの炎が現れる。


 それらは一つ一つが、人の腕くらいある炎の矢だった。


 それが雨のように降り注ぐ。


 だが、俺やヨミのように動かない者には当たらない。


 それは呪文の言葉通り、逃げようとしたものだけを狙った。


 悲鳴や呻き声がそこら中に響く。


 ある者は足を焼かれ、ある者は腕を焼かれた。


 不思議と頭や心臓を撃ち抜かれた者はいなかった。


 人間を殺すために使った魔法じゃない。


 ただ、逃がさないようにするために使った魔法だ。


 ケルベロスは、自分の手で人間を殺したいんだ。


 わかりたくもない奴の考えが、わかった。




「治療魔法が使える冒険者は怪我人を手当てして避難させろ!」




 声を張り上げたのは、俺と同じように逃げなかったから無傷でいられた冒険者の一人だった。




「あ、ああ!」




 誰だか名前は知らない。階級も知らない。




「……ケルベロスね。運が良いぜ。こいつを倒せば一気に上級の仲間入りってわけだ」


「そうね。王国騎士団でも勝てなかった相手らしいし、地位も名誉も金も全部手に入るわ」


「こ、この町には今中級冒険者が十五人も集まっているんだ。みんなで力を合わせれば、きっと倒せるさ」


「その場合、あいつのクリスタルは全員で分け合うってことでいいんだよな」


「ハハハッ! そりゃ討伐に一番貢献した奴の独り占めで良いんじゃないか? っというわけで、俺から行かせてもらう!」




 そう言って先陣を切ったのは二刀流の冒険者だった。




「火の神の名において、我が命ずる! 灼熱の刃よ! 剣に宿れ! ファイヤーブレイド!」


「そして……水の神の名において、我が命ずる! 水流の刃よ! 剣に宿れ! ウォーターブレイド!」




 炎に包まれた右の剣と水に包まれた左の剣。




「おおっ! あいつ二つの神の魔法を同時に使う魔法剣士か! 俺も負けられん!」




 一番最初に檄を飛ばした冒険者も大きな斧を担いで突っ込んでいく。




「私だって!」




 黒いローブに身を包んだ女魔道士も続く。




「雷の神の名において、我が命ずる! 破壊の鉄槌を雨のごとく降らせよ! サンダーボルトスマッシュ!」




 二刀流の魔法剣士がケルベロスの右の前足を斬りつける。


 雲もないのに空から無数の雷が落ちてきて、ケルベロスの右側の頭を襲う。


 そして、すかさず大きな斧で真ん中のケルベロスの顔を斬りつける。


 ――が、それは動きを止めた。


 斧を持った冒険者は、ケルベロスの顔の前で斧を持ったまま微動だにしない。




「こんなもので我らに傷を付けられるとでも思ったのか?」




 左のケルベロスが哀れなものを視るような目を向けていた。




「そ、そんな……馬鹿な……」




 よく見ると、真ん中のケルベロスが口に斧をくわえていた。そのままバリバリと斧をかみ砕く。


 武器を失った冒険者は、その場に尻餅をついた。




「不味い武器だ。前菜にもならんな」


「……俺の斧は、オークデーモンだってたやすく切れる一級品だったんだぞ……それを……」


「雑魚のイノシシを斬った斧だったのか。道理で不味いわけだ」


「ざ、雑魚……? オークデーモンが……」




 見る見るうちに顔が青くなっているのがわかる。


 もう戦意は喪失しているだろう。だったら、逃げろと言いたかったが、声が出せない。




「まあでも、お前のその絶望に染まっていく面は良い前菜になりそうだな」




 ――ガブリっと、ここまで聞こえてくるような音だけ残して冒険者は真ん中のケルベロスに一口で喰われた。




「な……貴様!」




 それを間近で見ていた二刀流の魔法剣士が顔を斬りつける。


 助けるつもりなのか。




「うるさい小虫だ」




 ケルベロスが左の前足で払い除けると、それだけで二本の剣は砕かれた。




「くっ!」


「下がりなさい! そいつは普通の武器じゃ倒せないわよ!」




 女魔道士が距離を取って、魔法を使う。




「雷の神の名において、我が命ずる! 撃ち貫き、炸裂させよ! ライトニングバースト!」




 手から放たれた雷がケルベロスの腹に命中する。


 そして、爆発するようにケルベロスの全身を稲光が駆け巡った。




「……面白いな、今の。体の中が刺激されてちょっと肩こりが治ったぞ」




 真ん中のケルベロスが笑った。




「う、嘘でしょ……。ブラッドファングを一撃で倒す、私の一番の魔法なのに……」




 へたり込んだ女魔道士に一足飛びでケルベロスは近づいた。


 右の前足で女魔道士を掴む。




「きゃあ! やめて! 離して!」


「おい、今の魔法をもう一度撃ってくれよ。ちょうど良い刺激だったんだ」




 ケルベロスはまるで電気マッサージでも求めているかのようにせがむ。




「む、無理よ……あの魔法は、私の魔力を一番使うんだから……」


「そうか。じゃあ死ね」




 そして、動かなくなった玩具を捨てるように、あっさりと食い殺した。




「や、やめろ……!」




 ディレック隊長がふらふらになりながらも、ケルベロスの前に立つ。


「お前たちでは、こいつには勝てない……。手を出すなっ……!」




 声を絞り出すように、冒険者たちに警告する。


 だが――。




「よくも、俺のサーシャを!!」


「仲間を殺されて、黙っていられるか!」




 目の前の惨劇に戸惑っていた他の冒険者たちは一斉にケルベロスに向かって行く。


 勝てるわけがないのに。


 俺は、ただ立ちすくんで見ていることしかできなかった。


 次々に殺される冒険者たち。


 ディレック隊長の忠告も意味はなかった。


 やがて、力の差に気づいた冒険者たちは逃げ出したが、




「だから、もうお前らは俺の狩り場から一歩も外に出ることは許さないと、言っただろう」


「火の神の名において、我が命ずる! 鋭き矢尻よ、動く者全てを焼き貫け! ファイヤーレイン!」




 町の人々同様、逃げようとした冒険者も致命傷ほどではないが、動けなくなるくらいの魔法で攻撃された。


「さあて、次はどれが我らと遊んでくれるんだ?」


「……遊び、だと?」




 足を引きずりながらガイハルトはそう言ってケルベロスの背後から近づいた。




「人を殺すことが遊びだって言うのか!! てめえだけは許さねえ!」


「風の神の名において、我が命ずる! 竜のごとき吹きすさび、俺と共に舞え! ドラゴンストーム!」




 ガイハルトの足下から風が巻き起こる。




「ガイハルト様! その魔法は――」




 風が徐々に集まり、ガイハルトごと竜巻になった。


 あれは、中にいるガイハルトは大丈夫なのか?




「これが俺の必殺技! 刺し穿て! 風竜牙!!」




 槍の先に竜巻の先端が重なり、自らの体を覆う竜巻ごとケルベロスに向かって行く。


 ケルベロスの体にドリルを当てるかのよう。




「このおおおおお!!」


「……摩擦で少し熱いな」




 気合いを込めたガイハルトとは対照的に、ケルベロスは涼しい顔をしてそう言った。


 そしてそのまま、それ以上傷を与えることもできずにガイハルトの魔法は消えた。


 竜巻の中から出てきたガイハルトは多数の切り傷を負っていた。


 ケルベロスに攻撃されたようには見えなかった。だから多分、あの必殺技は捨て身の攻撃だったんだろう。


 それでも、ガイハルトはまだケルベロスに槍を向けていた。




「……必殺技か、いいなそれ。面白そうだから俺もそう言うのを見せてやろうか?」




 左のケルベロスが不気味に微笑んだ。




「な、何……?」


「くっ! やめろ!」




 ディレックが剣で足を斬りつける。


 だが、肉を切り裂くような音はしない。


 鉄と鉄をぶつけたような鈍い音が聞こえてくるだけ。


 ケルベロスの毛並みは、剣よりも硬いということか。




「火の神の名において、我が命ずる!」


「雷の神の名において、我が命ずる!」


「闇の神の名において、我が命ずる!」




 ケルベロスは足を斬られていることなど意にも介さず呪文を唱えた。


 いや、斬れてはいないのか。




「「「闇の力を爆発させよ! ヘルフレア!」」」




 闇に染まった炎が雷を纏って三つの口から放たれた。


 それは触れる建物を爆発させて吹き飛ばす。


 町の建物は三分の一が破壊され、辺りは炎に包まれた。


 俺は見たことはないが、ここが地獄だと言われたら信じてしまうかも知れない。




「そこまでだ! これ以上、我が町を破壊することは許さん!」




 鎧を着て剣を持った戦士と、馬に乗った騎士団。


 それは、ジョサイヤとジョサイヤの雇っていた騎士団だった。




「冒険者たちよ! 心を奮い立たせて欲しい! こいつは我々だけで倒せるような相手ではない! 君たち全員の力が必要だ! 私と共に、戦ってくれ!」


「や……やめろ……無駄に、死人を増やすだけだぞ……」




 ディレックはジョサイヤにそう言うが、ジョサイヤは一歩も引かない。


「ディレック隊長殿。もはや逃げれば助かるような状況ではありますまい。生き残るには、戦って勝つしかないのです」


「しかし……」


「剣を取れ! かつて、この地に町を作った冒険者上がりの貴族がいた。その伝承記には冒険者がケルベロスを退治したと書かれてあった! 我が町の者なら知っているだろう! ケルベロスは人間が戦って勝利した相手。我らに負ける道理はない!」




 ジョサイヤの呼びかけに、一人二人と立ち上がる。


 ……あの伝承記じゃ、封印だった気がしたが、そこはジョサイヤの誇張だろう。


 今は、か細い可能性でも信じられる希望が欲しいんだ。


 騎士団は総勢三十人。


 馬に乗った騎士が十五人に、後方から支援する魔道士が十五人。


 さらに、ジョサイヤの檄で立ち上がった冒険者たちとディレックにガイハルト。


 四十人近くでケルベロスを取り囲んだ。

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