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ランナーズ・プルガトリィ  作者: 草場 影守
1章 再起動する魂たち
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26話 告解

 朝。

 鈴を転がすかのような高い音色を聞き、アレックスが目を覚ます。

 この音が聞こえると意識がはっきりとする。

 もしかしたらプログラムが魂を起動する音なのかもしれない。

 馬鹿げた話だ。


 センサが居場所を確認していく。自室。

 チェックプログラムが勝手に動き、視界に表示される。


 バッテリィ残量、ノーマル。

 駆動系損耗率、ノーマル。

 サプリメント消化率、ノーマル。

 同残存量、レッド。


「人間性、その他もろもろ、いえろーっと」


 今日も目を覚ませたことを、誰にとは言わず感謝する。

 この体は目覚める保証などないのだ。


 机の上の段ボール箱から、ポリエチレン製のボトルを取り出す。

 つなぎ服の前を開け、人間でいう胃の部分の装甲を開ける。

 内部装甲を引き下げ、露出させる。


 そこには、いましがた取り出したボトルと同じものが入っている。

 それに刺さっている吸針を引き上げ、固定具を外し取り出す。

 新しいものを逆の手順で取り付けていく。


 中身はブドウ糖等多種類溶液。これが、アレックスの食事だ。

 もちろん、味はわからない。きっとうまいものではないだろう。


 アレックスはこの作業が一番嫌いだ。

 否が応でも人との違いを思い起こされ、気が滅入る。


 部屋から出て、格納庫内を見渡す。

 昨日から開けっ放しの搬入出口大型シャッター、その外にヒュージが佇んでいた。

 相変わらず朝に強い。いや、動きが鈍い。寝ていないかもしれない。


 《マーベリック》はハンガーに収められている。

 その腰には、昨日取り付けた剣用のウェポンラックがある。

 それなりに様になっていると思ったが、ヒュージに言わせれば、「不格好極まりない。悪趣味だ」だそうだ。


 感性は人それぞれだ。

 アレックスはこれでもいいと思った。

 じゃなきゃ《マーベリック》が可哀そうだ。


 ヒュージのそばまで歩いていく。

 リリスの《サーベラス》が見当たらない。

 スリープ時の感覚センサに反応がなかったことから、静音歩行モードで出て行ったようだ。


 彼女は意外に気を使うようだ。

 もしかしたら昨日ここに泊ったのも、非戦闘員であった二人のケアを考えてくれていたのかもしれない。


「おはよう、ヒュージ。マリーは結局来なかった?」

「おはよう、アレックス。駐車場の車の中だ」


 第四格納庫、来客駐車場。車中泊をしているそうだ。

 年頃の娘がやるようなものじゃない。あとで注意しなくては。

 アレックスはそう思った。


「飯は?」


 ヒュージが銀色の腕時計の文字盤を叩きながらアレックスに聞いた。


「換えたよ」


 彼は少し寂しそうな顔をした。言い方が悪かったようだ。

 アレックスは自分で自分を人間扱いしていなかった。

 寝起きなのだ。許してほしい。

 

 まだ人間の気分じゃない。


「……そうか、ならマリーを起こして来い。俺は《マーベリック》を起動しておく」

「様子を見て来たのなら、ついでに起こしてこればよかったのに」


 ヒュージの感情に気付かないふりをして話を続ける。


「車を見ただけだ。寝起きで俺の顔を見たら、昨日のことを思い出すかもしれないだろ。可哀そうだ」


 それを言うなら、アレックスだって亡き兄の顔をしている。

 どっちもどっちだ。


「わかったよ。レイチェルと仲良くね」


 精一杯の嫌味を言ってやる。効果はてき面だった。

 とんでもなく嫌そうな顔をした。


 アレックスは駐車場へ向かう。

 映画のように、モーニングコーヒーでも持って行けばよかったかもしれない。

 淹れ方は知らないけれど。今後の課題とする。


 見慣れたピンクの車。運転席には、銃の収まったホルスター。

 ダッシュボードにメガネ。

 窓をほんの少しだけ開けたその助手席でシートを倒し、マリーは眠っていた。

 大口を開けて。


「あちゃー。ヒュージに見られなくてよかったね、マリー」


 彼がこの光景を見ていたならば、皮肉の一つも言っていただろう。

 彼は女性の慎みにうるさい。昔気質というか、頭が固い。

 ゴダート医師の教育のたまものだ。


 助手席のドアに背を向け、窓をノックする。

 寝顔を見ていないという、せめてもの気遣いだ。


「んぅ? アレックス? あ、ちょっと待ってね!」


 彼女はバックミラーで自分の顔を確認する。

 昨日と服装が違う。着替えてきたようだ。


「おはよう、アレックス。みっともないところを見せたわね」


 マリーは車から降り、腰のベルトにホルスターを留める。


「おはよう、マリー。どうして車の中で寝ていたの?」

「ヒュージの置手紙に、『ベッドはない。寝るなら車』と書かれていたの」

「そう……。あとで叱ってやろう」


 原因はヒュージだ。若い女性になんてことをさせるのか。

 慎みがどうとか、聞いてあきれる。


「待って、手紙には続きがあって『それが嫌なら、本部で眠れ。ついでに応接室のリリスを持って行け。汗臭い』って書かれていたの。わたしが勝手にここで寝ただけ」


 自分の早とちりだったようだ。


「それと、手紙を見た後すぐ、リリスにシャワーを浴びさせに、本部施設へ向かわせたわ。あの子、よく体洗うのを嫌がるから」


 ますます猫のような女の子だ。

 機械化人間がいるのだから、もしかしたら猫人間がいても、おかしくないのかもしれない。

 いや、おかしいか。


「とりあえず、《マーベリック》の所へ行こうか。ヒュージがレイチェルの相手をしてるよ」


 マリーの顔に少しだが、かげりが出た。

 レイチェルの名前を出すだけで、二人とも複雑な顔をする。

 アレックスはさすがに可哀そうになってきた。

 もう少しレイチェルに優しく接してあげようと思った。






 ヒュージは《マーベリック》のコクピットに乗り込み起動手順を踏む。


「起き抜けにあなたの顔を拝むことになるとは、今日はついていないようですね」


 電子音を鳴らし、起動したレイチェルから辛らつな言葉が浴びせられる。


「なぁ、どうしてお前は俺を嫌う?」

「機械感応を行った際、わたしはアレックスの記憶の断片を読み取ってしまいました」


 彼女が他人の過去を語り出す。


「……それで?」

「アレックスをあんな目にあわせておいて、友人面をしているあなたを軽蔑して何が悪いものですか」


 記憶を失くしたアレックスに伝えていない事故の真実。

 それをレイチェルは見たのだという。


「あなたが見捨てなければ、GLWに踏み潰されて首だけにされることなどなかったのに」


 感情のこもらない声。そうではない。

 感情を押し殺している。つくづく人間味がある。


「記憶の中のあなたは、倒れ伏したアレックスが手を伸ばして助けを求めていたのに呆けていただけではないですか。助けて、と心の中で叫んでいたのに!」

「そうか。やっぱりそう思っていたんだな。その口ぶりだと何を言ったかまではわからないか」


 ヒュージにとって死の瞬間の記憶が残っていることは喜ばしいことだ。

 脳が破損して記憶そのものが無くなっている可能性もあった。


「何を!」

「あいつが最後に、いや、あの時言った言葉は『逃げて』だった。俺は迫るGLWとあいつの言葉に混乱して動けなくなった。言い訳だな。そう、お前の言うとおり見捨てたんだ」


 地を揺らし武器を携えた巨人が、子供を襲う。

 最悪だが世界の日常、その一端。


 諸悪の根源は襲ってきたGLWだ。それは理解している。

 しかし自分が助けられなかったこともまた事実なのだ。

 そして悔恨が(おり)となってヒュージの心を淀ませていった。


「俺は、あいつに俺の罪を裁いて欲しいのさ。一度、死なせてしまったことをな」

「……」


 思い出されるのは、幼い自分がその腕に抱く血まみれの肉片。

 ゆがんだ頭部。

 アレックスに記憶が無ければ、正しい裁きを受けられない。

 ヒュージはそう考えていた。


「都合のいい話ですね。そうやって自分だけ楽になろうなんて」

「まったくだ。だから俺はアレックスの体を治すつもりだ。どれだけかかっても。そして、あいつの願いは全て叶える。そう誓った」


 待機状態であったハイドロジェネレータの起動が完了した。


「俺のことはいくら嫌ってもいい。だがお前にも協力してもらう。この機体のシステムを応用すればアレックスの体に五感を再現できるようになるかもしれない。いや、させる」


 胸が苦しい。視界が滲む。

 あふれる感情が一粒の涙となって零れ落ちる。


「あいつを人に治す。最低でもそこからだ。そこから、全部を始める。許されるなんて思っちゃいない。殺されたっていい。だから、だから俺は……。あいつは、いいやつなんだ」


 涙はもう流れていない。何が言いたいのか自分でもわからない。

 出来ることはなんでもやってきた。違法調達屋(ブレードランナー)、傭兵まがい。

 そして、望まぬ殺人。


 ここでの仕事はほとぼりが冷めるまでのつなぎでしかない。

 だがそれも限界だった。

 手詰まり。そして《マーベリック》という光明。

 奇跡をたぐりよせたと思った。


「一度は見捨ててしまった。だが次はない」


 神など信じない。

 信じるものは科学と医学のみ。


 もしこの世に神が居るのならば、アレックスの前に引き倒して命乞いをさせてやる。

 同じ責め苦を味わわせて、世界の不出来の責任をとらせる。

 それがヒュージの意志だ。


「……申し訳ありませんでした。あなたにはあなたの考えがあったのですね。もっとこう、悪人なのかと思っていました」


 先ほどまでと違い、レイチェルの声は優しさをはらんでいた。


「わたしでよければ尽力いたしましょう。もし、あなたがアレックスに殺されそうになったら、かばいだてくらいはしてあげますよ。無いとは思いますけどね」

「そうならないよう、精一杯やるさ」


 力なく笑うヒュージの声は、普段通りになっていた。

 一〇年、この感情と付き合っているのだ。

 耐えられはしないが、慣れはする。

 頬を流れ落ちた感情の涙跡を手のひらでぬぐった。


「口裏を合わせてくれレイチェル。たぶん泣いたことに気付かれる」

「気にしすぎでは?」

「これがなかなか、な」


 アレックスの勘の良さは時折常軌を逸している。

 ヒュージが過去の出来事を隠し、負い目があることもそれとなく気付いているはずだ。

 だが何も言ってこない。


 打ち明けてくるのを待ってくれている。

 その気遣いに、今は甘えているのだ。


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