変化する生活
今日も俺の家の前ではアメリカの工場が騒音を放っていた。
俺の1日は工場の騒音で起きて、街を歩き、夜は仕事が入らなければマンガを読んで寝る。これが俺にとっての、一種のルーティンみたいなものであり変わることはないと思っていた。
そう、本気で思っていたのだ。
「ん…ロート、おはよう」
「…とりあえずお前は服を着ろよな」
こいつは最近一緒に住み始めたフランという少女だ。…まぁ正確な年齢は本人もわからないらしいから、「少女」というのは外見から判断した俺の勝手な考えだが。
というかベッドが一つしかないから一緒に寝るのは仕方ないとして、裸はやめて欲しい。ほんとうに困る。色々と。
「でも、着る服ないよ?」
「俺の使えっていったじゃねーか!」
「ロートの服おっきくて着れないよ」
男物なんだから大きくて当然だ。それでも何も着ないよりはマシだと思う。
「お前の生活用品、買いに行くか」
このことだけに限ったことでなく、今俺の家にあるものでフランが生活するのはいささか無理がある。衣類もそうだがベッドや椅子なども必要だろう。食料も補充しておきたかったので丁度よかった。
「…」
フランは何故か不機嫌そうな顔をこちらにむけていた。
何か変なことでも言ったか?
「『お前』じゃなくて『フラン』って呼んで。せっかく名前つけてもらったんだから」
あぁ、そういう事ね
「おーけーおーけー。フランお嬢様、今日は街に買い物をしに行きましょう」
「うん!」
買い物をするといってもこのゴミ溜め場みたいなスラム街ではロクなものは買えない。ともなれば、やはりアメリカ人が住んでいる街に行くしかなくなる。
「そこでこの俺、バルバルト様が協力してあげるってワケよ!!」
そう。アメリカ人に物を売ってもらうためには、買い手もアメリカ人の方が効率がいい。誰が負けた国の人間と平等な取引をするかという事だ。
まぁ、そもそも街に入ることすらできないだろうが。
「今回、俺達はバルバルトの使用人として街に入る。あまり派手なことはするなよ?」
「わかった。」
フランがコクリと頷く。
「気に入ったものがあったら言ってくれよ!俺が買ってやる!もちろん、対価はちゃんといただくけどネ!」
「悪いな。今回はお前に感謝するよ」
「おいおい、今は冗談を言うタイミングじゃないだろ?『今回は』じゃなくて『いつも』俺に感謝してるジャン?」
「ロート、この人…」
「言うな。昔からこいつはこういう奴なんだよ」
それからアメリカ人が住む街を見て回った。
フランはいろんな服を試着していたが、見栄えというよりは機能性を重視した服を選んでいた。
そりゃそーだわな。
今までの人生でファッションなんて気にもできなかったのだから。
「何か一つ年頃の女が着てそうな服でも買っといてやるか…」
買い物かごに女物の服を追加した。(バルバルトの意見も参考にしたものだ。)
「お姉サン、この服を売ってチョーダイ!」
「わかりました。…?あの、この紙は…?」
「それを聞くのは野暮ってもんだぜ?その紙に書いてあるメアドに連絡すればわかるさ…」
バルバルトはキメ顔らしき顔で店の店員である女性にそう言っていた。
「何をしてるんだろう?」
フランが不思議そうにその光景を見ている。
いや、ホントに何してんだあいつは。あのやりとりを見るのここで三軒目だぞ…。まぁ、顔だけは整ってるからあういう姿も絵になっているといえばなっているのだが。
そんなこんなで買い物を順調に終えた。
「流石というかなんというか、当然だが食品も衣類も品質が最高級だなここは」
「もちろんサ!何せこの街は『アメリカ』の街なんだからね!」
アメリカの街。その言い方は正しい。世界はすべてアメリカという国に支配されたが、人間全てがアメリカ人になった訳では無い。だからこそ俺が住んでいるようなスラム街があり、『敗戦国の住人』として扱われている。アメリカ人からしてみればスラム街は国の汚点といった感覚なのだろう。アメリカであってアメリカではない場所、それは、元・日本に限らず各地に存在する。
…そんな事を今更気にする俺でもないが。
「さて、残るはベッドだけだが何かリクエストはあるか?」
自分が毎日そこで休むことになる家具だ。何か、『これだけは絶対に譲れない!!』というこだわりがあるかもしれない。
ふっ…なんて気の利く男なんだ俺は。彼女、絶賛募集中ですよろしく。
「ベッドはいらない」
…いや、それは俺が困るんだが!?
そう言おうとしたがフランの表情が暗くなっている事に気付いた俺は言葉には出さなかった。
帰り道。俺は街で買ったものをバルバルトが運転する車に乗せ、助手席で揺られていた。
「いや〜今日は沢山収穫があってよかったよ!」
「お前ケータイさっきからうるさいからな」
「えぇ〜!?何の話だぁい、ロ〜トくぅん??」
こいつホントムカつくな。
「ま、今日は助かったよ。じゃあ金は後で送っとくから。」
そろそろ家だ。今日はアメリカ人の、まるで奇妙なものを見る目を向け続けられ疲れた。帰って早く寝るとしよう…
「あぁ、金はいらないよ?その代わりコレ。お仕事♥」
俺の1日はまだ終わらないらしい。