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クリームヒルト鉱山の調査・最深部

 エリーネの鞄には保冷機能と保温機能があるのか、サンドウィッチはひんやりとしていて、スープと紅茶は温かかった。


 その事を聞いたら、その鞄はルトヴィナの試作品らしい。


 エリーネがアイディアを出して、ルトヴィナがそれを形にした。


 俺たちと旅をする中で食事に困ったことから、いつでも温かい食事や新鮮な食事をするにはどうしたらいいのか考えたと言うことだった。


 鞄にはクリスタルが加工されていて、スペースによって温度を調節できるらしい。


 ただ、その調整が難しいため、結構な魔力を必要とする上にせいぜい三日くらいしか効果が続かないとか。


 ことあるごとに鞄を使ってルトヴィナと調整しているんだと教えてくれた。


 そんなわけで、こんな鉱山の真ん中でも食事は十分満足できるものだった。




「それじゃ、行くわよ」




 再び明かりの魔法をヨミの先に向かわせる。


 階段を降りて進んでいくと、少しずつ下っているのがわかった。




「この辺りはまた道が真っ直ぐなんだな」




 脇道はいくつかあるが、レールが二手に分かれることはなかった。


 だから、明かりを頼りにしなくてもレールに沿って進むだけで奥に向かっているのがわかる。




「……ねえ、変じゃない?」




 不意に後ろを歩いていたジェシカが言った。




「何が?」


「……俺もそう思います」




 俺の問いかけに答える前に、ゴブリンがジェシカの意見に同意した。




「さっきまでの採掘場までには結構魔物に遭遇したけど、それよりも奥に向かっているこの道で魔族を見かけないのは不自然だと思うのよ」


「もしかして、道を間違えた?」




 エリーネが明かりを寄せて地図を見た。




「中盤の採掘場から奥へ向かう道ってここだけじゃなかったのか?」


「ううん、そうじゃなくて。最初の採掘場がここで、二番目がここでしょ。ここから先は三つ採掘場があるのよ。その中でも一番奥に向かってるのがこの道の採掘場だったんだけど……」




 ってことは、その選択を間違えたってことか?


 まあ、どの道鉱山全体の調査をするつもりで来たんだから、この奥の採掘場を調べた後にそっちも調べればいい。




「いいや、道は間違えてません。俺たちはこの脇道の奥で生まれた。この奥の広場ではいろんな魔物たちが争っていて、俺は何とか隙を窺ってこの道を逃げたんだ」




 ゴブリンの顔が青ざめて震えていた。




「ヨミは――」




 どう思うか聞こうとして顔を向けたら、冷や汗が魔法の明かりに照らされていた。


 この鉱山は汗をかくほど暑くはないし湿度も高くないというのに。


 何かを感じ取っていることは確かなようだが、俺の呼びかけにも反応しないほど集中していた。




「……AIは? そんなヤバい魔力を計測してるか?」




 エリーネもジェシカもゴブリンも道の奥に意識を集中しているようだから聞こえてはいないと思うが、小声で聞く。




『……この山の奥からは絶えず魔力は感知していますよ。それも、恐らくは今までで一番高い数値を常に計測しています』


「そんな大事なことを黙っていたのか?」


『大事なことですか? そもそもその原因を調べに来ているのに、報告したからと言って彰の行動が変わることはないと思いますが』




 ……確かにそうだけどさ。


 文句を言っても仕方がないか。




「この道は間違っていないと思っていいんだな?」


『はい、ただ……強い魔力に近づいているせいで、魔物程度の弱い魔力は判別しづらくなっています。そちらは彰自身の目で確認してください』


「エリーネ、進もう。それと、あの明かりをもう少し前に向けられるか?」


「え、ええ」




 エリーネは魔法の明かりを起用に操り、俺たちの前方一メートルくらい先に移動させた。


 さすがにこの状況では変身しておいた方が良いか。


 エネルギーを無駄に消費したくはないが、安全第一で行こう。


 俺の意志をネムスギアが認証し、ソードギアフォームを展開させた。


 その事に誰も驚かないほど、俺たちは奥に向かう道から魔物が現れないか気を張っていた。


 下りの道をゆっくり歩いたせいで、時間はかかるし疲労感もそれまでよりも多かったが、やっと開けた場所に着いた。


 ここが最深部。金が多く取れるといわれている採掘場だ。


 しかし、この採掘場は大きく荒らされていた。


 階段や壁に取りつけられていたはずの足場がメチャクチャにされている。


 古くなって朽ち果てたのではなく、明らかに何かが争った痕跡があった。




「何かがいたことは間違いなさそうだが……」


「そうね。でも、結局キマイラには遭遇しなかったわね……」




 俺もエリーネも辺りの様子を確かめながら感想を言っては見たものの、お互いに何が言いたいのかはっきりしていないような言い方になってしまった。


 ただ、何というか……。


 寒気のようなものに襲われる。


 ネムスギアのセンサーによれば、この採掘場の気温は十八度。


 そもそも俺は変身している状態なわけだから寒さを感じるってことが矛盾してるんだけど……。


 そうとしか表現できない雰囲気だった。




「この鉱山から、魔物が発生する理由のようなものはわかった気がします」




 体を抱くようにしてヨミが言った。


 口が震え、俺よりもよっぽど寒そう。


 もしかして、ネムスギアのセンサーがぶっ壊れたのか?




『私は正常です』




 変身中は思考を読み取るから、即座にAIは答えた。




「ヨミさん、どういうことですか?」


「え、エリーネさんはわかりませんか? ここは、瘴気が強すぎます。この鉱山の石には微量の魔力も含まれているようですし、それらが魔物の核となるクリスタルに変質したと考えれば……」




 瘴気というものがどういうものかよくわからないが、ゴブリンもヨミと同じように震えているところを見ると、魔物にしかわからないものなのだろうか。


 エリーネやジェシカはそこまで強い反応は示していなかった。


 魔力のない俺でも、この場が何となくよくない空気に溢れているとは思うが……。




『恐らくは、お二人は魔力があるから自然と瘴気をガードしているのかも知れません』




 だとしたら、ヨミやゴブリンは?




『魔物の心臓に当たる部分はクリスタルです。それが強く反応しているのではないかと』




 そこまで言うなら、瘴気とやらは分析できてるのか?




『今のところ数値化は出来ません。心に作用するもののようです』




 それじゃ、発生源とかはわかりそうもないな。




「ヨミ、辛いなら戻ってもいいぞ」




 少なくとも中間地点の採掘場ではそんな表情を見せなかった。


 あそこまで戻れば、影響を受けずに済むだろう。




「い、いえ。凄く嫌な予感がします。今、アキラと離れるわけにはいきません」




 こういう時、何を言っても無駄だと言うことはわかってる。


 本当にヤバそうだったら無理矢理でも俺が連れて行くしかないか。


 最悪、鉱山に大穴を開けることになるがな。




「ちょっと! これ見て!」




 辺りを物色していたジェシカが叫んだ。


 みんなが集まり、エリーネがジェシカの手元を照らす。




「……見たことない形のクリスタルよ。これってもしかして、キマイラのクリスタルじゃない?」




 どことなくケルベロスのクリスタルに似ていた。


 細長い六角形のクリスタルを三つ折り重ねたようだが、でこぼこしていてケルベロスの程精巧ではなかったが。




「そ、それならこちらにもありますよ」




 ヨミが同じものを拾ってきた。




『と言うか、この採掘場にはクリスタルがたくさん落ちてますけどね』




 そう言ってAIがマスクの中の画面にクリスタルを強調して可視化させた。


 まるでプラネタリムを見ているかのように、画面いっぱいにクリスタルが見える。


 つまり、そこら中にクリスタルが転がっていることを表していた。




「もしかして、ここから魔物が生まれるのか?」


「……そうではありませんね。これは、生まれた魔物がこの場で何者かに倒された後のようです」




 クリスタルを見ながらヨミが答える。




「何者かって、ゴブリンの言うことを信じるなら魔物同士で殺し合いをしたってことじゃないの? 縄張り争いなのか、エサを求めてなのかはわからないけど」




 それがこの場で起こったことは間違いではないだろう。


 採掘場が荒らされた痕跡がそれを裏付けている。


 でも、それだけじゃない。


 ゴブリンが見たという多くの魔物。


 中級冒険者に死傷者を出したほど生息していたはずなのに、外に出てくる魔物はそれほど多くなかった。


 そして、今となっては最深部にすらほとんど魔物がいない。


 この鉱山を舞台に弱肉強食の論理で食物連鎖があったのなら、その頂点に立った魔物はどこへ行ったのか。




「……アキラ、こっちに来て!」




 今度は地図を片手に採掘場を調べていたエリーネが俺を呼んだ。




「何だよ」


「ミュウって魔族が幻惑魔法をよく使っていたの、覚えてる?」


「何度も騙されたり不意打ちを食らわされたからな。でも、あいつは倒したし今さらそんな話をする意味があるのか?」


「この採掘場に来てから、妙な魔力を感じてたの」


「それは、ヨミが言ってる瘴気とは別のことなのか?」


「……ジェシカさんがいるから大きな声で言いたくないけど、たぶん瘴気は魔物じゃないとわからないみたい。私のはそれとは別。ここを見て」




 エリーネが明かりを照らして見せたのは、採掘場の一番奥。壁の前の床だった。





「……何だ? 黒いクリスタル?」




 キマイラのものと思われるクリスタルの傍らに、人差し指くらいの大きさのクリスタルがあった。


 色も黒いから明かりがあってもそう簡単には気付かなかっただろう。




「たぶん、ミュウが魔法で何かを封印していたみたい。特定の魔法をクリスタルに込めて本人がいなくても効果を発揮させる方法は人間でもできるから、ミュウはそれを使っていたんだと思う。さすがに、本人が死んでるからもうその効果はないけど」


「よく気がついたな」


「封印だけじゃなくて幻惑魔法も使われていたみたいだから。あいつの魔法は独特だったし、なんて言うか嫌な感じは忘れられないのよね」


「問題は何を封印して幻惑魔法まで使っていたのか、だな」




 目の前には壁しかない。




『彰、これはただの壁ではありませんね。石を積み上げただけのようです』




 その言葉の意味はすぐにわかった。




「ヨミ、ツルハシは持ってるか?」


「はい、ここに」




 大事そうに抱えて持ってきた。




「ちょっと下がってろ」




 俺はそれを目の前の壁に叩きつける。


 すると、ボロボロと壁が崩れていく。




「こ、これって……」




 エリーネが地図と目の前を交互に見る。




「地図にはないわ。隠し通路ってこと?」


「みたいだが、石を積んで隠したと言うよりは、石が崩れて壁になっちまったみたいだぜ」




 AIの分析は実際の状況より少し違っていた。誤差の範囲内と言えるが。


 石は通路の中側にも入り込んでいたし、よく見ればミュウの使ったと思われる黒いクリスタルやキマイラのクリスタルを囲むように石が乱雑に散らばっていた。




「これを掘るのは一苦労だな。いっそのこと、バスターキャノンで吹っ飛ばすって手も……」


『警告します。それは高確率で鉱山にダメージを与え、皆さんを生き埋めにさせることになります』




 いや、ちょっと楽できるかなと思っていってみただけだ。


 AIもマジで警告しなくてもいいのに。




「待って、それなら私の魔法で何とかするわ」


「え?」


「土地の整備に魔法が使われているって、キャロライン女王陛下から聞いたことがあるでしょ?」


「……エリーネも俺とアスラが腕試しをしたって知ってるのか?」


「そりゃ、キャロライン女王陛下から愚痴られたからね」


「ノーコメントにしておく」




 余計なことを言って怒られたくはない。


 あの件に関する罰は受けたわけだし。




「少し下がって。地の女神の名において、我が命ずる。土と石に宿りし小さき命よ、我に従い列を成せ。ストーンモール」




 エリーネはしゃがんで地面に手をつき魔法を唱えた。


 すると、石が勝手に動き出す。


 連なって動いているので、まるで蛇のよう。


 瞬く間に隠し通路を塞いでいた石はなくなり、左右に石の段が出来上がっていた。


 エリーネの魔法も凄いが、それよりも驚いたのは隠し通路の大きさだった。


 普通の家なら収まるほどの大きさじゃないか。




「何々? どうしたの?」




 ジェシカが呑気な声を上げてやってきた。


 どこで見つけたのか、恐らくは採掘した石を入れる麻袋を背中に担いでいる。


 いっぱいに何かが詰め込まれているようだが、鉱石じゃないだろうな。




「俺はジェシカの姿こそどうしたのか聞きたくなるが」


「だって、キマイラやらトロルのクリスタルがそこら中に転がってるんだもの。拾っておかないともったいないじゃない」


「冒険者でもないのに、必要なのか?」


「個人的な趣味とお金。それと、ギルドの資金の足しになるわね」




 ギルドの代表なのに優先されるのは個人でいいのか、ツッコミを入れたくなるが無視して話を進めることにした。




「エリーネが見つけた。隠し通路……っていうにはちょっと広いけど、この先に何があるのか見に行く」


「面白そうね。こんなものが金華国にあったなんて。ギルドを置かせてもらっていたら、もっと早くに冒険者が見つけていたんだろうけど」




 元冒険者の視線で見つめていた。


 まあ、隠し通路の奥ってのは気になるよな。


 しかも、どういうわけかあのミュウが幻惑魔法と封印魔法で二重に隠していたとなると。




「気をつけてください。この奥はここよりもさらに瘴気が濃い」




 ヨミとゴブリンは辛そうにしていたが、それでも俺たちについてくるみたいだった。


 俺は隠し通路の中へ足を踏み入れた。


 すると、通路全体が淡い光を発する。


 鉱山の通路を照らしていた明かりよりも明るいが、オレンジ色の光でそれほど見ていても疲れるような光ではなかった。


 明るくなったお陰でわかったが、そこは床も壁も天井も綺麗に真っ直ぐに作られていた。


 俺の世界で言うとコンクリートの壁のよう。


 だが、光るコンクリートは俺の世界にもない。


 一体、どんな素材で作られているのか。


 触れてAIに分析させる。




『ただの土壁のようですよ。もちろん、魔力が感知できますから、魔法で加工はされているようですが』


「私の魔法もここでは必要なさそうね」




 そう言ってエリーネは明かりの魔法をやめた。




「広いわねー。通路って言うよりも、ここが何かの部屋なんかじゃないかって思えるわね」




 ジェシカが楽しげに言う。その声も反響して聞こえた。




「俺たちよりも冒険者としてのキャリアの長いジェシカとしてはどう思う」


「そうね。ありきたりだけど、何か凄いお宝が隠されていることは間違いないんじゃない?」


「……そうだとしたら、ウェンリーが放って多くとは思えませんが」


「それに、ミュウの封印も説明が付かないな」


「何よ。伯爵と現役の上級冒険者が寄ってたかって文句を言わなくても良いじゃない」




 少しだけ拗ねたように言うが、本気では怒っていない。


 よほどクリスタルがたくさん手に入ったことが嬉しかったのか。




「あれ? ねえ、明かりがあそこで途切れてるわよ。でも、まだ通路が続いているように見えるのに」




 そう言ってジェシカが小走りに行く。


 俺も後に続くが、ジェシカが足を踏み入れた瞬間、パッと部屋が明るくなった。


 広さはここまで歩いてきた通路の二倍くらいある。


 そして、目の前には巨大な石の像が立っていた。


 高さは五メートルくらいある。


 円筒形の頭と胴体と手足。


 まるで気をつけの姿勢のまま固まっているように見えた。

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