スピード昇進
門から外へでると、草原が広がっている。
『先ほど見たギルドの手引きに寄れば、この辺りも昔は森だったようですよ。でも、町を開発するに当たって森を切り開き道を整備して平地を人工的に作ったみたいです』
「ってことは、将来的にはこの辺りも町にするつもりなのか?」
『そのつもりだったのに、魔物が現れるようになったと言うことです』
「まあ、この世界の事情については今はどうでもいいさ。とにかく金になるなら仕事をするだけだ。最初のターゲットは何だ?」
『スライム、ですね。討伐数は20です。ここから西へ行った辺りを縄張りにしているようです』
俺は袋を背中に担いで、AIのナビゲートに従って目的地を目指した。
スライムはすぐに見つかった。
確かに20匹いる。
「この世界の魔物って、クリスタルがいわゆる心臓なんだよな」
『のようですね』
スライムが弱い魔物と定義されている理由はわかりやすかった。
半透明でぶよぶよした液状のような体のせいで、体内にあるクリスタルが外からでも見える。
「何だお前? ここは俺たちの縄張りだぞ。勝手に入って来んな」
「へぇ、スライムも人間の言葉がわかるのか」
よく見れば目と口もある。
「舐めてんのか? 人間なんて飲み込んで消化しちまうぞ!」
「……スライムも、人間を食べるのか?」
「まずいから好きじゃねーけど。他にエサがなけりゃな。と言うわけで、いただきまーす」
スライムが口を開くと、その姿が俺を包み込むほどに大きくなる。
「見た目がちょっと可愛いから躊躇しちゃいそうだったけど、そう言うことなら安心だ。――変身!」
ナノマシンが活性化する感覚が全身を覆い、俺はすでに形成されているはずのマテリアルソードで斬りつけた。
スライムの体はその一撃で半分になり、クリスタルを残して消滅した。
「な、何だお前!」
「悪いが、お前らの討伐がギルドに依頼されてるんだ。1匹も逃がすつもりはないぜ」
スライム20匹の討伐はものの数分で片付いた。
スライムのクリスタルは、一つが人差し指の第一関節くらいの大きさしかなかった。
それを全部麻袋に放り込みながらAIに聞く。
「――で、次は?」
『ここからですと、北にポイズンビーの巣があって、南にトレントの森があるそうです。ちょっと遠いですが、西側には小さな洞窟があって、そこにはゴブリンと吸血コウモリがいます。それから、洞窟の北東にはブラッドファングの下位種族であるワイルドファングが生息しているみたいです』
「歩いて回れる距離か?」
『まあ、一晩かければ可能ですね』
「じゃあ、サクッと終わらせるか」
――朝日が昇る頃には、麻袋にはクリスタルがたくさん詰まっていた。
そのままギルドへ向かう。
早朝の町中は、昼間と違って人通りが少なかった。
ギルドの辺りも閑散としている。
「まだ開いてないか?」
『建物の中に人の熱を感知していますから、誰も居ないと言うことはありませんよ』
それなら、と。俺は扉をノックした。
「はーい」
中から返事があったので、構わずノブを回して扉を開けた。
「おはようございます。って、アキラくんじゃない。どうしたの? こんな朝早くに」
ジェシカが高めのテンションで挨拶した。
こっちは徹夜したせいでおはようという気分じゃない。
それに、早く仕事の成果を見せたかった。
「昨日引き受けた依頼のことなんだが――」
「あ、やっぱりキャンセルしに来たのね。いいわ、そうだろうと思って準備しておいたんだから。で、どれをキャンセルするの?」
「依頼された魔物は全て倒した。ここに魔物のクリスタルもある」
「――え?」
笑ったままジェシカはその場で固まっている。
「嘘でしょ。だって……確か全部で100匹は……」
「確認してくれ。それが終わったら、このクリスタルは俺が換金してもいいのか?」
「あ、え、ううん。それはギルドで引き受けることになるわ。魔物討伐の依頼料には、クリスタルの換金分も含まれているのよ。だから依頼を受けずに倒した場合は依頼料は上げられないけど、クリスタルは個人のものだし個人で処分することになる。その場合は相場より安く買われることになるわ」
「冒険者の証が買い取り価格に影響するってわけじゃないのか」
「ちなみに、上級の冒険者に依頼するような魔物の場合。その素材が冒険者にも貴重な素材だったりするから、その場合は依頼料を受け取るか、素材を個人のものにするか、選べるわ」
「そうか。それで、確認にはどれくらいかかる」
さすがに少し疲れた。
依頼書30枚分を確認する間、少し宿屋で寝ようと思った。
「そうね……数が数だし、お昼ぐらいまではかかるわ」
「そりゃちょうどいい。お昼過ぎにもう一度来る。その時に、下級冒険者の証とやらも用意しておけよ」
「ええ。そうさせてもらうわ」
戦った疲労と言うよりは、丸一日外を歩き回った疲れで俺は泥のように眠った。
こうなると安い宿屋のベッドでも寝心地なんか気にならない。
やはり節約して正解だった。
起きてすぐにギルドへ向かうつもりだったが、空腹がそれを許さなかった。
いやだって、ギルドへ向かう途中に食堂があって、お昼時だからそこからいい匂いが漂ってくるわけで、抗えるわけないだろう。
食事も済ませてようやくギルドへ戻る。
早朝と違って、昼間は仕事を請負に来た冒険者と仕事を依頼しに来た商人や一般人が次々出たり入ったりしている。
俺も後に続いて入ると、すぐにジェシカが俺を見つけた。
「いらっしゃい! ちょっと待ってて!」
そう言うと、受付で対応していた人に何かを告げると、別の受付嬢がジェシカのいた受付に座った。
ジェシカはそのまま俺の所に歩いてくる。
「待ってたわ」
「いや、あれはいいのか?」
「中級への昇進はそのギルドの代表者が直接行わなければならないの。受付なんてやっていられないわ」
「そういうものか」
「それに、アキラは王都ギルド本部始まって以来のスピード昇進だもの。代表者としてだけでなく、個人的にお祝いしてあげたいのよ」
「別に、そこまで言われるようなことはしてないけどな」
「それじゃあ、私の部屋へ案内するから。付いてきて」
そう言ってジェシカは受付の奥にある階段へ向かった。
小走りに後を追う。
ズンズンと階段を上がっていく。
どこまで行くのかと思ったら、結局最上階の5階。その一番奥の部屋の扉を開けた。
「どうぞ、入って」
ギルド代表者の部屋は俺たちの世界の社長室を連想させる。
部屋の真ん中に黒塗りのテーブルがあって、それを挟むように大きなソファーが置かれている。
その奥に、大きな机がこちら側を向いていた。
壁にはガラスの扉が嵌められた本棚が二つ並んでいる。
逆の壁は大きなガラス窓になっていて、日の光が取り込まれる部屋の作りになっていた。
部屋の四隅には人の背丈くらいの観葉植物。ただし、俺たちの世界にあるものではない未知の植物だとAIがこっそり教えてくれた。
「どうぞ、ソファーに座って」
俺が部屋の入り口で立ち尽くしていると、ジェシカが机に寄りかかってそう言った。
「何だか息苦しいでしょ。私もこの部屋はあまり好きじゃないのよね。だから、代表者になっても下の受付に座ってるんだけどさ。ただ、中級の昇進は代表の部屋で行う決まりだからね」
「さっきから気になってることがあるんだが」
「何?」
「中級ってどういうことだ?」
「魔物討伐の依頼を一日で30件。それはもう下級レベルの仕事じゃないわ。だから私の一存でアキラは下級をすっ飛ばして中級にしちゃったの」
茶目っ気たっぷりにウィンクをして舌をペロッと出した。
仕草ほどバカにしたような雰囲気ではないのはこの部屋のせいだけではなさそうだった。
「いいのか? そんなこと」
「私が代表なんだから、それくらいの権限はあるわ。ただし、中級が受注できる魔物の討伐は今までのとは比べものにならないからね。覚悟してもらうわよ。私の権限で中級に上げた冒険者が簡単に死んじゃったら、私の責任問題になっちゃうんだから」
「わかった。ありがとう。だが、それほど心配する必要はないと思うぞ」
「そう願いたいわね。それじゃあ、この書類にサインして。後はこのカードに――」
手続き自体は初級冒険者の証の時と同じ。
ただ、カードの質がよくなっていた。
何でも偽造防止の魔法がかけられているらしい。
中級冒険者ともなると、国境を越えて活動することもあるから偽物が出回るのがギルドにとって一番信用問題に関わると説明された。
「おめでとう。それで、さっそく中級が請け負える仕事の依頼を見る?」
「ああ、できれば稼ぎのいいやつがいいな。金貨500枚稼げるような依頼はないのか?」
「……それは、さすがに上級じゃないと見せられないわ。でも、最近は魔物の活動が活発だから、魔物討伐関係の仕事には困らないわよ」
そう言ってソファーの前のテーブルに依頼書の山を置いた。
「ずいぶんあるんだな」
「王国騎士団だけじゃ手に負えなくなっているのよ。地方の貴族が雇っている兵隊たちにも頼んだりしてるみたいだけど、これなんか王国騎士団直々の依頼だし」
そう言って依頼書の一部を俺の前に出した。
「中級向けとしては結構いい金額よ」
ジェシカの言葉はほとんど素通りした。
依頼内容に俺の目が釘付けになったのだ。
[依頼内容 新種の魔物討伐
生息地域 番犬の森(入り口周辺を縄張りとしている模様)
魔物の特徴 人間の体と蜘蛛の体を併せ持ち、番犬の森に近づこうとする人間を狙っているらしい。蜘蛛の特長を活かした攻撃をするため、その糸には十分注意されたし
依頼主 王国騎士団
報酬 金貨10枚]
おいおい、これって……ヨミのことじゃないのか?
あいつは、人間を襲うような魔物じゃないぞ。
「おい! これは!?」
「あ、それ? それねー……」
ジェシカは眉をひそめてちょっと残念そうな表情をさせた。
「先週、他の冒険者が引き受けちゃったのよね。今から引き受けても、遅いんじゃないかな。番犬の森はここからだと移動するだけで時間もお金かかるし、やめておいた方が――」
「先週!? いつだ!」
「ちょっと! 何なのよ?」
肩を揺すると、思いきり手を振り払われた。
「いいから教えろ!」
「……確か、4日前だった……かな」
ここから番犬の森まで一週間かかった。
それならまだ到着していないはずだ。
「この依頼、俺も引き受ける!」
俺は依頼書をひったくってジェシカの部屋を出た。
「あ! アキラ――」
ジェシカの呼び止める声は、俺には届かなかった。