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女王と王女

 レオノーラが逃げるようなら捕まえようと思っていたが、そうはならなかった。


 ウェンディ女王の表情を見て固まっていた。




「レオノーラ!」




 人目も憚らず、涙を流してウェンディがレオノーラを抱きしめる。




「…………」




 レオノーラは何か言いたげに口を開けようとしていたが、特に抵抗するそぶりも見せず、されるがままになっていた。




「アキラさん、一体何があったのですか?」




 シャリオットは王国軍を引き連れて、息も整えずに聞く。




「……シャリオットは天使って知ってるか?」


「はい? 天使ですか? 聞いたことはありますが、実際に見たことは……」


「人間にとってどういう存在だと思う?」


「それはもちろん、味方なのではないかと思います。何しろ世界の平和を守る存在と伝えられていますから」


「そうか……」




 これがこの世界の人たちの一般的な天使のイメージだとしたら、それを倒したと言うことを王国軍に聞かれるのはまずいかも知れないな。


 不信感を抱かせる要因になりかねない。




「シャリオット、ちょっと二人だけで話したいことがある」


「はぁ……」




 そう言って連れてきた王国軍から離れたところへ移動した。




「初めて出会ったときに似ていますね。僕にだけ聞かせたい話というのはなんでしょうか?」




 俺はシャリオットにこの闘技場で起こったこと全てを話した。


 魔族同士の争いを止め、人と共生を願う魔族と和解をしたのに、天使の介入によってグレースという魔族が殺されたこと。


 そして、その天使を俺たちが倒したこと。




「以前、フレードリヒが言っていたことを覚えているか?」


「……はい。確か、魔王の器を天使に授けられたとか……」




 覚えていたようでホッとした。


 天使というものの存在を知ったのはあれが最初だった。


 人間に魔族と戦うための力を与えたように見えるが、結局はアイレーリスが混乱する原因を作ったわけだ。


 だから、俺にとって天使は最初から懐疑的な存在だった。


 それが、今回実際に出会ったことで、よりその印象が強くなった。




「俺には天使というものの存在が、人間にとって味方だとは思えないんだ。天使の言う世界の秩序を守ることの意味がどういうものなのか、調べておいた方が良いと思う」


「わかりました。天使に関する伝承はそれほど多くはありませんが、力を尽くしてみます」


「俺も時間があれば自分で調べてみるが、あまり期待しないで欲しい」


「それは理解しています。妹さんの行方を優先していただいて構いませんよ」




 この話はいずれ、キャリーやルトヴィナたち同盟国のトップにも話しておくべきだろうな。




「兄ちゃん! 助けてくれ!」




 真面目な雰囲気をぶち壊しにするように、アスラが泣きついてきた。


 いきなり俺の体の後ろに回る。


 目の前にはレオノーラが立っていた。




「何だ? 何の騒ぎだよ」


「そいつが俺に変なことを言うんだ」


「変なことじゃないわ。アスラフェルは私を天使の魔法から庇ってくれたわ。ってことはつまり、私のことが好きなんでしょ? バルトラムに比べるとちょっと幼いような気がするけど、それでも私の知っている男の中ではまあまあな方だから私と付き合うことを許してあげるといっているのよ」




 ……おいおい、ついさっきまでバルトラムに熱を上げていたのに、もう相手を変える気かよ。


 よほど気の多い女らしいな。




「別に好きなんかじゃねーよ! ただ、爆発に巻き込まれて死んだら可哀想だと思っただけだ」


「照れなくても良いじゃない。好きでもなければ身を挺して私を守ったりしないはずだわ」


「兄ちゃん、こいつ話が通じない!」




 ヨミも時折似たような一面を見せるときもあるが、ここまで思い込みは激しくない。


 いずれにしても苦手なタイプだ。




「……アスラ、守ったのはお前だから俺にはどうすることも出来ない。時には心を鬼にして本当のことを言うことも大事だと思うぞ」


「助けてくれないのかよ!」




 どんな時も強気なアスラが、絶望的な顔をさせる。


 レオノーラがアスラの腕に抱きついた。




「これでもう、逃げられないわよ」


「うわああああぁぁぁ!」




 悲痛な声が闘技場の中にこだました。




「レオノーラ! あなた、またなの?」




 魂の抜けかけているような表情のアスラと恋人のように腕を絡ませているレオノーラに、ウェンディが呆れたように声をかけた。




「またではないわ。今度こそ本当に私の運命の人です! 私はお母様のように見合いで結婚なんか絶対にしません!」


「あなたにはエオフェリアの次期女王としての立場があります! 得体の知れない人を認めることは出来ないといったでしょう!」


「そんな固いことを言ってるからお母様は人気が少ないのだわ」


「レオノーラは奔放すぎます! それでは国民の将来を担う女王になれません」




 家出の原因はこれではっきりしたな。


 レオノーラとウェンディは考え方が真逆だ。


 水と油のようなもので、そう簡単に和解することはないんじゃないか。




「アキラ殿はどうお考えなのですか?」


「え? 俺?」




 不意打ちのように話を振られて狼狽えた。




「ええ、アキラ殿はレオノーラをどう思っていらっしゃるのか教えていただきたいのです」


「どうって言われても……」




 親を相手に娘の評価をするのって難しすぎる。


 ましてや相手は一国の女王なわけだし。


 レオノーラの印象なんて自分勝手でワガママ。派手でイケメン好き。


 考えても浮かんでくる言葉はあまり印象の良いものではない。




「……そうだな……気が強くて勇気がある。物怖じしないで誰とでも平等に付き合うことが出来る、ってところかな……」




 なるべくオブラートに包んで言うと、ウェンディはなぜかホッとした表情を浮かべていた。




「そうですか。実際に娘を見てそう思っていただけたのなら、あの子の家出も意味のないことではなかったと思うことにします」


「いや、王女が家出するってのは国にとっては一大事だろ。そんなことを簡単に許すのもどうかと思うぞ。女の子だし、誘拐されていたらどんな目に遭っていたか……」




 巻き込まれただけとはいえ、魔族に殺されそうになっていたわけだし。


 このことを説明するのがまた厄介なんだよな。


 最終的にレオノーラはバルトラムを巡って自分からグレースに戦いを仕掛けてしまったから。




「ご心配いただきありがとうございます」




 深刻そうに考えていたことを曲解されてしまったが、訂正するのも難しい。




「レオノーラ、こちらのアキラ殿のことはどう思っているのですか?」


「え? その人? ……戦ってるときは、格好良く見えたかな」


「そうですか。では、アキラ殿がお見合いの相手だとしても、この話は断りますか?」


「はあ!?」




 レオノーラが返事をするよりも前に、俺が大きな声を返した。




「あら? 以前、国際会議の場でキャロライン女王陛下がおっしゃっていたではありませんか。アキラ殿と特別な関係ではないと」


「それがどうして俺とレオノーラの見合いの話になるんだ!?」


「誰にでも平等にアキラ殿と関わる権利があるのなら、私は正式にアキラ殿にレオノーラとのお見合いを申し込みたいと考えていたのです」


「断る!」


「なぜです。レオノーラのことを心配してくださったことは嘘だったというのですか?」


「それとこれとは話が違うだろ」


「いいえ、普通男の方は好きでもない女のことを心配などしません」




 ……前言撤回。この親子、根っこの部分は凄くよく似てる。


 思い込みが激しく自分勝手でワガママ。


 立ち居振る舞いが丁寧だからわかりにくかったが、ウェンディも十分レオノーラの性格と似ている部分があった。


 あ、いや。親子だからレオノーラがウェンディに似ているのか。




「なあ、レオノーラはアスラのことが好きなんだよな。見合いはしたくないってはっきり言ってやってくれ」




 こうなると頼みの綱はレオノーラだけだ。


 アスラには悪いが、生け贄になってもらう。




「……うーん……べつに、あなたのことも嫌いじゃないわよ。私のファンはみんな同じように大切に想ってるんだから」


「ちょっと待て、俺はレオノーラのファンになった覚えはないぞ」


「そうかしら? だったら、どうして私が女王としての資質があるなんて言ったのよ。あなたはお母様より私のことをよく理解していると思ったのだけれど」


「そうなんですか!? アキラはこういう子供っぽい女の子が好みだったのですか?」




 ヨミが割り込んで入ってきた。


 ああ、話がまたややこしくなる。




「子供っぽいですって? おばさんよりはマシだと思うけど」


「おばさん……ってどういう意味ですか?」




 そう言えばヨミはまだ人間の言葉を全て理解しているわけではない。


 悪口を言われてもその意味までは伝わっていなかった。


 説明しても事態が悪化することにしかならないから俺が教えるわけにはいかない。




「……何やらよくわかりませんが、馬鹿にされていることだけは確かなようですね」




 場の空気を読んでヨミは本質に気がついたのか、レオノーラを睨みつける。もちろんレオノーラも負けてはいない。


 その隙にアスラがコソコソとレオノーラの拘束を抜け出していた。


 抜け目ない奴だ。


 俺もそーっとその場を抜けようとしたら、隣りにウェンディが来てヨミに話しかけた。


 一歩遅かったようだ。




「あの……つかぬ事を窺いますが、あなたは?」


「私はヨミ=アラクネです。アキラと将来を約束した冒険者です」


「そうなの!?」「そうなんですか!?」




 エオフェリアの親子が目をつり上げて同じような顔を向ける。




「いや、それはヨミが勝手に言っているだけで……」


「それでは、付き合っているというわけではないのですね。それなら問題ありません。アキラ殿には娘とお見合いしていただきます」




 いつのまにか決定事項にされている。




「だったら、アスラフェルも一緒がいいわ。彼も除け者にしたら可哀想だし」


「待ってください。アキラとお見合いなんて私が許しません」




 ヨミには見合いの意味なんてわからないだろうに、取り敢えず俺がレオノーラに付き合わされそうになっていることに反対したいってことか。




「兄ちゃん。逃げよう」




 アスラが俺に耳打ちしてきた。


 そうするしかなさそうだ。


 無言で頷く。


 女三人がにらみ合いをする輪から抜け出そうとしたら、肩を誰かに掴まれた。


 見ると、シャリオットが俺とアスラの真ん中に立って肩を掴んでいた。




「皆さん、せっかくですから全員でデートをしてみるというのはどうでしょう。飛翔船の改修も終わりましたし、このまま湖の畔にでも行くというのはいかがですか?」


「……そうですね。せっかくですからシャリオット殿下の提案を受け入れましょう」


「私も構わないわ」


「邪魔な人たちがいるのは気になりますが、アキラとのデートならどこへでも付き合います」




 シャリオットの提案にヨミたちは渋々ながら賛成していたが、俺とアスラは声を揃えて答えた。


「「それはお断りだ!」」




 しかし、結局は多数決でそのまま湖の畔まで付き合わされることになったのだが。




 シャリオットは実に計算高くしたたかな男だった。


 俺やアスラをダシに、エオフェリア親子のケンカを有耶無耶のまま終息させてしまった。


 おまけに、どさくさに紛れて同盟の条約の話まで付けてしまったのだ。


 ただ、そのお陰で俺の妹の捜索に協力してくれることを約束させた。


 だから、文句を言う気にはなれなかった。




 こうして、アイレーリスの同盟国は、ホルクレスト王国、メリディア王国、ダグルドルド共和国、グライオフ王国、そしてエオフェリア王国の計五カ国になった。


 大陸の六割以上をこの連合国が占めている。


 残るはリンドヒルーツ王国だけだが、国の位置関係的に帝国と組むことは考えにくい。


 つまり、この大陸はアイレーリスを中心とする連合国と帝国に領土が占められていた。


 キャリーの右腕である宰相のクラースが言うには、戦力的にはこれで帝国と同等らしい。


 これでようやく帝国との交渉に臨めるとキャリーが決意を固めたらしいが、俺もその動向は気になっていた。


 というのも、飛翔船の改修が終わってから一週間。俺はエオフェリアも含めて全ての同盟国を巡って妹の消息を追ったが、情報は一切得られなかった。


 もはや、この世界で大きな都市と言えるのは帝国の首都しか残されていない。


 アイレーリスでの戦争の後から薄々感じていたが、妹はギルドの存在しない国にいる。


 それはもはや希望などではなく確信に変わっていた。

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