39話 舞台袖の暗躍
某所。円卓の間。
椅子に座るわけでもなく、漆黒の礼装をまとい佇む影が二つ。
共に壮年。
「ハインマン。君の部下が戦死を遂げたそうだね」
にこやかな笑みをたたえるラウル・ローゼンタールは、対称的に陰鬱な表情のアドルフ・ハインマンにそうたずねた。
「耳が早いですな。ええ、〈アンテロス〉一号機を奪取しに向かい、返り討ちにあったようです」
「必要以上の武力行使は禁じていたはずだよ。そのためにAES搭載の〈ミーレス〉を与えたのだがね」
「所詮は試作粗製品です。何がしかの不具合があったのでしょう。または、彼ら自身が不適格であったか」
ラウルは怒るわけでもなく、淡々と告げる。
「装備については、そうかもしれない。だが彼らを選定したのは君だ。よもや使い捨ての人材をあえて選んだわけでもあるまい?」
「これは異なことを。我らは皆、選定を経た身。使い捨てるなど下賤な真似はいたしませんよ。あるいは、人の身で選定を行うのです。こういったことも起こりえましょう。ヨベルを使えば、別かもしれませんが」
ライアーをけし掛けた張本人、ハインマンはのうのうとのたまう。
ヨベルとは彼らの擁する、確定した未来すら見通すという演算装置だ。
動作が不安定でおいそれと使用できるものではなかった。
そして軌道エレベータ、バベルの中央演算装置でもある。
「再考の余地あり、か。……良いだろう。今回は不問としよう。二号機のPESも手に入りダグラス博士たちも再設計に躍起だ。ついに我らの悲願が達成される」
「ヨベルはなんと?」
「相変わらず今日を指して『輝く髪、青き眼差しの女王、生誕』としか言ってこない。だが動作の安定が確認された今、滞っている仕事をさせる。機嫌を損ねない程度にね」
「では、ついに我らの理念を世に敷く時が来たのですね」
ラウルは大仰にうなずく。
「ウィノア様もお喜びだ。忙しくなるぞ、ハインマン」
ハインマンは右拳を胸に当て、敬礼する。ラウルが応える。
そこへ、扉をノックする音が四回鳴る。
「どうぞ」
ラウルが訪問者を招き入れた。
「失礼します……あ、ここにいた、……いらっしゃったのですね、ラウル様」
現れたのはショートのつややかな灰色髪に碧眼の少女。
まるで人形のように命を感じさせない白い肌。
Tシャツにジーンズという軽装。
礼装をまとう二人が居るこの場にはふさわしい服装とは言えない。
彼女は小走りでラウルの元へとたどり着く。
人知れずハインマンが下がった。
「ウィノア様、またそのような格好で。衣装をお渡ししたはずですが」
「あ、その、着方がわからなくて」
少女は気が小さいのか、猫背になりうつむいている。
「そのために侍女を控えさせていたではありませんか」
「えと、そうじゃなくて。ラウル様。どうしても私じゃなきゃ、駄目なのでしょうか」
「わたしを様づけしてはいけませんよ。ウィノア様は我らが君主なのですから」
「あ、ごめんなさい……。でもこんな形で目立たなくても」
ウィノアと呼ばれた少女は、心臓を押さえるかのごとく手を胸に掻き抱いた。
「大丈夫です。わたしを信じてください。それとも、わたしは信じるに値しませんか?」
さびしそうな顔でラウルがたずねる。
「え!? あ、あのっ! そんなこと、ないです……」
ラウルはウィノアの小さなあごを指で優しく上げさせ、動揺する目を見つめる。
「では手筈通りに。今日は全世界に向けて中継されますからね。しっかりめかし込んでいただかないと。お綺麗な姿、期待していますよ」
ラウルはいたずらな笑みを浮かべた。
ウィノアの顔がたちまち朱に染まる。
「あ、あの! 失礼しましたっ!」
緩慢な動きで手から逃れると、ウィノアはそのまま部屋を退室していった。
「わたしは納得がいきません。あのような小娘でなくとも良いはずです」
ウィノアが入室してから、絶えず不機嫌な顔をしていたハインマンが口を開く。
「あれはただの役者くずれ、しかも文字もろくに読めないのですよ。傀儡とはいえ、あれではあまりにも――」
「不敬だぞ、ハインマン」
声に怒気はない。
しかし、たしなめるその言葉に場の空気が張り詰める。
武の道を敷く者が放つ、迫力。
だがハインマンは臆することなどない。
彼もまた、ラウル同様に剣を執る者だ。
互いに剣士。そしてランナーとしても、GLWで剣を得意とする。
ハインマンの知る中で、いや、世界中においてラウルは最強の剣士だ。
無論、ランナーとしても。
一人だけ彼を負かせる人物に心当たりはあるが、彼女は二度と剣を執らないだろう。
研ぎ澄まされ、サビを知らぬラウルの剣気に喜びを覚えながら、ハインマンは進言する。
「ヨベルの言葉だけで、あの女が敬服するに値しますか」
「ヨベルの予言はあくまで参考程度だ。わたしは彼女に資質を見た。ああいった素晴らしい人間が今の世では無為に食いつぶされる。今日、君にもそれがわかるはずだ」
「失敗すれば、取り返しはつきませんぞ」
「ないね。彼女は失敗なぞしない。彼女はもう女王だ」
ラウルはにやりと笑ってのける。
ハインマンには彼の自信がどこから来るのかがわからない。
「さて、我々も準備せねば。従者が遅れては、女王の面目がたたない」
釈然としないハインマンを背に、扉へと向かう。
「騎士諸君らの働きに期待する。共に平和を築き、歴史上最悪の悪行を行使するとしようではないか。一九九七年より続いた人類への呪い。それを払拭するときが来たのだ!」
一度振り向き、そう言ってラウルは円卓の間を後にした。
「……ローゼンタール大公、あなたの思想は人類にとって光明となるでしょう。ですが、それは到底受け入れられるものではないし、受け入れて良いものではない。だから、わたしのような者が要る」
ハインマンは自分に言い聞かせるように、そうつぶやいた。
一人の人間を排除するために、数千の犠牲をいとわぬ手段をとる。
理想のために、利用できるものは何でも利用する。
そう、例えばライアーのような、腕だけは確かな唾棄すべき人種であっても。
ラウルたちの理想実現の要となるES、エスペラント・システム。
PESとAESの根幹機能。
特定条件下で、現存するすべてのSWS搭載機を従えることが可能な規格外のシステム。
まるで魔法。しかしながら、世を平定するのにこれほど便利なものはない。
二機の〈アンテロス〉に搭載された内、二号機の分は手に入れることができた。
「仲間への愛か……いや今は、はぐれものと呼んでいたか」
両方手に入れることができれば最良だったが、うまくいかなかった。
もう一つは切り捨てる。
よりにもよって、かつての同胞であったクイーン率いるシュラウドの手に渡ることになろうとは。
かの者たちと事を構えることはラウルにより禁じられているうえ、ハインマン個人の感情としても対立を望まない。
何か手立てを考えなければならない。
そして新たに露見した問題。
我々の知らぬ、システムを行使できる人間が、居る。
不穏分子は、排除せねばならない。
たとえラウルの意に反する行いだとしても。
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