それぞれの想い
結局、変身した意味はあまりなかったな。
事情を知ってしまったからどうにも本気で殺すような攻撃は躊躇ってしまう。
アスラを助けられただけでもよしとしておこう。
そのアスラは斬り落とされた腕を断面で合わせるようにくっつけていた。
「それ、意味あるのか?」
「ゼロから再生させることも出来るけど、この方が魔力の消費が少なくて済むんだ」
確かに、グレースの攻撃でアスラの魔力は減っていた。
もう一太刀喰らっていたら、死んでいたのかも知れない。
「歩けるか?」
「うん。そこまでやわじゃねーよ」
強がりを言えるなら十分だろう。
俺たちも一旦城へ戻ることにした。
その道すがら、途中で退席させてしまったヨミに事情を説明した。
「……バルトラムさんとグレースさんが恋人……と言うことは……」
ヨミも恐らく俺と同じ結論に達したのだろう。
納得するように頷いていた。
「なあ、バルトラムはレオノーラが狙われている理由を魔族のプライドだとか言っていたが、たぶん違うぞ」
「え? どうしてそう思われるのですか?」
こういう所が妙な誤解を生んでいる原因なんだろうな。
端から見ているからこそよくわかる。
「ヨミ、説明してやってくれ」
「あ、はい。あの、バルトラムさん。恋人が他の男性を命がけで守ったらどう思われますか?」
「それは、面白くはないでしょう」
「それが理解できるなら、グレースさんも同じ気持ちになっていると思えませんか?」
「……え? いや、そんなまさか……僕がグレース以外の誰かを好きになるなんてありえないのに」
「グレースさんはそう思っていないから三度もレオノーラ王女様を襲ったとは考えられませんか?」
「……グレースは、僕のことを信用してなかったのでしょうか」
「信じていても、不安にはなってると思います」
徐々にバルトラムの表情が強張っていく。
やっと誤解されていることに気がついたようだ。
とどのつまり、これはもはやバルトラムとグレースの痴話ゲンカに過ぎない。
レオノーラはそれに巻き込まれたようなものだ。
何だかドッと疲れたような気がする。
取り敢えず、少し休みたい。
城の門に近づくと、門番が駆け寄ってきた。
「あの、一体何が起こったのでしょうか?」
「それについてはシャリオットに直接報告する。あんたはここで普段通り見知らぬ者が入り込まないように警戒していてくれ」
「はぁ……」
もの言いたげな門番を無視して、城の謁見の間を目指して真っ直ぐ向かった。
そこには、出て行ったときのようにシャリオットだけが待っていた。
さすがに玉座に座っている。
「アキラさん、先ほどの爆発はやはり……」
「ああ、魔族の仕業だった。また逃げられちまったから少し城の警備を厳重にしておいて欲しい」
「と言うことは、今度はこの城を狙っているのでしょうか?」
「いや、そうじゃない。狙われているのはあくまでもレオノーラだ。ただ、城で保護してもらう以上、そのリスクがあるってことだ」
「……ところで、そのレオノーラ王女はどこに?」
「は? 何を言って……」
俺は振り返って一緒に城へ来た全員の顔を見た。
たぶん、全員狐につままれたような表情をさせていたと思う。
確か、グレースが逃げて、俺とアスラがヨミの所へ戻ったときにはその傍らに隠れているは見た。
その後、ヨミに事情を説明しながら歩いているときはどうだっただろう。
話すことに夢中で、注意は払っていなかった。
「あ、あれ? いませんね。ずっと私のそばにいたような気がしたのですが……」
ヨミが焦ったように辺りを見回す。
「いや、オレも見てたぜ。城に入るときまではいたと思う」
アスラはあまり動じていないようだった。
「申し訳ありません。僕はグレースのことを考えていたので……」
レオノーラのことは眼中になかったと言うことか。
「どうやら、幻惑魔法を使ったようですね。レオノーラ王女はその才能がずば抜けていると窺っております」
淡々とシャリオットが言う。
「まずいんじゃないか。このままだとまた襲われるぞ」
俺がバルトラムを見ると、少しだけ考えるような仕草を見せてから言う。
「いえ、先ほどの戦いによるダメージと消費した魔力の回復には少なくとも半日はかかると思います」
「猶予は半日か……」
あまり時間に余裕がないのはわかっていたが、すぐに体は動かなかった。
思っていた以上に疲れている。
「アキラさんたちは少し客間で休んでいてください。レオノーラ王女の捜索は王国軍と冒険者たちに手伝ってもらいます」
シャリオットは魔法水晶の前に立って呼びかけていた。
「悪いな、何か新しいことがわかったらすぐに起こしてくれて構わない」
そう言って俺たちは謁見の間を後にした。
客間までメイドが案内してくれたところまでは覚えているが、そこから先の記憶が曖昧になるほどすぐに眠ってしまったらしい。
気がついたときにはベッドの上でうつ伏せに倒れていた。
隣にはヨミやアスラも一緒になって眠っている。
バルトラムだけがソファーに横になっていた。
ダブルベッドに三人が川の字になっていたから、そこしか寝られるような場所がなかったのだろう。
もう一部屋用意してくれても良さそうなものだけど、その前に俺たちが寝てしまったのかも知れないな。
俺は窓に近づき、カーテンを開けた。
朝日が部屋の中を照らす。
すると、ヨミたちも次々に目を覚ましていた。
「おはようございます」
目を擦りながらヨミが言う。
呑気に挨拶なんかしてる場合じゃないのに、バルトラムだけが律儀に挨拶を返していた。
「朝食よりもまずはレオノーラのことを聞こう」
「はい、そうですね」
ようやくヨミがはっきりした口調で答えた。
謁見の間に入ると、戦士のような男と、魔道士のような女がシャリオットの前で跪いていた。
以前にも何度か見たことがある。名前は知らないがホルクレストの王国軍だ。
そして二人の奥に玉座に座るシャリオットが見える。彼の服装は昨日と変わっていなかった。
俺たちには休むように言っておいて、自分は徹夜したのか。
レオノーラを見失ったのは俺たちに責任があるのに、その事を咎めるどころかその責任まで負うつもりらしい。
「……そうですか。夜通しの捜索、ありがとうございます。下がってください、引き継ぎを済ませたら必ず休むんですよ」
「「はい、畏まりました」」
王国軍の二人組はハキハキと返事をしてから謁見の間を出て行った。
入れ替わるように今度は俺たちがシャリオットの前に出る。
「シャリオットこそ休んだ方が良いんじゃないか?」
「そうも言ってられませんよ。ウェンディ女王陛下に責任を持って我が国で保護すると言ってしまいましたから」
「そうか。それならここからは俺たちも捜索に加わる。これまでの情報を教えてくれ」
シャリオットが少しだけ目を伏せてから話した。
その表情から窺えるように王国軍からの情報は芳しくなかった。
要約してしまえば消息は不明。
ただ、夜の間に王都から外へ出たものはいなかったらしいから少なくともこの町にいることだけは確かだ。
「じゃあ、俺たちはギルドへ行ってくる。冒険者たちも捜索に加わっているんだろう?」
「はい。そちらはお願いします。何かわかったことがあったら、魔法水晶で連絡しましょう」
「ああ、お互いにな」
すぐにでも城を出たかったが、アスラが空腹を訴えたので食堂に寄って適当にサンドウィッチを作った。
ヨミには食べ歩きは行儀が悪いと怒られたが、今はそんなことを気にしている状況ではないと言って俺とアスラとバルトラムの三人だけがサンドウィッチを頰張りながら城を後にした。
早朝のギルドはやはり空いている……と思っていたのだが、何やら人だかりが出来ていた。
これじゃ、入ることもできない。
俺は近くにいた冒険者に話しかけた。
「なんでこんな朝早くから混んでるんだ?」
「え? ああ、何でもずいぶん破格の依頼が昨日の夜にギルドに飛び込んできたらしい。朝になってその噂が広がって、その依頼を引き受けようと冒険者が殺到してる……って、それを知ってここに来たんじゃないのか?」
そこでようやく冒険者は俺の方を見た。
すると、大きく目を開く。
「じょ、上級冒険者の……。やっぱり、あなたもあの依頼を?」
「いや、噂になってる依頼がどういうものなのかまったくわからないんだが」
「そうなんですか? あ、少し列が減るみたいですよ」
列? これまさか、仕事の手続きをするためにみんな並んでるのか!?
冗談じゃないぞ。
俺たちは仕事を引き受けに来たわけじゃない。
情報を確認するだけなんだから、手続きをする列に並ぶ必要はないだろ。
しかし、入り口から延びている列を避けながらギルドの中に入るのは無理だった。
結局、一時間以上も列に並び、やっとの思いで受付のところへ辿り着いた。
「おはようございます。アキラさんも例の仕事の依頼を引き受けに来たのですか?」
少し疲れたような表情を見せつつも淡々とダリアが言う。
「違うんだ」
「では、妹さんの情報ですか? 新しい情報は入ってきていませんが……」
「そうじゃなくて、昨日の夜、シャリオットがレオノーラ王女の捜索を冒険者にも協力して欲しいって依頼が出されただろ? その情報を聞きに来た」
「そうだったのですか。では、シャリオット国王陛下には見つからなかったとお伝えください」
王国軍だけでなく冒険者でも成果は無しか。
こうなると捜索範囲を町の外にも向ける必要がありそうだな。
人の往来が激しくなれば、町の門番だって見逃す可能性は否定できない。
「ありがとう。引き続き、冒険者たちにも協力して欲しいと伝えてくれ」
そう言って離れようとしたら、ダリアが眉根を寄せた。
「……冒険者にその仕事を依頼するのは、無理かも知れません」
「どうして?」
「見てください。皆さん、この仕事の依頼を最優先にしています」
そう言って仕事の依頼書を俺に見せてきた。
そこに書かれていたことは、
[腕に覚えのある冒険者を求める。共に魔族を倒してあのアイレーリスの英雄のように名を上げよう!
仕事の内容:魔族の討伐。 料金:金貨千枚。もっとも貢献したものに一括で支払う。 依頼者:レオナ]
俺は名前まで見たところで頭を抱えそうになった。
俺の後ろから覗き込んでいたヨミが口を開けたまま固まっている。
「魔族の討伐依頼? 兄ちゃん、オレたちも引き受けようぜ。魔族と戦えるなら、オレの修行にもなるし」
アスラだけはよくわかっていないようだった。
「あの……これってひょっとして……」
「ヨミ、皆まで言うな。偽名を使ったらしいが、気付いてくださいと言っているようなものだ」
そもそも、魔族は魔物のようにそこら辺にたくさん生息しているわけじゃない。
結界の揺らぎを利用して人間の世界に来ているらしいから、この時点で魔族の討伐依頼がこの町で出されたと言うことは、ターゲットはグレースかバルトラムしかいない。
昨日町で暴れたグレースを見てこの依頼を町の誰かがギルドに出したという可能性もゼロではないが、この国の人間なら魔族の討伐には王国軍を頼るはずだ。
「この依頼を出したレオナって人はどういう姿だったか覚えているか?」
「はい。フードのついた黒いマントで顔を深めに隠し、体も隠れていましたが、フードの端から青い髪が少しだけ見えました。それと、背はアスラフェルくんよりも少し小さかったような気がします」
髪の色が違っているが、間違いない。
レオノーラだ。
ウェンディの説明によれば、髪の色をコロコロ変えるらしいから、色は問題じゃない。
それよりも、派手な髪の色を好んでいる辺りがレオノーラの依頼であると確信させた。
もちろん、背格好や何のひねりもない偽名も、それを十分裏付けてくれる。
「やっぱり俺たちもその仕事を引き受ける。三人分の手続きをしてもらえるか?」
「はい。しかし、そうなると他の冒険者たちは諦めてしまうかも知れませんね。魔族を討伐した実績を持つ上級冒険者が参加するとなると、どう考えてもアキラさんが一番貢献してしまいそうですし」
「さあ、どうだろうな」
俺はグレースを討伐する気はないし、レオノーラの保護が優先だ。
「手続きを終えたら指定の場所へ向かってくださいね」
「指定の場所?」
「依頼書の注釈に書いてありますよ」
改めて読み返すと、依頼者の下に次のような内容の文が書かれていた。
[王都の外れにある闘技場に集合してください。そこに魔族をおびき出すので、一斉に攻撃を仕掛けます。時間は十時頃。時間厳守でお願いします]
「闘技場?」
「ここから北へ向かったところにあります。三年に一度、国一番の戦士を決める大会が開かれているんですよ」
「大会ね……」
「今度の大会は来年ですね。アキラさんがホルクレストに定住するなら参加できますよ」
「興味はないな」
そもそも、来年この世界にいるかどうかもわからないってのに。
「それは残念です。上級冒険者のような実力者が参加すると盛り上がるんですけど。はい、手続きが終わりました」
雑談しながらでも、ダリアは滞りなく手続きを終えてくれた。
「ありがとう」
「少し、急いだ方が良いかもしれませんね。十時まで三十分を切っています」
その言葉を受けて、俺たちはギルドをすぐに飛び出した。
馬車を見つけてる時間はないな。
このまま走った方が早い。
同じ依頼を受けた他の冒険者たちも同じように考えているんだろう。
ギルドから出てきた者たちはみんな同じ方向に向かっていくから迷うことはなかった。
程なくして巨大な建物が見えてくる。
ここからだと横に長い建物にしか見えない。
神殿のような大きな柱が等間隔に並んでいた。
その入り口の辺りもギルドの入り口のように冒険者で溢れている。
しかし、討伐対象が魔族だとはっきり書かれていたのに、よくもまあこれだけ冒険者が集まったものだ。
金に釣られたのか、あるいは魔族を討伐して名を上げようとしている冒険者が多いのか。
とにかく人数だけは集まっているから、魔族が相手でも何とかなると思っているのかも知れないな。
ただ、そのせいでなかなか闘技場の中には入れない。
ここでもギルドと同じく中に入るまでに時間がかかりそうだ。
そうこうしている内に、闘技場の中から大きな声が響いてきた。
「みんなー! 今日は集まってくれてありがとー!!」
よく透き通る声の後に歓声が沸き起こる。
まるでアイドルのコンサートだな。
そして、この声は間違いなくレオノーラの声だった。
もはや隠す気もないのか。
……違うか。派手なパフォーマンスでグレースに場所を知らせているんだ。
レオノーラを狙ってやってきたところを冒険者たちに攻撃させるつもりだ。
偽名を使った理由もこれで納得できる。
こんな無茶苦茶な作戦なんて認められない。
俺たちがこのことを事前に知っていたら、レオノーラは城から一歩も外に出さなかった。
レオノーラは本気でグレースを倒すつもりなんだろう。
グレースのことばかりを気にしていて、俺はレオノーラの気持ちを考えていなかった。
バルトラムは何度もレオノーラの危機を救ってきた。
誤解していたのはグレースだけではなかったのだ。
列がゆっくり進んでいくのをもどかしい気持ちで見ていたら、大きな爆発音が闘技場の中から聞こえてきた。
「今よ! みんな、一斉に攻撃して!!」
レオノーラの合図によって、闘技場の中から断続的に光が明滅し音が聞こえてきた。
きっと、戦いが始まったんだ。




