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九十三日目



 アルドシアの町は今日も活気に溢れていた。

 武器屋や酒屋が揃っているこの通りは至る所に冒険者がいた。

 少し耳を傾ければ、南の森では悪魔が出たとか、北の平原で魔王軍の残党が暴れてるとか、そんな物騒な話ばかり聞こえてくる。

 そんな人混みの中をとぼとぼと歩くあたしは、他の人からどう見えているんだろうか。


 ぼろっちいあり合わせの布に雑にまとめた髪。

 腰には宣伝になるからとつけられたエプロン。

 もうちょっといい服を着させてくれないと、きっとお客さんも見てくれないだろうに。

 でも、これが大家さんの言ったことだから……。


 空を見上げる。

 雲がほとんどない青空。

 けれどあたしの心は、はっきりとしない。

 自分の中の大事なものが消えたような気がして。

 さびしさをごまかすために、ポケットにあるペンダントを握りこむ。

 ひんやりとした石の感触が冷たく手に伝わってきた。


「っ」

 突然肩に衝撃が走る。

 思わずその場に尻餅をついてしまった。

「いたた……けほっ、けほっ」

 その拍子に舞い上がった砂埃に、何度も咳きこむ。

 そんなあたしの目の前にごつごつの手が差し出された。

「大丈夫か?」

「けほっ……はい、ごめんなさい」

「ふむ……ケガはないみたいだね。よそ見して歩いてちゃダメだよ」

 冒険者だろうか、全身が革装備に包まれた男の人に手を引かれて立ち上がる。

 あたしは頭を下げて、また歩き出す。


 はぁ……どうしちゃったんだろう、あたし。

 さっき大家さんにに怒られてしまったばかりだっていうのに。

 って、いけない。

 早くお使いから戻らないと、また怒られる……っ。

 少し足を早めて通りを行く。

 そうして通りの真ん中、大広場にさしかかった時。


「さぁさぁお立ち会い!」

 男の人の声が広場の方から声が聞こえてきた。

 足が止まる。

 広場にある噴水の前には、妙な格好の青年が立っていた。


 吟遊詩人のひとかな。

 あの人たちが気を惹くために奇特な格好をするのはよくある話だけど、それにしたって趣味が悪い服装だ。

 襟から足の先まで真っ黒で、まるで喪服のよう。

 でも、それにしては貴族さまが着る服のようにやけに糊づけされていて、裾まですっきりとしてる。

 ……変なの。


「ここは天下の大通り、聞いてらっしゃい見てらっしゃい。目にも見ざらば音に聞け」

 楽器も使わず、言葉だけで口上が紡がれる。

 妙に聞き入ってしまうその語りに引き寄せられるように、あたしの足はふらふらとそちらへ向かっていこうとして……あれ?

「どうしたのかな」

 他の人が遠巻きに見ていることに気がついた。


 吟遊詩人が語るとき、いつもなら近くで聞こうとする人でいっぱいになる気がするのに。

 彼らの目に映っているキモチは、どこかよくないものみたい。

 疑問を抱えながらもう一度目を吟遊詩人さんの方へ。

 そこで、気づいた。

 気づいてしまった。

 胸元。

 カラスを模した金色の首飾り。

 そのシンボルが意味することは――プリシラ教徒信者だってこと。

「――っ」

 思わず目をこする。

 でも、何度見てもあの人の首からカラスが飛び立つことはなかった。


 胸の奥がぎゅーっと握りしめられる。

 とたんに、みんなの視線が自分にも向けられるような気がした。

 ──プリシラ教徒は嫌われ者。

 ──あたしたちの神様が司る『死』は穢らわしい。

 大家さんも、お客さんも、冒険者の人も。

 みんな、みんな、そう言ってるから。


 ポケットに手を入れ、彼がつけているのと同じものを握りしめる。

 そうしないとここにいられなかった。

 あたしはこんなに苦しいのに。

 今にもこの場から走り去ってしまいたいのに。

 あの人は周りのイヤな気持ちなんかものともしてない。

 全てをはねのけるように、吟遊詩人さんは高らかに声を張り上げる。




「このたび、吟遊詩人ソータが語りますは小さな村の物語。死と戦いの女神、プリシラを信じる人々の物語!」

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