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帝国の歴史

 俺はアイレーリスの王都、ギルド本部にジェシカへ相談に向かった。


 もちろん、帝国へ入る方法についてだ。


 話の内容的に人の多い時間帯は避けたかったので、早朝か夜か迷ったが、夜にした。


 理由は単純に寝坊したからだ。


 このところ飛翔船で世界各国を回っているせいでどうにも生活リズムが狂っていた。


 夜は夜でこの世界に伝わる伝承とやらにも目を通している。


 はっきり言ってしまえば、物語のようなものだった。


 中には実際に起こったことを元にしたような伝承もあるらしいが、読んでみた感想は俺の世界の小説――それも中高生が好んで読むようなライトノベルに近い。


 どの部分が真実なのかまではわからない。


 ただ、幸いにもホルクレストでの一件以降、天使と遭遇することはなかった。


 天使という存在は一つしか存在しないのか。


 あるいは、社会性がないのか。


 天使を倒して数日は警戒していたが、もはや平穏すぎてアスラは退屈しているくらいだった。


 ちなみに、AIによる分析でも天使の存在は理解できなかった。


 肉体の構成要素は人間や魔族とも違うらしい。


 エネルギーも魔法に似ているが何かが違う。


 その違う部分については実際に天使の細胞を手に入れてみないことには分析できないと言うことだった。


 魔法攻撃があまり有効ではなかったことも関係しているのだろうか。


 俺の目には天使の攻撃は魔法のようにしか見えなかったが。




「どこに行くつもりですか? ギルドはあちらですよ」




 ヨミに言われて、俺は曲がり角を逆方向に行くところだった。


 考え事をしながら歩くもんじゃないな。


 夜のギルドは、早朝と同じで閑散としていた。


 とはいえ、まったく人が入らないわけでもない。


 何やら顔をスカーフで隠した人が入っていく。


 服装からも男なのか女なのかわからない。


 俺たちもその人に続いてギルドへ入る。


 スカーフで顔を隠した人は右側の受付嬢に顔を近づけて話していた。


 よほど人に聞かれたくない仕事の依頼なのか。


 ……確か、ギルドはいろいろな仕事を引き受けてくれるが暗殺とかそう言うのはさすがに受け付けていなかった気がしたが……。


 雰囲気からそういう心配をしてしまう。




「こんばんは。こんな遅くにどうしたの?」




 真ん中の受付カウンターに座っているジェシカが挨拶してきたので、俺たちも同じように挨拶を返す。




「まあいつもの情報の確認と、もう一つあまり人の多いときには聞きたくない話がある」


「……不倫とか浮気調査の類じゃないわよね」




 うんざりするようにジェシカが言った。




「ギルドじゃそんな仕事も請け負っているのか?」


「ここ最近平和でしょ? 他の国じゃ魔族の動きもちらほら見られるけど、アイレーリスは戦後、魔族は近寄らないし魔物も大人しいものよ。そうなると、人間同士の問題が目立つようになるの」


「戦ってるときの方がそういう問題が起こらないってのは皮肉だな」


「戦争中でも、人間関係のいざこざはあるわよ。ただ、目立たないだけで」




 ジェシカが目線を隣りの受付に送る。


 俺もそちらに目をやると、顔を隠した人はそそくさとギルドを後にしていた。


 あの人も、そう言った話をするためにギルドへ来たってことか。


 これでギルドには俺たちと受付嬢の三人しかいない。




「ま、アキラくんはヨミさんがずっと監視してるからそういう心配はないわよね」


「……それってどういう意味ですか?」




 ヨミには不倫や浮気の意味がわからなかったようだ。




「知らなくてもいい言葉だ」


「そうですか、アキラがそう言うならそうなんでしょう」




 納得して頷いていた。




「……あなたたち、見ない間にずいぶん……」


「ジェシカ、俺はヨミのことは仲間として信頼しているだけだから。あまり誤解するなよな」


「……そういうことにしておいてあげるわ」




 ジェシカはドヤ顔でそう言いながら、話を戻した。




「毎度のことで悪いけど、妹さんの情報は皆無よ」


「それはまあ、想定済みだ。今さらギルドを通じて妹の情報が得られるとは思っていないさ」


「その言い方だと、まるで私たちが努力していないように聞こえるわね」




 少しだけムッとしたような表情を向ける。




「そういう意味じゃない。妹はたぶんギルドの置かれていない国にいるんだろ。むしろ、情報が入ってこないことがそれを裏付けることになってると思ってる」


「アキラくんの言いたいことはわかってるわよ。ただ、ギルドとしてのプライドの問題よ」


「でも、ギルドの置かれていない国の情報はどうしようもないだろ」


「そもそもそこが問題なのよ。私たちギルドの理念は世界中の人々の協力と団結にあるわ。アキラくんの依頼を解決できないと言うことは、全ての国にギルドが設置できていないと言うことを嫌でも意識させられるのよ」




 それこそ、ジェシカ自身が言っていたプライドの問題だった。


 わかっていることをこちらから指摘するほど馬鹿ではない。


 それには触れずに本題に入ることにした。




「そこまでわかっているなら、俺が何を求めているかもわかるだろ?」


「……ちょっと待って」




 ジェシカはそう言うと、受付カウンターから出てきて出入り口へ向かった。


 扉を開けて外に出ると、すぐにまた戻ってきた。




「今日の営業は終了にしたわ。これでもう誰もギルドには入ってこない」




 そう言うことか。


 俺が頷くと、ジェシカは左右の受付カウンターで仕事をしていた二人の受付嬢に目配せをして「今日はこれで上がりにしていいわ」と言って帰らせた。


 別にそこまで人払いをしてもらう必要はなかったのだが、ジェシカの気遣いを否定するつもりはない。




「どうする? 私の部屋で話をする?」


「ジェシカが話しやすいところでいい」


「そう、それじゃ行くわよ」




 迷いなくジェシカは自分の部屋に俺たちを誘った。


 高そうなテーブルを囲むソファーに俺たちとジェシカが向かい合うように座る。


 ジェシカはわざわざコーヒーまで用意してくれた。




「こういう時間にお菓子を食べると太るって言われてるんだけどね……」




 そう言いながらも、クッキーのような物が綺麗に並べられた木の器をテーブルの真ん中に置いた。




「アキラくんが知りたいのは帝国に入る方法ね」


「察しがよくて助かる」


「そりゃ、ギルドに妹さんの情報が入ってこないってことは、もうそれしか考えようがないもの」


 そう言ってからコーヒーを一口飲んで、ジェシカは言葉を続けた。


「はっきり言うわね。帝国の軍隊に気付かれずに入ることはまず不可能よ」


「可能性はゼロパーセントってことか?」


「そう、アキラくんの能力なら無理矢理でも入ることは可能でも、気付かれずにって部分は絶対に不可能」


「そこまで言うってことは、何か根拠があるのか?」


「ええ、帝国は海を挟んで魔族の大陸と隣り合っている。つまり、人間界と魔界の境目に存在するのよ」




 ジェシカは帝国の成り立ちから説明してくれた。


 遙か昔、まだエルフという種族が存在していた頃、人間とエルフの連合軍が魔族と戦った。


 双方に多数の被害をもたらした戦争は、神が与えた伝説の武器を持つ英雄の活躍によって決着する。


 魔族は人間の世界から追放され、別の大陸へと追いやられた。


 そこは後に魔界と呼ばれ、そこでのみ魔王と魔族は存在を許されるが、天使たちの力によって結界が張られて人間界からは隔離された。


 魔界を監視するために作られたのがラス王国。


 人間の世界を救った英雄が初代の国王だったらしい。




「ちょっと待った。以前、誰かから同じような話を聞いたが、魔王を倒した英雄は行方知れずになったはずだけど……」


「伝説の武器は七つあると言われているわ。その全てがどうなったのか今では把握されていないのよ。世界各地にいろいろな伝承があると思うけど、それぞれが微妙に違うのもそのせいだと言われている」


「そう言うことか、道理で……」




 この世界に伝わる伝承に一貫性がなく、それぞれが独立した物語のように見えたのはそのためだったのか。




「私の個人的な考えになっちゃうけど、伝説の武器が七つだという部分は確かだと思ってるわ」


「どうして?」


「魔王は七柱存在する。それに対抗する存在として神が人間に武器を渡したのなら、同じだけいなければならないはずよ。それだけ魔王という存在は特別な力を持っていたはずだから」




 バランスが崩れたら、魔族との戦争が終わらなかったってことか。


 だけど、そう考えると神様って奴はもっと多くの武器を人間に渡してくれればよかったのに。




「結局、人間が勝利してこの大陸は人間の支配する世界になったってことまでは良いさ。どうして神様は魔族を滅ぼしてしまうだけの力を人間に与えなかったんだろうな。それに、天使も魔族を魔界に封印するのはいいけど、それ以前に人間を守るために戦ったりしなかったのか?」




 魔族を一撃で倒してしまうほどの力を持っていたのだから、魔族との戦争に人間の味方として参加したならかなりの戦力になったはずだ。




「それは、人間である私たちには理解できないことじゃない? 相手は神様に天使なんだから」




 それを言われたら返す言葉もない。


 ただ、客観的にこの世界の神や天使の行動を考えると、出来レースのように見えてしまう。


 天使はこの世界の秩序を守ると言っていた。


 それは、今のこの人間と魔族が拮抗した存在であることを言っているのだろうか。


 一体、何のためにそんな秩序を守る必要がある。


 人間も魔族も魔物も滅びることがない世界にしたいのか?


 その割には人間と共生したいと願った魔族を殺そうとしていた。


 情報が増えるたびに、天使というものの存在が揺らいでいく気がする。




「話が逸れたわね。それで、ラス王国は魔王と戦った伝説の武器を持つ英雄が王となって治めることになったのよ」




 ジェシカによる説明は、俺が口を挟んだところから再開した。


 ラス王国は魔族の動向を監視する傍ら、天使が作った結界の研究をした。


 魔族への対抗手段を増やすためだったらしいが、魔法で同じものを再現することは出来なかった。


 それでも、結界とそれを監視するための魔法を極めた。


 ラス王国は王国全土を結界で守り、結界に侵入しようとするものはその情報が即座に王へ伝わるようになっている。


 その結果、ラス王国へ奇襲を仕掛けることはどの国も出来なくなった。


 その後数百年を経てもその結界魔法は機能していて、ラス王国が他国を武力で併合し帝国となった今では領土と共に結界も範囲が広がっていると言うことだった。




「ダグルドルドやグライオフには帝国との国境に門があるけど、国境を遮る壁は作られていないわ。そんなものをわざわざ作らなくても無断で国境を越えれば帝国軍に気付かれてしまうから」


「つまり、俺たちが侵入しても気付かれるってことか」


「元々は魔族の侵入にいち早く気がつくための結界魔法だったんだけど、結果的に他国からの侵入を防ぐ機能になってしまっているということよ」




 ヨミの姿を消す魔法も、俺たちの存在を消してしまうわけではない。


 ネムスギアのセンサーすら誤魔化すことは出来ないのだから、魔法の結界と監視を破ることは出来ないだろう。


 そう言うことが得意なのは……戦争の時にキャリーの姿を生中継する役目をこなしてくれたエヴァンスだが、あいつは今アイレーリスの伯爵だからな。


 俺個人のために協力してくれって言うのはさすがに気が引ける。




「何とか帝国に入る方法はないのか?」


「キャロライン女王陛下が、今度連合国の書簡を持って帝国に再度会談を申し込むらしいから、それ次第じゃない?」


「待つしかないのか……」


「あまり勝手なことはしない方が良いわよ。アキラくんはキャロライン女王陛下と個人的な関係があると思われても不思議じゃないし、それでアキラくんが不法入国したらそれを理由に戦争になりかねないから」




 ……ジェシカの言いたいことがよくわかった。


 帝国に入る方法を教えると言うよりは、俺が勝手に帝国へ入ることを阻止したかったんだ。


 この話を聞いて、それでも俺のワガママを優先させるのは難しい。


 少なくともキャリーと帝国の会談が終わるまでは大人しくしていろってことか。




「ところでアキラくん。ヨミさんも上級冒険者になったことだし、そろそろ上級冒険者用の仕事を引き受けてくれないかしら?」




 ここぞとばかりにジェシカは依頼書を持ってきた。


 帝国に入るには待つしかないという状況では、暇じゃないと言って断ることも出来ない。




「……わかったよ。でも、アイレーリスでは魔族の情報はないんだろ。平和なら上級冒険者が相手をするような魔物や魔族はいないだろ」


「そうね。でも、三件ほどあるわよ」




 そう言って依頼書をテーブルに並べた。


 俺はその真ん中の依頼書に目が向いた。


 依頼者の名前に見覚えがあったからだ。


 その依頼書を手に取る。


 内容は以下の通り。




[鉱山の調査、実力者を求む。

仕事の内容:鉱山から現れる魔物の討伐と、その原因の調査。料金:金貨百枚。依頼者:エリーネ=クリームヒルト伯爵

注意事項:すでに中級冒険者に死傷者が出ているので、腕に覚えがあるものに限らせていただきます]




 エリーネも困っていることがあるなら俺に直接連絡してくれれば良いのに。




「この依頼を引き受ける」


「……そう言うと思ったわ。ホントのことを言うと、この依頼はもう一つ注釈があるのよ」


「何だそれ?」


「依頼書には書かれていないんだけど、エリーネ伯爵はこの依頼をギルドに出したときにあなたたちにだけは見せないようにって言ったの」


「どうして?」


「もちろん、アキラくんの邪魔をしたくなかったからでしょ」




 そこまで俺たちに気を遣っていたのか。そりゃ、連絡するはずはない。




「いいのか? 俺たちがこの依頼を引き受けたら、ジェシカがエリーネに文句を言われることになると思うが」


「たぶん、大丈夫よ。エリーネ伯爵は私やアキラくんの気持ちがわからないほど馬鹿な伯爵ではないわ」




 そう言いながらすでに手続きを進めていた。


 ジェシカの手元を見ながら一つ思い出したことがあった。




「そう言えば、ジェシカは飛翔船に乗ってみたいんだったよな? せっかくだから一緒に新しいクリームヒルトを見に行くか?」


「え!? いいの!?」


「俺たちは構わないぜ。ただ、ギルドの代表者が本部から離れてもいいなら、だけど」


「問題ないわよ。ギルドの代表者が一生そこから動けないわけじゃないわ。今月はまだ休日が残っていたはずだし、明日から数日は休みにする」




 休日を勝手に決められるのは、ある意味代表者の特権か。


 俺たちの手続きを終えて、その書類と荷物を持ってジェシカと一緒にギルドを出た。


 アイレーリスにはホルクレストのように町中に飛翔船を止めるようなスペースはない。


 だから、どうしても王都の外側に止めることになる。




「近くで見ると、やっぱり大きいわね」




 王都の南門から出てすぐのところに飛翔船は止まっていた。


 飛翔船の真ん中辺りから地上に階段が下ろされている。


 そこには魔物が入り込まないようにホルクレストの王国軍が数人、門番のように控えていた。




「出発することになった。この人はアイレーリスのギルドで――」


「存じ上げております。アイレーリスのギルド本部の若き代表者、ジェシカ殿」




 俺の説明は必要なかった。


 ギルドの代表者というのは知名度も高いのか。


 あるいは、ジェシカだからなのかも知れないな。




「あら、なかなかお世辞がお上手ね。アキラくんが私も乗っていいって言ってくれたのだけれど……」


「アキラ殿のお客様であるなら、どうぞお乗りください」


「ありがとう」




 飛翔船はホルクレストの魔法兵器の側面もあるとは思うのだが、その割にはセキュリティーの意識は低いのか。


 まあ、この世界での信頼度は俺よりもギルドの代表者であるジェシカの方が上だろうし、そういう意味でも問題はないと思いたいな。


 甲板に出ると、操縦桿は王国軍の魔道士が握っていた。


 話によるとアーヴィンはすでに船室で寝ているらしい。


 俺たちもそろそろ寝た方がいいか。


 俺は操縦桿を握る魔道士に行き先を告げて船室へ戻ることにした。




「ジェシカも休みたかったら他の乗組員にどの船室を使ったらいいのか聞いてくれ。俺たちはそろそろ寝かせてもらうから」


「そう? 私はここにいるから気にしないでいいわ」




 少し興奮気味に話している。


 やはり、飛翔船に初めて乗る人はみんなテンションが上がるらしい。


 飛翔船が浮き上がる感覚に驚く様を見届けて、俺たちは船室へと戻った。

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