38話 色分けされた道
基地を後にし、走る輸送車の窓から見える風景。
そこには荒廃した大地が続く。
穿たれ焼けた大地。
再利用できる部品を剥がれた、墓標のように佇むGLWの残骸。
それら死灰の過去を捨て、生の未来へとひた走る。まるで時代の縮図。
道路の舗装など期待してはいけない。
輸送車は常に無舗装道路仕様が主流だ。
走破性に優れるといっても所詮GLWは二足歩行、長距離走破で車に敵うべくもない。
輸送車の荷台には、降着姿勢を保ったままシートをかぶせられたGLWが三機。
後方にも同じくGLW二機とピンクの小型自動車が載せられている。
そしてシートからはみ出すほどに長いGLW用狙撃砲。
戦車砲にも採用されている一二〇ミリ滑空砲の改造版だ。
「落ち込むなよ。ちょっと失敗しただけじゃねーか。操縦桿もなかったんだろ?」
先頭車両、前列助手席に乗るヒュージが後列のアレックスを慰める。
《マーベリック》は輸送車側面から上る際、輸送手順マニューバを選択せずに通常歩行を敢行した。
つまりは輸送車側面の高さを無視し、つま先で車体を蹴り込んでしまったのである。
「はー? 落ち込んでなんてないですし? ちょっと疲れが出ただけですし!」
「拗ねちまったか」
「いやー、さすがのおれっちも、車蹴り込まれたのは初めてだったな!」
運転している陽気なこの男は、ジャック・ニールセン。
シュラウドGLW隊の統括官にして《サーベラス》小隊リーダ。
コールサインは0。リリスたちの上官だ。
短く刈り込んだ金髪。
目元が見えないほどの色の濃いサングラスにアロハシャツ。
ハーフパンツにサンダル履き。およそ戦場に出る格好ではない。
輸送車に搭載されている狙撃銃は彼の機体のものだ。
「すみませんね。連れがご迷惑をおかけしまして」
ヒュージが敬語で話している。一応、上司になるかもしれない相手だ。
マリーとも、そう言った関係とならざるを得ない。
「ごめんなさい」
「あー、いいの、いいの。正規の訓練も受けて無いんでしょ? そんなんでいちいち目くじらたてないよ」
二人の謝罪に対して、ジャックは笑って答える。
「ただし、シュラウドに入った後でアレだったら、覚悟しろよ」
表情は笑みを形作っていたが、その声は笑っていなかった。
それより、入社は確定しているのか。気になるところだ。
「がんばります!」
「……GLW隊の統括官なのですよね? どうしてまた現地へ来られたので?」
ヒュージが話題を変える。
「敬語なんていいよ。そういう社風じゃないからさ。ま、うちも人手不足でね。統括官なんて言えば聞こえはいいけど、手当てがちょっとつくだけさ」
「世知辛いっすね」
ヒュージの口調が中途半端な形に落ち着いたようだ。
「子犬ちゃんたちの安否も気になったしね。こっちは間に合いそうだから飛んでもらったけど、装備も旧式ひっかき集めただけだったから」
ずいぶん用意がいいとは思ったが、やはり急ごしらえだったようだ。
「子犬ちゃん。猫っぽいのに、子犬ちゃん。ふふっ」
アレックスが一人で笑っている。
ジャックがちらりと後ろを見る。
そこには降着姿勢で固定されているGLWが三機。
《マーベリック》と《サーベラス》オウカ機、そしてジャック機。
頭部に指揮官機用センサブレード、長距離狙撃用の追加バイザが装備されている。
彼の機体は後方支援特化のようだ。
オウカは機体内で待機している。
肉体的な疲労を感じないアレックスがやると進言したが、ジャック曰く「彼女はひきこもりだから機体から降ろさないでやってくれ」とのこと。
あの顔は嘘をついている。アレックスはそう思った。
それに、オウカも機体で手を否定の形で振っていた。
「やっぱり航空輸送機四つ目欲しいよなぁ。おれっちだけおいてけぼりさせられたんだぜ? ひどくね? ほんとはリリスが待機だったのにさぁ! おまけに輸送車かっとばして来てみれば労いすらないし……。予定よりめっちゃ早く来たんだぜ? だから服もほら、こんなだし」
彼の奇抜な服装は着替える暇を惜しんだ行動によるものだった。
しかし、普段からの服装であることには違いないようだ。
内勤時は服装の規定はないのだろうか。
「そっすか。さっきの、こっちっていうのは?」
先ほどの話が引っかかった。
「もう一つ、救援依頼があったのよ。そっちは距離が遠すぎるってんであきらめたんだけど」
どうやら、《ブラックナイト》は部隊の一部だったようだ。
「そこには何があったんですか?」
アレックスが割って入る。
「君らのとこと同じよ。不明のGLW。んで、基地宛に『倉庫のGLWを寄越せ』って言ってきたんだって」
「最初から要求があったんですか?」
「そうだよ。それで突っぱねたら戦闘。ボロ負け。幸い死者は無し」
アレックスたちを襲った連中とはやり方が違うようだ。
しかしどちらも下劣であることに変わりはない。
《マーベリック》の同型機が存在していたのか、はたまた別物なのか。
もし同型機なら、あの奇怪なシステム、PESが相手に渡ったことになる。
「不明GLWと言えば、君たちの機体。ちゃんとした手足つけてあげないとね。カッコは大事にしないと。やること多いなぁ」
「世話をかけて、すいません。大変なんすね、統括官って」
「そうなんだよ! 雑務まで全部やらされるしさぁ! おまけに子犬ちゃんたちは言うこと聞かないし! 上からは怒られるし、さんざんだよ!」
ヒュージはジャックの勢いに押されっぱなしだ。
興奮する気持ちもわかるがちゃんと前を向いて運転して欲しい。
「いやー、わかってくれるか! やっぱ男同士は話がわかるねぇ。おれっちの部隊、女ばっかりで肩身がせまくてさぁ。いやまぁ今はどこもそうなんだけど」
「僕らは男所帯だったから、ちょっと新鮮ですよ。ねぇ、ヒュージ?」
ヒュージは答えない。内容が内容だけに億劫になってきたようだ。
「そうなの? おれっちはそっちのがいいなぁ。気が楽だよ」
「えー、女の子多い方がよくないですか? 華やかで、かわいいですし」
ジャックはよく喋る男だった。ヒュージの苦手とする相手。
だが、お喋りならアレックスも負けてはいない。二人で楽しそうに話している。
ジャックの対応はアレックスに任せ、ヒュージはシートに身を預け眠ることにした。
実を言えば、昨日から一睡もしていない。
アレックスが心配でそれどころではなかった。
打てる手はすべて打った。だが、自身が直接加勢することはできなかった。
ヒュージにはGLWを操縦できない。
技量的な問題ではなく、身体的な問題だ。
それはアレックスの知るところではある。
それでも、だからこそ戦闘に役立てない己の無力さに身を焦がし、眠れるような精神状態ではなかった。
なにが、『お前は俺が守る』だ。聞いてあきれる。
アレックスをあの姿にしたのは、自分だというのに。
勉強すれば、元の生身の体に戻せると信じていた。
ゴダート医師の蔵書をあさり、それが不可能に近いと知ってしまった。
だったらせめて、五感だけでもと再び勉学に励んだ。
しかし、前例がない。アレックスを実験体になんてできない。
何も知らなかった子供の頃の誓いは、今では呪いとなっていた。
だが希望と変わった。《マーベリック》とマリーだ。
絵空事だった計画が多少の現実味を帯びてきた。
幸いにして、アレックスには徹夜を気づかれなかったようだ。
自分の演技力も大したものだ。
子守唄代わりにしては、二人の会話はずいぶんうるさい。それでも今は心地いい。
ヒュージの意識が、微睡のふちへとゆっくり降りて行った。
「あれ? 彼、眠っちゃったみたいだね」
「そうですか。やっぱり徹夜してたのかな」
明け方、ヒュージの緩慢な動きをアレックスは思い出す。
無理をさせてしまった。
「いままで気を張っていたのか。すかした顔して可愛いとこあるね、彼」
「そうですよ。ヒュージは結構可愛いんですよ」
あまり理解してもらえないけれど。そう付け加える。
ここからでは寝顔が見られない。
きっと見られたがらない幼い寝顔をしているに違いない。
「あとどれぐらいかかりますかね」
「ちょっと待ってね。ナビを、あれ?」
運転席に備え付けられたナビシステムは先ほどから定位置のまま。
信号を受信していない。
ここ一帯の道は広域マップで緑色に着色されている。
『比較的危険が少ない』道だ。
「あれー? 止まってるわコレ。今どの辺だろ。まぁ、道まっすぐだから迷わないけどさ」
「他に地図ないんですか?」
「あるよ。はい」
グローブボックスから折りたたまれた地図を取り出し、後ろ手にアレックスに渡す。
地図をくるくると回し、自分たちの位置を確認しようとする。
目的地は港。
「……上って、どっちでしたっけ?」
「上? ああ、北ね。Nって書いてあるっしょ?」
北を上にして、地図を見直す。
「今、どこなんでしょうね」
「……君、地図見るの苦手かい?」
「みたいですね」
アレックスは地図が読めなかった。
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