泣きそうな二人とオレンジジュース
ある漫画家様の作品からいくつかのキーワードをお借りしました。敬愛と、幻の次回作への期待をこめて。
薫風が真っ白なレースのカーテンを揺らす。
シュンは腕を組み、ベランダの柵にもたれていた。ジーンズの尻ポケットから、小さな携帯ストラップが顔を出している。
「猫型ロボットなんて柄じゃないなぁ」
コワモテのクセに。グラスの氷が、カラカラと音をたてた。濃縮還元のオレンジジュース。手の中で、みるみる薄くなっていく。
シュンはレースのカーテンを開けて、携帯をソファに放った。可愛いでしょ、と爽やかに笑う。男くさい。胸がつぅんとした。
「ミホは、変わんないな」
「あんたは変わったね」
なんとなく、長く目が合う。どちらからともなくふぅっと、微笑み合った。
私たちは幼なじみだ。
アパートの互いの家を行き来して、家族ぐるみで仲がよかった少年少女時代。男まさりで暴れてばっかだった私が、シュンを色んな場所に引っ張り回してた。
楽しく遊び回ったあのころも、そして離れてからも、時はみるみると過ぎる。
今ここにいるシュンは顎ヒゲを生やしてて、マルボロと、しゃれた銀のライターも持ってる。気の弱い仕草や八の字眉はどこにも見えなかった。見たことない男の人になっていた。
私たちは昨日再会した。小さい頃にみんなでよく行った、実家近くの海で。
「シュンはなんであそこにいたの?」
夜、夜中だった。
だぁれもいない、と、思ってた。だから私は訪れたのに。
「なんか、落ち込んだり、してたんじゃないの。目の色とか声とか、ダークだったし」
私は死のうと思ってたよ。絶対、言わないけど。あのテトラポットから、人生投げちゃうつもりだったんだよ。
あのとき、シュンに話しかけられて、ビックリした。それから、すごく泣きたくなった。昔みたいに声あげて、泣いてしまいたいって、思ったんだ。
シュンはソファに浅く腰かける。骨張った指で、オレンジジュースのグラスを手にとった。
すこしの沈黙。グラスについた水滴が、じわっと指を濡らす。心の中がうるさい。
「シンクロ」
ややして、シュンはぽつんとつぶやいた。グラスから視線を移す。私を見た。まっすぐに見た。
「人って、引き付けられるらしいよ。自分と同じような気持ちを持ってる人に。そんで、気持ちを分かち合ったりするんだって」
「それが、シンクロ」
「そう。それが俺らが昨日出会った理由」
喉が渇いた。カーテンが、ふわりと舞い上がる。
空気穴が開いたような感じだった。それでいて、ぎゅうと、胸がつまった。
「じゃあ、シュンが私に、シンクロしてくれた、んだ」
「そう言いたかったんだけど、あるいは、ミホが俺にシンクロしたのかもね」
少し涙が滲んだ、シュンの目。一口含んだオレンジジュースは、とても優しい味がした。シンクロの相手、シュンでよかった。
「ありがと」
「や、こちらこそ」
「シュン」
シュンだったから、て思えた。それは、シュンと私が、ずっと繋がって分かち合ってきた証。
シュンは首を傾げて、私の言葉を待っている。
「もしかしたら、あんたあんまり変わってないのかも」
「どっちだぁー?」
「いや、私たち二人で過ごす空間が変わらなかったんだな」
「そうかもね」
シュンの眼差しは柔らかい。カラン。氷が音をたてる。
オレンジジュースのおかわりをつぐと、あったかい涙が一筋こぼれた。
ここまで読んでいただいてありがとうございます!
最近は全く暗い、あるいは気持ち悪い話続きだったので(自分の中では嫌いではないけれど)、リフレッシュを図ったんですが。
思ったほどは転じずじまいでした;
最近は
「シンクロ」にはまってまして、これからも様々な形で書いていきたいと思っています。
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