42話 灰色の女王
宣誓台に黒衣の騎士然とした若い男を従えた、白色の華美な装飾をまとう少女が表れる。
その頭上には冠。
きょうび童話でしかお目にかかれない、あの冠だ。
陽光を受け光り輝く灰色髪に、澄んだ青の目。
白磁を思わせる美しい肌は化粧によって彩られ、見る者を魅了する。
しかし人形のような、作りもの然とした美しさ。
現実味というものが感じられない。
しかし鮮烈な印象を植え付けることには成功している。
「報道陣の皆々様、御足労感謝致します」
労いの言葉が響くと、静寂が会場を包んだ。
満足したように頷き、、少女は続ける。
「世界は今まさに、混迷の時代を迎えています。この軌道エレベータの利権を巡って、各国の小競り合いが続く情勢は、報道の方々のほうがお詳しいでしょう」
少女は一旦言葉を切り、会場を見渡す。
「我々は、無辜の人々が戦乱に苦しむ現状をを変えたい。そういった人間たちが集まり、興りました。我が名は、ウィノア・カーペンタイン・ジェネシア。この地を、新生大陸国家ジェネシアとして世界を統治いたします」
会場がどよめく。当然だ。
今、世界の共通財産である軌道エレベータごと、ここを自分たちの国だと言い放ったのだから。
「時は来たのです。諸民族がジェネシアの元で一つになる時が!」
《ブラックナイト》が剣を天へと伸ばす。
「そしてジェネシア初代女王として世界を治めるべく、あらゆる紛争、戦争に対して我が剣であり盾、この戦士たちを駆るジェネシア騎士団をもって介入し、調停致します。世を平定することで、わたくしたちが皆様方の上に立つべき人間であることを証明致しましょう」
そう言いながら、背後の《ブラックナイト》、いや〈ミーレス〉を手で仰ぐ。
新たなる女王は、二重の意味で台本通りのセリフを延々とのたまった。
時を同じくしてウィノアの背後、〈ミーレス〉の中で宣誓を聞いていたハインマンは感嘆の吐息を漏らす。
彼女を侮っていた。
普段のおどおどとした雰囲気とはまるで違う。別人だ。
隣の機体にはラウルが乗っている。
「彼女、良い演技をいたしますな。それだけは褒めてもいい」
ラウル宛に通信を入れる。
「演説中の私語は感心しないな」
ラウルはハインマンをたしなめた。
しかし、ウィノアへの評価を改めたハインマンの態度に満足したのか、会話を続ける。
「手厳しい意見だね、ハインマン。だが、聡明な貴君なら理解できるだろう? わたしが何故、彼女を女王に仕立て上げたかを」
これに関してハインマンは言い返せない。
彼女の素性を知らなければ、その立居振る舞いに気づけたとは思えない。
それだけの演技力を彼女は発揮している。
類まれなる演技力を持ちながら、なぜ町はずれの舞台で小間使いをさせられていたかわからないが、考えを改めなければいけない。
彼女は本物の役者だ。
だが、同時に彼女は役者でしかないと感じた。
作りものに忠誠心など抱けるはずもない。
それが精巧であればあるほどその違和感はぬぐえるものではない。
ハインマンが仕えるべきは、幼少よりの主君、ラウル・ローゼンタールその人であるべきなのだ。
「……映画の撮影かなんかだろ?」
リリスの言葉で皆が我に返る。
テレビでは未だにジェネシア女王が宣誓を続けている。
「そ、そうよね~。さすがに無茶苦茶なお話だし~」
プリシラが尻馬に乗る。
その言い訳は自分を納得させるためのものだ。
だが、アレックスとヒュージは違った。
「本気、なんだと思うよ。出来るか、出来ないかは別にして」
灰色の女王を凝視するアレックスは直感でそう言った。
そして同時にひっかかりを覚えた。
どこかで見たような、おぼろげな記憶。
あの懐かしい、柔らかな灰色髪を忘れるものだろうか。
「……あいつらの持っているシステム。それ次第では、ひょっとするかもな」
ヒュージはウィノアの姿を見て呆然としながらもPESはぼかし、推論からそう言った。
二人の発言に、リリスとプリシラが息を呑む。
呆けていたアレックスも我に返った。
もしあの演説が妄言でないとしたら、世界は今日、革命が起きたことになる。
戦争が根絶されることは、きっといいことだとアレックスは思う。
だが、ライアーのような連中がそれを行うことに疑問がわく。
そして何より、彼女からは言い知れぬものを感じる。
言わされているような、違和感。
ふいに、テレビからの彼女の声が引っかかった。
「――唱えましょう。新たなる世界に響かせる平和の言葉を。……剣に鞘を、世に平穏を――」
「あ――」
それは、レイチェルが口にするPES発動時のセリフ。
無関係であるはずがない。
映像として映し出されているせいなのか、アレックスには平和を謳うジェネシアの女王が現実離れして見え、後ろに佇む威圧的な〈ミーレス〉に見えない糸で操られてるように感じた。
そして気付いた。
あの女王がヒュージの描いている人物画に似ていることに。
かくして、世界で最も新しき国、ジェネシアにより世界に不安の種子が撒かれた。
それはやがて力強い叫びとなり、軽やかな風の翼と共に世界を駆け抜け芽吹いていく。
そして剪定を経て、収穫の時を待つばかり。
一人、店を後にしたヒュージはドア横に座り込んだ。
皆テレビに夢中で気づかれなかった。
外にジャックたちの姿は無い。
「……あいつ、ウィノアといったか」
小さな声で、ヒュージが呟く。
その声は苦悶に満ちていた。
「いやに似てやがる」
天を仰ぐ。
あふれ出る不安を抑えるかのように、手のひらで口元を一度ぬぐう。
「まるでお前と姉妹みたいだな、アレックス」
ヒュージがカンバスに描き続ける、空想の産物。
今や望むべくもない、彼女の成長した姿。
それが今、たちの悪い冗談のように現実となって表れた。
「きっと偶然だ。そう、化粧か何かでそう見えるだけだ」
声に出し言い聞かせる。それがむなしい言い訳だと自覚している。
十年前に出会ったヒュージの初恋の少女、アレックス。
テレビに映る、自らが欲したはずの彼女の似姿はしかし、自分を責めたてる亡霊にしか見えなかった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
どうでしたか? 地の文のアレックスを指す違和感に気付けましたか?
それを踏まえて、もう一度読まれると面白いかもしれません。
それでは次の章でお会いしましょう!




