序章─1
序章─1
ここは大陸の中心地に建つアンゲルダ学園。大陸の殆どを占める4カ国によって設立された同盟の証。王家や有力貴族の子女たちの箱庭。
昔、大陸を平定した4カ国が現状維持を望み、大陸の中心であるこのセレインに学園を建てることを決めた。元々セレインという都市は山や湖に囲まれた都市で、豊かな資源がある代わりに大陸中の国々から狙われていたのだ。そこで、誰かのものになるくらいならばと、誰からともなく同盟の話が舞い上がり締結されたという話だ。この大陸に住む子供でも知っているような言い伝え。もちろん私も知っている。
しかし、私は周りの大人や子供から聞いて知った訳ではなかったと気がついたのはさっき。というのも、画面越しに説明を受けたことがあったのだ。それも、
───前世でプレイした乙女ゲームの中で。
「姉さんっ!倒れたってどういうこと!?」
「アンリ………」
私の視界に入ってきた細身の男の子は、アンリーク・フォーダム。今世での私の双子の弟だ。中性的な顔立ちに淡い茶髪と緑の瞳。双子の姉が保健室に運ばれたと聞いて焦ったのだろうか。眉尻を下げ、不安げにこちらを見るその表情は、我が弟ながら可愛すぎる。
「姉さんが倒れたって聞いて、ほんとに、心配したっ…」
「ごめんね、アンリ。心配かけて。もうなんともないの」
「姉さんが無事ならいいんだ。…よかった……」
何故私が保健室に居るかというと、遡ること数時間前。
私たち姉弟は今日このアンゲルダ学園に転入してきたのだ。1年しか在学出来ないこの学園のシステムを考えると、来年からでもいいのでは、と普通なら思うだろう。しかし、私たち姉弟は数日前、魔法が使えると判明してしまったのだ。アンゲルダ学園では、大陸の王家や貴族の子女が主な生徒だが、中には平民もいる。それが魔力持ちの平民…すなわち私たち姉弟のような人達。特に学園があるセレインに住む魔力持ちは必ず入学しなければならないと法で定められている。面倒な、とは思うものの仕方がないと私たち姉弟はこの学園に転入した。
しかし、殆どはいい所のお坊ちゃんやお嬢さんたちなわけで。私たちのような平民と同じ場所に居たくないと、裏でコソコソする人達が沢山いるのだ。
転入手続きを終え、各々の教室に入り午前までの授業を終えたまでは良かった。だが、昼食の時間になったとたん、数人の女子に連れられ裏庭に到着。私にはどうしようもないことに対して散々文句を言われた挙句、突き飛ばされた。ずっと立ったままだったので、貧血を起こしていた私は、その場に倒れてしまったのだ。女子にはそのまま放置され、少ししてやってきた男子生徒にここまで運んでもらった…という。
彼女たちのおかげで私は前世を思い出すことが出来たし、これから私たちに待ち受ける様々な受難に対する対処法を知ることが出来たので万々歳である。
そして、私は未だに不安げな弟に笑顔をみせた。
「いつもの貧血だから、本当に大丈夫なの。きっと昨日あまり眠れなかったせいね」
「そっか、いきなりだったもんね。でも今日はこのまま休んでよ?放課後になったら迎えにくるから」
「ありがと、アンリ」
「これぐらいさせてよ。じゃあ、またあとで」
部屋を出る時にチラッとこちらを振り返った弟に笑顔で手を振る。扉がしまったと確認すると、私はため息をついた。
どうしよう。完全に詰みだわ…。
私が思い出した乙女ゲームは、前世のわたしが死ぬ直前にプレイし終わったゲームなのだが、これがなかなかの曲者だった。主人公であるアイリーン・フォーダムと弟のアンリーク・フォーダムが魔力を見出され、ともに学園に転入して主人公が様々なイケメンと恋をするという内容になっている。ここまではいい。しかし、これからの内容が前世のわたしにとって受け入れ難いことだったのだ。
その乙女ゲームでのハッピーエンドを迎えると、必ず主人公の弟・アンリークが死ぬ。
(許せるかコノヤローーーー!!!!!)
ヒーローと幸せになった主人公の隣に己の半身である弟がいないなんてそんな(わたし的)バッドエンド認めてなるものか!しかも、弟の死因全てが姉のために行動した結果だったとか!許せない…前世のわたしは号泣した。プレイ仲間からも是非ファンディスクでの弟の救済ルートを…っ!と望む声が多くあがっていたので、「これはFDに期待だな」と思っていたら死んでたんですけどね。
兎に角、私はアンリが死ぬ結末だけは避けなければならない。今世の私がここまで幸せに生きてこられたのも弟のおかげだ。彼がいなければ、私は頑張れなかった。途中で諦めていただろう。彼が姉さんと慕ってくれるから私は笑顔でいられるのだ。そんな弟を失って手に入れる煌びやかな生活などクソくらえってね。
アンリが死なないようにバッドエンドに向かいつつ、私たちに関わる最低限の問題だけ解決していこう。そうして、2人で無事卒業できたら、お父さんと3人で幸せに暮らそう。キラキラした宝石も華美なドレスもいらない。この世界で生きてきて一番大事なのは家族だと学んだのだから。
だから、自分をここまで運んでくれたのが1番キャラなんて考えてはいけないのだ!!!