其の四
「これでいいの?」
気だるそうに少女が歩いてくる。
「於珠ちゃん、演技旨いね」
巫女姿の少女が先程の少女に近づく。
「・・・なんで私がこんなこと」
あまり乗り気では無かったらしい。しかし、借りがあるから嫌とも言えず、仕方なくやっただけの事であった。勿論、この程度で返せるとも思っていなかったが。
「・・・で、これでどうにかなるのかしらね」
「さぁ、あのおばちゃんの考えてる事はようわからんわ」
繰子が答える。答えにはなっていないけれど。
ところで、と少女が繰子を見る。
「何やの」
「あんた、何拗ねてんのよ」
「べ、別に拗ねてへんよ」
あからさまに動揺している。仮令二人の会話の半分しか聞こえていなくとも、於珠にはそれが判った。ここ最近の繰子を見ていれば当然だろう。
「わかった、あんた、母親盗られたみたいで寂しかったんでしょ?」
意地の悪そうな顔をして聞く。
「ちゃうもん、そうやないもん!」
心の中を見透かされたような気持ちになる。それもある。けれど――。
本当は。娘が本当に心配していたのは。
「ま、いいわ。そういえば、あんたの母親、いつ於ゆねさんに会いにいったのよ。ってか、何で会えたのよ」
尤もな質問であった。さすがに少し可哀想になって話題を変えたのだが、言ってみて何故会えたのかと改めて不思議に思う。
「う?この間、聞き込み行った夜とちゃうの?なんや夜こそこそと出てったみたいやし。何で会えたんかは知らんけど」
――別にこそこそなんてしてへんで。
背後から母の声が聞こえた。予想していなかったためか、娘は必要以上に驚いた。
「驚かせんでよ」
『なんやの、人をお化けみたいに』
「おばけやろ」
当然の突っ込みである。女は、既に死んでいるのだ。だから、生きている人間には見えないし、声も聞こえない。けれど、これから死ぬ人間には見えてしまう事があるらしい。「本当に会ったん?適当言うてるだけやないの?」
本当やと母は言う。
「じゃ、なんで会えたんよ。真逆、その於ゆねさんがもう死んでたとか言わんよね?」
疑り深い眼で母を見る。
『違う、違う。あんな、その女もな。同じやってん」
死んでたんやんかと娘が言う。
『だから違うって。同じなんはあの男とや。於ゆねさんも死のうと思うてたんよ。だから会えたんよ。本当はなぁ、それを確かめに行ったんや。もし、本当にあの男に心が無いんなら普通に私に気付かんやろ。けど気付かれてしもたからなぁ』
難儀なもんやとため息をつく。
「じゃ、手切金はなんで受け取ったんよ。好きならなんで受け取るんよ」
さっぱりわからんわと不思議そうな顔をする。先程、於珠がしていた演技も――殆ど素ではあったが――繰子が母に言われた通りに於珠へ伝えたのだが、肝心な部分をまだ聞かされていなかった。
『それはなぁ、好きやからこそや。好きやったからこそ、あのお人の父親に頼まれた時、嫌とは言えんかったんよ。於ゆねは女郎やからな。女郎と一緒にれば悪い噂が立つ。そうなれば客も減る、だから今回の事は無かった事に、てな。優しかったんやね。けど――』
本当、難儀なもんやと繰り返す。
「そんで受け取ったんか」
少女は漸く納得したらしい。尤もなんで女郎だと悪い噂が立つのかはよく判らなかったが。
――ま、それだけやないんやろけどな。
ぽつりと母が口に出した。
「他になんかあるん?」
「ん、まぁ、な。お前にはまだ早いよってに。そのうちな」
一体なんやのと娘はまた拗ねた。




