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緊急事態

「アキラ様! 起きてください!」




 扉を乱暴に叩く音で、俺は飛び起きた。




「どうした!?」




 聞き返すや否や、扉が開かれる。




「ジョサイヤ様が、お呼びです! それから、王国騎士団の方が……その……」




 イライザの口ぶりがはっきりしない。混乱しているのが見て取れる。


 まさか、死んだとか……?


 いや、死んだら帰ってこないだろう。とにかく――。




「説明は良い。ジョサイヤなら詳しい話を知ってるんだな」


「は、はい」


「ヨミ! 起きろっ!」


「あ、はい!」




 昨日と同じ姿勢だったが、今日はもう寝かせてやれない。


 俺は着替えをすませると顔も洗わずジョサイヤの部屋へ向かった。




「何があった!?」




 ドアを開けてそう叫んでから、ノックをするべきだったと思った。


 ジョサイヤは水晶を相手に話をしていた。


 あれが、この世界で言う電話のような水晶だろうか。




「……この事態、女王様はどうお考えで?」


「情報をギルドに伝えなかったのは王国騎士団上層部の考えで、女王様の意向ではありません」


「すでに、多数の犠牲者が出ています。我々だけでは、助けられないかも知れません」


「それは、承知しております。フレードリヒの町にも王国騎士団が待機していますからすぐ向かわせます」


「ケルベロスの存在は、ご存じだった。と言う認識で間違いありませんか?」


「ジョサイヤ様。我々としても今回の件は遺憾に思っています。作戦が失敗したというなら見通しが甘かったと言うことでしょう。ですが、今は責任の所在を追及している場合でしょうか?」


「それは、どういう意味ですかな?」


「もし、ケルベロスの力が伝承以上であるならば、最悪王都にまで近づく可能性を否定できません。そうなる前に倒せなければ、女王様はご決断成されるでしょう」


「戦争でもないのに、切り札を使うつもりか!?」


「第三部隊とはいえ、王国騎士団の敗北はそれだけで国家存亡の危機に当たります。数日以内に倒すか、町を捨てるかの覚悟をしておいてください」


「ふざけるな!」




 ジョサイヤはそう言って水晶を地面に叩きつけた。


 割れるかと思ったが、魔法の水晶はかなり頑丈のようで、部屋の中を転がるだけだった。


 その水晶には俺とヨミの姿が反射しているだけで、他には何も映っていなかった。


 肩で息をしながら、ようやくジョサイヤは俺たちのことに気がついた。




「……随分、お見苦しいところをお見せしてしまいましたね」


「何があったんだ?」


「道すがら説明しましょう。付いてきてください」




 そう言うと、ベストを着て乱れてしまった頭を少し整えてからジョサイヤは部屋を出た。




「今朝早く、門番のところに王国騎士団の方々が現れたのです」


「生きていたのか? それじゃあ……」


「いえ、残念ながらクリスタルは持っていませんでした」




 それはつまり、ケルベロスは討伐できていないってことになる。




「ほとんど怪我人ばかりでした。第三部隊の名簿を預かっていたので照らし合わせたのですが、隊長以外の全員の名を確認できました」


「隊長以外……」




 嫌な想像を振り払う。


 ジョサイヤは、俺以上に難しい顔をしていた。怒っているような、悲しんでいるような、悔しがっているような。




「……生存を確認できたのは、二十名。そのほとんどが重症か瀕死の状態です。死者は行方知らずの隊長を除いて、十四名」


「死んでいる騎士も連れ帰ったってのか?」


「正確には、逃げることに必死で担いだ仲間が生きているのかどうかすら定かではなかったようです」




 パニック状態に陥るほどの戦いだったのか。




「待った。生存者の中に、冒険者はいなかったのか?」


「冒険者? 冒険者にはこの情報は知らせていないと、王宮側は説明してましたが」


「俺たちが偶然王国騎士団の動きを知ってしまったように、冒険者の中に王国騎士団のことに気付いた人たちがいたんだ。ケルベロスを倒して、上級冒険者になると言って、勝手に王国騎士団を追いかけていった」


「……帰ってきたことを確認できたのは王国騎士団の方だけでした。あれだけの戦闘能力を持つ王国騎士団ですらこの状況ですから、中級冒険者程度では生きてはいないでしょう」




 ジョサイヤの話が一段落付いたところで、俺たちは魔法医の建物の前に着いた。


 そこには包帯を体のあちこちに巻いている王国騎士団の連中が座ったり横になったりしている。




「我が町の魔法医のベッドは限られていますから。命に別状がない方は、治療を終えたらひとまず建物から出てもらっているのです」




 魔法医の建物の扉を開けると、その中はさながら戦場のようだった。


 白衣を着た魔道士が駆けずり回っている。




「治療薬が足らない! それから、私の魔法力を回復させる薬も! 早く用意して!」




 白衣の魔道士が看護をしている女を怒鳴りつけていた。




「ジョサイヤさん! これは、一体どういうことなの!?」




 その勢いのままジョサイヤに気付くと食ってかかってきた。




「クラリッサ先生。それについては、先ほど王宮に連絡して情報を求めました」




 ジョサイヤにクラリッサ先生と呼ばれた白衣の魔道士は、いわゆる医者なんだろう。


 文句を言いながらも患者へ次々と治療魔法をかけていた。




「先生、少し休まれては……」




 看護師の女が小瓶をクラリッサに渡しながら恐る恐るといった感じに言うが、




「そんなつまらないことを言う暇があったら手を動かしなさい! これじゃ、助かるものも助からないわ!」


「アキラさん。私も手伝ってきます」


「治療魔法が使えるのか?」


「少しなら」


「何? あなたも魔法が使えるの!? どの程度!?」




 忙しそうに動いているのに、俺たちの会話はしっかり聞こえているみたいだ。


 クラリッサはきっと優秀な先生なんだろうな。




「えと、傷を塞ぐくらいなら……」


「それなら、あっちの患者をお願い! こっちの重傷者は、私じゃないと無理だわ」


「は、はい」




 ヨミは患者と看護師の間をすり抜けて指示された患者の傷を治しに向かった。




「それで、王宮はなんて?」


「ケルベロス討伐の任務は女王様の命令でしたが、ギルドを通さずに騎士団が単独で戦ったのは騎士団内部の権力争いが理由のようです」


「馬鹿な人たちね」


「クラリッサ先生。話を聞ける方はいますか? 現場の状況を知っておきたいのです。場合によっては、女王様はあの魔法を使うつもりだと」


「複合戦略魔法! 冗談じゃないわ! 患者たちを避難させるのにどれだけ人手と時間が必要だと思ってるの!?」


「一応、フレードリヒの町に待機している王国騎士団がこっちに向かっているらしいですが」


「ジョサイヤさん。まさかあの町の連中に期待してるわけじゃないわよね」


「それは……」


「右奥の部屋に副隊長がいるわ。怪我は治したけど、休息が必要よ。話をしても構わないけど、手短にね」




 切り替えの早い人らしく、クラリッサはジョサイヤにそう言ってまた別の患者の治療に当たっていた。




「アキラ殿、行きましょう」


「ああ」




 俺たちがこれ以上ここにいてもできることはない。


 ジョサイヤと一緒に部屋に入る。


 そこには三つベッドか置かれていて、それぞれに王国騎士団の人が寝かされていた。


 ジョサイヤは迷わず手前のベッドに近づく。


 頭を包帯で巻かれ、右腕は首から提げた布でつるされている。左足も包帯が巻かれていた。


 俺たちの世界では折れた腕をつるしたりしているが、魔法で治療しても同じようにしているってことは完全に治るわけじゃないのか。




「私はこの町を治めているジョサイヤだが、私のことがわかるかね?」


「……ああ」


「では、あなたの階級と名前は、言えますか?」


「獅子の団、第三部隊副隊長……ジュード」


「何があったのか、説明できますか?」




 ジョサイヤが話を聞こうとすると、ベッドがカタカタと揺れた。


 ジュードが震えているせいだった。




「…………俺たちは、森の奥でケルベロスに出会った」


「実在したのか?」




 思わず俺は口を挟んだ。だが、ジョサイヤも同じことを知りたかったのか、頷くだけで俺の言葉を止めたりはしなかった。




「……あれは、魔物なんかじゃない……」


「魔物じゃない? どういう意味だ?」


「もっと恐ろしい……俺たちの攻撃は、一切通らなかった……。だが、奴の攻撃は一撃で人の体を引き裂いたんだ。仲間の手や足が、まるでぬいぐるみの人形から引きちぎるように簡単に……」


「すぐに、逃げなかったのか?」


「逃げられるわけないだろう! 馬たちはパニックになってすぐに駆けだした。だが、馬の全力よりも素早く動いて食い散らかしたんだ!」


「……それでよくここまで生きて帰ってこれたな……」


「…………俺たちは、すぐに戦えなくなったさ……わかったんだ。あれは、手を出して良い存在ではなかった。でも、馬鹿な冒険者が向かって行ったんだ。勝てるわけないのに」


「それは、金髪の戦士か? 他に女が何人かいただろう?」


「ああ、女たちは遠くから魔法を使っていた。それも、目くらまし程度にしかなっていなかった。ただ……その隙に隊長が俺たちを逃がしてくれたんだ」


「じゃあ、隊長と冒険者たちだけが、ケルベロスとまともに戦ったってことか?」


「ああ、そうだよ! 俺たちはみんな逃げたんだ! 隊長と冒険者ごときを盾にして、自分たちだけでも助かりたいって、必死に! お前だってそうするさ! あんなのは人間が戦える相手じゃない! 殺される! 俺たちはみんな殺されるぞ!!」


「……行こう。これ以上の話は聞いても意味がない」




 俺はジョサイヤを促して部屋から出た。


 すると、ちょうど治療を終えたのか、ヨミがやってきた。




「どうした?」


「あ、はい。先生からもうここは大丈夫だからとお礼を言われました」


「そうか……」


「それで、何がどうなったのかわかりましたか?」




 俺はさっき聞いた話を伝える気にはならなかった。


 ジョサイヤも無言のまま魔法医の建物を出た。




「アキラさん。私はギルドへ行ってみようと思います」


「まさか、ケルベロス討伐の依頼を出すわけじゃないよな。あの状況じゃ、無駄に死体を増やすことにしかならないぞ」


「……もし、近くに上級冒険者がいたら、こちらに来ていただけないかギルドを通して交渉してみます」


「どうしても、逃げたくはないんだな」


「もしその選択をすることになるとしても、私だけはこの町に最後まで留まりますよ」




 ジョサイヤとはそこで別れた。


 俺は町の入り口へ向かう。


 そこには、王国騎士団がうち捨てたのか剣や槍や鎧が乱雑に置かれていた。


 門番がそれを一つずつ片付けている。




「あ、おはようございます。一体、何がどうなってるんですかね」


「あんたは何も知らないのか?」


「王国騎士団の方々が何やら森で恐ろしい目に遭った、と言うことくらいしか。とにかく怪我人が多くて、話を聞くどころじゃありませんでしたから」


「まあ、そうだな」




 門番が第一発見者だったなら、怪我人だけでなく死者もたくさん見ているはずだ。


 それも、手足が引き裂かれたような凄惨な遺体を、何人も……。


 あの副隊長のようにパニックになっていてもおかしくはないというのに、冷静に片付けをしていた。


 俺は、その中から比較的綺麗な剣を持った。




「……アキラさん……?」


「ヨミ、ケルベロスと戦おうと思う」


「アキラさん!? ダメです!」


「まだ、隊長が生きてるかも知れないだろ。それに、あのガイハルトとかいう奴も」


「なぜ、あんな人のために、アキラさんが戦うのです! 彼らは私の忠告も聞かずに勝手に向かって行ったんです! 助ける義理はありません!」


「そんなことはわかってるんだよ。でも、命が軽々しく扱われるのを黙って見ていられないんだ!」


「じゃあ、はっきり言いましょう! きっともう殺されています! 今から行っても、無駄です!」


「それは、実際に見るまでわからないだろう!」


『彰、これまでの状況から計算したデータでは、隊長と冒険者数名だけでは生存確率は絶望的です。それに何より、変身できない今の彰では、勝ち目はありません』




 AIまでそう判断するのか。




「アキラさん。もし行くというなら私は全力で止めます」




 ヨミは口から吐き出した糸を手で操った。


 蜘蛛の糸で俺を縛り上げるつもりか。


 動いたら、本当にヨミは攻撃してくるかも知れない。


 それほどの覚悟を込めた瞳をしていた。


 俺は足を上げて森へ向かおうとしたが、地面が揺れて倒れそうになった。


 何だ? 地震だろうか?


 いや、そもそもこの世界に地球と同じ地震が起こるか?




『ウオオオオオオオオォォォォォン!』




 番犬の森から耳をつんざくような大きな吠え声が響いてくる。




「ま、まさか……」




 ヨミの瞳にはもう俺は映っていなかった。


 森へ向かう道の先を見たまま震えている。




「お、おい……あれって……」




 道の先には金色の鎧を着た戦士がいた。


 その奥には、その騎士を一飲みしてしまいそうな大きさの犬がいる。


 頭が三つあり、黒い毛並みは夜の闇を連想させるほど深い。




「ケ、ケルベロス……?」


『予想以上の大きさです。ここからの測定では体長十メートル以上はあります』




 ケルベロスは前足で金色の鎧の戦士を薙ぎ払った。


 構えた剣で難とか攻撃を防いだが、衝撃波で吹き飛ばされた。


 そのまま、俺たちのところまで飛ばされる。




「危ない!」




 ヨミは手に出したままの糸を使って、クッションを作り、金色の鎧を着た戦士を受け止めた。




「うぐっ……すまない、助かった……だが、町まで奴を連れてきてしまったか……」




 剣を手に取って立ち上がった戦士はあのディレック隊長だった。




「生きていたのか!?」


「私一人では無理だったがな、あの冒険者たちのお陰だ」




 振り返ると、金髪の戦士がケルベロスに攻撃しようとしていた。




「風の神の名において、我が命ずる! 風の刃よ、我が槍に宿りて斬り刻め! 真空裂傷撃!」




 だが、槍はケルベロスの後ろ足に刺さらず、弾かれていた。




「くそっ刺さらねえ! ――うわっ!」




 ちょうど攻撃の手が止まったのを狙い澄ましたかのように、尻尾でガイハルトを吹き飛ばした。


 ガイハルトは木に叩きつけられるが、槍を使って倒れるのだけは防いだ。




「ガイハルト様!」


「それ以上近づくな! こいつの攻撃はお前たちじゃ耐えられない!」




 ガイハルトの仲間の女たちは遠くから治療魔法を使ってはいるが、効果はよくないみたいだ。


 さっき魔法医のところで見た限りだと、治療魔法は患部に触れて使うのが一番効果がありそうだったからな。


 しかし取り敢えずは、安心した。


 中級冒険者でも生き残れるなら、倒せるんじゃないか。




「ア、アキラさん。逃げましょう!」


「え? おい!」




 ヨミは俺の手を取って町の中へと入ってしまった。


 後ろでバリバリと音がする。


 振り返ると、ケルベロスが町の門を食い破っているところだった。


 それはほんの数秒前まで俺とヨミが立っていた場所。


 道の先から門まで、一っ飛びで移動したのか。

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