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王国騎士団と噂の冒険者

 ギルドの受付嬢が王国騎士団と呼んだ戦士は、ギルドの中の空気を一変させた。


 それまでの騒ぎが嘘のように静まりかえった。


 順番待ちしていたはずの冒険者たちは道を空けて譲った。


 当たり前のように受付嬢のところへ向かう。




「い、いらっしゃいませ。ディレック隊長」


「ギルドに出した依頼の進捗状況の調査と、新たな依頼を申し込みたいのだが」


「おい、俺たちの方が先に並んでたんだけど」




 王国騎士団なら順番を守らなくていいのか。


 っていうか、それは俺よりも先に並んでいた冒険者が抗議するべきことだろうに。




「お、おい馬鹿」




 金髪の戦士が俺にコソッと言い、すぐにディレック隊長へ愛想笑いを向けた。




「すみません。こいつ、ちょっとよくわかっていないらしいんですよ」


「……君たちも、冒険者か?」


「はい。ガイハルトと言います。中級冒険者です」




 緊張している様子が背中からでも伝わってくる。




「そうか、なら君たちにも世話になるかも知れないな。よろしく頼む」




 それだけ言うと、依頼書の束を受付嬢へ渡して、すぐに出口へ向かった。


 ガイハルトは息を吐いてホッとしていた。


 ディレック隊長は、俺の横で立ち止まる。


 俺の前でガイハルトの顔は一気に引きつっていた。


 ……少しおもしろいやつだと思ったのは、不謹慎だろうか。




「君の言うことももっともだ。しかし、今は急ぎの仕事が重なっていてね。次からは他の冒険者たちがいない時間に来るとしよう」


「……まあ、分かってるならいいさ」




 特別扱いを普通であると認識していないなら、俺もそれ以上噛みつく気はない。




「君も、冒険者なのか?」


「先週ギルドに登録したばかりの大地――いや、アキラ=ダイチだ」


「……ほぅ。君があの」


「知っているのか?」


「王都のギルド本部始まって以来のスピード昇進だと言うことは。ここにいるということは、君も番犬の森の魔物退治に加わってくれるのかな? その実力がフロックではないことを祈っているよ」




 不敵に笑うとギルドから出て行った。


 それでようやくギルドの中が活気を取り戻す。




「おい、お前の名前。本当にあのアキラなのか?」




 ガイハルトが俺に訝しげな表情を向けた。




「あんたも知ってるのか?」


「王都のギルドに登録してる冒険者でその名前を知らない奴はいないぜ」




 思わぬところで有名になっていたんだな。




「番犬の森の魔物を倒してさらに階級を上げるつもりなら諦めるんだな。王国騎士団の依頼は全部俺が達成してやるぜ」




 ガイハルトはすぐに受付嬢のところへ行って、依頼書をたくさん受け取っていた。




「ガイハルト様、さすがにそれだけ引き受けるのは……。達成できない数が多くなると、むしろ階級が下がってしまいますよ」


「いいんだよ。オークデーモンやらブラッドファングくらいなら俺でも余裕で倒せる。数が増えたくらいたいしたことじゃないぜ」




 ガイハルトの仲間の心配そうな顔を余所に、大股でギルドから出て行った。




「……やれやれ、これでようやく仕事の話ができる」




 ガイハルトに因縁を付けられていたボサボサ頭の冒険者がそうつぶやいた。




「そういえば、あんたも災難だったな」


「……え? ぼ、僕?」




 俺が話しかけたことに吃りながら小声で返してきた。




「やっぱり、あんたも俺のことを知ってるのか?」


「……ああ、名前? うん、噂にはなってる」


「そうか……。ところで、あんたの名前は?」


「え……。僕の名前なんてどうだっていいじゃないか。僕は誰ともパーティを組むつもりはないんだ」


「俺の名前を知ってるんだ、教えてくれてもいいだろう」


「…………エヴァンス……」




 語尾が消え入りそうで聞き取りにくかったがやっとわかった。


 ヨミを狙ったもう一人の冒険者。


 こっちから何をするわけでもないが、警戒は怠るべきじゃないだろう。




「あの、受付嬢の人が待ってるよ……君の番だろう?」




 正直なところ、魔物討伐の依頼を見るつもりはない。


 今の俺ではどうすることもできないしな。


 ただ、他にできることがないか調べに来ただけだった。




「エヴァンスも番犬の森の魔物討伐が目当てなのか?」


「……今はそれが一番効率的にお金も階級を上げるための実績も稼げるからね」


「じゃあ、先に行ってくれ」


「……いいの?」




 俺が無言のまま頷くと「ありがとう」とやはり消え入りそうな声で言って受付嬢へ話しかけていた。


 エヴァンスは受付嬢と何やら話し込んでいた。


 時折、照れたように頬を赤くさせている。


 それから、数枚の依頼書をもらって受付嬢に小さく手を振ってギルドを出て行った。




「……あれは、番犬の森の魔物討伐はメインじゃなさそうだ。ここの受付嬢と話をするためにこの町で依頼を受けてるんだろうな」


『ですね。受付嬢と話しているときに異常な発熱を感知しました』


「え? どうしてそう思ったんですか?」




 AIと俺の意見は一致したが、ヨミは理解できないみたいだった。




「ヨミが人間と本気で結婚したいと思うなら、そういう人間の心も理解しないとダメだと思うぞ」


「わかりました。もっとよく観察します」




 ……余計なアドバイスだったか。やぶ蛇をつついたような気がしたが、俺はその思考を頭の端へ追いやって受付嬢へ話しかけた。




「本日はどのようなご用件でしょうか?」




 受付嬢は茶色のボブカットで、首の辺りでまっすぐに髪が切りそろえられていた。


 優しげな瞳。丁寧な所作で依頼書を机の上に広げた。




「……何か、簡単な仕事はないか? ちょっと怪我していて、魔物討伐の仕事は当面引き受けられないんだ」


「そうなんですか? それでしたら、こちらの依頼はいかがでしょう」




 受付嬢が見せてくれたのは、買い物の手伝い。番犬の森へ薬草の採取。ペットの散歩。ゴミの片付け。清掃の手伝い。建物の修理の手伝い。臨時の道具屋店員。他にも細々とした仕事が依頼されていた。


 今この町に滞在しているほとんどの冒険者が番犬の森へ魔物の討伐をしに行くので、逆に細々とした仕事は滞っているらしい。


 金額はどれもたいしたことはない。


 でも、何もしないで休んでいるってのも落ち着かないから一日に一つは引き受けることにした。




「あの、私もギルドに登録してはいけませんか?」


「え?」




 ……大丈夫だろうか。魔法で指紋を登録される。万が一、ヨミが魔物だとばれたら面倒なことになるような気がするが。




「登録ですか? では、アキラ様の紹介という形で登録しましょうか?」


「へ?」




 何だか勝手に話が進んでいく。


 っていうか、当たり前のようにこの受付嬢も俺の顔と名前を知ってるのか。


 ジェシカの奴が触れ回ってるんじゃないだろうな。




「あの……ダメですか?」


『彰。魔物も人間と同じように仕事をできると証明していけば、魔物に対する世間の価値観も変わるかも知れませんよ』


「……随分とヨミの肩を持つな」


『ええ。魔物の地位が向上して、魔物の中にも人間と共生できるものがいると認められれば、ヨミさん以外にも人間に危害を加えない魔物が殺されずにすむかも知れませんよ』


「……この世界の事情に関わるつもりはないんだが、日を追うごとに関わりが増えていくな」




 でもまあ、一理ある。


 それに、元の世界へ帰る方法が見つかって、ヨミと別れることになったとしても、こっちの世界でヨミの安全が保証されるなら、悪い話じゃないか。




「わかった。俺の紹介でヨミもギルドに登録してあげてくれ」


「畏まりました」




 ギルドの登録は俺の時とまったく同じ。


 発行されたのは初級冒険者の証だった。




「階級を上げることができるのはギルド本部だけですので、ある程度実績を積んだら一度本部へ行ってください」




 俺の時と違ったのはその説明だけだった。


 これで晴れて二人で依頼がこなせる。


 打算的だがそれもヨミをギルドに登録した理由だった。


 微々たる稼ぎでも二人で仕事をこなせば効率も上がる。




 取り敢えず、その日は掃除の手伝いの依頼を受けた。


 わざわざギルドへ依頼するってことはよほど汚いのかと思ったが、家主が高齢のおばあさんだったから掃除ができないらしく、代わりに掃除するだけで、家の中はさほど汚れていなかった。


 一週間に一度ギルドに頼んでいるらしいが、今週はなかなか仕事を生き受けてくれる人がいないと愚痴られた。


 だからなのか、掃除の合間の休憩でお昼ご飯とおやつまで出してくれてずいぶん楽な仕事だった。




 翌日は道具屋の臨時店員。


 番犬の森の魔物は中級冒険者たちにとってちょうどいいらしいが、それでも油断すると怪我をする。


 そのせいで、怪我を回復させる薬が飛ぶように売れていた。


 俺は倉庫から売れたアイテムの品出し。


 ヨミはカウンターで接客をした。


 店主はヨミの容姿が冒険者たちに余計な買い物をさせると喜んでいて、依頼料以外にもチップをはずんでくれた。




 さらに次の日は何の仕事を引き受けようかと考えながらギルドへ向かうと、入り口の前に王国騎士団の集団が陣取っていた。


 これじゃ、ギルドの中へは入れない。また抗議でもしてやろうかと思ったら、あの隊長――名前、忘れちゃったな。




「あいつ、なんて名前だったっけ?」


「ディレック隊長という名前でしたよ」




 AIに聞いたつもりだったがヨミが答えた。


 そのディレックが馬に乗ってギルドに近づく冒険者たちを見渡していた。




「冒険者諸君。私は王国騎士団、獅子の団。第三部隊の隊長を務めている。ディレック=グウェングリンだ。今日、我が部隊がクリームヒルトに到着した。これより、番犬の森の本格的な攻略作戦が始まる。すでにギルドには依頼を出している。冒険者諸君の協力を願っている」




 一方的にそう告げると、騎士団は全員馬に乗って番犬の森に向かった。


 集まっていた冒険者も、どことなく高揚しているような雰囲気だった。


 さすがに一部隊の隊長をやっているだけのことはある。


 冒険者たちはこぞってギルドから依頼書を持って出てきた。


 俺とヨミはその様子を木陰で見ているだけ。


 腕の細胞の回復率はまだ半分にも満たない。


 まだ、変身できない。


 その日は朝から番犬の森に向かう冒険者で溢れ、俺たちが仕事を受けることができたのはお昼ご飯を食べた後だった。


 だから、買い物の手伝いしかできる仕事がなかった。

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