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Kanの短編集

旋毛曲り

作者: Kan

 海風の匂いを嗅げば全てを嘘だと思い、枯葉の潰れる音を聞いたらつまらないものだと思った。この世にあるのは取るに足らないものばかりで、それらが心に響いてくるなどということもなく、僕はただ悶々とした日常の中に、日当たりを探していた。

 ある時、焼き焦げたような夕焼け空を見て、普通の人なら美しいと思うところを僕は醜いと思った。否、醜いと思いたかったのだ。美しいから何なのだ。そう反発する心があった。ただ、そうした美を認めてしまうことが、日常の惰性の中に沈んでゆくこと、つまり死に相当するものであると信じていたのだった。

 あるお店で煙草を買った時、そこの店員さんは僕を見て、意味ありげに笑った。それだけならば、僕に快や不快といった取るに足らない感情を一時的に抱かせる程度のものであるが、店員さんの言葉は、それだけでは終わらなかったのである。

「あなたは狐に憑かれていますね」

 意味深ながらも、まるで理解のできない言葉であったので、失礼だと言って憤慨しても良いところだが、僕はその人の目を見つめるだけで何も言わなかった。というのは、その時、この店員の言うことが半分当たっているような気がしたからである。

 旋毛曲りと言っても、別に病気でも何でもないのだが、狐に憑かれていると言われれば、そんなものかもしれない。僕はその店員に少しばかり感心しつつも、お金を受け取って店の外に出た。

 その日を境に、店員さんはどこかへ消えてしまった。何もおかしなことが起こっているわけではない。アルバイトをやめて、どこか遠いところに行ったのだと言う。その場所を知りたいと思った。店員さんが「狐に憑かれている」と言ったのはどういう意味なのか、どうしても知りたいという情熱が、訳もなしに湧き上がってきたのだ。

 僕はその店員が何者か知らなかった。ただ顎髭を伸ばした仙人のような中年の男で、素性は知れないと言う。僕はそれが面白いと思った。信用のできるような男ではないが、それがかえって面白いと思えてきた。どこにとどまるでもない風来坊が、この時ほど頼もしく思えたことはなかったものである。彼にさしている影が、僕には仏さんの後光に思えたのに違いない。そうして、それが旋毛曲りな僕の好みだった為に、僕はその男の向かった地へと、ただひた走ったのである。

 心に浮き上がってくる疑問は、とにかく水に流してしまった。疑問など解決しない方がよい。男のことも、狐のことも、ただ神秘の中に封じ込めたままの方が僕には好都合なのだ。そうでなくては、心の謎は一向解ける日が来ないのだ。頭ごなしに説明をしても、そんなものは口に出した途端、意味を失ってしまうものばかりだった。だから、謎のままの方が僕には都合が良かったのである。

 今、田舎の駅に降りた。無人駅だ。それが何だ。人などいてたまるか、と思った。僕にはそれが何よりも好都合だった。ここには自然しかない。それは人間の自分勝手な都合とは関係なく動いている世界なのである。それに価値があるとも言えぬが、僕にとっては都合の良い事実なのだった。

 しばらく歩くと、男の薄汚い家があった。その室内を覗いて見れば、恐ろしいことだ。男は和室の中で虎と一緒に生活していたのである。男は僕の顔を見ると、何とも形容のできぬおかしな顔をした。そうして「ここまで来たのか。偉い。偉い」と言うと、その一匹の虎をけしかけて、僕に襲わせようとするのであった。僕は慌てるとか、そう言う感情がどこかへ行ってしまって、ただぼんやりと虎に噛まれて、ふうっと息を引き取った。それからのことは覚えていない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作中に漂う不思議な雰囲気が良いですね! 読ませる文章力で話しに惹きつけられます。 ラストが良い意味での、もやもやする読後感を与えて、読み返したくなる作品でした。
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