初級冒険者の証
「ところで、アキラは冒険者としてギルドに登録しないの?」
「え?」
「ジョサイヤさんの紹介状にはあの番犬の森から娘を救ってくれた大事な人だと書かれているわ。それだけの実力があるなら、ギルド所属の冒険者として活躍できそうだけど」
「そんなことに何の意味があるんだ? 俺は、この世界で生活するかどうかより、まず妹を捜さなければならないってのに」
「だからよ。アキラには金が必要。そして、ここは登録している冒険者に仕事を斡旋するギルドよ」
「――そうか、ここで金を稼げばいいってことか」
「そう言うこと。まあ、金貨500枚分だと結構かかると思うけど、何もしないよりはマシなんじゃない」
俺は二つ返事でギルドに登録することにした。
ジェシカの用意してくれた書類にサインをする。
「一応ギルドの決まりが書いてあるから暇なときにでも目を通しておいて」
そう言って、紐で綴じた小さな本を渡した。
「これは、もらっていいのか?」
「ええ。それからこれも」
次に出してきたのは小さなカードだった。
不思議な手触りの紙で、俺の名前が書かれている。
「名前の右のところに丸があるでしょ。そこに指を押しつけて」
言われたとおり、俺は丸の部分に親指を押しつけた。
すると、紙が一度だけ輝いて、指を離すと俺の指紋が刻まれていた。
「初級冒険者の証よ」
「……初級?」
「ギルドには階級があるのよ。仕事の成功率によって階級が上がり、階級によって紹介できる仕事に制限がかかる。難しい仕事を新人冒険者が請け負って成功できなかったらギルドの信用に関わるからね。結構厳しいわよ」
「――で、初級だとどんな仕事を紹介してもらえるんだ? できれば、一番金の稼げる仕事がいい」
「そうね、初心者だし……こっちの仕事はどうかしら」
そう言って書類の束を見せてくれた。
「……ペットの捜索。浮気調査? 果物の収穫の手伝い。商品棚卸しの手伝い……」
探偵のような仕事からアルバイトのような仕事まで。
これじゃ冒険者と言うより何でも屋じゃないか。
「バカにしてるのか?」
「だって、アキラって丸腰じゃない。どうやって番犬の森からジョサイヤさんの娘さんを助けたのか知らないけど、戦士って感じじゃないわよね」
「丸腰ってわけじゃないし、魔物とも戦える」
「ふぅん。魔道士なの? だとしたら随分と妙な格好してると思うけど」
「どうでもいいけど、割のいい仕事を紹介してくれないか?」
「だったら、こっちね。でも、失敗して死んでも助けてあげられないわよ」
ジェシカが出してきたもう一つの書類には魔物討伐の仕事ばかりが書かれていた。
「これ全部魔物討伐の仕事なのか?」
「全部じゃないわ。これはまだ初級に見せられる分」
確かによく見ると、スライムの討伐や、ポイズンビーってことは毒蜂の魔物か? 他にもコウモリのような魔物やら木の魔物やら。
見るからに弱そうな魔物の討伐依頼だった。
「ここ最近、魔物の動きが活発でね。王国騎士団も見回りしたりしてるんだけど、手が回らないみたいなのよ」
御者も似たようなことを言っていたな。
ま、この世界のことは俺にとっては気にかけるほどのことはない。
とにかく金を稼がないとな。
「面倒だ。これ全部引き受けていいか」
「は? 全部?」
「できれば、魔物の生息地域を地図にして欲しい。俺はこの辺りの地理に詳しくないからな」
「いいけど、本気なの?」
「ああ、こんなところで時間を浪費してる暇はないんでね」
ジェシカは机の中から地図を出した。
それはこの王都カリューラルド城下町周辺の地図だった。
魔物討伐の書類に目を通さずに、次々に魔物の生息地域を書き込んでいく。
さすがに代表者というのは伊達じゃないらしい。
それと地図を見ていてわかったことだが、町の近くには凶暴な魔物はいないらしい。
初級冒険者が請け負える魔物討伐の仕事は、ほとんどが王都周辺だった。
これならすぐに終わりそうだ。
「……本当にそれ全部成功したらすぐに下級冒険者の証を発行してあげるわ」
「そうか、なら明日の午後までに用意しておいてくれ」
呆れたような視線のジェシカを無視して俺はギルドから出た。
御者のところへ戻って、ギルドからもらった初級冒険者の証を見せる。
「お、兄さん。登録したんですね。ってことはこれでもう無職じゃねえってことだ」
カラカラと笑う御者に、俺は真面目な顔で返した。
「悪いが時間を無駄にできなくなった。これがあればすぐに魔物のクリスタルを換金できるんだろう? その場所へ連れて行って欲しい」
「え? ええ」
中央広場へ戻って南西の道へ向かった。
そこには武器屋や防具屋などが建ち並んでいる。
鍛冶屋もあるらしい。
主に職人が仕事をしている区画だと教えてくれた。
その中にクリスタルを専門に扱っている店があった。
魔物のクリスタルは武器や防具の材料、そして魔法道具の材料になるらしい。
ここで冒険者から買い取ったクリスタルを職人に売っているというわけか。
「いらっしゃい」
帽子に布の服。怪しげな目つきの男が挨拶してきた。
「これを買い取って欲しい」
俺は御者と一緒に馬車からクリスタルを運び込んだ。
ゴブリンのクリスタルは大きさが人差し指くらいだからたいした量じゃないんだが、ブラッドファングのクリスタルは一つがこぶし大くらいあったからさすがに一人で運ぶわけにはいかなかった。
「……これは、ゴブリンのクリスタルですね。こっちは……まさか、ブラッドファングのクリスタルですか!?」
「何か、おかしいのか?」
「おかしいって、ブラッドファングを10匹も倒したんですか? この辺りじゃあまり見ない顔ですけど、高名な冒険者様で?」
「いや、さっきギルドに登録したばかりだ」
そう言ってから初級冒険者の証を見せた。
「わけがわかりませんね。下級冒険者でもブラッドファングは1匹相手にできれば良いくらいの魔物なんですがね。まさか、盗品とかじゃないですよね」
「おい、あまり滅多なことを言うもんじゃないぜ。私はこの目でこの冒険者様がブラッドファングたちを倒したところを見てるんだ。それに、ギルドの発行してる証を持っている人間をそういう目で見て良いのかねぇ」
「……わかりました。査定させていただきましょう」
店主は一つ一つのクリスタルをじっくり眺めて選り分けた。
査定は十五分くらいかかっただろうか。
やがて金額を書いた紙をテーブルに載せてこっちに見せた。
「当店初めてのご利用なので、初期費用は引かせていただきましたが、全部で金貨2枚と銀貨5枚、銅貨5枚ですね」
「ちょっと手数料取り過ぎじゃねえか」
御者はそう言ったが、俺には相場はよくわからないし、交渉すること自体が無駄な時間だった。
「いや、それで構わない」
「そうですか。では、こちらにサインを。それから、冒険者の証の番号を控えさせてもらいますね」
取引は滞りなく終わって店を出た。
「そうだ。宿屋の場所まで案内してもらえないか。できれば、安いところがいい」
「だったら、こっちにいい店がありますぜ」
御者が馬車を向かわせたのは、脇道を西の方へ抜けて行ったところ。
裏通りだろうか。
商店が並んでいたところに比べると寂しい雰囲気が伝わってくる。
「この辺りにはいい酒場もあるんですがね。このさらに奥にはスラム街があるんでね、気をつけないといけないんでさ」
薄暗い通りの途中で馬車が止まった。
「ここが、この町で一番安い宿屋です」
ちょっと薄汚れているが、今まで見てきた建物と作りはたいして変わらない。
入り口には宿屋の看板が掛かっているから、それでようやく判断できる。
知らなければ気付くことのできない看板だろうな。
「何から何まで世話になったな。これで俺との契約は終了でいい」
「そうですかい。いや、こっちとしても助かりましたよ。ゴブリンどもに囲まれたときは生きた心地がしなかったんですがね」
「あんたは、またクリームヒルトに戻るのか?」
「いや、少しこの町ででお客さんを拾おうと思ってます。もし機会があったら、また。っと、その前に、荷物をどうしましょう。ここの宿を借りるなら、中に運び込みましょうか?」
「いや、荷台に残ってるのは水と食料だろ? 残りは馬にでもくれてやってくれ」
俺の荷物はジョサイヤがまとめてくれた布の袋で十分だった。
「そうですかい。それじゃありがたくエサにさせてもらいます」
そう言って馬車は来た道を戻っていった。
「さて――」
宿屋の料金は1泊で銀貨1枚だった。
食事は無しで寝るだけの場所。
節約しなければならないのでそれで十分だった。
すぐに3日分払い、部屋を借りた。
とはいえ、まだ休む気はない。
日は高いし、ゴブリンたちと戦って以降は特に動いていないから疲れてもいない。
俺はさっそく、ジェシカが書いてくれた地図を取り出して魔物の生息する場所へ向かおうとした。
『ちょっと待ってください』
AIが慌てたように声を上げる。
「何だ?」
『依頼書を全て見せてください』
見せろと言われても見るのは俺だがな。
何か考えでもあるんだろうか。
俺はギルドで提示された魔物討伐の依頼書を広げた。
その数ざっと30枚くらいか。
一枚ずつ目を通す。
俺が覚えるためでなく、AIに記録させるためだからほとんど流し読みしかしてないが、初級者用と言うだけあって、見事に弱そうな魔物ばかりが討伐対象になっていた。
『全て記録しました』
「ついでに地図も登録しておくか」
ジェシカの地図を見せる。
『……これでナビゲートもできそうです。もっとも、GPSはありませんから多少の誤差には目をつぶってくださいね』
「それじゃ、まずはどこから行く?」
『そうですね。道具屋さんに行きましょう』
危うくこけそうになった。
AIがボケるなんてことはないだろうが、ツッコミを入れた方が良いのか?
「どうして道具屋なんだ? 倒しに行かないのか?」
『彰。魔物を討伐するとクリスタルが残るんですよね。今回は仕事として引き受ける以上、オークデーモンの時のように消滅させてしまうわけにはいきません。それに、換金するためにもクリスタルは必要でしょう』
「まあ、それはそうだけど」
『依頼書のデータをまとめた結果。討伐対象の魔物は全部で100体くらいです。それだけのクリスタルをどうやって持ち運びするつもりですか? ゲームのようにアイテム欄に表示させておけばいいというものではありませんよ』
……それは考えていなかった。
言われてみれば確かに、ゴブリンどものクリスタルも馬車がなかったらほとんどは置いていくことになっただろう。
俺は商店街の方へ向かった。
魔物のクリスタルを買い取りする店の並びに、武器屋や防具屋があったから、そこに道具屋もあるだろうと踏んだのだ。
果たして、道具屋はあった。
「いらっしゃい」
髪をオールバックにした厳ついおっさんが出迎える。
「何か、袋はないか?」
「袋?」
「ああ、そうだな……魔物クリスタルが100個位入るやつがいい」
「魔物クリスタル100個って、あんたどっかの鍛冶屋か魔法使いか?」
「いや、ただの冒険者だけど」
「だったら、なんでそんなに買い付ける必要があるんだよ」
「買い付け? 違う。これから魔物を100匹倒しに行こうと思ってるんだ」
道具屋の店主は口を開けたまま固まった。
「……ハハハッ、面白いこと言う兄ちゃんだな。いくら冒険者って言っても、100匹は無理だろう」
「できるかできないか、そんなことを議論しに来たんじゃないんだ。袋がないならいい。他を当たる」
「おいおい、ちょっと待ちな」
店を出ようとしたら呼び止められたので振り返る。
「袋ならある。しかし……」
店主のおっさんが道具置き場から持ってきたのは、俺ならすっぽりと入るくらいの麻袋だった。
「いくらだ?」
「銅貨3枚だが……。本当に魔物100匹相手にするなら、回復薬も買っていきなよ。こいつなんか便利だぜ。怪我した部分にかければたちまち傷が塞がる。まあ、ちょいとしみるがな」
「悪いが、必要ない。雑魚を相手に怪我するなんてありえないからな。また何か入り用になったら寄らせてもらう」
まだ何か言いたそうな店主を捨て置き、今度こそ店を後にする。
それから歩いて門へ向かう。
俺が入ってきた門は入ってくる人と馬車で混雑していた。
ここからは出られないのか?
どこから出ればいいのかわからなかったので、手の空いている門番を捜した。
さっきは馬車に乗っていたから気付かなかったが、門の内側には門番たちの詰め所のような場所があった。
小さな小屋には休憩しているような姿の門番がいる。
その内の一人に見覚えがあった。
俺の紹介状を確認した門番だ。
「なあ、ちょっと」
小屋の窓から声をかけると向こうも俺に気付いたみたい。
「あれ? あなたは確か、クリームヒルトさんの……」
「覚えてくれていて助かる。ちょっと外に出たいんだが、どこからなら出られるんだ?」
「もう王都を出られるのですか?」
「いや、そうじゃなくて。ギルドの仕事をしたいんだ」
「あ、やはり冒険者だったんですね。でしたら……ここは南門なのですが、ここから一番近いのは、そうですね……。冒険者の証をお持ちなら南西の門に行った方がいいですね」
「南西の門ね」
「お仕事がんばってください」
ジョサイヤの紹介状というのは、それほど価値のあるものだったのか。
門番はやはり敬礼して俺を見送った。




