王国騎士団の目的
番犬の森の攻略が本格化し始めてから二日が経った。
俺たちがギルドへ行くと、その話題で持ちきりだった。
「昨日はオークデーモンを2匹も倒したぜ」
「ガイハルト様、格好良かったです。あの不細工なイノシシを槍で一突きにするところ、惚れ直しましたわ」
「へー。兄ちゃん、女連れでふざけてるのかと思ったが、意外とやるんだな」
「当たり前だ。俺は上級だけじゃなくて、その上を目指してるんだからな」
「ハッハッハッ! 面白い冗談を言うな!」
ガイハルトが俺の知らない戦士と仕事の成果を話していた。
「――お、アキラじゃないか。お前、この町で雑用ばかり引き受けてるって?」
「そうだけど」
「あのなあ、今この町が求めてる冒険者は番犬の森の攻略に役立てる冒険者なんだぜ。雑用がやりたけりゃ、他の町へ行けよ」
「そうよ。はっきり言って邪魔だわ」
ガイハルトの意見に、女たちが口々に文句を重ねてきた。
「そんなことありません。皆さんが魔物討伐の仕事ばかり引き受けるから、困ってる人もいるんです」
「そんなの、番犬の森の攻略が終わってから下級冒険者がやればいいのよ」
「中級冒険者の名に傷が付くわ」
「やっぱり、最速で昇進ってのは不正だったのよ」
「自分から下級に降格させてもらったらいいのに」
「そんなことをあなたたちに言われる筋合いはありません! アキラさんの本当の力は――」
「ヨミ、行くぞ」
俺はヨミの言葉を遮った。
「え、で……でも……」
俺は仕事を受け取らずにギルドを後にした。
あのまま言い争いを続けさせたくなかった。実力を見せろとか、そういう変な話になりそうだったから。
ヨミには、俺のナノマシンで治療したことは知られている。
だが、ナノマシンと片腕を移植したことによって、変身できなくなっていることは話していない。
あと数日で変身可能になるくらい肉体も再生するが、できれば戦えない理由をヨミに知られたくなかった。
ヨミに責任を感じさせたくなかった。
つまらない俺のプライドだろうか。
数日の辛抱だ。
いや、この町に留まっているから戦えないことにもどかしさを感じてしまうのかも知れないな。
やはり、王都に戻るべきか。
しかし、王国騎士団の依頼は他の依頼に比べて金額がいい。
王都に戻っても、結局またここに戻ることになるだろうな。
「……すみません。私、何か余計なことを言いましたか?」
「……人間にはいろんなヤツがいる。ああいうムカつく奴らもいるってことは覚えておいた方が良い。ああ言うのといちいち言い争いをしても疲れるだけさ」
「そうですけど。アキラさんが馬鹿にされているのを黙って見ていることはできません」
「大丈夫だ。ヨミが俺のために怒ったことはわかってるつもりだからな」
「……そう言われたら、もう何も言えないじゃないですか……」
その日はもうギルドに近づく気はなかったので、俺はヨミと町の図書館で過ごした。
ヨミも人間の社会をまだよくわかっていないし、俺もこの世界についてはよく知らないからな。
ある意味ちょうどよかった。
……ちなみに、本も全て日本語で書かれてあった。
まあ、エリーネがこの世界には言葉は一つしかないと言っていたからな。
その裏付けが取れたってことだろう。
俺が読んだのは、この世界の近代史。
詳しい内容はAIに記録させた。
俺が覚えているのは、この大陸には十の国があって、別の大陸は魔族が支配しているらしい、と言うことだけだった。
番犬の森の攻略が始まって三日目。
ギルドの前には攻略の進捗状況が張り出された。
それによると、オークデーモンの討伐数は30を越え。
ブラッドファングは50を越えたらしい。
他にも下級冒険者が相手にするような魔物が全部で100匹以上討伐されていた。
……これは、俺の腕が再生する頃には攻略が終わってるんじゃないか。
何のために留まったというのか。
俺はと言うと、やはり今日も小さな仕事を引き受ける。
番犬の森の入ってすぐのところには薬草が自生しているらしい。
魔物の数が減ってるとはいえ、普通の人が近寄るのは躊躇う場所だ。
ギルドの冒険者にその採取を依頼したというわけ。
依頼料の他に、採取してきた量でも料金の加算があると書いてあったので、俺とヨミは背中に籠を背負って可能な限り採ってやろうと意気込んだ。
「しかし、この森とも随分と縁があるな」
この世界の全てはこの森から始まった。
「そうですね。きっと、運命の場所だったんでしょうね。私たちが出会った場所ですから」
「そんなことより、薬草はどこに生えてるんだ? 森の入り口近くっていったら、ヨミの縄張りだった場所だろ」
「あ、はい。多分、こっちです」
ヨミにとっては家のような場所だ。
すぐに薬草は見つかった。
「結構、生えてるな」
「そうですね。どうします?」
「もちろん、俺たちの籠がいっぱいになるまで採り尽くそう」
腰を落として、薬草を根ごと引っこ抜く。
……腰が痛くなりそうだな、これは。
夢中になって作業をしたからか、籠がいっぱいになるころには辺りが暗くなり始めていた。
「そろそろ戻るか?」
「はい、そうですね。これだけあれば、きっといい金額になりますよ」
森を出ようとしたら、入り口に王国騎士団の連中が馬に乗って集まってきていた。
ディレック隊長という男はどうにも堅い雰囲気を醸し出しているせいか、この格好のまま王国騎士団の前に出るのが躊躇われた。
どことなく王国騎士団の空気も張り詰めている様子だし。
「どうしましょう」
「あいつらが通り過ぎるのを待とう。邪魔だろ、今の俺たちは」
「そうですね」
そう言って、籠を降ろして木陰にしゃがんだ。
王国騎士団の様子を見るつもりはなかった。
ただ、さっさと通り過ぎてくれればいいと思っていただけだ。
「みんな、聞いてくれ!」
だから、ディレック隊長が声を張り上げたことに反応してしまったことは俺の本意ではなかった。
「女王様からご連絡をいただいた!」
王国騎士団から「おおっ」とどよめきが広がる。
「今朝の段階で想定していた魔物の討伐数は越えた! そして、番犬の森の奥へ向かうルートも確保できた! それを受けて、女王様がご決断成された!」
今度は、一斉に息を呑む声が聞こえてくる。
「この時刻をもって、我々王国騎士団、獅子の団、第三部隊は、番犬の森の支配者――ケルベロス討伐へ向かう!」
「おおーっ!!」
気勢があがる。
「何か質問はあるか!」
「ディレック隊長! その任務にも冒険者を同行させるのでしょうか?」
「いや、この件に関してはギルドに依頼は出していない。相手はケルベロスだ。中級程度の冒険者では役に立たないだろう。かといって、上級冒険者がクリームヒルトの町に立ち入ったという情報はない。となると、依頼を出して本作戦を中級冒険者に知られるのは避けたい。足手まといを連れて戦えるような相手ではないからな」
王国騎士団の中から失笑が聞こえてきた。
王国騎士団というのは中級冒険者よりも強い、ということだろうか。
それに、ケルベロス――ね。
「なあ、ヨミは知ってるのか?」
ケルベロスのことを聞こうとしたら、ヨミの顔は青くなっていた。
「おい、どうした?」
「アキラさん。あの人たちを止めましょう。ケルベロス様は、違います。普通の魔物ではありません」
「いや、止めるって言ったって」
俺たちのやっていることはほとんど盗み聞きみたいなものだしな。
出て行ったら捕まる可能性の方が高い。
中級冒険者には知られたくない話みたいだし。
「あの人たち、全員殺されます――」
「なに?」
俺とヨミが顔を見合わせていると、王国騎士団は馬を駆って、森の中に作られた道を走って行ってしまった。
俺とヨミは木陰から出て、王国騎士団が走り去った道を見た。
その道は、以前はなかった。
こんな整備された道があったら俺とエリーネはもっと楽にこの森を抜けられたはずだ。
この道は、馬を使って森の奥へ向かうために作られたものだ。
冒険者たちに魔物を討伐させている間に作ったんだろうか。
「なんだ? お前たちもさっきの話聞いてたのか?」
後ろからそう声をかけてきたのは、ガイハルトだった。
「どうして、ここに?」
「王国騎士団の連中が何やらコソコソしてたからな」
「ガイハルト様。私が情報を掴んだんですよ」
仲間の一人がガイハルトにしなだれかかってそう言い、他の女たちは悔しそうにしていた。
「それにしても、王国騎士団の狙いがケルベロスだとはね」
「知ってるのか?」
「番犬の森に古くからいるといわれているが、その姿を見たものは誰もいない。もはやただの伝説だったんじゃないかって話だったんだが……」
「ケルベロス様の姿を見た人間がいないのは当たり前です。なぜなら、見た者は必ず殺されてしまうから」
ヨミは体を震わせながら冷たく言った。
「ハハハッ、子供を躾けるための与太話だよ。俺も昔、母さんに聞かされたさ。悪いことをすると三つ首の化け物犬に見られるぞ。見られたら死ぬぞってな」
「違う! 本当に危険なんです!」
「まあ、見てろよ。王国騎士団なんかにはやらせねえ。ケルベロスは俺が倒す。そうすりゃ、手っ取り早く上級に上がれるだろ」
「やめてください! 手を出してはいけません! あなたも殺される! どうしてわからないんですか!」
ヨミが必死に訴えても、ガイハルトとその仲間たちは鼻で笑うだけで本気にしなかった。
「土産話を楽しみにしてろよ」
ガイハルトはそう言って俺の肩を叩いて、王国騎士団が使った道を走っていった。
『彰。まだ誰か行くようですよ』
AIがセンサーにかかった人間の存在を俺に知らせる。
それは、あのエヴァンスだった。
森の闇に隠れながら、王国騎士団とガイハルトの後を追うつもりか。
「エヴァンス! 聞こえているんだろう? お前も行くのか!」
「…………王国騎士団がいれば、ケルベロスだって倒せると思う。クリスタルの欠片でも手に入れば、良い武器が作れるかも知れないし、僕の評価も上がる……」
そう言ったきり、センサーから遠ざかっていったとAIが教えてくれた。
「……アキラさん。逃げましょう。きっと恐ろしいことが起こります」
「そんなにやばい奴なのか?」
「アキラさんも私のことを信じてくれないんですか?」
泣きそうな顔でヨミは言った。
それは、ケルベロスに対する恐れからなのか。
それとも、俺がヨミの言葉を疑ったことにたいしてなのか。
俺には判断できなかった。
俺たちは無言のまま薬草の詰まった籠を持って町へ戻った。
依頼主に渡すとたいそう喜んでくれて、採取量に対するボーナスも弾んでくれた。
だが、とても喜ぶような気分じゃなかったのは、ヨミの顔がずっと暗いままだったからだ。
しかし、俺たちだけ逃げるってのも。
ジョサイヤに相談してみるか。
この町を仕切ってるのはジョサイヤだし。
逃げるにしても、ジョサイヤたちも連れて逃げたい。
「なあ、明日。ケルベロスのことをこの町の代表者に説明してみよう。何か方法があるかも知れないし、逃げるなら連れて行きたいんだ」
ベッドに横になったまま言う。
ヨミは窓から番犬の森の方を見ていた。
「今日は一日薬草を採ってたし、疲れただろ。ヨミも寝た方がいいぜ」
「…………寝ている間に、危機が訪れるかも知れません。私は、アキラさんだけでも助けたい。だから、起きています」
びびりすぎだろ。
俺はこの世界に来てから魔物と何回か戦ったが、どれもたいしたことはなかった。
デモンの方がよっぽど強かった。
後、一日か二日で俺の変身も解禁だ。
もし、戦うようなことになってもネムスギアの敵じゃない。
「好きにしろ」
俺はそう言って眠った。
……日課にしているように、AIは警戒モードで待機させたけど。




