伝承と伝説の武器
部屋の至る所でヨミはダークホールの魔法を使った。
その効果があったのかどうか。
何となく寒気がなくなってきたかな、くらいには感じられるようになった。
「……ですが、これを定期的にやらなければ、この瘴気をきっかけに魔物が生まれるのを防ぐことは難しいと思います」
「その場しのぎの対処療法でしかないってことか。原因はわかっても、結局この鉱山は当面採掘場としては使えないな」
「それよりも、人がこの鉱山に近づくことで伝説の武器や封印されている魔王のことが知られることの方が危険だと思います」
そっちの問題もあったか。
俺とヨミは腕組みをして難しい顔をしていた。
この場にエリーネを呼んで説明しなければならないが、魔王が封印されているとなったらどんな反応をするのか。
伯爵としても難しい判断を迫られることになるな。
それともう一つ。
ジェシカはギルドとしてこの問題にどう対処するのかも気になる。
魔王の封印をそのままにしておくのか、それとも伝説の武器のことを宣伝して使えるものを集めるとか。
ギルドの目的は魔族との戦争に勝つことだから、ありえそうではある。
そうなると、ここに訪れる冒険者の数も飛躍的に増えることになるだろう。
「あ、アキラ……」
ヨミが目を丸くさせていた。
ありえないものでも見てしまったかのよう。
振り返ると、そこにはゴーレムが立っていた。
「復活したのか!? いつの間に!? っていうか、どうやって!?」
マテリアルソードを構える。
まあ復活しても攻略法は同じだ。
何度でもバラしてやる。
「お前たちは伝説の剣を求めるものか?」
……野太い声が部屋の中に響く。ゴーレムがしゃべった?
「いや、伝説の剣とやらに興味はない。ただ、ここから溢れる瘴気が邪魔なだけだ」
「……そうか。確かに、お前にはその資格がないようだ」
よく見ると、ゴーレムの目が青い。色だけでなく優しい雰囲気が伝わってきた。
賢人と呼ばれる存在であること言うことも信じてもいいと思うくらいには。
俺は剣を仕舞って話を聞いてみることにした。
「あんたは伝説の武器を守護する守護神ゴーレムだと聞いたが、本当か?」
「然り。我らは伝説の武器が然るべきものの手に渡るまで存在する。求めるものに試練を与え、資格を確かめるのも我らの役目」
「……あんたの試練は問答無用で攻撃してくるあんたを倒すことだったのか?」
「否。我らは伝説の武器を守護する。それは邪悪なるもの以外を傷つけることがあってはならぬもの。故に、我らから力尽くで武器を奪おうとするものは許さない。そのための魔法が我らには授けられている。我らの試練は心に問うものである」
この部屋のエネルギーを吸収する仕組みは魔法だったと言うことか。
防衛機能のようなものだったなら、理解は出来る。
だが、納得は出来ない。
「話が出来るなら、最初からそうしてくれ。あんたは問答無用で俺たちを攻撃してきたんだぞ」
「……理解不能。我が目覚めたのはつい今しがただ」
「……どうやら、私たちと戦ったことは覚えていないようですね」
疲れたようにヨミはため息をついた。
「お前は、邪悪なるものの仲間……のように見えるがそうでないようにも見える。理解不能」
ゴーレムはヨミを見たとき、ほんの一瞬だけ瞳を赤くさせたが、やがて点滅して青に戻った。
「ゴーレムさん。伝説の剣が魔王を封印しているのはわかりますか?」
「理解している。前の使い手が望んだこと。魔王を倒すことに意味はないと彼は言っていた」
「魔王を倒すことに意味はない? それってどういうことだ?」
「人間の心を全て理解することは出来ない。ただ、伝説の剣は彼の想いに応えただけ」
何だか、重要な話のような気がするが、ゴーレムにもわからないってことか。
「確かに伝説の剣によって魔王は封印されているみたいです。ですが、この石像からは瘴気が溢れ出ている。ゴーレムさんもその影響を受けていたと思います」
ヨミがゴーレムの手を優しく触りながら言う。
すると、ゴーレムは動きを止めてヨミを見つめた。
「…………理解、できた。我が長き眠りについていたのは、求めるものが現れなかったからではなかったのだな。武器を奪おうとするものや我に害をなすものへの防御魔法は与えられているが、魔王の発する瘴気を無効化する魔法は持ち合わせていない。このような武器の使い方をすること自体が想定を越えたことだった」
ようやく話が通じたが、やはり解決策は無しか。
取り敢えず、エリーネたちを放って置くわけにも行かない。
俺はその場をヨミに任せてエリーネたちを連れ戻した。
「で、伝説の武器……」
ジェシカはすぐに魔王の石像に刺さった剣に向かった。
「おい、それ魔王らしいから気をつけたほうがいいぞ」
「え……」
壊れたロボットのように首だけゆっくりとこっちに向ける。
すると、ゴーレムが近づいてジェシカを見下ろした。
「お前は伝説の武器を求めるものか? ならば我の試練を受けてもらう」
「ま、待って。そんなたいそうなものは求めていないわ」
今度は首を大きく振って断っていた。
続けてエリーネにも同じ質問をする。
「では、お前は伝説の武器を求めるものか?」
「悪いけど。私にも必要なものじゃないわ。アキラは? 彼には伝説の武器は相応しいと思うけど」
エリーネはゴーレムに俺を薦めた。
「……あの者には資格がない」
ゴーレムの答えは変わらなかった。ゴーレムに否定されたことについて、俺は反発する気持ちはなかった。
何となく理解してるんだ。
俺に資格がないのは、たぶん……俺が異世界の人間だからだろう。
伝説の武器はこの世界の人間のために神様が作ったものだと言う話だ。
つまり、魔力がなければ使えないんじゃないかな。
それに、今の問題はそれが手に入らないことではなくて、封印されていても溢れる瘴気だ。
その事を相談するためにエリーネとジェシカを呼んだ。
ちなみに、ゴブリンはこの場に連れてきていない。
ゴーレムは一瞬だけとはいえヨミを攻撃対象と認識しようとした。
なぜかすぐに大人しくなったが、魔物はゴーレムに近づかない方が良いと思った。
「今は瘴気を減らしたのよね」
エリーネが考え事をするように口元を手で押さえながら言った。
「たぶん、そのお陰でゴーレムも賢人であることを思いだしたんだろ」
「ゴーレムって魔法は使えるのよね」
「我の動力は魔力だ」
「それなら、方法はあるかも知れない」
エリーネが何かに閃いたように手を叩いた。
そして、ジェシカの麻袋からクリスタルを取り出す。
「ジェシカさん。いくつかクリスタルをもらいますね」
「え、ええ。いいけど、何に使うの?」
それは俺も聞きたい。
「ミュウが使った魔法と同じです。クリスタルを加工して特定の魔法をクリスタルから発動できるようにします。それを、ゴーレムが定期的に使えば、瘴気を抑えられると思います」
「クリスタルに魔法を刻み込むのって、そんな簡単なことじゃないと思うけど……」
「そうなんですか? 魔道士なら誰でも出来ることだと思ってました」
あっけらかんとエリーネは言い、ジェシカは驚愕していた。
「……学園の天才魔道士って噂……噂じゃなかったのね」
エリーネが飛び級で進級した話は聞いたが、魔法について素人の俺からすると、それがどれくらい凄いことなのか想像すら出来ない。
エリーネはいつも当たり前みたいに魔法を使うから、逆に能力の高さを感じられないんだよな。
「ヨミさん。私の手順を真似てください。ヨミさんの魔法をクリスタルに刻み込むので、ヨミさんも一緒じゃないと意味がないんです」
「あ、はい」
エリーネに言われてヨミが向かい合う。
「ちょ、ちょっと待って。ヨミさんはクリスタルに魔法を刻んだことがないの? それをいきなり見よう見まねでやるつもり?」
邪魔をするつもりはないんだろうが、ジェシカがそう言った。
ヨミは微笑みながら答える。「見ればできるじゃありませんか」と。
それ以上ジェシカは何も言わなかった。
後退りして俺の所に戻ってくると、顔を引きつらせて聞いてくる。
「ねえ、あの子たちってずっとあんな感じで魔法を覚えてきたの?」
「……俺たちの旅はギルドの魔法水晶で見てきただろ」
「実際に見るのとでは大違いよ。二人とも超天才の魔道士じゃない」
……ヨミは、魔道士というか人間ですらないんだが。
魔物だから魔法が得意と言うことなのかな。いずれにしても――。
「それは、俺にはよくわからないだよな」
「……アキラくんは魔法が使えないどころか、魔力もないんだものね」
感心する二人の横で、ヨミはあっさりのクリスタルに魔法を刻み込んで見せた。
魔法で加工したことによってクリスタルは掌くらいの大きさになり、透明だったのが黒くなっていた。
「闇の神の魔法を刻んだからね。でも、これで魔法道具と同じ。魔力を持つものが使えば、ヨミさんがこのクリスタルに刻み込んだ魔法が発動するわ」
エリーネはヨミからクリスタルを受け取り、ゴーレムに渡した。
「これに魔力を補充して、定期的に使って欲しいんだけど。お願いできる?」
「……我の心を守るために必要なら、従おう」
ゴーレムはそのクリスタルを大事そうに両手で持った。
これで、この鉱山から現れる魔物は防げるか。
取り敢えずの解決と言っていいだろう。
ただ、それ以上に大きな問題に直面している。
「……それで、エリーネ伯爵としてはこの鉱山のことをどう報告する?」
知らんぷりして放って置くわけにもいかない。
「決まってるわ。全てキャロライン女王陛下に報告する」
迷いなく真っ直ぐにそう答えた。
「伝説の武器の存在とその所在が明らかになっただけでも相当な騒ぎになると思うが、ここにはある意味それ以上の問題があると思うけどな」
封印されているとはいえ、魔王という存在は人間にとって脅威以外の何ものでもない。
伝説の武器を使って封印したと言うことは、アスラの父親のように人間と共生を望むとはとても思えない。
「キャロライン女王陛下なら、これほどの情報は相応に扱ってくれるはずよ。それよりも、私はギルドの出方が気になるけど」
そう言ってエリーネがジェシカに視線を送った。
ここまでの一緒に冒険してきた仲間としてではなく、間違いなく一人の伯爵としての視線だった。
「……そうね、それじゃ私もギルドの代表者として発言させてもらうわね」
ジェシカもそう前置きして、冒険者のような雰囲気は払拭してから言葉を続けた。
「まずこれだけははっきりさせておきたいのは、ギルドの理念は人々の協力によって人間を滅ぼそうとするものに対抗するためにある」
「何度も聞いてるから、改めて言うことじゃないだろ」
「いいえ。この理念には意味があるの。私たちは一人の英雄が世界を救えばいいとは思っていない」
ジェシカは演説するかのように言った。
遙か昔、伝承に描かれた世界では人間を救ったのは特別な力を持った英雄だった。
伝説の武器を持つ英雄の話は世界各地に残っていて枚挙にいとまがない。
読み物としては面白いかも知れない。
魔族や魔王によって苦しめられた人々が、特別な力を持つ英雄が救う。
伝説の武器に選ばれるものは、物語の中ではあまり冴えない主人公であることが多かった。
あるいは大衆に見向きもされず。
あるいはいじめられる。
あるいは平凡な存在。
それが伝説の武器に選ばれたことによって世界を一変させる。
大衆は主人公を崇め、いじめていたものはその事を悔い改め、非凡な存在と認められる。
物語の中で人々は、主人公を目立たせるための記号でしかない。
人々はそれぞれに人生があり生き方がある。
これからの世界は伝承のように英雄に救われることを待つ記号のような存在ではなく、一人の人間として自分と大切な人のために協力し合うべきだ、と。
この話はジェシカ個人の考え方じゃない。
恐らくは、ギルドを設立したものの考え方じゃないかと思えた。
もちろん、それに賛同したからこそギルドで代表者なんてやっているんだろうけど。
「それじゃ、ギルドとしては伝説の武器の存在を認めないってことなのか」
「逆よ。……ギルドが冒険者から情報を集めているという話は知ってるわよね」
「それは、例の新聞の元になった仕事のことか?」
「ええ。ギルドは伝承についても注目していて、その情報は真偽にかかわらずギルドの本部に集約されているわ」
「つまり、ギルドは最初から伝承の中に真実が含まれていると考えていたってことか」
「伝説の武器もいくつかはその所在がはっきりしているわ。ただ、このような形で伝説の武器が封印されているのは私たちも想定外だった。伝説の剣についてだけは、伝承も少なかったから。でも、その謎もこれで解決したと言えるわね」
魔王と共に封印されていたから、伝承が残らなかった。
「……この情報はどう扱われる?」
「本部に報告するわ。でも、それ以上は手を出さない。今後はギルドにこの鉱山に関する仕事の依頼はあらゆる理由を付けて受け付けなくなるだけよ」
事も無げにジェシカはそう言った。そうすることが当たり前であるかのような態度だった。
「ギルドは把握していながら、伝説の武器を世に出さないつもりなのか?」
「……伝承を読んでいると、一つの共通点があるのよ」
「共通点?」
「伝説の武器の種類もそれを手にするものもバラバラなのに、必ず伝説の武器は魔王と戦う。運命と言ってもいいわ」
「……そうか? 物語としては逆じゃないのか? 魔王に襲われる人々を救うために伝説の武器を求めるものが現れるってことだろ」
「だとしたら、なぜそれはあらかじめ用意されているの?」
デジャビュに襲われる。
また、卵が先か鶏が先かって話だ。
そもそもそれは魔物の発生に限った話じゃなかった。
考えてみれば、この世界の人間ってどうやって生まれた?
俺たちの世界のように自然の中で進化していったのか?
そんなはずはない。
魔法なんてものが存在する異世界に進化論が通じるとは思えない。
思い返してみれば、俺はこの世界のことをほとんど理解していなかった。
「伝説の武器を世に出せば、魔王との戦いは避けられないものになる。ギルドとしてはそのリスクは無視できるものではないわ」
「ギルドの立ち位置はわかった。そうなると、問題は俺たちのことになるってことだな」
「え? どういうこと?」
エリーネが驚いて声を上げた。
「さすがはアキラくんね。あなたの能力は、伝説の武器と比べても遜色がない。つまり、伝承のような修羅場をくぐり抜けてきたのだとこの目ではっきり確認できたわ」
「上級冒険者の実力を測りたいんじゃなくて、俺の力を調べたかったのか……」
「察しが良くて助かるわ。それじゃ、私たちが何を求めているのかも理解してくれているってことでいいのかしら?」
「……ギルドの持つ情報網には助けられた。ジェシカのことも個人的に友人だと思ってる。だから、敵対するつもりはない」
「ありがとう。私もアキラくんを魔族だと思いたくはなかったわ」
冷や汗が背中を伝う。
俺が反発した場合、ギルドは俺を魔族として登録するつもりだったと言うことか。
そこまでするほど、ギルドの理念は彼女たちにとって重い。
今回のことではっきりしたことがある。
俺は、この世界について知らなすぎる。
妹を捜すことと平行して、その事も疎かには出来ないのだと思い知らされた。




