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新クリームヒルトの問題

 アイレーリスの王都から新クリームヒルト(旧金華国)までは馬車だと十日以上かかる。


 それが、改修作業を終えた飛翔船だと丸一日もかからなかった。


 翌日の午後六時頃。


 日が沈みかけた夕暮れ時には着いてしまった。


 町の外壁の外側に飛翔船を降ろし、甲板から町を見下ろす。




「俺たちはこのままエリーネに会いに行くけど、ジェシカはどうする? アイレーリスの王都まで送り届けてもらうことも出来るけど」




 俺は必要ならヨミに預けている魔法水晶でいつでも飛翔船を呼び出せる。


 しかし、ジェシカは首を横に振った。




「いいわよ、アキラくんたちの用事が終わってから一緒に帰るわ」


「いつになるかわからないぞ」




 依頼内容は鉱山の調査。それほど難しいとは思えないけど、エリーネがギルドを頼るくらいだし、一日やそこらでは終わらないだろう。




「そうね、一週間を過ぎるようだったら、その時にまた考えるわ」




 ってことは、少なくとも一週間はギルド本部から離れる気でいるってことか。




「ギルドの代表者ってのは、適当なんだな……」


「自主性を重んじていると言って欲しいわね。それに、そろそろアキラくんの実力をこの目で確かめておきたいと思っていたのよ」


「どういう意味だ?」


「アキラくんがギルドの発行していた新聞には嘘が多いと証明してしまったじゃない。そのお陰で、ギルドが定める冒険者の階級にも疑義が生じているのよ。それを払拭するために、ギルドで冒険者の実力を実地調査しているの」


「それについては俺は謝る気はないぞ」




 あの捏造新聞のお陰でずいぶん振り回されたからな。




「別に私たちもアキラくんに文句を言うつもりはないわよ。情報の取り扱いについて勉強させてもらったと思ってるわ。あの事件以降は裏取りを徹底することになったから、ギルドの信用性もより高まったと言えるわね」




 冷静な口ぶりからは特に感情は見られない。皮肉や嫌味ではなく、純粋にジェシカはそう思ってくれたようだ。


 彼女はすっきりしたような表情で甲板から船内へと向かってしまった。


 俺たちも後を追う。


 飛翔船の船体から地上に降ろされた階段を降りると、そこには馬車と一人の少女と一人の女性がいた。


 少女はクセの強い金髪を頭の後ろで一つの三つ編みにしている。最後に見たときよりも少しだけ背が高くなった気がする。彼女の名はエリーネ=クリームヒルト。


 目の前の町だけでなく、この辺りの領土を治める伯爵だ。


 なぜだか険しい目つきでこちらを見ている。


 エリーネの隣に立っている女性は、イライザ。


 見てわかる通り、エリーネに仕えるメイドだ。


 俺たちが全員階段を降りるなり、エリーネがジェシカに詰め寄った。




「ジェシカさん、私はあの依頼をアキラにだけは見せないで欲しいとお願いしたはずだわ」




 予想通りと言っていいのか、それとも予想に反してと言っていいのか。


 エリーネは怒っていた。




「エリーネ伯爵。ギルドとしてお答えするなら、すでに中級冒険者がこの仕事に失敗し、死傷者が出ています。つまり、中級冒険者では解決できない仕事と判断しました。これ以上犠牲者を出さないようにするには上級冒険者に頼むしかありません。ですから、アイレーリスに滞在する上級冒険者に見せたのです」


「……それ、考えてきたような答えですね」


「まあ、わかるわよね」




 テンプレのような解答であることはジェシカも隠すことはなかった。




「では、ジェシカさん個人は何を考えてアキラにこの依頼を見せたと言うつもりですか?」


「決まってるじゃない。エリーネさんとアキラくんは仲間でしょ? 気を遣うのが仲間だとしたら、困っているのを放っておけないのも仲間だと思うわ」




 はっきりそう言われてしまっては、さすがにエリーネも返す言葉はなかったようだ。


 口をつぐんで俺たちを見た。




「ま、丁度暇なところだったんだよ。妹の情報は同盟国の中にはなかったしな」


「……ごめん、アキラ……ううん、こういう時は“ありがとう”だったわね」


「ああ、そうだな」


「お久しぶりです。エリーネさん」




 やっとエリーネが微笑みを見せたからか、ヨミが挨拶した。




「うん。ヨミさんも。でも、この前魔法水晶で話をしたからあまり久しぶりって感じはしないけど。ダグルドルドでも魔族と戦ったのよね。一応話には聞いてるわ」


「そう言うのってどうやって伝わるんだ?」


「私は個人的に諜報部隊を雇ってるのよ。一応あの戦争の後に有志で新聞を作る組織が出来たけど、私はやっぱり自分の手で情報を掴んでおきたいから」


「……伯爵ともなると、いろんな情報に目を光らせておかなければならないってことか」


「そうね。それが大事だと言うことは、嫌になるくらい教えてもらったわ」




 誰にとは言わず、エリーネは肩をすくめた。


 わざわざ言う必要もない。俺たちやキャリーを嵌めたフレードリヒのことであることは明白だった。


 取り敢えずこんなところで立ち話もなんだからと言うことで、俺たちはエリーネが乗ってきた馬車でエリーネの屋敷へ向かうことになった。


 馬車が町に入ると、途端に人の波が道の端に寄る。


 まるで神様でも見るかのようにクリームヒルトの住人は祈りを捧げるような格好をしていた。




「……何だ、あれ」




 俺がつぶやくと、エリーネは少し困り顔で言う。




「……結果的に、金華国の人たちを私が救ったことになっちゃったじゃない。そのせいで、まるで救世主扱いなのよ。止めるように言っても聞かないの。今度法令で私を崇めることを禁止しようかと思ってるくらいよ」


「まあ、別に良いんじゃないか? 特に害はないだろ」


「……アキラのような目で見られると、あまり嬉しくはないわね」




 そんな変な目で見ていただろうか。


 自分ではわからないというのは問題だな。


 気付かずに誰かを傷つけてしまうことになりかねない。


 少しだけ反省して住人ではなく町並に目を向けた。


 思っていた以上に建物は直っていた。




「復興は順調みたいだな」


「まあね。町のみんながよく頑張ってくれているわ。だからこそ、この問題を早く解決したいと思ってるのは確かね」




 そういう意味で俺たちが来てくれたことは素直に嬉しかったと言った。


 馬車は真っ直ぐ進む。


 坂道を上がったところに門があった。


 とはいえ門番はいないし扉もない。


 門の向こうには大きな屋敷が見える。


 大きな屋根が特徴的で大仏でも入っているんじゃないかってくらい大きい寺のような外観。


 ここは確か、金華国の王宮だったはずだ。


 馬車は広い庭を進み、大きな扉の前で止まった。




「いろいろ思うところはあったんだけど、壊して建て直すくらいなら修理して使った方が時間も労力もかからないと思ったのよ。この地方が復興したら私の家はその時に改めて建てるつもりよ。もうちょっと小さめの家だけど」


 俺の表情から言いたいことは見抜かれていた。


 実質的に親の仇の家を使うことにどれだけの葛藤があったのか。


 それを聞くのはあまりに野暮だ。


 はっきりしていることは、エリーネはしっかりした伯爵だと言うこと。


 年齢は関係ないんだと言うことを教えられたような気がした。


 俺たちは食堂に通された。


 そう言えばそろそろ夕食時だった。


 長いテーブルに合計で八脚の椅子。


 エリーネはお誕生日席に座り、その右斜め向かい側の席にエリーネの母――レイナが着席していた。




「アキラたちは好きなところに座って」




 エリーネにそう言われたので、俺とヨミとアスラは並びで座り、ジェシカがエリーネと向かい合うもう一つの誕生日席に座った。


 料理を運んでくるのはもちろんイライザ。


 全員の席の前に料理を運んだが、まだ誰も座っていない席にも用意している。


 まだ誰か客が来るのかと思っていたら、そこにイライザが座った。


 そこでようやくエリーネたちが“いただきます”を言ったので、俺たちもそれに倣うことにした。




「やっぱり、アキラっていいわね」




 エリーネが楽しそうにそう言った。




「は? 何が?」




 何のことを言われているのかまったくわからなかったので、反射的に言葉が飛び出た。




「メイドと食事を一緒にしても、何も言わないところよ」


「それって感心するようなことか?」


「するわよ。普通の貴族は使用人と一緒に食事はしないわ。お風呂はもちろん、トイレだって使用人専用があるの」


「それはまあ、文化のようなものだからそう言うこともあるだろう」




 思ったままを口にしたら、より大きく頷いていた。




「その違いを認められない人がいるのよ。でも、これからの世界はそうであってはダメだと思うの。イライザは私が雇っているメイドよ。仕事としてやってもらっているから雇い主と雇い人という立場ではあっても同じ人間として関わるべきなのよ」




 その姿勢を示すために、イライザとはできる限り同じように寝食を共にしているらしい。


 だからこの屋敷には使用人の部屋はない。


 エリーゼの部屋も客間もイライザの部屋も、全て作りが同じらしい。


 イライザもその扱いに最初こそ戸惑ったらしいが、今では当たり前のこととして受け入れるようになったとか。


 俺の影響なんだろうか。


 価値観が俺の世界に近づいているような気がした。




「食事をしながら話すというのも行儀が悪いと思うけど、このまま依頼内容のことを話してもいい?」


「ああ、その情報は是非とも欲しいところだな」




 エリーネは水を飲んでから話し始めた。


 戦争の終結から一ヶ月以上経ち、町の復興も進んできた矢先、鉱山から魔物が現れるようになった。


 一番強い魔物でもオークデーモンとかだったので、ギルドに依頼を出したり、クリームヒルトが雇った騎士団が討伐していたのだが、なかなか数が減らない。


 このままじゃせっかくこの地方にとって一番の特色である鉱山へ鉱石を取りに行くこともできない。


 と言うわけで根本的な解決を図るために、鉱山の調査をギルドに依頼したと言うことだった。


 最初は金貨十枚ほどの依頼でそれほど危険はないはずだったのだが、魔物の群れに襲われた中級冒険者が鉱山の三分の一すら調べることが出来ずに逃げ出してしまった。


 エリーネは鉱山に詳しくないので、町の人たちから情報を募ったが、魔物の発生する理由は不明だった。


 金華国の国王――ウェンリーが魔物を使って町を支配するようになってからは誰も鉱山には近づくことは出来なかったようで、それ以前に鉱山で仕事をしていた人の話では、自然に発生する魔物なんてせいぜいソウルバッド(魔力から生命力を奪い取る大型のコウモリらしい)くらいで、オークデーモンほどの魔物がそんなに毎日出現するなんてなかったと言うことだった。


 その情報を受けてエリーネは金貨を五十枚に引き上げて依頼をすると、中級冒険者の中でも実力者がいくつかのチームで引き受けてくれたらしい。


 だが、結果的に多くの犠牲者を出した。


 倒しても倒しても沸いて出てくる魔物たちに追い詰められて、分断された冒険者の何人かは行方不明。何とか逃れたものも、致命傷を負ってしまったものもいた。


 そこで、さらに報酬を引き上げたのだが、ギルドとしてはもはや中級冒険者にこの依頼を勧めることは出来なくなってしまったので、上級冒険者用の仕事になってしまったわけだ。




「それじゃ、こうしている間にも鉱山から魔物が出てきてるっていうのか?」


「一日に数匹程度ね。でも、それくらいなら私の町で雇ってる騎士団が何とかできるわ。厄介な問題であることは間違いないけど」




 思っていた以上に深刻そうだ。


 鉱山の中に魔物の巣でもあるんだろうか。


 まあ、それを調べようとして失敗してるわけだから、聞いても答えが出てくるわけじゃないか。




「そう言えば、この町は以前魔物たちに支配されていたよな。その生き残りが鉱山の中に逃げて巣を作ってるとか?」


「それは考えにくいわ。あの時の魔物はホルクレストの王国軍とこの町の人たちが全滅させたわ。逃した魔物も少しはいたと思うけど、鉱山に逃げ込んだという話は聞いていない」


「うーん、まあ考えても答えは出ないよな。俺たちが鉱山に入って確かめるしかないってことか」


「そういうことね。今日はもう遅いから明日案内するわ」


「……エリーネが?」


「決まってるじゃない。他に誰が行くのよ」


「いや、エリーネは伯爵だろ。そっちの仕事はいいのか?」


「優秀な部下がいると、伯爵の仕事なんて町の人の愚痴を聞くくらいしかないわ。今回のことも私が暇だったから早めに発覚したんだけどね」




 優秀な部下というのは、エリーネの母とメイドのイライザらしい。


 二人が町の政治を取り仕切るから、エリーネは中途半端だった勉強を再開させたと言うことだった。


 旧金華国は学校だけは整備が進んでいて、この町にももちろん学校がある。


 その理由は幼い頃から嘘の歴史を教え込んでアイレーリスへの対抗心を抱かせて国の政治を思うがままに操るための施設だったのだが。


 エリーネはそこへ転入生として入っているんだとか。


 もちろん、歴史の勉強は本当の歴史を教え、以前の教育が捏造されたものであると、この国の教育についての真相も教えている。


 歴史以外の事柄については、教育はアイレーリスにも劣らない水準だったとのこと。


 ただ一つ、魔法だけはエリーネ個人の能力が秀でていたため、教わることが何もなかった。


 それだけ独学で研鑽を積んでいると言っていた。




「お前、自分で魔法が勉強できるのか?」


「……あのねえ、ヨミさんから聞いたけど、あなたは十歳なのよね。私より年下なのにお前呼ばわりするのは失礼だと思わないの」


「……じゃあ、なんて呼べばいいんだよ」


「そうね、ヨミさんのことはお姉さんと呼んでいるのよね。私のこともそれでいいわ」


「エリーネ姉ちゃん? 言いづれえ。オレも兄ちゃんみたいにエリーネで良いだろ」


「せめて“さん”は付けなさいよ」




 何だか仲の良い姉弟喧嘩を見ているようで微笑ましかった。




「なあ、エリーネは前に姉ちゃんに魔法を教えたんだろ。オレにも教えてくれない?」


「え? 私が、アスラフェルに?」




 エリーネが驚きの表情を見せた。


 そこにはきっと、魔王の息子に人間の自分が教えられることがあるはずない、と言う意味が込められている気がした。


 俺は単純にアスラが勉強したいと思ってることに驚いた。


 でも、強くなりたいと思っているならそう考えるのは自然だった。


 アスラにはヨミよりも強力な魔力がある。


 だがそれをまったく制御できていない。


 資質や能力は高いのに、それをまったく活かせていないのだ。


 魔法を勉強すれば、魔力の制御も身につくかも知れない。


 アスラが魔王に近づく手助けをすることになるようだが、人間に味方する魔王なら歓迎すべきことだ。




「私からもお願いします。アスラフェルくんにはもっとたくさん魔法が使えるはずなんです。ですが、私は教えるのが下手なようで……」




 そもそもヨミだって基礎はエリーネから教わったようなものだ。


 後はヨミの学習能力の高さで、戦った相手が使った魔法を見よう見まねで会得してしまう。


 ヨミはきっと天才型なんだろう。


 感覚では理解できても、それをわかりやすく教えることが出来ないってことはそう言うことだと思った。




「ヨミさんまで……そこまで言うなら、教えてあげる。アスラフェルって字は読めるのよね」


「ああ、そんなに馬鹿じゃねーよ」


「じゃあ、後で教科書を部屋に持って行くからまずはそれを全部読んでもらうわよ」


「わかった。本を読めばいいんだな」




 こう見えてアスラは結構読書家だ。


 主に好きな本は物語だが、全般的に本は嫌いじゃない。


 エリーネはそれで怖じ気づくと考えていたようだが、予想外の反応に目を白黒させていた。


 まあ、魔王の息子が本を好きだとは思わないよな。


 その後俺たちは風呂へ入ってからそれぞれの客間で寝ることになった。


 エリーネが大量の本を抱えてアスラの部屋へ入っていくのを見届けて、俺は寝ることにした。


 ……当然、アスラは翌日起きてこなかった。


 ちょっとだけ部屋を覗いたら、大量の本を広げてそれをベッドに気持ちよさそうに寝ていた。


 何時まで読んでいたのか知らないが、そのまま寝かせておくことにした。


 まあ、出てくる魔物がオークデーモン程度なら、俺が変身するまでもなく今のヨミ一人で十分相手ができる。


 アスラには魔法を習得することの方が今後にとって有益だと思った。

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