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ぶつかり合う心

 急に闘技場の中が静かになり、人の流れが止まった。


 いや、そうじゃない。


 逆流している。


 中に入ろうとしていた冒険者たちの流れと、闘技場から出ようとしている冒険者の流れがぶつかり合って、軽いパニック状態になっていた。


 このままじゃ俺たちも人の波に飲まれる。


 ……っていうか、よく考えれば律儀に列に並ぶ必要はなかったよな。


 変身して闘技場の外壁を跳び越えればよかったんだ。




「ヨミ、アスラ。俺は先に行く」




 二人の返事も待たずに、俺はファイトギアに変身した。


 そのまま大きくジャンプする。


 闘技場の高い外壁よりもさらに高くジャンプしたお陰で闘技場の全景が見えた。


 丸いすり鉢状の形をしていて、中央に石で造られた丸い舞台があった。


 まるで古代ローマのコロッセオのようだ。


 その中心には二つの人影。


 レオノーラとグレースだろう。


 出入り口にはレオノーラが集めたと思われる冒険者が殺到していた。


 ほとんど無傷のグレースを見る限り、何があったのかはだいたい想像できる。


 あれだけ多くの冒険者が集まって一斉に攻撃をしたのに効かなかったから恐れをなして逃げ出したのだろう。


 それを目の当たりにしていたはずのレオノーラが逃げるそぶりすら見せないのは、勇気があると言うよりは彼女なりの意地なんだろう。


 だが、さすがに魔族を相手にレオノーラ一人では分が悪い。


 キャリーのような魔法が使えれば別だが、レオノーラの魔力は平均的なレベルだった。


 闘技場の最上階の席に降りた俺はそのまま舞台を目指して駆け下りる。


 グレースが魔法を撃つ。レオノーラが防御魔法でそれを防いでいるが、押されている。


 遠距離攻撃では倒しきれないと悟ったのか、グレースはアスラの腕を斬り落とした魔法を使った。


 手刀の先から伸びる漆黒の刃。


 それはレオノーラの防御魔法を破壊し、そのまま彼女を真っ二つにしてしまう。


 しかし、血も出なければ死体も残らない。


 揺らめくように二つにされたレオノーラの体が消えた。


 辺りを見回すグレースの周りに、レオノーラの姿が複数現れた。


 ファイトギアの技にそっくりだが、速く動いているわけではない。


 そうであるならば今の俺の動体視力でその動きが見えないはずはないから。


 つまり、あれはレオノーラの幻惑魔法なんだろう。


 残像ではなく、どれも実体があるように見える。


 グレースは近くにいるレオノーラを次々斬り伏せていく。




『レオノーラさんが危険です。舞台の上に本物はいません』




 AIはすでに分析を終えていた。


 だが、その言葉の意味がよくわからない。




『あのグレースという魔族もレオノーラさんと同じ魔法を使っているようです』




 それじゃあ、本物の二人はどこに?




『舞台の外側です。柱の陰からレオノーラさんはグレースの隙を窺っているようですが、すでに背後を取られています』




 舞台の上では最後の一人になったレオノーラの幻影をグレースの幻影が斬り倒していたところだった。




「スプラッシュソウ!」




 丸い工業用のカッターのような形をした水が飛沫を上げて舞台を滑っていく。


 レオノーラの魔法は完全にグレースの死角から向かっていた。


 勝利を確信したかのように笑うレオノーラの背後に、同じような表情のグレースが現れた。




 ようやく一階まで降りた俺はそのまま舞台を横切り、本物のレオノーラに向かって行く。




「馬鹿ね!」




 グレースの声に驚き、レオノーラが後ろを振り返った。


 それが決定的な隙を作る。


 ガードすることも出来ずにただ呆然と立ち尽くしていた。


 グレースの手刀がレオノーラに触れそうになる刹那、俺の拳がグレースを大きく吹き飛ばした。




「……カ……カハッ……」




 緊急事態だったからあまり手加減できなかったか。


 うめきながらもグレースは立ち上がった。




「ま、またお前か……」


「よくやったわ、あんたは他の冒険者とは違うようね。あいつら攻撃が効かなかったってだけですぐに逃げ出しちゃうんだから」




 やはりそうだったのか……。




「って、何をするつもりだ?」




 レオノーラがグレースに手を向けていた。




「決まってるじゃない。トドメを刺すのよ」


「待て待て、そんなことをしたらバルトラムを怒らせることになるだろうが」


「やれるものならやってみなさい。お前のような人間に、私が殺せると思うな」




 ……レオノーラもグレースもお互いのことにしか興味はないようだった。


 一応助けたのに、もはや俺の声は届いていない。


 もう面倒だから二人とも気絶させちゃうか。


 俺のことをまったく意識していないから隙だらけだし。




「二人ともやめてください!」




 ようやく冒険者たちの人波から抜け出すことが出来たのか、バルトラムがヨミとアスラを伴ってやってきた。




「バルトラム……あなたやっぱりこの女のことが……」


「それは違う! 誤解です!」


「バルトラムと言ったわね。そこを退きなさい。あなたのような男に、そこの女は相応しくない!」


「悪いけど、それはできません。君に僕の恋人を攻撃させるわけにはいかない」




 ……話が長くなりそうだ。


 変身を解除して見守ることにした。


 無駄なエネルギーを消費したくはないし、ファイトギアには制限もあったから。


 ここまで来たらとことん話し合ってもらうしかない。


 もしまたレオノーラとグレースのどちらかが実力行使に出ようとしたらその時に止めればいい。




「あの、見ているだけで良いんですか?」




 困り顔でヨミが言う。




「痴話ゲンカに当事者以外が口を挟んでもややこしいことにしかならないだろ」


「……そうかも知れませんが、一人ずつ誤解を解くべきではないかと思うのです」


「なあ、めんどくせえから戦って勝ったヤツの言うことを聞けば良いんじゃねーの?」




 アスラはその場にあぐらをかいて座っていた。


 最も魔族らしい発言をしているが、それはバルトラムが望まないだろう。




「私たちは魔族なのよ! バルトラムがお前のような女を本気で相手するはずないじゃない!」


「へー、だったらどうして私を殺そうとするのよ! 自分に自信がない証拠だわ!」




 いつの間にかレオノーラとグレースが罵り合いを始めていた。


 あ、これはまずいかも。




「ヨミ、グレースを止めてくれ。俺はレオノーラを押さえる」


「はい」




 アスラに任せなかったのは、どうも戦いに集中すると他がまったく見えなくなる傾向があったので、大人しくしてもらうことにした。


 ここでまたグレースに逃げられるのは避けたかった。


 そのためには追い詰めるほど攻撃することは出来ない。


 それに、両親が主流派の魔族ってことは、人間の俺よりは魔物であるヨミの方がグレースを止められると考えた。




「手を出すつもりなら、さすがにこっちも実力行使に出るしかなくなるぞ」


「何よ、あんたもあの女の肩を持つつもりなの? だったらどうして私を助けたのよ」


「別にどっちにつくつもりもないが、殺し合いをするほどのことでもないだろ」


「理由はあるわ。バルトラムはあの女から私を守ってくれた。それってつまり、私のことが好きだってことでしょ。私のファンを邪悪な魔族から救ってあげるのは当たり前のことじゃない」




 ここまでくると、勘違いや誤解じゃなくて、思い込みが激しいとしか思えない。


 そもそも、バルトラムだって魔族なんだが……。




「一応確認しておきたいんだが、バルトラムも魔族だと理解しているんだよな?」


「ええ、それがどうしたというの?」


「魔族が相手でも好きなのか?」


「か、勘違いしないでよね。私は別に好きだとは言っていないわ。私は私のファンが何者であっても等しく扱うだけよ」




 話を聞いていると、レオノーラも悪い奴ではないんだよな。


 魔族や魔物に対する価値観に偏見がない。


 バルトラムに助けられたことがきっかけなのか、元々そうだったのかはわからないけど。


 グレースに対しても、魔族だから倒そうとしているわけじゃない。


 認めてはいないが自分の恋路を邪魔する相手だと思ってる。


 まあ、それで殺し合いをするのもどうかと思うが。


 相手が人間だったら、すでに致命傷を与えるくらい本気で戦っていたように見えた。


 ここまで自己中心的な考えを持っていたんじゃ、彼女の母であるエオフェリアの女王――ウェンディとケンカをして家出をしたというのも納得できる。


 ここははっきりと伝えてやるべきだろうか。


 本来それはバルトラムがするべきことだと思う。


 だけど、あっちはあっちで話が立て込んでいるようだし。




「レオノーラ。俺は人と魔族が両想いになることもあるとは思うが、バルトラムが本気で好きなのはグレースだ。好きじゃないというなら、これ以上バルトラムを困らせるな」


「………そんなこと、ありえないわ。きっとあの女に惑わされているのよ……」




 言葉が消えていくように小さくなっていった。


 それに比例するかのように、レオノーラの姿も揺らいでいく。


 これは、まさか――。


 変身を解除するべきじゃなかった。




「グレース! やめてください!」




 バルトラムの声で振り返ると、結局レオノーラとグレースの戦いが再開していた。


 どこからが魔法だったのかわからないが、レオノーラの幻影魔法に惑わされていたようだ。




「イビルスラッシュソード!」




 グレースが斬り裂いたレオノーラはまたしても幻影だった。




「スプラッシュソウ!」




 背後からレオノーラが連続で魔法を放つ。


 グレースは体が魔法で斬られてもお構いなしに向かって行った。


 レオノーラは次の攻撃の構えに入っていたが、グレースの行動は予想外だったようだ。


 ほんの少しだけ動きが止まる。


 俺はファイトギアに変身しながら二人のところへ急いだ。


 グレースの手刀から伸びた闇の刃がレオノーラの顔に触れる寸前にグレースを殴り飛ばす。


 ……さっきと同じようにグレースの攻撃を止めることはできたはずだが、感触が違った。


 まるで中身のない入れ物を殴ったように手応えが感じられなかった。


 戦いの中で幻影魔法を使われていると、それをネムスギアのセンサーで見抜くのにはラグがあるようだ。




「レオノーラさん! 後ろです!」




 グレースの本体にいち早く気がついたのは、ヨミだった。


 その時にはすでにグレースの手刀が突き出されていた。


 もう間に合わない。


 そう思った瞬間、背の高い影にレオノーラの体が隠れた。


 鈍い音を立てて貫かれたのは、バルトラムだった。




「な……ど、どうして人間のためにそこまで……」


「それは違います。僕は君に、人を平気で殺せるような魔族になって欲しくないんですよ」


「で、でも……そうしなければ私の両親が……」


「いい加減にしてよ! 私が言わなければ理解できないの? 魔族って馬鹿ばっかりなのね!」




 レオノーラがグレースを睨みつける。




「ど、どういう意味よ」




 その勢いに押されるように、少しだけたじろいでいた。




「認めたくないけど、バルトラムはあんたに悪いことをして欲しくないと思ってるから私を守ったのよ! 本当にあんたたちが両想いならどうしてそれを理解できないの!?」




 さすがにレオノーラもバルトラムの命がけの行動で悟ったようだ。


 彼が誰を特別だと思っているのか。


 というよりは、本当はもっと前に気がついていたんじゃないかと思う。


 それを今まで認められなかったのは、それこそレオノーラのプライドが許さなかったのかも知れないな。




「……人を殺すことが悪いことなら、魔族のほとんどがそう言うことになるわ。それに、人間だって魔族を殺すわ。それは悪いことじゃないの?」


「そうですね。僕たち魔族と人間は戦ってきた歴史があります。急にお互いの価値観を変えることは難しいと思いますが、僕は彼らのように人と魔物と魔族が一緒に生きているところを見て確信しました」




 バルトラムは俺とヨミとアスラを見てから微笑んだ。




「魔王フェルラルド様が言っていたことは間違いではなかったと」


「……魔族と人の共生? バルトラムは他の魔族や私の両親に見下されてもいいの?」


「些細なことですよ。それに、君のご両親は僕を認める気はありません。だからグレースに人を殺すことを条件にしたんです」


「……どういうこと……?」


「君が人を殺してしまったら、どんな理由があったとしても僕は君と共に歩んでいくことは出来ない。目的のために手段を間違えないでください」


「……私が殺そうとしたのが、その女じゃなくても同じように身を挺して守るつもりだったの?」


「当たり前です」




 グレースの魔法がその効果を失い、バルトラムの体を貫いていた闇の刃が消える。


 そこから血が流れていたが、バルトラムは穏やかな表情をしていた。


 この辺りは見た目が人間のようでも魔族なんだと思い知らされる。


 平気そうな表情は無理をしているようには見えなかった。


 人間だったら致命傷でも、魔族にとっては気にするほどでもないと言うことか。


 グレースも力を失ったようにその場にしゃがみ込んだ。


 レオノーラは二人の様子を見ながら肩を震わせていた。




「グレースって言ったわよね。あなたが本当にバルトラムのことが好きなら、親の言いなりになるのは止めなさい。自分の心に正直になるべきよ」




 強がりでそう言ったのかは本人にしかわからない。


 レオノーラも憑き物が落ちたように晴れやかな顔をしていた。




「……そう、ね……私はそれを恐れていたのね……」




 ゆっくりと立ち上がってグレースがレオノーラを見つめる。


 二人の間にはもう殺意はなかった。




「ごめんなさい。あなたたちには迷惑をかけてしまったわね。私が世間体を気にせずバルトラムと二人だけでも生きていく覚悟をしていれば、こんなことにはならなかったのね」


「わかればいいのよ。まあ、この私よりもあなたを好きになるなんて、バルトラムの趣味はよくないみたいだけど」


「……そうかも知れないわね」




 笑い合う二人の真ん中で、バルトラムだけが困惑していた。


 これで一件落着か……。


 いや、そうじゃない。


 レオノーラの問題がまったく解決していなかった。


 しかも、さっきの口ぶりからすると、やはり親に従って生きていくつもりはなさそうだ。


 このまま本当に王族であることを捨てるつもりなのか。


 取り敢えずこのまま幻惑魔法で逃げられるのも厄介だ。


 ヨミに目配せをして二人で挟み込むようにレオノーラに近づく。


 すると、グレースが目を細めて柔らかな笑顔をヨミに向けていた。




「あなたは彼が好きなのね?」


「はい、将来は結婚して小さな家を買って子供たちと慎ましやかな生活を送りたいと思っています」


「フフフッ……羨ましいわ。そうやって迷いなく言えるところが素敵ね。魔族同士でさえ考え方の違いで認め合うことが出来なくなってしまうというのに、あなたたちにとっては人も魔物も魔族も関係ないのね」


「いや、俺はヨミのことは仲間とは認めているが結婚する気は……」




 何やら誤解をしているところだけは説明したが、あまりわかってくれていなさそう。




「今にして思えば、たぶんあなたは手加減をしてくれていたのね」




 グレースは俺のことを見ながらそう言った。




「そりゃ、話せばわかってくれそうな魔族を問答無用で倒す気はないさ。しかも、グレースを倒したら、せっかく人と共生しようと考えているバルトラムまで敵に回しかねないからな」


「そうね。ここであなたたちに約束しておくわ。人間を襲わない、と」


「魔族の中では生きづらくなりそうだが」


「もう関係ないわ。他の魔族にどう思われようと、両親を捨てることになろうと、私はバルトラムと共に生きていく覚悟を決めたわ」




 グレースの真剣な眼差しは、信じるに足るものだと思った。


 後の問題は、レオノーラがグレースの討伐依頼をギルドに出してしまったことだな。


 しかも、逃げた冒険者たちはグレースが魔族だと知っている。


 ほとぼりが冷めるまで、バルトラムとグレースには魔界へ帰ってもらうのがいいんだろうな。




「ヨミ、例の姿を消す魔法でグレースを消してくれ。ここから出て行くところを町の人に見られると、面倒なことになる」


「はい」


「バルトラムはグレースの手でも握っていてくれ。町から出るまで二人を案内する」




 言いながら二人を見ようとしたら、




「グレース!!」




 バルトラムが悲痛な叫び声を上げていた。


 グレースの体の中心を、光り輝く大きな槍のようなものが貫いていた。

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