41話 始まりの日
ヒュージとアレックスを一べつし、店主がカウンタ内のドアを開け奥に引っ込んでいく。
「……ライアー、まさかあんなのにやられるなんてね」
店員に扮していたガーネット・ブロックの声は小さく、誰の耳にも聞こえることはなかった。
その声に怒気はなく、多少の憐憫が含まれているだけだった。
彼女に与えられた任務は事後処理。造反者、ライアー一派の抹消。
彼女らの所属する、貴族のような浮世離れした連中だらけの騎士団で、気兼ねなく会話できたのはライアーだけだった。
似たような経緯で騎士団に名を連ねることとなったせいかもしれない。
そのせいで同じ造反者と思われ身の潔白を証明する羽目となってしまった。
いい迷惑だ。
最後に会ったとき、彼は「今度の任務は重要なものらしい。成功すれば、貴族になれる」と語っていた。
そう、任務と言っていた。
彼がいままでやってきた稼業、それらと区別するために、あえて任務と呼ぶのだそうだ。
それは、自分も同じであった。
つまりは、騎士団の誰かからの指令であったはず。
だが、一連の襲撃は彼の独断、金品目当ての略奪だと説明を受けた。
しかし、ライアーは死んだ。真相はわからずじまい。
深入りすれば、次は自分だろう。
「あんたもばかだね。うまい話には裏がある。そんなこともわからなくなるくらい、入れ込んじまったってのかい?」
任務は解消だ。
本来なら、今後障害となるかもしれない彼らの情報収集程度はやってしかるべきなのだろうが、受けていない任務をやるつもりはない。
多少機嫌を損ねるほどには、ライアーと親交があったのだ。
ただ、ライアーを殺したやつがどんな人間なのか、見てみたくなった。
それだけのこと。
いつまでも捨てられないチャンピオンベルトと写真も役に立つものだ。
こうやって店主を装い近づくことに成功したのだから。
そう心の中で独りごちる。
ドアを開け、スタッフルームに入る。
その奥には縛られた中年男性が一人。
「ごめんなさいね、もう少し辛抱していてね。今の客が帰ったらすぐに解放してあげるから」
彼はこの店の本来の店主だ。男は泣きながら何度も首を縦に振った。
「……ところで、領収書ってどこにある。それと書き方を教えてくれない?」
男はガーネットの要求に混乱した。
そして、もしかしたら店を奪われるのかと恐怖した。
ヒュージはコーラを少し口に含んではしかめ面をし、また口に含む。
それを繰り返した。その様を見て、リリスがにやついている。
「お? 炭酸苦手か? オコサマだなぁヒュージくん」
そう言って瓶の口に吸いつき、これ見よがしにコーラをのどに流し込む。
小さなのどがこくこくと鳴る。
瓶に浮かぶ結露が雫となって、リリスの唇を伝いあごへと垂れる。
ちゅぽん、という音とともに口を放し、右手の甲でぬぐうと目を細め、ヒュージにしたり顔をみせる。
「ああ、俺は子供だな」
飲み方がお子様だ。哺乳瓶じゃあるまいし。だが指摘はしない。
大人ぶりたいままにさせてやるのもまた大人だとヒュージは思った。
「リリスちゃんもピーマン食べられないじゃない」
いつのまにかプリシラがヒュージの後ろに立っていた。
ドアが開いた音にすら気づかなかった。
アレックスは特に驚いた様子を見せていないので、ドアの開閉音か何かで気が付いていたのだろう。
「一本、飲んであげるわ~」
「……助かる」
「ピーマンは人の食べ物じゃない。あれはなんで不味さも再現するんだよ」
「それには同感だな。あれを食う必要はない。どうせ合成品ならもっと食べやすくするべきだ」
リリスとヒュージが無言で握手を交わした。
野菜などの合成食材は味と触感の再現性を重視して作成されているらしい。
らしい、というのは今では本物の食材を口にできる人間が少ないという意味だ。
「二人とも子供ね~」
あきれたプリシラがため息をつき、テレビに目をやる。
そこにはいつの間にかバラエティ番組は映っておらず、ニュースのライブ映像が流れていた。
地上から天へと延びる構造体。そしてケーブル。
軌道エレベータ、バベルが建設されたメガフロートが会場のようだ。
設置された宣誓台。
そしてそれを守護するように佇む、見覚えのある二機の黒いGLW。
「ちょっとみんなテレビ観て!」
プリシラの大声に興味を惹かれ、皆が集まる。
「これって《ブラックナイト》だよね?」
アレックスが呟く。
倒した機体とは細部が異なるが、まず同じものだろう。
剣礼の構えのままに立つその姿は、趣味の悪いオブジェのようだ。
「なんだあれ? 売り込みかなんかか?」
「何か始まるようだ」
リリスとヒュージもテレビに集中した。
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